その日、スフェーンとルシエルの二人は
『間も無く制限区間です』
「了解」
列車の運行システムを全て管理しているルシエルが報告をすると、喫煙室で煙草を吸っていたスフェーンは灰皿に吸殻を押し込んで消火すると扉を開けて出る。
「ふぅ」
一服をして彼女は満足げな表情をしていた。そんな彼女をルシエルは白眼視していた。
『相変わらずの喫煙ですね』
「昔からの生き甲斐よ」
呆れるルシエルにスフェーンは軽く言い返すように答えると、自動運転中の列車の運転室に入る。
「やれやれ、禁煙だと苦労が増えること」
『そもそも吸わないでください。あんなもの』
「あんなものと言うな」
二人はそう言いながら運転席に座ると窓から前方の確認を行う。
「全く、昔のカーゴスプリンターよりもこちらの方が長くなってしまった…」
『懐かしいですね。キャビンでロケット弾を放ったのがトドメでした』
ルシエルは懐かしんでいると、スフェーンは突っ込む。
「いや、あれで私胴体に風穴空いたんですけど」
『事故です。その節はご迷惑をおかけしました』
彼女はそう話すと、そこでレンチンしたレトルトの中華丼を白米の上にかけていく。
『中華ですか…良いですね、失敗しにくいですし』
「中華料理を不味く作れるのはイギリス人だけよ」
『それはまあ…』
否定はしない、と言った様子でルシエルは片手に丼を持ちながら食事をする。あっつあつのあんに絡まる白菜や木耳、ウズラ。いずれも中華丼には欠かせず、ここに軽く胡椒を振り掛けて後味をピリッとさせるのがまた最高である。
「…あっ、メールだ」
その時、視界にメールが届いた事を知らせるテロップが出てルシエルが伝えた。
『オークションからです。無事に入札できたようです』
「おお、ナイスゥ」
無事に入札できたことを知ると、スフェーンは少々良い気持ちになってレンゲを進めた。
その後、無事に入札して届いたモノにスフェーンはそのままある場所に持って行って加工を依頼する。
「いらっしゃい…」
「これの加工を、お願いできる?」
その店は山間部に存在している街で、彼女はオークションで入手したソレを加工するように依頼すると、その職人は支払いを確認してから頷く。
かつて、大災害によって社会基盤が失われたこのトラオムの大地において『信仰』というのは重要な要素である。迷信というのは復興して豊かな現在からすれば『なんとなくやっておいた方がいいかもしれない』という風潮があるが、暗暦の時代は神と言うのは全てを解決してくれるスーパーマンのように信仰を受けていた。
ーー大災害以前の旧暦の時代、人類は自ら神になったとさえ言われている。
そして自らを神化させる際に、その進化に反対した人間がこのトラオムの世界に集められたと言う説も歴史学者の間では語られている。
最も、星全体がエーテルの薄殻で覆われて久しいこのトラオムの世界において、もはや宇宙を飛び出していく技術も細々と弾道ミサイルの開発など以外で使われる事はない。そもそも大半の人間というのは、このエーテルに覆われた世界が当たり前であり、この事に違和感がない。災禍時代を迎え、再び覆われるようになってからは尚更だ。
「出来上がりは?」
「そうだねぇ…」
職人はそこでスフェーンが持ち込んだ骨を前に今までの経験でざっと計算する。
「三週間、と言ったところだろう」
「了解。また取りに来る」
「はいよ」
職人はスフェーンに頷くと、早速持ち込まれた材料を使って加工を始めた。
その日、スフェーンはカウンターに丁寧に箱詰めされたある楽器を置いた。
「なにこれ?」
「『カンリン』という笛だ」
そこでカウンターに置かれた箱に仕舞われていた茶色い棒を前に首を傾げるサダミ。
「骨?」
その笛を持って軽くスフェーンは吹くと、その独特な音をサダミは聞いた。
「変な音」
「あら、これでも幸運を振り撒くっていう話よ?」
「へぇ」
サダミはその独特な笛を前にそんなあまり興味の無さげな反応をした。
「元はチベット仏教で葬式とか儀式の際に用いられていた笛で、大腿骨か脛骨を切り出して加工を行う笛よ」
「へぇ」
スフェーンはそこでこのカンリンについての説明を行う。
「犯罪者や非業の死を遂げた人であればあるほど笛を吹くたびに幸運を振り撒くと言われいるって話」
「へぇ…
ん?」
その時、サダミはスフェーンから語られた事実に首を傾げた。
「は?骨?人?」
サダミは彼女の口から出てきた言葉を並べて困惑すると、スフェーンは頷いた。
「YES。こいつは人間の大腿骨で作られる笛だよ」
「えっ!?」
彼女から教えられた事実にサダミは目を見開いて驚いた。まさか人骨を使った笛とは予想外であったので、彼女はカンリンとスフェーンを交互に見る。
「まさか野盗の骨を使ったんじゃないんだろうな…」
やや半眼でサダミはスフェーンに訝しんで聞くと、彼女は心外だと言わんばかりに反論する。
「安心しなさい。死体証明書付きだって」
「ああそぅ…」
ちゃんと合法的な入手手段にサダミは安堵する。
