黒鉄市と改名されたその街は、傭兵都市と呼ばれるように傭兵ギルド本部が設置され、多くの軍需産業関係の企業が本社や事務所を構えていた。
街には市が用意した公設市場もあり、そこには個人商が軒を連ねていた。
「へえ、流石に変わったわね」
そんなかつては羽布張り露天ばかりであったあの旧市街の場所と違い、比較的清潔感の…いや、落書きとがゴミが散乱しているからすっかり汚れているが、それでも天井吹き抜け構造の高い施設は、はるかに街の発展具合を表しているように思われた。
『併設して射撃場があります。車両販売所では装甲戦闘車両やテクニカルの試射も行えるそうですね』
そこでルシエルが簡単な施設の解説をしてくれると、スフェーンは館内図としてホログラムが映し出されている公設市場の中央広場を見上げる。
傭兵御用達のカスタム会社から銃器の改造キット。個人が作った兵器まで、ありとあらゆる兵器と名がつくものが置いてあるように見受けられた。
「どうだい?試し撃ちしていかんかい?」
「遠慮するわ」
早速市場で店主が話しかけてきたので適当にあしらいながら彼女は市場を歩く。基本的にこう言う勧誘は、一旦店に入ると物を買うまで出させてもらえなくなると言うのが定石だ。こう言う時は銃で脅すか爆発物で店ごと吹き飛ばすのが正しい対処法である。故に彼女はこう言う場所に来る時は常に手榴弾を持ち歩いていた。
「どうせ手榴弾使う羽目になるし…」
『だからって、無闇矢鱈と爆破されても困りますけどね』
「それはそう」
そこで武器市場で公共奉仕の罰則を与えられている軽犯罪者達の仕事ぶりを横目に彼女は武器市場を散策して行く。
遠くでは
傭兵稼業を行う上で、最も必要なのは自分を守るための十分な武装だ。かといって、過剰な武装は作戦行動をそれだけ遅滞させるので邪魔になる。
特に最近の戦争というのはとにかく足が早ければ早いほど生きる確率は高い。
「ふむ…」
サングラスのARが道案内をしながら公設市場を歩く。
市場では実に多種多様な兵装が並び、その中で彼女はある店に入った。
レッドサンの特集記事を組む上で必要になってくるのは戦績ではなく足跡だ。
「レッドサンって言われてもねえ…」
煙草を吸いながらその傭兵は答える。いかにも典型的な、腕っぷし以外に自慢できるのは股間部だけな雰囲気のあるその傭兵は、かつてレッドサンが所属していたと言われている傭兵団。『カルタゴ傭兵団』の構成員だ。
「俺が知っているのは先々代の団長の話だけさ」
「大丈夫です。知っている情報が多ければ、報酬も弾みますよ?」
ユウキは古い紙製のメモ帳とペンを持って答えると、その傭兵はニィッと笑った。
「いいぜ。まあ使えるかは知らねえけどな」
相変わらず傭兵というのは安い人間なんだなと思う。いや、多分この目の前の男が簡単なだけだろう。そうだと信じたい。
「アイツが来たのは子供の頃らしい。背がちっこくて、先々代の知り合いが連れてきたって話だ」
「なるほど…」
そこで彼からレッドサンについての話を聞く。
数多の情報が真実や嘘を伴って無限に近く散乱している中で、現状把握できた中で確実性が高く、尚且つ最も古い記録としてレッドサンが選抜射手としてこの傭兵団にしばらく世話になった上で、その上で独立した後も度々この傭兵団で仕事をしていたことが確認されている。
「レッドサン。俺も先に傭兵やってた人が散々自慢してたっけな…もう自慢もいずれしなくなったけどな」
「どうしてです?」
ユウキは首を傾げると、その傭兵は話す。
「あまりにも高い場所に行きすぎたんだよ。たまにあるだろ?圧倒的な才能を見せつけられて心がポッキリ折れちまう話」
「…」
「多分、ああいう伝説級に強いやつってのは、いざ目の当たりにしたら何もかも嫌になってくるぜ?」
事実、その当時を生きた傭兵は全員がすぐに引退してしまったという。
「何も強いのが悪いわけじゃねえさ。金は入るし、女も薬も、家も、完全サイボーグ化だってできちまう」
その傭兵は夢を語る。しかしその夢というのも、彼の中では半ば妄想の域だ。事実彼と肩を並べたと言われるブルーナイトは、後に養護施設を運営する財団や傭兵ギルドを立ち上げていた。
「ただ友人は消えるだろうな。強いやつってのは、それだけ死んでくれという人間も増える」
「…」
「最強ってのは、一度なったら最後は死ぬまで狙われ続けるってことさ」
だからこそ、傭兵ギルドでは依頼達成率や依頼回数で等級分けといった行為はされていない。あくまでも記録として、報酬を満額以上で受け取った場合を依頼達成とみなしていた。
「ま、だからレッドサンも相棒に殺されたんだろう?」
傭兵は一通りの話を終えると、最後にそう締めくくってインタビューは終了した。その直後に報酬でウィール紙幣を手渡すと、満足げに傭兵は店を後にした。
「…」
そして一人残ってインタビューをまとめていた彼は、そこで傭兵という世界が自分の全く知らない完全な実力主義の世界でもないことを痛感していた。
「強い傭兵は死ぬことを望まれる…か」
その文字の羅列にペンを何度か突き立てると、その直後に彼はタブレットを持ち出して記事の下書きを書いていく。
レッドサンの中で今でも大きな疑惑として残っているのが、相棒のブルーナイトによる殺害だ。
