あの美しい景色は何度も惹かれる。
今思い出しても素晴らしい光景だったと思う。
あれは一体何だったのか、それは分からないが、只々それは強烈なものだった。
凄いとか美しいとか、醜いとか、汚いとか、そんな全てを超越したようなナニカ。
全てを超えた感覚で、それはおそらくどんな麻薬なんかよりも強烈な印象を残した。
「…」
呆然とオートマトンを見上げながら、私は茫漠とした時間を過ごしている。あれは凄いものだった。
「赤い列車…」
彼女はどうすればまたあの景色に出会えるのだろうかと考えていた。
無論、与えられた仕事であるのでやるべきことを為さなければいけない。
「おい、大丈夫なのか?」
「何がだよ」
そんな少女が呆然と見上げている様を近くを通りかかった複数の人影が話す。アンドロイドと獣人である彼等は、最近の違和感を口にした。
「喜美子、最近よくボーッとしてることが多くないか?」
「昔からだろ?元々マトモな教育をしてなかったしな」
「うーん…」
彼等は訝しんでいた。それは少女がここ最近、何かに魅せられた様に時間があれば常にオートマトンを見上げていた。
「オートマトンばっか見上げていねえか?」
「さあな、子供だし興味でも示したんじゃねえか?」
彼等はそんなことを言いながら赤いオートマトンを見つめる少女を横目に自分達の作業を始めていく。
荒野の中、そのテントとコンテナの並ぶ野営地を見て驚いた声が聞こえる。
「え、本当にあったんだけど…」
荒野の砂まみれの岩陰に隠れながらガンカメラを使ってその様子を撮影していたスフェーンは驚いた様子で見ていた。
「流石ね」
コックピットでその映像を見ていたスフェーンは、ガンナー席で座っていた一人の死にかけた男に話しかけていた。
「ううっ…」
しっかりと閉められたシートベルト付きの座席でぐったりとしていた彼は、今にも吐きそうな勢いで顔を青くさせていた。
「大丈夫?」
「な、なんとか…」
平気な顔をしているスフェーンが話しかけると、彼女は全然無事に見えないユウキに軽くため息をついて操縦席から操作してハッチを開ける。
「はぁ…はぁ…」
ハッチを開けた途端に彼は被っていてヘルメットを外してから地面に飛び出すようにシートベルトを外すと転がった。
「あーあー…」
そして一回転した後に彼はフラフラと立ち上がって再度ゆっくりと地面に四つん這いになった。
「男なのに無茶するから…」
「むしろ、どうしてあんな機動して平気なんですか…?」
ユウキは困惑した様子でスフェーンを見上げると、彼女は乗り込んでいた多脚戦車を降りて荒野に立つ。
「別に最近の機体じゃあ軋むこともないでしょうに」
「
そこで恨み目で見上げてから彼は、一旦綺麗にキラキラを吐き出してスッキリした顔色で見てきた。レンタルした多脚戦車で急加速と急減速、ジャンプといった機動を行った際にシートベルトに締め付けられてボンレスハムの様にさせられた為に胃袋がシェイクされて搾られてしまったのだ。
「何ですか?!崖から飛び降りるなんて正気ですか!?」
「オートマトンなら昔からできたわよ」
「できるわけないでしょう!!?」
ほぼ死に体であったユウキは形の合わない既製品のヘルメットを被らされ、スーツ姿のままガンナー席に座らされていた。
多脚戦車に装備された人工筋肉が引きちぎれるのではないかと思うほど軋みながらワジを飛び越えた時など死ぬのではないかと思うほどであった。
「昔乗ってたオートマトンだともっと早かったんだけどなあ…」
「冗談はよしてください」
真顔でユウキはスフェーンを見ると、彼女は煙草に火を付けながら話す。
「何言ってんだ?オートマトンは意外と機敏に動けるのよ?」
「これ以上の高機動で人がマトモに戦闘行為できると思っているんですか?」
彼は自分がまるで鞄のストラップか何かになった様な気持ちになりながら先ほどまでの移動を思い出していた。
噂の野盗団を探す為に多脚戦車を借りたわけだが、その操縦を担当したのは経験者であると言ったスフェーンだった。
「え?できるでしょ」
「無理に決まっているでしょう!?こんな速度じゃあFCSがまともに照準を定められるかどうか…」
話を聞いてユウキは叫んで偵察用カメラを起動したままの多脚戦車を見る。
「そんなの照準器からはみ出るくらい近づいて撃てば問題ないわよ」
「…全くもって参考にならないということだけは理解できましたよ」
スフェーンのその一言でユウキは全てを察したように諦めた。一体どこでこんなオートマトンの操縦なんてしていたのだろうかと思うが、昔会った時もオートマトンを格納したコンテナだったなと思い出す。
「オートマトンは乗っていないんですか?」
「まあね…古い機体だったし、売っちゃった」
その問いかけにスフェーンは少し笑って返してきた。
その目には少しばかりの後ろめたさがあり、彼女はその行為に後悔しているのだろうと彼は理解する。
「どうしてです?」
なるべく触れないようにしつつ、気になったので質問をしてみると彼女はその問いに少し困ったような様子を浮かべた。
「うーん、それもまた難しい質問だねえ…」
正直に答える彼女は、どこかの政治家や社長を取材するときのような腹の探り合いをしなくてもいい相手だ。
