王国の玉座の間は式典中の一切の撮影は禁止されている。
監視カメラも装備されておらず、今でもその伝統は続いている。
「王宮事変ですか…はっ、もうそんな時期ですか?」
懐かしそうに少し笑って彼女は返した。
ジャミラ・レクト。
元パトリシア国家憲兵隊、近衛第一師団、第五警備大隊隷下第一中隊曹長。
王宮事変当時は近衛師団所属の護衛兵として玉座の間の警護をしていた女性兵士だ。銃火器や異能が一切使えない環境で卓越した剣術を有し、その剣捌きから『国王の仕込み刀』という愛称で呼ばれる人物。ジャーマン・シェパードの獣人で、現在は近衛第一師団の大隊長を務めている。
彼女はインタビューを受ける際、煙草を吸える場所が良いと言ったので知り合いの店に頼んで部屋を借りていた。
「私は玉座の間の出入り口の警備を行なっていました。事前に式典参加者が武器を持ち込んでいないことは金属探知などで安全だと確信していましたから、ショートソードを降ろして立哨していました」
式典の最中、王侯貴族以外は玉座の間の出入りを禁止されていた。そのため、近衛兵であろうと式典の最中は玉座の間の外で待機していた。
ここが王宮事変に数多の都市伝説が生まれるきっかけの一つである。
王宮事変というのは、その事変が起こった際の映像記録が一切ないのだ。その為中で何が起こったのかはまるで定かではない。
当時、式典に参加していた王侯貴族の多くは、大公がなぜ親であるアン1世を殺害したのか状況を把握できなかった。
その後、玉座の間から驚愕と困惑が恐怖と混乱になって飛び出てくるまで、近衛兵たちも中で何が起こってるか分からなかったと言う。
「その時は大混乱でしたよ。玉座の間が騒がしくなったと思ったら、大慌てで勲章をぶら下げた貴族たちが飛び出してきたんですから」
玉座の間の入り口で警護に当たっていた彼女は、部屋から飛び出してきた王侯貴族の波に揉まれて現場の状況を把握すのは難しかったという。
「あの時、私は声を張り上げて貴族を静止させる以外に方法が思い浮かびませんでした」
彼女はそう言い、煙草を弾いて灰皿に灰を落とす。
待ち合わせ場所に指定した喫茶店はサダミが店長を務める馴染みのカフェである。このカフェの二階席は完全防音、盗聴防止の技術がふんだんに使われた安心安全な施設だ。喫煙室を予約してありがたく使わせてもらっていた。
「その時、玉座の間で何が起こっていたのか、知ったのは後から当時の警備隊長から知らされた時でした」
近衛兵として、彼女は自らを守るべき対象として敬愛していたアン1世の死去は、彼女たちも少なからぬ動揺があったと言う。
王宮や王室に関連する警護担当は全て国家憲兵隊の近衛師団が担当している。首都警察と違い軍の装備品を与えられている彼女たちは、より強固な舞台としてこの国では王宮や鉄道路線の警備を担当していた。
イシュ=ケリオト大公が主犯となって起こした反逆行為でもある王宮事変。そして王宮事変と切っても切り離せない立憲内戦までの歴史。
細かいことは歴史学者の方が圧倒的に分かりやすいだろうし、この事件に関しては陰謀論や都市伝説が多く、その全容は輪郭を失いつつあった。
その為か、この王宮事変に関する都市伝説の精査は、月刊のオカルト雑誌に載せる記事としては比較的評判の良い出だしとなっていた。
「その後…私は違いますが、大公会議が行われた後にイシュ=ケリオト大公が玉座に就いたと聞いた時は驚きましたね」
「なぜですか?」
この疑問に彼女はその理由を教えてくれた。
「イシュ=ケリオト大公は慎重な性格だとお聞きしていましたので、彼があのような暴挙をするのかと驚いたものです」
王宮事変で実行犯となった第二代イシュ=ケリオト大公は、大公会議の後に第二代パトリシア王国国王に選出された。
全ての大公が合意に至ったわけではないが、半数以上の大公が賛成したことでイシュ=ケリオト大公は国王として認められた。
「王が変わろうと、我々は王室を外敵より守る最後の盾となる事。その為、私は立憲内戦の際もこの場所で警護を行っていました」
立憲内戦後、立憲君主派の勝利によって専制君主派であった大公達は領地再編に伴って居住地を首都から離れた場所に移された。
無論、それは当時王宮を警護していた国家憲兵隊にも及び、専制君主派は徹底的に摘み出された。
「貴女はその時に追放をされなかったのですか?」
「でなければ今も王宮で仕事をしていません。私はどちらにも属していませんでしたので、そのことを公式に認めてもらう形で国家憲兵隊に残ることになりました」
彼女はそう話し、逆に専制君主派であった同僚や多くの上司が地方に転勤や公職追放を受けて悲しくなったと語る。
「今使っている日本刀はその時に三代目の国王陛下から下賜されたものです」
彼女の愛刀である太刀はアラベスクの鍔を持った独特な太刀である。国王が自ら玉座の間に彼女を呼んで下賜したという。今でも彼女は肌身離さずこの日本刀を持ち歩いていた。
「この刀は国王から私への信頼の証。私は幼い頃に感染者になったことで不老の道を歩みましたが、この時ほど嬉しかったことはありませんね」
彼女の王室への忠誠が認められた証を前にそう話す。
