『
かつて、旧暦の時代。…正確に言えばまだ人類の歴史で『西暦』が使われていた頃の時代に作られた言葉だそうだ。だから古語の一つの英語で書かれている。
この言葉は1914年、イギリスの作家H・G・ウェルズが著した著作に由来するとされている。
しかし後年、この言葉は軽蔑的な意味合いで使われる言葉として、いわゆるスラングとして長きにわたって使われる言葉となる。
この言葉の起源となった戦争である第一次世界大戦。
それまでの戦争の認識を大きく変質させたその戦争を、後に英国首相となる男が執筆した著書でこう述懐している。
『戦争からきらめきと魔術的な美がついに奪い取られてしまった。
アレキサンダーや、シーザーや、ナポレオンが兵士達と共に 危険を分かち合い、馬で戦場を駆け巡り、帝国の運命を決する。そんなことはもう、なくなった。
これからの英雄は、安全で静かで、物憂い事務室にいて、書記官達に取り囲まれて座る。
一方何千という兵士達が、電話一本で機械の力によって殺され、 息の根を止められる。
これから先に起こる戦争は、女性や、子供や、一般市民全体を殺すことになるだろう。
やがてそれぞれの国には、大規模で、限界のない、一度発動されたら制御不可能となるような破壊のためのシステムを 生み出すことになる。
人類ははじめて自分たちを絶滅させることのできる道具を手に入れた。これこそが人類の栄光と苦労のすべてが最後の到達した運命である』
その後、全てを終わらせるはずだった戦争は、新たな戦争の火種となって再び世界大戦を巻き起こし、その後の世界中の民族戦争の火種を蒔いた。
この第一次世界大戦は、本格的に戦争が大衆化することとなった引き金でもあると考える人もいる。
健康で丈夫な体でなければまともに槍を振うことすら叶わなかったこれより前の時代、戦争というのは一部の上流階級の人間のみが参加できた行為であった。そもそもこれより昔は食料を確保するのに苦労していたような時代だ。当然、戦う体力をつけるには大量のカロリーが必要であることは、今の時代ではよく知られた事実である。
鍛え上げられた体を維持すると言うのもまた大変な話である。その中で生活が日々豊かになるにつれて大半の民衆が軍人になるために必要な教育と食料を平等に与えられる機会があった時代には、多くの人間が徴兵によって戦力として数えられるようになった。
そして時代の流れとともに大衆化された戦争というのは、実に様々な絵面を見せつけることとなった。
『全てを始めるための戦争』
これはかつて、このトラオムで行われた大災害後初とされる国家間戦争である『南北戦争』を比喩した言葉である。
事実、現在トラオムで使われる暦である『世暦』は、当時のサブラニエ人民共和国連邦がエーテル・ボンバを落とした年を元年と定めているからだ。
大災害以降、企業間抗争やエーテル降雨による世界の荒廃で、多くが都市国家のような様相を呈している中、これらを取りまとめようとする動きが盛んになり始めたのがこの時期だ。その過程で誕生したのが、都市国家連合を取りまとめる形で誕生した『国家』と呼ばれるものだ。
この国家を名乗った連中は実に長い間、戦争を繰り返してきていた。
場所はウエルズ大陸北東部、その地域は『パシリコ地方』と呼ばれている。
かつてその地方には広大な領土を持つ国家が存在していた。
しかしその国家は永世中立国に侵攻を行ったとして世界の警察の介入を招き、十年の戦争の後に敗戦。その後その国家は諸種族・諸民族による無数の自治国家となって分裂した。
『間も無く、目的地の駅です』
「了解」
ルシエルから伝えられ、運転台でマスコンを操作しながら頷くと、スフェーンはブレーキをかけて速度を落としていく。荒野の上に敷設された長い二本の鉄線が地平線まで敷かれたその光景の中、一般の貨物列車がコンテナを満載にして運行していた。
積載しているのは依頼のあった食料品や装備品である。
「おーい」
「ん?」
そこで話しかけられてスフェーンは振り返ると、そこでは大きな耳が特徴的な黒髪の少女がナッパ服に獣人用ヘルメットを被っていた。
「飯だ」
「おお、ありがとう」
同乗者でおり、仕事仲間であり、相棒であり、妹的存在でもある稗田野 サダミ。…今は免許証の名前であるコーディエライト・シャノワールとして暮らす彼女は、現在この列車の住人として暮らしていた。
「今度の仕事はまた面倒な仕事を引き受けたものだ」
「まあ長い事紛争やってる様な土地だしね」
そこでサダミが作った塩むすびを食べながらスフェーンは目の前の景色を見る。
「みて、線路ガタガタ」
そう言い、目に見えてわかるバラスト軌道の線路の歪みを見て表情を引き攣らせるスフェーン。その線路の状態にはクサビも思わず苦笑いをしてしまう。
「流石に酷いな…管理されていないのか?」
「あまり使われてない路線だからじゃない?」
二人はそう言いながら大きく揺れる車内を見る。
「おーおー、凄い。これは凄い」
「少なくともティーカップ使って飲めねえや」
