その日も河嶌は出版社で仕事をしながら今日も今日とて取材のために会社を後にして事前に予約していた取材先に向かう。
「何だ、今日も外回りか?」
「ああ、珍しい人物とアポ取れたもんでな」
会社から出る際に同僚に話しかけられてそう答えると、河嶌は嬉しげな様子で会社を出ていく。
「(まさかコネクタ家にアポが取れるなんて…!!)」
そこで彼は内心でガッツポーズをして小躍りしながら市電に乗り込んでいく。
コネクタ家。
代々、パトリシア王室に支えてきた侍従長やメイド長を輩出してきた家系だ。元はアン1世が修道女の頃に彼女が異能を用いて治療を施した患者の一人であったと言う記録がある。
初代当主にして初代侍従長のセバスチャン・コネクタを始まりとしたこの家は記録上で唯一、男爵で直接アン1世より爵位を与えられた家だ。
コネクタ家は最もアン1世に近い場所に立っていた言っても過言ではない家柄であり、今まで滅多に王宮事変に関してなどの取材を受けることはなかった。
「今日は取材をお受けいただきありがとうございます」
「いえいえ、今日は調子が良いのでな」
そこで首を横に振って答えるのは先代コネクタ家当主、アレクセイ・コネクタ。元王室侍従長で従軍経験もある男だ。最終階級は大佐。現在は持病の療養のためベットに伏せている。
「それで、今日は王宮事変と立憲内戦についての取材でしたな」
「はい。無理のない範囲でご質問にお答えくださり、ありがとうございます」
そこで用意された椅子に座らせてもらって彼は取材を行っていく。
「概ね、事前の質問状にお答えした通りです。立憲内戦の際、我が家はカリオテ王のお側に支えておりました」
コネクタ家は、立憲内戦の際は侍従長としてカリオテ王に仕えていた。
その後、内戦が第一大公の勝利に終わった事で、多くの専制君主派であった貴族に処分が降ったが、侍従長として職務を全うし、またその仕事ぶりを欲しがった四津ヶ原大公により、当主の座を退かせた穏便な結末に終わっていた。
王城に務める侍従長やメイド長は基本的にこのコネクタ家にて教育を受けた者が仕事に就く。多くの貴族も花嫁修行を行う際はこのコネクタ家に預ける場合が多く、そのためにこの屋敷は男爵の持つタウンハウスの割には大きな施設を備えていた。
「王宮事変の際、我が家唯一の不老者であった初代当主は、その後すぐに病死してしまいました。当時の記録はこちらに」
そこで病床に伏せていた彼は、側にあった手帳を渡してきた。
「…拝見させてもらってもよろしいでしょうか?」
「勿論です」
そこで許諾を得てその手記の内容を読ませてもらう。それはアレクセイが一二〇年に及ぶアン王朝時代に記した日記のようなものであった。
現在のパトリシア王室は四津ヶ原王朝と呼ばれ、建国から続くアン1世の系譜を辿っていた。かつて十三家あった大公は、立憲内戦によって一つの大公家が失われて久しくなっていた。
「…」
その手記を読んでいくと、河嶌はその中で一つ違和感を覚えた。
「(王宮事変から一部の記録がない…?)」
そこで彼はごっそりと抜け落ちている日々の記録があることに違和感を覚えた。それは王宮事変から二週間ほどの短い期間であるが、毎日記録をつけている様子だったアレクセイが抜けることがあるのかと思ったが、当時の混乱の度合いを考えれば、そうなのかもしれない。
「ありがとうございます」
河嶌は手記を返すと、他にも普段はできないような取材や王城の侍従達の話題などに関する話や、教育についての取材を終えると、彼は屋敷を後にした。
「すげえ家だったな…」
規律をそのまま現実に落とし込んだような、絶妙な緊張感があった屋敷に彼はドッと疲れてしまった。
「流石は貴族が奉公させにくるわけだぜ…」
そこで見送ってくれたメイドが完璧な所作で規律正しく背筋が伸びていたことを思い出す。
基本的にこの国では『男らしく、女らしく』の思想の元で性別はキッパリと分けるようにされている。ジェンダーレスも文化としてはあるが、基本的にゲイと百合は認められていない。
話によればアン1世がそう言うのを嫌ったと言うのがあり、『子供作れねえだろうが、どうするんだよ』と発言した記録もあった。
「まあ、こんな所かな」
そこで資料を集めた彼は、ようやく一般の濃い記事にできそうだと思いながら帰路に着く。
数日後、記事を書くためにカフェを訪れた河嶌。
「今日のおすすめは?」
「全部おすすめですよ。まあ、強いて言うならカフェラテでしょうか」
コーヒーの香りが店内を支配しており、幸せが支配する一階の店内で彼は店長のサダミに直接注文をすると、敢えて日本庭園の見えない道路側のステンドグラスの嵌め込まれた席に座った。
「仕事ですか?」
「ええ、ようやく資料も揃ったんです」
珍しくパソコンを持ち込んでいたので、給仕で注文したコーヒーとハンバーガーを提供しながらクサビが聞いてきた。
「何の記事で?」
「前に資料だけ集めてた王宮事変の陰謀論と、その後の立憲内戦までの経緯を精査した記事です。一万字くらい行きそうな長い記事になってしまいそうで…」
「へぇ、それはまた懐かしいネタを…」
