王立学校というのは、その名の通り王室費を用いて作られた『貴族の貴族による貴族のための学校』である。初等科、中等科、高等科とあり、国内の義務教育課程を全て網羅していた。その創設意図からもちろん大半の生徒は、国内の貴族関係者である。初等科からここにいる生徒というのは基本的に貴族出身であった。
初等科の場合は入学の際に家計簿の提出を求められることが前提であるため、まともな歴史のある家でなければ門前払いさせられてしまう。
「ふう…」
その日、稗田野 響はノートと教科書を閉じて顔を上げる。
「終わった〜っ!」
そして授業の終わりのチャイムが鳴る教室で開放感たっぷりに腕を大きく伸ばしていく。
「流石に歴史の授業はきついな〜」
「旧暦の話なんて覚えてらんねえよまじで」
教室では旧暦時代の授業を前に男子生徒たちが口々に文句を連ねる。
「偽ドミトリー1世とかマジ死ね」
「処刑されたんだから死んでんだろ」
「「「そういうことじゃねえよ」」」
響が返すと全員からツッコミをかけられた。
現在高等科に通う彼は、男子生徒専用の校舎で教育を受けていた。風紀的な問題からなのか、女子生徒専用校舎に気軽に行くことはできなかった。
この学校は中等科から外部から生徒を受験で入れており、俗に受験組などと呼ばれていた。かく言う彼等も高等科を受験して入った受験組であった。
「今度の考査どうよ?」
「いやぁ、今回の肝は数列だろ」
「やべぇ、次赤点だったら追試なんだけど」
「流石にないだろ」
彼等はそんな事を言いながら荷物を片付けて次に掃除の時間になる。
「なんでここ清掃員雇わねえんだよ」
「学長がケチなんだろ?」
「自動掃除機導入してもうっせえしな」
「夜に使えばいいだろうが」
彼等はそんな事を言いながら教室の隅に設置されていた直方体の掃除道具入れを開けると、中から箒や塵取りを出していく。
「ったくよ、俺早めに帰りてえのによ」
「本来侍従の仕事だろう?」
「経験しとけって事だよ」
彼等は口々にそう言いながら黙々と清掃をしていく。
制服も今時珍しい学ランとセーラー服という独特の制服の為、この制服を見て入学を希望する外部受験の生徒もいるほどであった。
しかし入学した多くの生徒は、この学校や貴族ばかりの生活を前に辞めていくことも多かった。
「そう言えば隣の植山の奴、転校したってマジ?」
「馴染めなかったんだろ?あのクラス、仕切ってるやついたし」
「イジメ?」
「だったら教師が出てるって」
机を運んでまとめながら彼等は床掃除で埃を掃いていくと、手慣れた様子で彼等は話していく。
「おーい、この後売店行くけど、誰か買って欲しいのあるか?」
そこで掃除当番ではない生徒が話しかけてくると、そこで掃除当番の何人かが反応する。
「俺マカロン」
「牛丼」
「コロッケ」
そして次々と売店で売られている物を次々と出していくと、響は聞いた。
「本日のケーキ何?」
「ミルクレープだ」
「もう売り切れてんだろ」
クラスメイトたちからそう言われると、彼は少し迷った様子を見せた。
「もういいか?」
「あっ」
そこで聞いてきた同級生は打ち切ってしまうと、売店に向かってしまった。
「まあ良いか…」
買い出しに失敗すると、彼は諦めてジャンケンで勝って塵取りを回避すると、鞄を持って教室を後にする。
「おーい」
「うい〜」
そこで待っていた時雨と合流をすると、二人は校庭に出る。
ちょうど下校時間であり、周りには他にも多くの生徒たちが校舎から出てきていた。
「今日部活は?」
「顧問が大会に出かけていないの」
「あ、今全国選手権?」
「そう」
