現在、このトラオムの世界において鉄道管理局管理下の運行中の列車を停止させる権利を有しているのは唯一、軍警察だけである。
「こっちはどうだ?」
「ダメだ。見当たらない」
単線区間で停車した列車の周りを複数の装甲服を纏った兵士たちが囲んでいた。
彼らはライトを当てて車両の下やコンテナに体温を探知する機械を当てて探索を行なっていた。
「…」
その様子を、見つめながら警戒した様子で両手に散弾銃を握っていたスフェーン。
列車を止めて臨検を行った彼らを、警戒した目線でその作業を見ていた。車両装備のCIWSも展開されたままであり、いつでも射撃可能な体制が取られていた。
「終わりました」
「了解した」
そこで兵士たちは積載されていたすべての貨物用コンテナの確認を終えると、装甲服を纏っていた兵士が降りてきてホームの上で立っていた男に話しかけた。そして臨検を終えた男はスフェーンに話しかけた。
「すみません。ご苦労をおかけしました」
「いえ…」
その青年とも言うべき顔をしている男は申し訳なさそうにしていると、臨検をされたスフェーン達は不満げな顔を隠していなかった。
彼女たちからしてみれば、訳もわからない武装組織に銃口を突きつけられて列車を停められたようなものであったので、礼状もなしに命令をされたことに不信と不満が渦巻いていた。
「何があったのかお話ししてくだされば十分です」
スフェーンは溜飲を下げた様子で話すと、部隊指揮官と思われる青年はその反応に首を傾げつつも答えた。
「実は最近、この地域で野盗による村落の襲撃件数が増加傾向で、そのために我々も警戒をしています」
「そもそもあなた方は何者なのですか?」
サダミが少々威嚇するように問いかけた。
「我々は『統一防衛隊』と申します」
「「「?」」」
そこで自分たちが正義の民として疑わない爽やかで晴々とした、生き生きとした若者の顔つきでその男は言う。
「かつてこの地に存在したパシリコ共和国。この永遠の戦争を終わらせるために我々は派遣されたのです」
そう答え、その時の信じて疑っていない希望の眼差しを前にスフェーン達は納得した上でその男に言った。
「我々の運行を止める権利は軍警以外にはないんですけどねえ?」
「…それは済まなかった。だが治安維持のためには必要なことなんだ。どうか気を悪くしないでほしい」
「治安維持のためなら何をしてもいいんですか?」
「当然だろう。誰かの命を奪われるくらいならな」
その青年は何の疑いもなく答えると、それだけを聞いて満足したように彼女は列車に戻っていく。
「…では、今度は運行の邪魔をしないでくださいね」
「ああ、君も気をつけてくれ」
そして臨検を終えて出発していく列車を青年は見送ると、十三両編成の列車はゆっくりと列車は進発していく。
「スフェーン、統一防衛隊について検索を行いました」
出発した車内でルシエルが報告をあげる。
「統一部隊は、現在急速に活動圏を広げているパシリコ復権派による統一政府の運営している武装組織です」
「へえ、復権派なんてまだいたの?」
話を聞いたスフェーンは意外な顔をする。
このパシリコ地方だが、共和国が崩壊してからと言うもの、多くの組織が共和国再興を目論んで旗揚げを行った。しかしその尽くが暗殺や謀略によって空中分解していた。
一部では軍警察や諸外国による陰謀であると言う話もあるが、実態はそうではないのだろう。
パシリコ共和国は国内に数多の緑林教の信者を抱えていた大国だ。
しかしその緑林教と言うのは、元を辿れば初代パシリコ共和国初代大統領が創設を宣言した新興宗教である。古来より存在した森林信仰ということもあり、その思想は広く受け入れられることとなり、また創設者もこの宗教の力を通じて国の結束力を高めようと画策していた。
緑化連合と呼ばれる都市国家連合から始まったパシリコ共和国。今では見る影もないほど衰退し、内戦と紛争でかつての農地は血と油に塗れた。
かつて国の結束のために使われた緑林教は、原理教典派や新解釈派などの無数の流派に分裂し、主義思想の内乱となって久しかった。
戦争前は世界中に多くあった緑林教の施設も、その大半は戦後にパシリコが行ってきた内政干渉の証拠や諜報活動により破壊や撤去がされていた。
特に戦争末期にパシリコが行ったE兵器のインターネット上に公開した研究資料は、今の時代に常備軍が無造作にE兵器を製造・使用する理由となっていた。
「今時パシリコ地方で国ができたとしても、こんな戦乱の時代じゃあすぐに叩かれるでしょうに…」
サダミもコーヒーミルのハンドルを回してコーヒー豆を砕きながら言う。
「パシリコ人は世界中で嫌われてっからね〜」
スフェーンは頷き、今のこの世界の情勢を振り返る。
こうした内政干渉・選民思想・不用意な情報公開が原因で混沌とした世の中を作り上げたとして、この地方出身の人間というのはその地で生まれたことがまるで罪であるかのように扱われていた。
かつてこの星に住まう人間が犯した罪であるという大災害。それを人類の罪であるとし、エーテルによる支配からの脱却を訴えていたのは紛れもない緑林教である。
しかし現在、かつての緑林教の森林信仰は見る影もない。
今の彼らはナパームや火炎放射で木々を焼き払ってい、田畑を砲弾で穴だらけにし、家畜を奪い合っていた。
「戦争が終わることってあるのかね」