そこで提供したクサビは珍しがって反対の席に座った。
「でもすごいんですよ!」
「へぇ、何が?」
「まだ出してはいないんですけど、アン1世が王宮事変で殺害された後の動向が全くわからないんです。暗殺時も全く見た人がいなくて…」
「え?そうなの?」
「はい。出棺の時も映像が加工されていたりとかで…」
河嶌はやや興奮気味に話しながらコーヒーを片手にハンバーガーを食べていく。
「懐かしいねえ、立憲内戦の頃か」
彼女がそう溢した時、河嶌は一瞬ハッとなって彼女を見た。
「(そういえばこの人達も、王宮事変から立憲内戦を経験している人だったな)」
このカフェは昔からここにあり、王国の建国からここで暮らしてきた。
「…その時の話って、聞いたりできますか?」
「ん?別に良いけど、対して面白い話もないわよ?」
「いえいえ、特にあなた方の場合は話すこと全部歴史そのものじゃないですか」
そこでレコーダーを起動して取材をすると、クサビ達は珍しがっていた。
「ははっ、初めて聞かれたもんだ」
好意にしてもらっているカフェに暮らすこの二人は、そこで煙草を片手に取材に答えてくれる。
「どうだったかな…立憲内戦の時、私は西側の臨時編成された鉄道輸送連隊に所属の運転士だったよ」
「…軍属だったんですか?」
「一時期ね、まあ知り合いに頼まれてしまってね」
彼女はそう話し、その時のことを思い出す。
『はぁ?!私に出ろってのか!!?』
『仕方ないでしょう!?こっち旗揚げした革命軍側よ?寝返ってくれる師団の数もまだ足りていないのよ!!』
『だったら運輸ギルドで募れよ!』
『募ったわよ!だから混成鉄道連隊が作られるの!』
高額の報酬と土地売買の融通を条件に結局持っていた機関車で後方の物資輸送に従事していた。国を真っ二つに二分した内戦であったが、立憲君主制を求める西側の趨勢が有利になったことは言うまでもない。
「大変だったわね、軍用列車だからとにかく襲撃が凄くて」
「兵士を貨車に乗せて防衛をした時もありましたね」
そこでサダミもそのことを懐かしく思っていた。
カンナハは西軍に対して無防備都市宣言をしたことで無血開城され、この店も被害に遭うことはなかった。
「お二人は、立憲内戦の際は物資輸送を?」
「私は、カンナハが制圧された後からですね。まあ余り手伝っていたわけではありませんが…」
彼女はそう話すと、そこで二人は立憲内戦の一時は分かれていたのだと察した。
「そうなんですね…」
そこで話を聞いていた河嶌は、その後にぼんやりと気怠げに感じる。
「大変だったわよ?戦闘機で襲撃されたりとかで、戦場じゃないからドローンも飛んで来るしでね…」
「な、ななるほど…」
河嶌は急激に襲ってきた眠気に耐えながら話を聞いていたが、次第に彼は意識を落としてしまった。
「ZZZ…」
そこで寝た河嶌を見て軽くため息を吐いてスフェーンは言う。
「やれやれ、寝たか」
そこでコーヒーとハンバーガーをしっかりと食べ切っていたのを見るとサダミが言う。
「…じゃあ、後をお願いします」
すると何処からともなく現れた黒いスーツ姿の会社員のような雰囲気のある人が現れると、そのまま河嶌と荷物を回収すると消えて行ってしまった。
「しかしアンナもお人好しなことだ」
「才能を見出したの間違いなんじゃないの?まあ、何に使うかは知らんけれども」
軽く肩をすくめながらサダミは空の皿とカップを回収して片付けて行った。
そこでスフェーンは笑いながらカクテルを提供していた。
「ふははは、そうか。今日で引退か」
「ええ、もう懲り懲りですよ。ヒューミントなんて」
そこで白髪髭面で、皺が寄ってダンディーな顔つきになった河嶌はマティーニを受け取る。
「定年退職です。流石にこの歳ではデスクワークすらキツい」
齢にして一〇〇となり、あの日から諜報活動させられる羽目になった彼は苦笑気味にグラスを傾ける。
「でも良いじゃないか。嫁さんも子にも恵まれたんだろう?」
「退職金と年金以外でも大変ですよ。全く」
彼は笑いながらそう話し、玄孫にも囲まれて良い生活を送れているのだろうと言うのが垣間見えた。
「まあ、その分これからはこの店に入り浸ることが出来るようになります」
「ほう、そりゃあ良いことだ」
昔から変わらないスフェーンに話しかけられ、河嶌も苦笑気味にカクテルを傾ける。
「しかし惜しい。君のような人材は、是非不老者になって欲しいものだが…」
「勘弁してください。社長…」
そこで笑いながら話しかけてくるアニータに答える。彼女はあの日と同じモスコー・ミュールを飲んでいた。
「好奇心は猫を殺すとはよく言ったものです。見事にしてやられました」
「ははは。まあそのおかげで君は出版社から栄転じゃないか」
「…海外に飛ばされ続けて苦労する日々でしたよ」
疲れた様子で彼はこれまでの人生を振り返えると、思い出したくもない記憶が蘇ってしまい、アニータとグルだったこの店で自分を慰めるようにカクテルを傾けた。
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