この仕事に就いてから危険な目にあったことはあるかと聞かれると俺は首肯する。
ある時は麻薬の実態をドキュメンタリー記事としてテレビ局に原稿を送るために犯罪組織に取材をしたり、政治家のスキャンダルを前に張り込んでいたら、政治家の護衛部隊に追っかけ回されたりと、危険な橋を渡り歩いてきた自覚はあった。
警察の世話にさえなったこともあり、その時は流石にやらかしたと肝っ玉を冷やしていた。
しかし真実を書く記事、捏造されたわけでは無い記事というのは最近はよく売れる。じっくりと資料を使って考察を重ねた上で書かれた記事というのは、書いているこちら側も楽しいものだ。
自分の意思、意見は別のコラムで書いて仕舞えばいい。資料や情報を纏め、それをキーボードを叩いで文字に起こしていく。
こうする事で自分の中で何がわからないのかも整理できるし、読者も喜んでくれる。感想なんかも書いてくれるなお良し。
「ありがとうございました」
その日、河嶌の姿は王国のとある館にあった。
彼は取材を終えて館を後にしている最中であり、取材内容は王宮事変についてだった。
「あまりいい内容ではなかったな…」
河嶌は時間を取ったにしてはあまり有益とはいえない情報を前にため息を漏らした。王宮事変の直後のアン1世の葬式の際に棺を用意した業者にも取材を行ったのだが、あいにく使えそうな情報はなかった。
「…仕方ない、地道に行くか」
帰り道の途中、バス停のベンチに座って彼はタブレットを開いてアン1世の葬儀の映像を見ていた。見ていたのはテレビのものではなく、個人が撮影した加工が一切されていない映像だ。
テレビ局の連中に資料映像で求めても良かったのだが『雑誌は終わったんだろ?何でいるんだよ』と嫌味を言われる気がしたので彼はネット上に挙げられた映像を見ていた。
「…」
タブレットで動画を停止して少し巻き戻して再度映像を流す。
「…これか」
映像はアン1世が棺に収められて出棺される映像だ。まあかなり昔の映像なので画質が今と比べて悪いのが欠点である。
それは出棺時のアン1世の棺の重量が軽いと言う噂の話だ。彼女の遺体を入れた棺を乗せた馬車はさほど沈んでいないと言う噂だ。
「…」
何度も同じ場所を再生し、他の個人が撮影した出棺時の映像を見ていく。不謹慎という理由で大手動画配信サイトなどでは公式が出す映像以外は削除されているが、アングラであったり他国にサーバーを置いている会社などではこうした個人の撮影した映像というのは残っていた。
「(確かに、公式が出している映像よりも浅い…?)」
他の都市伝説紹介系の動画を排除しながら彼は動画を見ていく。そして映像に映る馬車の沈み込み方をAIによる計算を行わせていく。
『計測終了』
そこで映像を比較させて二つの映像の差があるかどうかを確認させた。
「どうだ?」
『王宮省の公開資料映像と個人撮影の映像には差異が見られます』
「どのくらい?」
『馬車の車体の沈み込みより、王宮省公開資料映像と個人撮影映像には大凡四〇〜四 五〇キロほどの差があるように思われます』
AIによる判定を聞き河嶌は考える。
「(確か…アン1世の体重は…)」
そこで彼はAR端末も使って検索を行う。検索内容はアン1世の死亡時の体重である。彼女が確実に死亡したことを示すために、当時王に選出されたばかりのカリオテ王が彼女の基本的な死亡時の身体情報は公開していたのだ。
仮にも婆さんとはいえ、女性の身体情報をこんな赤裸々に公開されたら仏さんもたまったもんじゃねえなと思いつつも、彼は記されていた体重を見て、それがAIが馬車の沈み込みから計算した体重との差に合致していた。
「丁度女王一人分の体重か…」
河嶌は呟くと、遠くからエンジンの音が聞こえてきた。
「…あ、来たか」
そこで彼はバス停に五分ほど遅れて到着したバスを見て、現金を支払って乗り込む。そして走り出す車内では酔わないようにタブレットは開かずに窓の外の景色を見つめる。
「…殺害現場の見えない殺人…軽い棺…加工映像…」
次に彼は単語を呟き、手元のメモ帳にそれら単語を書き連ねていく。
何か大きな問題を解決する際に解決するために最も手っ取り早くやれる方法はこうやって言葉に直して書いていくこと。河嶌の場合は特にこの性格が強かった。
「王宮省…立憲内戦…」
既に大量の情報が書き加えられ、彼の脳内では今まで仕入れていた情報を参考に少し思考する。
「分からんな…」
陰謀論に塗れた王宮事変のカリオテ王が反旗を翻した理由。
その後すぐに立憲君主派が反乱を起こさなかった理由。
何も様々な理由が模索され、どのテーマに絞って調べるのかもまた悩みどころであった。
「…やはりアン1世の暗殺だな」
ペンでなぞって彼は全ての事象の発端であるアン1世に関する話。その中でも最もベタな『アン1世は生きている』という都市伝説。
河嶌はこれを個人的にまずは調べていこうと選んだ。
「ふぅ…」
地方都市の駅に到着をしてバスを降りた彼は、そこで駅の近くの店に入って注文をしていく。そこでハムとマスタードのホットサンドウィッチを注文し、目もよく覚めるほどよく効いた粒マスタードを食べる。
「…」
ホットサンドを食べながら駅で列車を待ちながら彼は今まで集めた資料を整理していく。
「前提として、アン1世の殺害された瞬間は誰も見ていないというところだな」
公爵達に囲われていたとか色々と言われているが、あの玉座の間にいた王侯貴族は全員が殺害された瞬間は誰も見ていないということはほぼ確実であった。
「カリオテ王が持ち込んだガラス製ナイフはアン1世を刺し、死因は脾臓貫通による失血死…」
彼女の遺体は二日間の安置の後に王立寺院に埋葬された。この国で埋葬は基本的に火葬か水葬だ。それ以外は基本的に認められない。
理由として土葬だと場所を取るからで、立憲内戦で大量に死者が出たことから手っ取り早く火葬を行なって感染症の拡大を防ぐ目的で決まったという。
「軽い馬車、加工された映像…」
彼の今の疑問はそこであった。なぜアン1世の遺体を隠すような事をしているのだろうか、しかも王宮省ともあろう国家組織が。
河嶌は多数塗れた都市伝説・陰謀論の中からこらを選んだ理由はこれであった。
自分が調べた限りだと、このことに関する都市伝説を書いた記事は存在していない。
自分がいざ都市伝説を作れるかもしれない。しかも確固たる証拠を持って!!