この国では国王個人の崇拝よりも王室、ひいては国への忠誠が賞賛されることが多い。
これも始まりはアン1世であったが、彼女は自分への忠誠よりも国家への忠誠を誓い、武勲や功労を立てた人物を賞賛する傾向にあった。そのようにアン1世が文化を作ったとも言えるが、これにより毎年の功労勲章授賞式は多くが研究者である。
経済や政治を司る人物も功労勲章が授与されるが、受賞対象は厳格に定められていた。
「あの王宮事変の時、私は遠くで倒れて大公たちに囲まれているアン1世国王の姿を見ただけです。国王はその時、玉座の椅子座ったままではなかったでしょうか?」
「なるほど…」
そこでメモを取りながら河嶌は彼女の話を聞く。
近衛部隊の一兵士として、彼女は以前にも同様に取材を受けていた。別の出版社の記事だが、捏造と妄想を膨らませすぎていたことで使い物にならない記事だった。
王宮事変や立憲内戦では特に良くあることなのだが、記事をより面白くして売れるようにしようと実際の取材とは大きく違うことを書いたりするのだ。それがまた新たな陰謀論や都市伝説を作る原因となるので、正直勘弁してほしいと言うのが本音だった。
同じ記者として思うことではあるが、書きたい記事を書くことは実にいいことなのだが、それを金に直結させ出したらもう終わりである。特にインターネットが発達している今の時代でチンケな誤魔化しなどあっさりと見破られることになって後々に苦情の電話やイタズラ電話が来たりするし、ひどいと業務改善命令を食らったりするのでやめてほしい。特に新聞部。
「ありがとうございます」
「いえ、貴方のような質問は初めてでしたので、記事を楽しみにしていますよ」
彼女はそう言うと煙草を吸い終えてから部屋を後にした。あの様子だと、この静かな店の雰囲気を気に入った様子で、これで店にも貢献ができたなと内心でガッツポーズをしながら布教成功に達成感を感じていた。
頼んだのはウィンナ・コーヒー。子供の頃はソーセージがつっこまれたコーヒーかよと絶対一度は間違えるコーヒーだ。茶菓子には今川焼き…稗田野さんと飯豊姉妹が大判焼きやらベイクドモチョチョやら名称で大喧嘩になるアレだ。抹茶味の生地を使い、中に漉餡と白餡を一つずつ入れたセットである。
「ごちそうさま」
「ありがとうございます」
河嶌はそこで部屋を後にしてアンティークキーを一階のレジに返却しながら会計を行う。
「今日はお仕事ですか?」
「ああ、新しい記事を書くんだ。印刷できたら持ってくるよ」
「分かりました。楽しみにしていますね」
笑顔で見送られると、彼はそのまま列車に乗って出版社に戻る。
「戻りました〜」
出版社の一介の記者である彼はそのまま自分のデスクに座ると、早速脳内で書き起こしていた記事の文章と仕入れた情報をパソコンに打ち込んでいく。
3Dのホログラムを作って王宮事変当時の再現映像を作ろうと言うのが企画の中で上がり、多くの記者が…と言ってもオカルト部の連中なんて頭おかしい連中しかいないので、変な妄想を掻き立てて書こうとする癖を一々叱りつけながら取材だけをさせて情報を持って来させていた。
「よう、オカルト部長」
「誰が部長だぶっ殺すぞ」
軽く茶化しながら話しかけて来た同僚に殺気で返すと、彼は黙々とホログラムを組んでいく。
「あ、それ今度の雑誌特典?」
「ああ、王宮事変の事件当時の再現映像をな」
「へぇ…え?お前一人で作るの?」
「だって、オカルト部の連中に作らせたらどんなトンチキ映像ができるかわかったもんじゃねえよ」
そう言い彼は先月の特典で玉座の間にはアン1世の幽霊がいるとか言う妄想を膨らませすぎた捏造記事を書こうとして怒鳴りつけたことがあったのを思い出した。そのことを同僚も知っていたので少し顔を引き攣らせる。
「あ〜、オカルト部ってまあ飛ばされる先だしな。どっちかと言うと」
「んなの書くならとっととホラー作家にでも転向してくれよ」
「それができたら出版社に残ってねえよ」
「おいおい…」
無責任な同僚の発言に、正直してやられたなと言うのが河嶌の心中であった。この通り、この出版社でオカルト部は時に捏造記事すら書きかねない厄介な連中が集まる部署として社内ではよく言われる。
「まっ、記事の評判自体は結構いいらしいし?オカルト部の部長良い部長しているんじゃない?」
「ふざけんな。オカルト部の部長なってやった暁には本当に取り憑かれて死にそうだからやめてくれ」
「うはははっ、それオモロ」
「笑い事じゃねえってんだよ」
河嶌は同僚に怒鳴りつけると、彼はケラケラと他人事で笑っていた。その事にイラッと来てしまうが、溜飲を下げて河嶌はその同僚に言う。
「なら手伝え。ホログラム作るの得意だろ?」
「え?タダ働きは勘弁だぜ」
「じゃあ仕事中にサボんないでもろて」
同僚の握っていた缶コーヒーを見ながら言うと、彼は返してきた。
「お前だってカフェ行ってんじゃん」
「取材つってんだろう?」
その反論に河嶌はツッコミを入れながらホログラムで仕入れた情報を映像に落とし込んでいた。
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