いまだに軍警察の司法局による判決は司法取引によるものであったとする説が強く、彼の強さに憧れていたいわゆる『レッドニスト』と言われている彼の実力に脳を焼かれた一部の信奉者がいまだに騒ぎ立てている話だ。
おそらくこれはブルーナイトが死んだ後でも永遠と繰り返され、そして自然消滅する噂になる話だろう。あるいは都市伝説となって永遠に語り継がれるか。
軍警察の中に彼が司法取引を行ったといった情報も現状では確認されておらず、しかし状況証拠的に圧倒的にブルーナイトは司法取引によって殺人罪を免れたというのが通説であった。
「傭兵ってのは、意外と難しい職種なんだな…」
彼はそこで奥深い傭兵通しのマナーや鉄則、文化などをこの数日の取材で目の当たりにしていると、傭兵ばかりが使っているこのダイナーでカウンター席に座っていたある傭兵の二人組の話が耳に入った。
「おい、聞いたか?」
「何だ。またネズミ講の話か?」
「ちげえよ」
彼らはそういってから片方の傭兵が言う。
「最近、この辺りですげえ強え傭兵がいるって話だよ」
「知らねえよ。ガセじゃねえのか?」
「違うぜ?何人かの連中がやられたって話だ。すげえ速えオートマトンで敵味方問わずに列車に襲いかかってくるって話だ」
話を持ち込んだ傭兵は半ば興奮気味で言う。
「しかもその機体は赤色だって話だぜ?」
「何だそれ」
「噂じゃあ、レッドサンが蘇ったとか…!!」
「そうか。それで終わりか?」
「え?いやあ…それ以上は俺も知らねえよ」
そこで男はその真偽不明の話に呆れていた。
「ならガセだろ。レッドサンなんて、生きてたって今頃死にかけの老人だぜ?」
「でもよお、顔も年齢もわかんねんじゃあ、ありそうな話だろ?」
「今までいくらでもレッドサンに化けたやつなんているし、それで死んでった奴ばっかなんだ。まあ、そいつと仕事場で鉢合わせないのが最善だろう?」
そう話すと彼らは酒代を払って店を後にしていた。
それはタルタロス鉱山での崩落事故により、レッドサン死亡の噂が経っていた昔の頃の話だ。
最強の傭兵と当時から名高かったレッドサンは、当然彼の名前にあやかって小判鮫のようにカタリをする連中が現れた。
やれ自分はレッドサンである。レッドサンの弟子、レッドサンの師匠…あげ出したらキリのない、愛すべき詐欺師たちが当然のように現れた。
基本的にそう言うのは『騙される奴なんているの?』と思うだろうが、世の中それに釣られるバカが多いのも事実。しかも企業もその便上商法に乗っかった場合もあり、『この武器はレッドサンも使った!』なんて歌い文句で武器を売り出したこともあったとか。それで使える武器なら良かったのだが、実態は誘導装置のついてないロケット砲だったなんて詐欺のパターンの方が多かった。
ーー実力は確かだが、名前は信用するな。
次第にレッドサンの名前はそのような扱われ方を知るようになり、名前が使えなくなったとわかった途端に企業や詐欺師たちは新しく担ぎ上げる名前を探し出して今に至っている。
「(傍迷惑な話だろうなあ…)」
他人事でユウキはそんな小耳に挟んだ話を思い出しながらタブレットで資料をまとめ終えると、右手から投影されたホログラムで連絡が入ったことを確認した。
「運輸ギルドね…」
そこで待ち合わせ場所を確認すると、彼は席を立って店を後にする。
店の外の公園では屋外で、真っ昼間にも関わらず性具を使って昇天している男の姿があり、『よくやるこんな時間に』と逆に感心させてしまう。…いや、多分あれはウイルスが侵入したサイボーグのシステムのせいで昼も夜も、下手したら現在位置もわかんなくなってんな。
隣では多分濃度が悪いか変な安い薬を使ったせいだろう、盛大に永遠と吐き続けている女がおり、その傍でボロ布を纏って地面に倒れ込んでいる浮浪者の男がお恵み求めていた。
「(やれやれ、ダウンタウンでもなかなか見ない光景だ)」
逆に物珍しい景色を前に彼は運輸ギルドに到着すると、併設されていたファストフード店でその髪色を探すと簡単に見つけられた。
「スフェーンさん」
「よ、仕事終わったか?」
太陽の光でわずかに螺鈿色に反射している彼女の髪というのは、意外なことに夜になるとわからなくなるものだった。
「ええ、おかげさまで」
ユウキはスフェーンを出迎えると、彼女は煙草を吸いながら彼と共に運輸ギルドを歩く。
「最近は証明書とか入場券買わないと入れないのよね」
「昔より厳しいんですね」
そこで運輸ギルドの中にある改札の前で操車場に入るための入場券を購入するユウキ。
「多分、コンテナの中に入れて人運んでたのが問題になったからじゃない?」
「ああ、少し前問題になってたあれですか」
「そそ、あれで旅客利益が減ってきたからね〜」
そう言いながら二人は改札を通ってから操車場に入る。
「まあ所詮運輸ギルドも企業がよってたかって作った組織だし、金に絡む問題は手早く動くってことよ」
「ははは、まあ実際問題。金は命より重いと考えるのが企業ですしね」
鉄道輸送の独占を行なっているこの組織のことを思い出すと、ユウキは苦笑気味にスフェーンに返していた。
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