「こいつは四件の強盗殺人と三件の詐欺、十八件の違法麻薬取引をおこなった立派な重犯罪者の骨よ」
「へぇ、確かに重犯罪者だ」
そこでカンリンと共に添えられた一枚の紙製のカードを見る。
国連の紋章が押されたそのカードは、国際オークションで認可を受けた死体であることを証明していた。
このトラオムの世界において、人間の死体というのは付加価値が与えられる。特に犯罪者に対しては賠償金制度によって被害者から容疑者に対して賠償金の支払いを国際信用基金から借金という形で背負わされる。
その借金というのは当然重犯罪者になるほど金額は跳ね上がる。その借金の返済はインプラントチップや犯罪医者に埋め込まれるマイクロチップによって管理され、刑務所から出るとその借金には利息がつき始めるので、早く返済をしなければ借金は膨れ上がる。
べつに借金を返済すればなんも問題はないのだが、問題は返済しきれなかった場合。その場合、国連から完全サイボーグ化による不死化手術を処方される場合もある。この場合はその後にどれだけ自殺しようとも次に目覚めるのは新しい機体にデータを転送されて起動した工場だ。それで気が狂ってしまったと言う話はよくある事だった。
だが問題は生身の人間で自殺をした場合だ。とくにこのトラオムの世界は高層ビルがそのまま電波塔の役割を果たすために、とにかく都市にある施設はみな高い。
簡単に登れないよう対策はされているが、それでも限界はある。
自殺してしまった借金を背負わされた犯罪者というのは、支払い能力がないと判断されて被害者は泣き寝入りをするしかなくなる。そう言った事態を少しでも解消するために、遺体となった彼等はオークションに出品される。所謂死体オークションと言われている催しだ。
このオークションは、葬式代すら払えない貧乏人が家族の遺体の出品を行なって金にすると言ったことにも利用されており、このカンリンのように犯罪者の遺体というのはゲン担ぎの意味合いも込めて高値で取引される。そして高値で取引された死体の中でも人気は太くてまっすぐな骨が取れる大腿骨や腓骨である。そうした骨はかつての信仰に肖ってカンリンに加工される事がよくあった。
逆に生前に善行を積んでいた者などの骨を使うと不幸を振り撒くと信じられており、身元不明の死体というのはこのオークションにおいても企業などがリン酸製造などの為に大量に購入している以外に売れる事はない。
「子供引き取ったし、どうかなって」
「なるほどね…」
そこで両脚の大腿骨で作られたカンリンを前に何度か頷いてサダミは見ると、店内に泣く声がする。
「どーどー」
「腹空いたか?ええ」
その声がしてあやす声がするのは店内の座敷席の一角、ベビーベッドで寝転んでいた一人の赤ん坊。
「すみません」
「いやぁ、懐かしい気持ちにさせてくれる」
「可愛いもんだよ」
そしてそのベビーベッドの周りに集まる常連客達。店をしている間は彼等に引き取った響を任せていた。彼等はサダミ達が子供を引き取った事にも驚いていたが、引き取った当時の状況を聞いて皆が一様に憤慨していた。
「もう安心しな。この二人なら絶対幸せになれるさ」
「いいとこに拾われたね」
常連客はそんな事を言いながらミルクを与えられる赤ん坊を見ていた。
そんな昔の事を話されて響達は驚いた様子でカンリンを見る。
「へぇ、これが本物…」
「流石ですね」
アンドリューも驚いた様子でその茶色く艶のある光を持っているカンリンに触れる。
「どう、学校で使えそうかい?」
「いいの借りて?」
響はそこで人骨を使った笛を見ながら聞くと、スフェーンは即答する。
「壊さなかったらいいわよ。そもそも響に買ったものだし」
「え、これいるかな…?」
学校の授業で欲しいからと言って聞いてみて出てきた品に響は若干表情を引き攣らせる。幸運を撒くとはいえ材料は人骨である。最初は握るのも少し躊躇していた。
「でも綺麗ですね」
「ええ、これでも丁寧に手入れしてきた自信はあるからね」
カウンターでスフェーンは乾燥機から取り出した皿を積み上げていく。
「で、発表どうする?」
「これで行こうよ、面白そうだし」
「ええ…」
時雨が乗り気で言うと、アンドリューはやや引き気味にカンリンを見る。
「歴史の先生に持ってったら面白そうだし」
「どうなの?」
「さあ?」
そこで三人は首を傾げると、二階からサダミが降りてくる。
「おーい、若いの。仕事」
「「「はーい」」」
バイトとして一部無償奉仕をさせられている三人は、閉店後の掃除を行なって二階の個室席の掃除を行なっていく。
「…」
そこで一階で皿を片付けていくスフェーンは、カンリンを手に取ってマウスピースに口を付けてみる。
「いまだに正しい吹き方わかんないんだよね…これ」
彼女はそう呟くと、ルシエルが吹き方の方を調べて伝える。
『唇を震わせるそうですから、音が鳴っているしあたりなのでは?』
「さあね…」
スフェーンはそう言いながらやってみると、やや重たい雰囲気のある音が人気の少ない店に響いた。