その後、列車は目的地の都市に到着をする。
「うわぁ…」
「廃墟…というか瓦礫の街だな」
駅に到着して列車を降りて思わずそんな感想が漏れてしまう。
その街は駅舎の近くの建物すら半壊して屋根が抜け落ちており、辺り一体に瓦礫が散乱していた。
「やあ、君たちが今回の運び屋さんかい?」
一部の屋根が崩落した駅のホームで待っていると、話しかけてくる人影があったので二人は同時にその方を向くと、そこでは一人の初老の男が手を振って二人を招いていた。
「本日からよろしくお願いします」
「うん、よろしく頼むよ」
仕事の依頼を受注し、この町への物資輸送の契約を一定期間行うこととなっているので、その契約相手との顔合わせを行なっていた。
「まず、受領書にサインを」
「了解」
そこで契約のための伝票を見せると、契約者はサインと本人確認を行なってこの伝票をあらかじめ送金されていた運輸ギルドのATMまで持っていく必要がある。
面倒だが、生憎とこの街に運輸ギルドの受付はないのでこの駅にある運輸ギルドのATMに伝票を通して依頼料を受け取る。これが確実である。
運輸ギルドは世界中で画一化されたサービスを提供していると豪語しているが、対面であると時折職員が支払いをちょろまかすことがある。
元々、鉄道を運行するために運輸ギルドで動く金の単価は高い。紙幣の札束がポンポン出てくるような環境に身をさらされていれば魔が差してしまう事もあるのかもしれないが、それでもやったら懲戒免職は逃れられない。退職金もなく即刻クビである。
だから運び屋として真っ先に覚えるべきは金勘定を手早く終わらせる事。これはかつて電子通貨で取引をしていた時代とは違って現金だからこそ行わなければならない違いだ。まあ、これに関しては時代の流れにうまく乗れたのでさほど被害に会うことはなかった。
そして長年の経験で手に持っただけで紙幣がちゃんとあるかどうか分かるという特技を隣のサダミは手に入れてしまっていた。いやはや、恐ろしきやこの娘。
「荷下ろしは?」
「こっちでやるよ、列車に乗り込んでも?」
「爆弾でも載せなければどうぞ」
「分かった」
そこで早速停車した列車のコンテナを車両が回収しにくると、あらかじめ待機させてあった空のコンテナと入れ替えるように作業を行なっていく。
「忙しいことだ」
「監視頼んだ」
「了解」
その様子を見ながらサダミに作業の監視を一任すると、スフェーンはまだ無事な施設の駅舎に入って運輸ギルドのATMに向かう。
治安がさらに悪い地域ではこのATMすら用意されていないので、この伝票を持って運輸ギルドか提携している銀行まで向かわなければならない。
『この地域は比較的治安も安定した場所です』
「らしいわね」
そこでスフェーンはルシエルに話しかけられながら瓦礫の山で遊んでいる子供達を見る。
かつて、この地域にはパシリコ共和国という大国があった。
建国以前にその首都となり、今は聖地とされた場所を私は知っている。
今は巨大なクレーター湖に様変わりしてしまったその場所は、かつてこのトラオムの世界で最も進んだ植物研究と植林が行われた場所であった。
あの頃にあの街で暮らしたいた人は、今はどこにもいない。当然だろう、人の寿命の限界を超えた時を生き、戦争末期にあの場所は当時のパシリコが持っていた全ての諜報能力を用いて確保したエーテル・ボンバによって都市が丸ごと吹き飛んだ。
一説には作業員のミスが原因とか、企業連合残党のテロだとか、軍警察の工作だとか、色々と証拠が全て吹き飛んでしまった今でも言われている。
ただ一つ言えるのは、あの南北戦争ののちにパシリコは秘密裏にエーテル兵器を確保してそのことを世界から隠匿しようとした事実のみが残った。
平和の訪れを待つ裏で、戦争の火種を隠そうとしたことは諸外国の中でパシリコの反エーテル的思想に疑念を抱かせた。
「かつてこの地域を統治した共和国は、その後に崩壊を迎えた…」
『その後は緑林教内部の派閥、種族・民族間抗争に発展しました』
そうして生まれたのが、数世紀の間、骨肉の戦争を続けているこのパシリコ地方の誕生である。
「やれやれ、かつては一斉を風靡した緑林教の末路がこれとはね」
スフェーンはそう呟きながらATMで認証を受けると、ATMの機械が作動して受け取り口が開いて中から支払いのウィール通貨が支給される。
『今回は難民支援NPOからの依頼です』
「ええ、だから運ぶ物資も食料品ばかりなんでしょう?」
永遠に続く戦乱とさえ言われているこの大地では、常にどこかで戦闘が行われていた。
「よっ、回収して来た」
「前金?」
「そそ、これで契約は半分成立」
ATMで支払いを受け取ってスフェーンは札束を鞄に入れて戻ってきていた。サダミはその鞄の中身を見る。
「えっ、一〇〇ウィール紙幣?」
「ええ、とりあえずはこんなところね」
「ピン札の支払いじゃない所に闇を感じるな…」
裸で札束になる程度まで引き出されていた金額を見て彼女は苦笑気味に見ると、スフェーンは対して気にしたそぶりもなくこの紙幣を入れた鞄を持って荷下ろし中の列車を見る。
「どう?状況は」
「特に怪しいところは見られない」
