「?」
驚いた様子の男に目の前の女性は首を傾げた。
太陽光に当たって螺鈿色に僅かに反射する長髪。濃い色のサングラスの奥から見せる灰色の瞳。
「どうした?」
その女性は問いかけてきたので、男はそこで驚きで出てこなかった声を出した。
「あの…もしかしてスフェーンさん、だったりしますか?」
「は?」
その瞬間、女性は心底驚いた顔をした。その反応を見て大当たりだと内心でガッツポーズをしながら恐る恐る聞いた。
「あ、あの…覚えていますか?私…ああいや、僕…ユウキです。ユウキ・ベッカー、ラストタウンでお会いした事があるのですが…」
「…ああ」
そこでスフェーンは一拍置いて思い出した様子で頷く。
「ラストタウンのクソガキか」
「ゔっ、はい……」
初手で過去の黒歴史を掘り返されて反応に詰まってしまうユウキ。するとそんな彼にスフェーンは笑ってユウキを見る。
「へえ、久しぶり。大きくなったじゃん」
彼女はそう言うと、ユウキは少し安堵しつつ呆れた様子で答える。
「…もう何年経っていると思っているんですか…」
ユウキは軽く吐息すると、改めてスフェーンを見た。
「お久しぶりです」
「ええ、まさかこんなところで会うなんて思っても見なかったけど」
彼女もやや驚き混じりでユウキを見ると、彼もこの偶然の出会に驚いている様子だった。
「スフェーンさんは今も運び屋をやっているんですね…」
「ええ、君は?」
「私は、ローデン日報の記者をしていますよ」
「へえ、サブラニエの大手じゃん。優秀なのね」
スフェーンはユウキを見ながら感心した様子で答えると、二人は近くのベンチに座る。
「ラストタウンは…まあ言うまでも無いか……」
「ええ、今はサブラニエの鉱山都市です。以前はユクレインだったんですけどね…」
「まあね、戦後政策の失敗でオロシャの経済共同体になった時点で分かりきってた話でしょう」
そこで昔と変わらずナッパ服を着て防弾チョッキや散弾銃を背負っている彼女に、ユウキも少し嬉しくなってしまう。
「で、今日は態々記者がこんな街に来る理由なんてあるの?」
「ああ、会社の雑誌部に出向してて、それで…」
「はえ〜、なるほどね」
スフェーンはやや適当に答えると、そんな興味の無さげな彼女にユウキも苦笑気味に一応の説明をする。
「元々は政治部にいたんですが…盟約同盟に行くついでに仕事を依頼されて…」
「出世してんの?」
「一応、これで全部の場所を回った事になるので、出世街道ではありますね」
「なら良いんじゃない?」
彼女はそう言うと、立ち上がって彼を見る。
「どう、お酒でも行くかい?」
「良い店でもあるんですか?」
「旧市街の方なら、あるかもね…」
そこで彼女はユウキを案内した。
そしてスフェーンに連れてこられた場所は、旧市街にあった。
「ここですか?」
「そう、まだ立ち退き前だったみたいね…」
基本的に旧市街は治安が悪い。ユウキも自衛として懐に拳銃を持ってはいるが、スフェーンのような目に見えてわかる威嚇として持っているわけではなかった。
「昔からその散弾銃なんですね」
「ええ、まあ他にも武器自体は揃えているんだけれどね…」
ユウキにそう答えると、彼女はその散弾銃を肩に掛け直してから店の扉を開ける。
「いらっしゃい」
「失礼するよ」
その店は小さな居酒屋とでもいうべき店舗だ。雑居ビルの一つに入っており、赤い提灯がぶら下がっていた。
そんな小さな店のカウンター席の隅に座って二人は早速注文をしていく。
「この街にはよく来るんですか?」
「いや?今回は仕事の関係できただけよ」
ユウキの質問に彼女は淡々と答えていくと、聞いていた彼は自分の中で子供の頃に出会った彼女よりも随分と
少なくとも自分の中でスフェーンというのは、少々男勝りな部分があったように見受けられたので、これに関しては少し意外だと思ってしまった。
「何というか…変わられましたね」
「当たり前よ。何年経っていると思っているの?」
彼女はそう言いユウキを見てくると、彼女の瞳の色が変わっていることを察していた。
「目も特徴的ですね」
「ええ、昔事故に遭って緊急で義眼を入れなくちゃならなくてね」
「ああ、なるほど。そういうことですか」
そこで彼女の虹色という独特な虹彩を持っていた理由を理解して彼は頷くと、スフェーンは出てきたどて煮を箸を使って食べていく。
「んん〜、美味い」
「本当ですね」
そこで二人はどて煮を食べて満足げに笑みを浮かべる。
「しかし、あの時の若造がお酒まで飲んじゃうとはねえ?」
「そういうスフェーンさんだって…同じじゃないですか」
ユウキはそう言い、昔のあのとんでもなく大きく見えていた頃を照らし合わせる。
思いがけない再会であったが、懐かしみながらスフェーンと話す。
「他の二人は?」
「今は結婚をしてしまいましたよ」
「ふははっ、それはめでたいねえ」
スフェーンはユウキに笑って晩酌をする。
「私なんかもう半部売れ残りみたいになってしまって…」
「まあまあ、いい出会いあるでしょう?」
そんな世間話をしながら二人は居酒屋で酒を飲み交わしていた。
その後、会計を済ませて居酒屋を後にした二人は運輸ギルドに向かっていた。
「…あれ?」
その時、ユウキは運輸ギルドの前の広場のベンチに横になっている少女を見て首を傾げた。