時雨は頷くと、相変わらず優秀な人材が集まっているだけあって変なことで予定が潰れるもんだと思った。自分の担任の教師もこの前、何かの学会に出かけたか何かでリモートで授業をする羽目になっていた。
「優秀な人は多いんだけどな」
「本当、何かしら出かけていきなりいなくなるのだけは勘弁して欲しい」
そんなことを言いながら校門を抜けると、そこでは多数の出迎えの車が止まっていた。
家族が通う学校だから当たり前なのだが、多数のショーファーカーが侍従を連れて待っており、彼等は首都に用意されているタウンハウスまで帰ることになる。
当たり前なのだが、貴族は金持ちである。国から管理を任された行政官であり、自前で農園を持っているほどだ。
当然、それに伴う権威やら威厳やら、諸々の責任という面倒くさい足枷をつけることになるのだが、生まれた時からそうした責任を負って生活をしてきた彼等にとってみれば当たり前ともいうべき考えであった。
「おかえりなさいませ」
侍従が制服を着た生徒たちの前で挨拶をしてから車のドアを開けると、その生徒は当たり前のように車に乗り込んでいく。
一部は歩いて帰る人もいるが、この後に習い事や予定などを埋めている場合などは基本的に迎えの車が来る。
「「…」」
その様子を見ながら二人は家路につく。
「「ただいま〜」」
家に帰れば、そこでは営業中の店内で常連客が二人を出迎えた。
「お帰り」
「学校終わったのかい?」
基本的にこの店の一階のお客は近所に住む人が多く、顔馴染みも多い。
また家が近く、喫茶店で集まりやすいという理由で義務教育課程の時から付き合いのある幼馴染もこの店に訪れることが多かった。
「あれ、母さん達は?」
帰ったきた二人だが、カウンターからも出てくる気配のないクサビに首を傾げると、座ってウイスキーを飲んでいた常連客の爺さんが指を差す。
「店先で揉めてるよ」
「え?何で?」
そして常連客から飛び出た言葉に二人して驚愕すると、また別の常連客が言った。
「騒音トラブル」
「「ああ…」」
そこで事情を理解すると、直後に店の引き戸が開かれた。
「あの馬鹿どもめ、今度やったら承知しねえぞ…!!」
怒り調子で帰ってきたのは青い着物を纏ったサダミだ。彼女は偉く憤慨した様子で店内に察した様子で二人は母親を見る。
「オチツケ、アンタの『みだれひっかき』されてあいつらも懲りたでしょ」
そう言いながら入ってきたのは赤い着物を纏った灰色髪の女性。今の時期は立派な鹿角が生えているので少し頭を下げて入店した。
「母さん、またやったの?」
「うんそう」
そこで喧嘩を終えた後の様子を見てスフェーンは頷くと、二人は呆れてため息を吐いていた。
「やれやれ、こちとら貴族の暴力にあった後だと言うのに…」
「こっちは暴力を与えてるよ」
「お、どしたの?」
スフェーンに言われたので、響は軽い気持ちで今日見た光景を話す。
「いや、ショーファーカーで迎えられてる同級生とか見ながら帰ってきてさ〜」
「そりゃそうだろ。貴族の学校に入れたんだから」
スフェーンの至極真っ当な話に『いやまあ、そうなんだけど…』とやや出鼻を挫かれた雰囲気になってしまった。
「いやあ、うちも『お迎えしてくれるくらい裕福だったらどうなんだろう』って思っちゃってね」
「ああ、なるほどそう言うことか」
響の隣で時雨が言うと、納得した様子で相槌を打つスフェーン。そして直後に言った。
「よっしゃ、じゃあ私たちが迎えにいってやろう」
「「は?」」
スフェーンはそこで隣でサダミを見て目配せをしていたので、二人は嫌な予感を感じた。
「やめてよ、高級車揃ってるところで三輪軽トラとか…」
「ダサいって。来なくていいよ」
そう言い二人の脳裏には煌びやかな高級車が列をなす中で、傷だらけで凹んだ軽トラックが並ぶ悲惨な光景が過った。
