荒野にて企業のものと思われる野営地の偵察を行っているスフェーン達。
星全体がエーテルの薄殻によって覆われたこのトラオムの世界において、人工衛星というのはエーテルによる侵食をモロに受けるのでその殻の外を周回して飛行を行うと今度はエーテルの放つ燐光によって地上の撮影は極めて難しいものとなる。
そのため、この世界において偵察というのは高高度を飛行する航空偵察が主な偵察方法である。その際、電磁パルス攻撃による被害を恐れ、長距離偵察など光ファイバーケーブルが届かない範囲での偵察は偵察機を使用する有人飛行が求められる。だから軍警察も戦略偵察の為に偵察機を使用していた。
「…」
夜、満月が夜空や大地を照らす中、暗闇の荒野の中を足元の砂利を踏みつける音が聞こえる。
「スンゲェ」
その影は呟くと、その掛けていたサングラスに夜でも燦々と照らされた野営地が映る。それほどの光量で照らされた野営地は、それはそれはよく見ることができた。
『少なくともただの野盗でないことは明確ですね』
「むしろ『自分たちは企業の回し者です』っていっているようなものよ。これじゃあ」
ルシエルとそう言い、よく照らされた野営地を彼女は見て、そこで作業中の整備員を見る。
普通、こうした夜でも燦々と煌めいている場所は都市部以外では見かけない。理由として灯りを参考に野盗が襲撃を行うからだ。夜というのは今も昔も犯罪が横行する、色が全て黒色となる世界。自分達の存在を認識され難い最善の方法は暗闇に紛れることだ。
明るいというのは、この一面が荒野で塗れた世界であれば遠くからそこに何かがあるという証左だ。確かに煌めいていれば野盗は姿が映ることを嫌って避けるだろう。しかしそうした野盗団の中でも十分な武装を持った大規模な野盗ともなれば、そもそもが街を襲撃して金品を奪いに来るのだ。
街を相手にできるほどの実力を持った集団であれば、明かりは逆に命取りとなってしまう。無論、治安向上も兼ねて軍警察が野盗討伐任務を実施することもあるが、如何せん数が多すぎる。とても間に合っているとは言えない現状であった。
『何をしているのでしょうか?』
「そもそも企業のロゴが分からないんじゃあねえ…」
野営地に積まれたコンテナや物資を見ながら彼女は呟くと、一切のロゴが隠されている目の前の野営地の観察を行なっていく。
『視界内に確認できる兵装としては、武装した兵士が六〇名。多脚戦車三両、オートマトン格納コンテナが最低五台確認されます』
ルシエルが野営地に次々とマーキングを行っていくと、そこで監視を行なっている自走ターレットや無事を持つ監視兵を見る。
「全周ヘスコ防壁に囲まれているわね」
『あの分厚さですと、こちらの対戦車榴弾でも貫通は困難かと』
「劣化ウラン弾は?」
『さあ…?』
過去の遺物となった兵器を持ち出され、ルシエルは首を傾げた。
エーテル機関とエーテル兵器の登場によって核技術は大災害以前には廃れてしまい、今ではなくロケット技術が僅かに残されているに過ぎない。
そもそもとして整備性や安全性、効率性などの完全上位互換であるエーテルや関連技術の発展によって核技術はエーテルの欠点が露呈する宇宙空間以外ではほぼ使用されなくなっていった。
星を覆っているエーテル層は簡単にそこを通り抜けようとする全ての物質に侵食をするため、トラオムに住むすべての人々はこの星にしがみつかざるを得なくなっていた。
「…」
そこで視界を望遠にして野営地を観察する彼女は、その後にその場を去って野営地から見えなくなるところで話しかけられた。
「どうでしたか?」
「相変わらずビカビカに光ってるわよ」
多脚戦車の足元で戦闘糧食の準備を行なっていたユウキが話しかけてきてスフェーンは答えた。
この数日間、二人はこの荒野に滞在して噂のオートマトンがいると噂された野営地を監視していた。
「夜なのによくやるわ」
「それだけ野盗に襲われない自信があるのでは?」
ユウキは答えると、スフェーンは首を傾げた。
「話を通したとか?」
「いやいや、純粋にあれだけの自衛火器を有していれば野盗はまず襲わないでしょう」
そんな彼女の推察に苦笑気味にユウキは返すと、彼女は多脚戦車に持ち込んだトランクケースを開けて中から瓶詰めを取り出した。
「なんですかそれ?」
「瓶詰め。自家製のピクルスよ」
彼女はそう言い、食べかけなのか簡単に空いた瓶の蓋を取る。
「セロリのピクルス」
その瞬間、ユウキの眉が反応した。
「育って来た環境が違うから〜」
「違う、そうじゃない」
そして即座にツッコミを入れるスフェーン。
「結構な自信作なのよね〜」
「へえ…」
彼女はそう言って取り出した酢漬けに、ユウキは恐れることなく一つ摘んで口に入れた。シャキシャキとした食感に独特なセロリの若草の様な香りと酸っぱい味覚、そこにほんの少しくる辛味。
「うっ…」
「あら、セロリは苦手?」
「いえいえ、パクチーより全然好きですよ」
彼はそう言い、戦闘糧食を口に入れる。しかし急いで口に入れたことで軽くむせてしまう。
「んんっ!…あとこの戦闘糧食よりは」