「どうした?」
「ああ、いえ…」
スフェーンが隣で話しかけてきたので、ユウキは一旦は首を横に振ったものの、ベンチで横になっている少女が気になっていた。
「あの子?」
すると視線でスフェーンは気がついて話しかけたので、彼は少しゆっくりと頷く。
「はい…昼間に見かけた子だったのですが…」
「ふむ…この街で子供一人?」
スフェーンもそこで少し視線を鋭くしてその少女を見る。少なくともこの傭兵都市、お世辞にも治安が良いとは呼べない。
そんな都市で子供が一人というのは、誘拐の危険性がある。
基本的に子供というのは、用途としては多数ある。そもそも人間自体に付加価値が多数あるような時代だ。一体どんな目的があるのかは定かではない。
「危ないわね…誘拐されるわよ?」
「ええ、少し心配ではあるんですが…」
ユウキはどうしたものかと思っていると、隣でスフェーンはツカツカとそのベンチに近寄る。
「スフェーンさん?」
「軍警に通報して引き渡せば十分でしょ?」
彼女はそう話して少女に近づくと、彼女はベンチで寝そべっていた少女を見た。
「大丈夫?」
「…?」
話しかけられた少女は首を傾げた様子で、眠たげな目元を擦って体を起こした。
その黒髪の短髪で、茶色の瞳が特徴的なその少女は、スフェーンを見上げて首を傾げていた。
「おーい」
「…」
そこでスフェーンは軽く手を振るが、少女は呆然とそれを見ていた。
「大体、パジャマ姿でこんなところ歩くんじゃないよ」
スフェーンはそんなことを言いながらベンチで寝ていた子供を見る。
『スフェーン』
「(ええ、分かってる)」
そこでルシエルはその少女を前に軽く忠告を行うと、次にスフェーンは散弾銃を腹の前に持ってきながら少女に触れると、その後に少女の瞳にライトを当てる。
『体温、三六.六度。脈拍一〇〇。視線に動揺あり。若干の緊張状態の模様』
「(サイボーグってわけじゃないのね)」
スフェーンは金属反応も一切感じられない様子の目の前の少女に安堵していた。彼女はこんな治安の悪い都市で、少女一人でいられるということにまず懸念があった。それはこの目の前の少女がサイボーグの可能性だ。
サイボーグであった場合、少女は体の中に武器類を隠し持てることも可能なわけだ。少なくともこの傭兵都市で子供が一人で昼から夜までいれるなんてまずありえない話と言えた。
「健康面は問題なさそうね…大丈夫?」
「?」
そこで話しかけてみるが、少女は呆然とスフェーンを見るだけだった。
「(言葉、通じてる?)」
『さあ?意思疎通のための返答がない以上、私も計算しかねます』
ルシエルもこの少女を前に多くの可能性を予測していたが、情報不足から断定することができなかった。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「なまえ…?」
少女はわかっていない様子で首を傾げており、スフェーンはこれもダメかと言い方を変えた。
「じゃあ、なんて呼ばれていた?」
「よばれていた…?」
しかしこれもダメな様子だった。白いパジャマのような服を着ていた彼女だが、直後に運輸ギルドのベンチで彼女に話しかける声が聞こえた。
「喜美子!」
「お父さん…」
そこで名前を呼ばれて振り返ると、そこでは一人の男が立っていた。
「こんなところにいて何をしていた?」
「大変申し訳ありません」
少女はそう言い、お父さんに頭を下げた。するとお父さんはスフェーン達を見て聞いた。
「すみません。うちの子が何かご迷惑をおかけしておりませんか?」
「ああ…いえいえ、こちらも見つけたばかりでしたので…」
ユウキはお父さんを前に自分たちが誘拐犯として難癖をつけられないようにするために答えていくと、スフェーンは次に少女とお父さんを交互に視線を動かして立ち上がった。
「迷子だったのね」
「申し訳ない」
お父さんはそう言って喜美子の手を取った。
「さ、行こうか」
「はい、分かりました。お父さん」
そこで彼女はその手を取ることに違和感を持つこともなく握り返すと、そのままベンチを後にした。
「「…」」
そして視界から消えるまでその男は愛想良くこちらを何度か見て会釈をしてから消えていくと、スフェーンはたきほどまで少女が座っていた場所に座り込んで煙草に火をつけた。
「…随分と他人行儀に見えなかった?」
「あ、やっぱり。そう思いました?」
そこで彼女が口を開くと、ユウキも同じことを思っていた様子で安堵していた。
「何というか…父親というには顔つきも似ていませんし…あの喜美子ちゃんも何というか…」
「そう言われるようにされている?」
スフェーンの疑問にユウキは大いに頷く。
「そうですそうです。少なくともナルクとカオリはあんな感じじゃないですし…」
「養子かねえ…」
「養子?あんな子育てをしてなさそうな父親がですか?」
軽く彼は鼻で笑うと、スフェーンは言い返す。
「売れ残り自認してるやつに言われたくはないでしょう…」
「いや、そう言いたい訳じゃないんですけど…」
ユウキはそう言い、少し表情を引き攣らせてスフェーンを見た。
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