しかしそんな二人の懸念にスフェーンは胸を張って返した。
「安心なさい。迎えに行く時は気負けするようなので行くわけないでしょ?」
「え、何で来るつもり?」
時雨はそこで首を傾げると同時に嫌な予感が走った気がした。
「まあそこはお任せあれ。楽しくなると保証しよう」
そう言う彼女は、隣でサダミのやや半眼気味の視線を受けていた。
数日後、放課後になって二人は少々訝しんだ様子で玄関前で合流していた。
「本当に来るの?」
「母さん達が言ってたし、実際そうなんだろ?」
響達は『準備ができたから迎えに行こう』と言って、やけにノリノリであった今朝のスフェーン達に少しばかりの警戒心を抱きながら校門を歩くと、少し違和感あった。
「「?」」
何かやけに校門前で騒ぎになっている様子であり、二人は何だろうかと首を傾げながら校門に近づく。
「え?あれマジ?」
「すっげー」
「誰の家?」
そこで上級生や同級生を中心に盛り上がりを見せている車寄せに首を傾げると、その直後に二人は固まった。
「は?」「あっ…」
瞬間冷凍をされたように固まり切った二人は、その車寄せで止まっていた正体を見上げる。
「うわぁ、本物の馬だ…」
「初めて見た…」
そこでは白馬を繋げた一頭挽きの
「お待ちしておりました。御子息様、お嬢様」
すると二人を見つけて彼女は近づいてから実に和かな笑みで話しかけできたので、二人は盛大に突っ込んだ。
「「何してんだ小母さん!!?」」
そこで馬車、しかもどこから仕入れたのか本物の馬力で動く馬車を持って来た
「御二方、どうぞこちらに」
しかし二人のツッコミを遮断して聞いていなかったスフェーンは、これまた実に丁寧に二人を馬車まで案内すると、二人は御者として手綱を握っていたサダミを見る。
「母さんも何してんだよ!」
「馬鹿じゃないの!!?」
車寄せですでに大騒ぎとなっている現状にサダミは満足げに答える。
「知り合いに牧場をやってる奴がいたから、なかなか楽しかったぞ?」
「「…」」
そこでやけに生き生きとした様子だった彼女を前に、二人は相談した相手を間違えたと瞬時に察した。
ーーこの二人、悪ノリしよった!!
こうなってしまった場合の対処法を、この二人は知らなかった。
逃げ出そうにもすでに時遅く、半ば押し込められるように馬車に乗せられると、その直後に席に座って隣の獣人の肩を叩く。
「出して」
「りょーかい」
そして有無を言わさずに馬車は車寄せから歩き出していく。蹄鉄がアスファルトを踏みつける音が響く。
「しかし、流石の馬ね」
「御料牧場で育てられたクラドルバー種だぞ?完璧以外に表現する言葉があるわけなかろう」
本来は軍事パレードや信任状捧呈式、王室関係の式典などで活躍をする品種の馬を借りてきたことに一部の目利きのある貴族が驚いた様子で見ていた。
翌日、馬車による送迎を受けた二人はカウンター席でぐったり疲れていた。
「つ、疲れた…」
「もう無理…」
二人は突っ伏していた。何せ昨日の帰りの際に馬車で乗り付けたことがあっという間に学内に広がっており、スフェーン達の悪ノリは翌日の同級生達の詰問になって帰って来ていた。
流石に馬に乗って学校に来るとは学校も想定しておらず、教師達の間でも大盛り上がりになっていた。
「また帰れなくなったら言ってちょうだい。学校まで迎えに行ってあげるわよ?」
彼女は実に楽しく、面白おかしくして笑いながら言った。しかしそんな親の配慮と二人の反応は全く違った。
「「(もう二度と送迎なんか頼むもんか!!)」」
二人は強く心に誓って恨み節を込めて軽快に笑う
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