「さあな…少なくとも、イデオロギーの戦争でまともだった戦争は存在しない」
豆を挽きながら彼女は言うと、スフェーンは大いに頷く。
「左様。私が最も忌み嫌う戦争よ」
「利益にならないからか?」
「ええ、戦争が終わったところで何の旨味にもならないもの」
運転台の傍に、すぐに取り出せる位置に散弾銃を傾けていつでも迎撃態勢が取れるように準備しながら彼女は運転台で語る。
「これならまだ企業間抗争の方が何倍もマシね。始まる理由も、終わる理由もはっきりしている」
「傭兵業からすれば、イデオロギーの戦争の方が好ましいがな」
「あら、それは戦争が長引くから?」
「ああ、戦争の期間が長ければ長いほど利益も大きい」
嘗て傭兵という仕事をしてきて、今でもたまにそのような仕事を行うが故の話にサダミは笑い、スフェーンはため息を漏らす。
「でもそういう金ばかり考えている連中は、意外にもしぶとかったりするわよね」
「どうかな?そこは人によりけりだろう。あそこは何もかもが平等な世界だ」
コーヒー粉を準備し、その後にフレンチプレスを取り出した彼女は挽いた粉を投入し、運転台近くに設置されたボイリングベッセルに手を伸ばしてお湯を注ぎ入れていく。
「今日の産地は?」
「ゲイシャ・コーヒーだ。スフェーン好みの中煎り、粗挽きだ」
「おお、良いねえ」
湯気が立つほど温められた熱湯が少し注がれ、その後にタイマーを四分に設定し、容器の三分の一ほどまで注ぎ入れ、三十秒ほど蒸らしてから再度熱湯を中の粉を舞い上がらせないように丁寧に注ぎ入れていく。
そしてプランジャーを一番上まで上げた状態で蓋を閉め、タイマーで残りの時間を待つ。
「フレンチプレスは粉を直接湯に浸して抽出するシンプルな方法であるが故に、ペーパードリップと違って味の調整ができない」
そしてタイマーが切れると、その後に上からプランジャーを押し込んでコーヒー粉をボトルの底に押し固めていく。
「だがこの方法だと豆本来の味を楽しむことができる。こうしたものは、良質で高品質なスペシャルティコーヒーを仕入れた直後が一番美味い」
「なるほど」
そして僅かに注ぎ口に残った粉を別の容器に入れて捨ててからマグカップに注ぐ。
「フィルターは大き過ぎず、小さ過ぎず。あまり粗くない物が望ましい」
美しく反射する青磁のマグカップに注がれたコーヒーは僅かに表面にコーヒーオイルが反射していた。
「んん、やはり君が淹れたコーヒーが一番美味い」
少なくとも、もうインスタントコーヒーが飲めなくなるほどには良い味わいである。
列車にはこれの他にもいくつかのコーヒー器具がサダミの趣味で用意されており、店でも開けるのではないかと思わせるほどの腕前である。
「そりゃあどうも。数百年分の腕前な物でね」
掛け値なしで褒められて少し肩をすくめる彼女は、淹れたてのコーヒーを自分の用意したカップに注ぎ入れる。
「面倒な連中に列車を停められたから、気晴らし程度に入れてみたのだが…」
「十分十分。これならこの後の仕事もやっていけそうよ」
大いに頷きながら彼女は答えると、サダミは少し笑ってからキャビンに座っているはずのルシエルの元にもコーヒーの配膳をしに向かった。
この地域は見ての通り、常に戦闘の絶えない治安の悪い地域でもある。
「あっ!スフェーン姉ちゃんの列車だ!」
そこで遠目で赤く塗装された貨物列車が駅に到着したのを見て一人の子供が声を上げたことで一斉に他の村に住む子供達も顔をあげて表情を明るくした。
「行こうぜ!」
「おい待てよ!」
「置いてかないで〜!!」
子供達はその列車の影を見つけてから走っていくと、周りにいた大人達は呆れながらそれを見送っていた。
「やれやれ…」
「またお嬢ちゃん達か?」
「ああ、目ざとく到着したのを見たらしい」
そう言いつつも微笑ましげに彼らは走り出していった子供達を見送ると、彼らは黄金色に輝き始める畑を前に仕事に戻っていく。
「お疲れ様です」
「ええ、仕事をしに来たわよ」
そこで荷物を積載して村の近くの駅に到着した彼女は、列車にホッパ車を連結していた。
今日はこの村で収穫された農作物の運搬を行う予定となっていた。
「ねーちゃーん!」
スフェーンは列車から降りてホームで穀物の受け取りを行う村側の人員とやり取りを行っていると、ホームに数人の子供達が駆け寄ってきた。
「よう、元気してたか?」
そこで飛び込んできた子供達にスフェーンは和かに笑顔で出迎えると、男の子の頭を撫でた。
その様子を見て村の担当者が呟いた。
「すっかり人気者ですね。スフェーンさん」
「初めはそんな気は無かったんだけどねえ…」
軽く肩をすくめてスフェーンは答えると、彼女はふと駅の近くで距離をとって伺っている子供が視線に入った。
「あら?」
その少年にスフェーンは首を傾げていると、その視線を追って気がついた村の担当者が話しかけた。
「気になりますか?」
「誰、あの子?」
スフェーンが聞くと、村の担当者は教えてくれた。
「この前、近くの村で救助された子供です。名前はシュペーアと言うんです」
「へえ…」
そこで白い肌に碧眼の少年を紹介されてスフェーンは彼に視線を送ると、彼は建物の影に隠れてしまった。
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