大きな鹿角を伸ばしているその頭で獣人だったのかと少し意外な驚きをしてしまったが、螺鈿に僅かに反射を見せる彼女の灰色の髪は昔から変わっていなかった。
「で、そろそろ戻るかい?」
「ええ、ここら辺は空間エーテル濃度も高くなっていますからね」
そこでユウキはこの荒野の空間エーテル濃度に少し敏感に反応して機内に戻っていく。
まだ異能者の顕現があるとはいえ、エーテル病に対する偏見と疑惑が横行していた時代。百年単位で熟成された差別の意識はまだ消すには時間がかかった。
「もう吐かない?」
「ええ、そう何度も吐き続けられるほど胃酸も大量に作れませんからね」
「ああ…そう…」
そこで二人乗りの複座型多脚戦車のコックピット席に座り込んでハッチを閉めると、彼の視界には起動したFCSと股にはロックの掛かった操縦桿が伸びていた。
「こっちに火器管制回せる?」
「あ、ちょっと待ってください。僕、そういうのは不得手で…」
「OK」
そこで狭いコックピットに乗り込んだ二人はそう話すと、スフェーンは自分の手を借用した多脚戦車のシステムと接続させてルシエルがシステムを操作してガンナー席から射撃管制システムを操縦席に移動させた。すると一連の動作を見ていたユウキが感心して聞いてきた。
「すごいですね。ワンオペで操作ですか?」
「そうよ、二人乗りの贅沢なタクシーの完成よ」
エンジンを起動し、すべての外部の情報を入手する彼女は借りた多脚戦車の76.2mm主砲が起動すると、照準が旋回砲塔に沿って動く。全周砲塔を装備したこの車種は、小口径砲を備える代わりに速射性と装弾数を確保していた。典型的な対地対空両用車両である。
「詳しく知らないんですけど、多脚戦車ってこんなに狭いんですね」
「少なくとも君みたいにジャケットにパンツで乗り込むような車両じゃないわね」
スフェーンはそう言い、自分はナッパ服の上に防弾チョッキを纏っている状況を軽く笑っていた。
「元々こういう移動方法で考えていなかったんだから仕方ないじゃないですか…」
そんな彼女に反論してユウキは返すと、彼は胸元に自前の拳銃を下ろしていた。自衛用の武器であるが、少なくとも今は自衛をする必要のない状況であることに間違いなかった。
「索敵カメラの使い方は?」
「一応は」
「まあそれで好きに撮影して頂戴。こっちは偵察に専念するだけだし」
「分かりました」
ユウキは偵察中の車両でカメラを展開してその野営地の撮影や偵察を行っていく。
幸いにも反企業系組織の人間とは報道機関の人間と言ったら信用してくれたため、簡単にその場所を教えてくれた。代わりに自分たちのことを書いてくれと言われ、その仕事を彼の部下であるという新人記者に丸投げしていたのだが…。
「どう?」
「問題なさそうです」
時間帯は昼間、十三時といった頃合いだろう。この時間帯では流石に砂漠迷彩を施された車両とはいえ目立ってしまう。
身から識別のためのマーキングも、そもそもレンタル車両であるので必要がない。
流石に傭兵ともなると自分が死んでも持っていた身の回り品で誰の死体かを識別してもらうためにマーキングは必須となる。
「よく見えます。これなら、しばらく張り込んでいたら噂の機体も見つけられそうですね」
ユウキはそのカメラで野営地を撮影しながら自分の携帯に撮影した映像を落としていく。
この野営地の映像の中に襲撃を行う赤い機体、レッドサンと同様の機体を探し始める。
「しかし、思っていた以上に反企業系組織って生き残っているのね」
「まあ、投票による議会があるといっても候補者は莫大な企業の支援を受けた子飼いの議員ですからね。一部じゃあ、自然主義者が支援を行なっているという話もありますし、色々とありますよ」
「なるほど…」
スフェーンはそこで頷く。そして呟く。
「まあ、私には到底理解できなさそう話ね」
「はははっ、まあそんなややこしい事態は政治部に丸投げしてしまった方が僕としても楽でいいんですけどね…」
ユウキもそれには苦笑気味に返すと、撮影した野営地を携帯で拡大する。
「うん…軍用車両は流石ですね。よく撮れてます」
そこで彼はレンタルした車両でも十分に見渡せる野営地を見てつぶやいた。
「どのくらい?」
「こんな感じです」
そこで携帯を持ち上げてユウキが言うと、写真を拡大して見せた。
「ほお〜…」
それを見てレンタル品にしてはよく撮れている野営地を見た。
彼女達は荒野にいくらでも転がっている岩山の影に隠れており、野営地で働いている様子の面々はまるで気がついていなかった。
「ドローンからの偵察は?」
「いや、やめた方がいいでしょう」
ユウキの提案にスフェーンはその野営地の写真を拡大して見せる。
「対空レーダーを装備した車両が止まってる。これじゃあ、ドローンを打ち上げても撃墜されるでしょうし、何より向こうに警戒されるわね」
「…」
すっかり傭兵としての経験が表に出てしまっていた彼女の返答は、ユウキをやや驚かせた。
「あと向こうの車両数も判明していない上に、武装要員の全容が把握しきれていない以上、向こうのことをよく知りたいならここで数日待って偵察するしか方法がないでしょうね」
彼女は淡々と言うと、聞いていた彼は目を丸くしてスフェーンを見つめていた。
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