「あら、それは美味しいと評判の軍警の戦闘糧食よ?」
スフェーンは予想通りであった様子で、大して驚くこともなく温められた戦闘糧食を食べていく。
「まあ流石に街で食べるような食事は、ここじゃあ望まないことね」
「ええまあ…覚悟はしていましたよ」
彼も諦めた様子で戦闘糧食を食べていく。
「でも意外ですね。軍警の戦闘糧食は非常食にも使われているとはよく聞きますが…」
「ええ、この戦闘糧食は傭兵だったら必ず買うくらいには味も安定しているもの」
「なるほど。僕も今度非常食で買ってみようかな?」
「良いんじゃない?何が当たるかは分かんないけど」
そんな事を言いながらレトルト飯を食べるスフェーン。
兵士たちに食の楽しみに与えるため、こうした戦闘糧食はさまざまなメニューがランダムで入っており、こうした戦闘糧食は長持ちすることも相まって野盗からもよく狙われる物資である。特に軍警察の戦闘糧食は人気で、通販でも簡単に買える上に、確実に注文したものが届くとして今でも軍警察の収益に計上されるほどの売れ行きを見せていた。
「戦場で腹が空かないっていうのは素晴らしいことよ、全く」
「スフェーンさんは知っているんですか?」
「ええ、昔仕事をしたことがあるもの」
ユウキの質問に彼女は頷くと『軍隊カレー』を口に入れていく。
この軍隊カレーは、海軍のカレーと違って具がほぼベースト状まで刻まれた人参・玉ねぎ・ジャガイモが投入されており、食感らしい食感がないことから嫌味も込めてこのあだ名がつけられていた。
「どんな仕事を?」
「はて、どんな仕事だったかねえ…」
軽く惚けるように彼女は返すと、ユウキは彼女が傭兵として何をしていたのだろうかと疑問に思った。
一瞬、軍警察で表沙汰にできないような任務でも負っていたのかと邪推していたが、この女性がそんな面倒な事をするだろうかと思ってその考えはすぐに捨てていた。
「まあ、一つ言えるのはあまり楽しくない仕事だったかなぁ…」
「へぇ…」
一体何をしたのだろうかと疑問に思ったが、あまり話したがらない人間に対して無理に聞こうとするのは相手の心情を悪くする行為であることは今までの経験で分かったいたので、親しい人物を相手にユウキはこれ以上踏み込むことはしなかった。
あの景色は一体何だったのだろうかという疑問に、おそらく誰も答えることはできない。
あの不可思議な少女が私の額から与えた奔流は、何とも表現がしずらいものだ。
しかしあの灰色の髪には見覚えがあった。
それは人混みの中でお父さんと逸れてしまった時に、よく分からない施設で出会った二人組の男女。その女性は記憶に残る特徴的な髪色をしていた。
どうしとあんな髪色になるのか、どうして鹿角が女性なのに生えているのか、それは分からない。しかし分からないが故にその奇妙さが興味を掻き立てる。
「喜美子、次の仕事だ」
「はい。分かりました」
お父さんに命令を受けて少女は頷くと、彼女は圧迫止血や麻酔投入を行う為に特別に作られたパイロットスーツを纏ってオートマトンに乗り込んでいく。
かつて、最強の名を欲しいままにした傭兵を育成する方法を模索する計画は国家予算を投じて行われており、彼女はその中で最も良い成績を挙げた個人であった。
既に必要なデータ収集は完了しており、彼女を素体にしたクローンモデルの生産も予定されていた。
「最近はオートマトンに興味がある様子ですね」
「ああ、新たな兆候ではあるが、予想された兆候でもある」
そこでお父さんはオートマトンを見上げて呟く。その隣でお母さんは少し目元を鋭くする。
「しかし、最近の彼女の行動の変化は危険なのでは?」
「あの赤い貨物列車に執着してるっていうやつか?」
「いえ、正確には赤い塗装の車両に執着している事です」
まるで闘牛の様だと揶揄されている今の状況を彼女は危惧していた。
「問題無かろう。おかげで成績は向上し、より本物に近付いているだろう?」
「しかし…」
不安視する彼女にお父さんは返す。
「探究は研究者の真髄だ。より高みを目指して悪いこともなかろう」
そこでコックピットハッチが閉じられ、専用にチューニングの施された試作オートマトンが動く。再現しようとしている傭兵に肖って塗装も再現したその機体は、エーテル機関の鼻笛の様な音色を奏でて起動する。
「…」
そのコックピットで、乗り込んだ少女はヘルメットに表示される外の景色を見つめる。
走り回る作業員はいつも十分な補給を受けてこの機体を万全な状態にしてくれている。いつもと変わらない景色。
それでは駄目なのだ。あの煌めきを感じたい。もう一度あの煌めきを見たい。
しかしあの列車は見ることができない。お父さんやお母さんに聞いて赤い貨物列車を多数見たが、いずれもあの煌めきは見れなかった。
「…あ、か」
その時、少女は戯言の様に呟き、天幕で覆っただけの簡単な格納庫から赤色の機体が出ると、徐にFCSを起動する。
「…」
そして次に彼女は自分が持っていた25mm自動小銃を操作する。
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