これで興奮しない奴はライター辞めちまえと堂々と言ってやる。
「(遺体はあの棺に入ってなかったっていう噂は本当なんだろうなぁ)」
片手でホットサンドを食べえた彼は、そこで首を傾げながら『棺の中に遺体がいらられていないことを国が隠している』のはなぜなのかと首を傾げていた。
「しかし何故…」
そこで彼は
「…」
会社での取材の打ち切りが決定し、消化不良であった河嶌は個人的な興味から独自取材を行なっていた。
その結果は自己満足なものではあるが、また新しい都市伝説の証明でも出来ればなどというちょっとした子供のような正義感もあった。
帰宅途中の車内で、彼はタブレットを操作して今まで作っていた3Dモデルの映像を何度も見返す。もう何百回と見てきたその映像であるが、取材を用いて作った検証動画である。河嶌が独自で仕入れた情報もあり、取材に関しては自分の今までの誠実さが功を奏して概ね取材は受け入れてくれることが多かった。
「やはりどこから見ても見えない…」
そんな各地に赴いて仕入れた情報を精査し、断片的なものであった事を集めて補正していくと、その中で河嶌は一つ違和感を覚えた。
それは王宮事変の際、カリオテ王はアン1世を暗殺した後の姿は後ろ姿しかないという点。そして暗殺したアン1世はその後誰も見ていないという点だろう。
「…カリオテ王はなぜ彼女を隠した?」
河嶌はそこでその違和感を口にする。彼は暗殺後、アン1世をまるで隠すように膝を曲げたと今までの証言からするとどうしてもそうなる。
普通であるなら、何かしらアン1世に関してカリオテ王であるなら演説の一つでも行うだろうというのが、その後の彼の須賀らしく国民を高揚させる舌を持っていたカリオテ王らしくないと思った。
「…祖母だからか?」
一瞬、彼の脳裏には孫として王族一家の末子として可愛がられてきたのかと脳裏を過るが、直後にカリオテ王には実妹がいたはずだと思い出してこの可能性を否定した。
基本的にまず十三名もいた大公はその分そこから始まった家計も多い。当時、第一公爵に関しては来孫まで成人間近のような年齢だ。
このような経緯から実に子沢山なパトリシア王族は、今でも他国の王族との婚姻関係にもあり『王族の中の王族』とまで称されていた。
「…まさか生きてるわけでもあるまいし」
そこで河嶌は今まで何度も検死されたことで、何処を調べられていないんだろうかと言うほどまで調べ上げられたアン1世の遺体であるが、思えば彼女の国葬の際に一度もその遺体を見ていないなと疑問に感じた。
しかし彼女は不老者と言っても彼女はカリオテ王に暗殺されており、その様子は他の王侯貴族達も見ていた。それは紛れもない事実だ。
王宮事変から一〇〇年以上がすでに経過しており、その真実を知る人間もさほど多くない。
元々この国で高位な王侯貴族になれば、不老化手術を受けることが掟破りとなる。…それは王室典範に記された大原則であった。
その王室典範を用意した人間が不老者となって一二〇年の統治の末に暗殺をされたのだから笑えない。
「…」
列車で帰りながら彼は徐にミントタブレットを取り出す。目をはっきりさせて乗り過ごしをしないようにするためだ。
彼はこの王宮事変の事を独自で調べ始めてからまだ日は浅いが、事前に収集していた情報のおかげで比較的多くの資料を元に王宮事変の再現映像を作れそうであった。
「よし、大部溜まってきたな…」
河嶌はそこで少し満足した様子でタブレットで映像制作の続きを行うと、列車は王国内の地方都市に向かった。
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