スフェーンの問いかけにサダミは片手に背中に短機関銃を背負って答える。前に持ってきていないので、警戒度はさほど高くないと見て取れる。
彼女の場合、昔からではあるが銃の置き場所によってどれくらい警戒しているのかが容易に見て取れるので、オートマトンに乗っていない時の指標となっていた。
基本的に嫌な予感というものは大抵当たるものだし、その逆は当たらないのが世の常。
特に他地方よりも圧倒的に昼夜問わず治安が悪いと言えるこの地域にしては珍しいとさえ思ってしまった。
「とりあえず泥棒の類は無さそうね」
列車の積卸しを見ながらスフェーンは言うと、直後に担当者が話しかけてくる。
「作業終わりました」
「了解しました」
作業員が変なことを起こさないか監視させていたが、特に大きな問題もないと言うことで仕事をこなしていく。
「よし、じゃあこっちで金勘定するから、あとよろしく」
「ん、任せろ」
二人は列車に乗り込むと、そのまま汽笛を鳴らしてゆっくりと走り出していく。
「流石に軽いわね」
「最終目的地まで到着したら車両全体はすっからかんでもっと軽くなるぞ」
車内で紙幣を一〇枚毎にまとめてクリップで挟みながらスフェーンが話しかけると、運転台でサダミが言う。
彼女達が乗っている列車は、長い間使って来た事もあって色々と本来であればガタが来ているはずだ。それだと言うのにいまだに経年劣化の類は確認されていない。とある技術者のお墨付きだから間違いない。
「速度の出し過ぎには注意してよ」
「そもそもこんなガッタガタの路線でスピードなんて出せるとでも?」
そんな話をしながら彼女達はそれぞれ作業を行なっていた。
『前方、間も無く制限速度区間を抜けます』
「抜けたところで、巡航速度で走れるかと問われるとね」
そこでシエロに言われて前を見つめるサダミであるが、彼女は目に見えて線路が撓んでいる路盤を見て苦笑する。これで管理された線路とは笑わせてくれるもんだと思いながら列車は警笛を鳴らして線路上を横切ろうとした鹿を走らせる。
「こりゃあ、どうしたって徐行運転だっての」
『そうですね』
シエロは頷くと、前方の堀割りの単線区間を走っていく。
「へえ、随分と緑が多い」
『この地域はかつて植林された雑木林が点在する地域です。今も耐エーテル植物が自生し、尚且つ空間エーテル濃度も低い場所です』
そこでふとシエロに言われてサダミは運転台から見える空の景色を見つめた。
かつて、自分が生まれるよりも遥か昔に起こったとされる大災害。その頃は流石にサダミは生まれてすらいない。しかし何故かスフェーンはそのことを知っているように話すことがあるので、いったい貴様は何歳なんだと聞きたくなった。
聞くところによると、彼女はかつてそうした膨大な記憶をとあるアンドロイドから譲り受けたと言う話だが、そんな長い時間を記録すれば普通は回路が焼き切れる上に、他人の記憶と融合するなど、人格が消滅する可能性すらある。少な方もまともな人間ならそんな事はしない。
「人…か」
そこで思考を巡らせていたサダミはふと呟く。
彼女は一度老衰で死亡した後にスフェーンの死者蘇生を受けて蘇った…いや、生まれ変わったと言うべきだろう。その際、エーテルで形作られたこの肉体を得た。
「人の定義とはなんだろうか…」
彼女は疑問に思った。果たしてこの体は人と呼ばるものだろうか?と。
少なくとも多くの異能とはまた違う別の何かを行使するこの体は、スフェーンのものと同じだと言うのに彼女は鹿…彼女が鹿の獣人というのは些か疑問が残るが、自分は黒猫と同じ材料で語られたはずだというのに違う肉体となっていた。
『スフェーンの話では、この原因はまだ分かっていないそうですが?』
「そもそもまともに研究をしているのか?アイツは」
シエロに少々訝しんで返すと、彼女は上り坂を前に列車の速度を上げる。
『さあ、何とも言えませんが、我々のこの体のことを知れればもっと我々はできる方が増えるかもしれませんので、研究はしているかと』
「何ができるの?」
『そこまではちょっと…』
自分もまだ把握していない情報を前にシエロは返答に困っていると、直後に警告を鳴らした。
『警告、両脇にサーモグラフィーに反応あり』
「人?」
『形状からおそらくは』
警告を聞き、サダミは直後にその方を見ると通過する列車を見つめていた人影を見た。
「スフェーン」
「はーい?」
その直後、彼女は呼ぶとキャビンから返答を聞いた。
「警戒態勢。線路脇にこっちを見て来た人がいた」
「…了解」
すぐにスフェーンはニヤリと笑みを浮かべると、纏めた紙幣を金庫に入れて対戦車ライフルを手に取る。
『スフェーン、流石にあからさますぎでは?』
「いや、案外こういう堀割りの場所だから…」
その直後、列車のCIWSが作動する音が聞こえた。
「ほら」
『はぁ…やっぱり治安が悪いですね。この地域は』
すこし待っていたと言わんばかりな雰囲気のスフェーンに、ルシエルはため息混じりにCIWSの操作を行う。
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