そんな事を話しながら最低限の保線作業以外が施されていない路線を通過すると、途中で高床式ホームの単線の駅舎が現れる。
「一旦ここで停車ね」
「分かった」
その無人駅を前にブレーキをかけて列車は停車すると、運転席の横の扉を開けて二人は列車を降りる。
「んっ!んん〜っ!!」
「流石に酔いそうで怖いな」
ガタガタの線路を長い時間かけて走り続けた代償は、彼女達に車酔いの危険性を露呈していた。
「でももうちょっとで目的地よ」
「やっとか」
そこで彼女達は積載されたコンテナを見上げて呟く。
無人駅の周りには何もない平原が広がっており、薄らと草が生えていた。
「へえ、牧場でもやれそうな環境なこと」
「昔はたくさんをやっていた場所かもしれないわね」
サダミの隣でスフェーンはそう語ると、彼女は遠くにある施設を見る。その施設はかつては牛舎であったのだろうか、大きな蒲鉾の様な形状をしたその施設は、屋根が崩落して骨組みだけが残されていた。
「この地方は昔っから戦争ばっかしているからね…」
「もう何年経った?あのパシリコ戦争から」
風が吹きつけ、ただただ静かな環境が広がっている目の前の草原を見てサダミが問いかけると、スフェーンは肩をすくめる。
「さあね、少なくとも君がまだ男だったころの話だからね〜」
「ははっ、もう女だった頃の方が長くなってしまった…」
そう言い、何とも言い難い微妙な顔をして口に出す彼女は、少し寂しげにすっかり慣れてしまった涼しい股間部を見つめる。
「これっ、女の子がそんな顔するんじゃないよ」
「女の子って年齢でもなかろう」
二人はそんな話をしていると、ルシエルとシエロが言う。
『この地域は、かつてパシリコ戦争によって攻撃を受けた地域の様ですね』
『ここは新教典解釈派の組織が治めている地域となります』
二人の話を聞き、スフェーンは感心し、サダミは安堵する。
「へぇ…」
「じゃあ獣人がいても問題ないってことだな」
かつて、この地方で一大勢力を誇っていた新興宗教である緑林教。
元は緑化慈善団体であった組織であったとされるが、パシリコ戦争前はエーテルによる支配からの脱却を謳うカルト宗教味の強い組織であった事と、他国への干渉が確認されてことから諸外国の警戒心を買ってしまった。
そしてアリアドール合州国、サブラニエ共和国連邦、ヴァイナハルテ誓約同盟に宣戦布告した事で勃発したパシリコ戦争によってウエルズ大陸は全土が戦争に巻き込まれた。
特に永世中立を宣言していたヴァイナハルテへの侵攻は、軍警察の積極介入を促す口実となり、その後国土の大半を占領された事で戦争は終わった。
その後、緑林教は危険な思想であったとして国の崩壊と共に元々燻っていた民族問題や宗教問題と絡まって爆発。構成国は思想の違いから元は同じ宗教であったはずの彼等は派閥間抗争を始めてしまい、以降二百年近く内戦の時代を迎えていた。
「特に最近じゃあ、色々と危険だしね」
「だろうな」
そこで二人はラッキーストライクとハイライトを取り出して火を付ける。
「この前もエーテル・ボンバ使用未遂で捕まった奴がいただろう?」
「ああ、海野大陸の方だっけ?あったわねそんな事」
スフェーンは思い出して返すと、目の前の寂れた牧場を見つめる。
現在、世界は戦争に塗れていた。
パシリコ戦争末期、南北戦争の時代にサブラニエから強奪したエーテル関連技術の全てを国土の大破を占領されたパシリコ共和国は反撃の一手としてネット上に技術を開示した。
大災害以降、軍警察が独占し続けてきたエーテル兵器が世に解き放たれた瞬間である。この瞬間、この公開された情報を元に世界中で大量のエーテル兵器が生産されることとなる。
そしてかつての核兵器抑止論の様に急速に広がりを見せたエーテル兵器は、ついに戦争に使われる様になった。
エーテル・カノンの光線は戦場を走る一個師団を焼き払い、エーテル・ボンバは都市を焼き払う。そして報復で同様の事が行われる。
復興しかけていた世界は、再び人の業によって破滅へと向かおうとしていた。すっかり大半の都市が国家に慣れてしまったことで、国家間戦争であったこともこのエーテル兵器が急速に世界中に広まる要因となっていた。
「軍警も間に合っていないのかしらね?」
「どう考えたって戦争に介入できるほど手腕を振るえているわけないだろう…」
そう言い、今の軍警察の衰退を、過去の影響力を知っている人間が評する。
国家というものが誕生し、常備軍の整備が整った事で今まで都市国家として都市の治安維持を行なっていた軍警察は、徐々にその必要性がなくなった事で今まで徴収していた防衛費が年々減ったことでその規模は縮小されていた。その規模たるや、南北戦争の頃とは比べ物にならないほど組織として小さくなっていた。
「まあ、私たちの仕事がまだ安全だからいいでしょう?」
スフェーンはそう返すと、時間になったので二人は運転台に戻って駅を出発していく。
なおチャーチルの本は買おうとするととんでもない金額になる。
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