ラタマでは米を生産しながら取引を行っている。
多くの国の国境線が子供の落書きのように入り混じっている中では、運び屋としても今自分たちがどこにいるのかが分かりづらくなるのでやめて欲しいと思ってしまう。
「ではこれで」
「はい。今日もご苦労様でした」
ホッパ車から線路下のサイロに向かって落とされる穀物。その前で貨車のみを引っ張って入換機が貨車を引っ張っていく。そこでスフェーンは担当者から伝票にサインを受け取る。
ここは鉄道の地方ハブとでも言う場所の鉄道駅。
現在、収穫期を迎えているパシリコ地方の穀物の一時貯蔵庫が用意されている場所であった。ここで周辺の町村から集めた穀物をここで袋詰めにして市場に流される。
「しかし忙しい雰囲気だ」
「まあこの時期は賑わうでしょうね」
そこで大勢の人が訪れている様子の地を見ながらサダミが言う。
現在、他の諸地域を巡りながら物資輸送を行なっているスフェーン達は収穫期を迎えつつある穀物の輸送依頼を受注していた。
「難民支援NPOの物資輸送に穀物輸送…」
『よくダブルブッキングになりませんね』
サダミが今受けている仕事を呟くと、感心した様子でシエロが呟いた。
「そこはほら、ウチには優秀な管理者がいるから」
「まあ…」
『私も手伝っているんですよ?』
そこで予定表を立てているルシエルを見ると、直後にシエロが話しかけてきた。彼女もまたルシエルと同様、エーテルから生まれた存在であり、臨界エーテルを核として思考を共有する存在。
全貌を把握できていないが、自分という存在が何故生まれたのかと言う疑問については尽きぬことがない。ただ尽きないとは言っても、積極的に調べようとも思わないし、調べさせたくもない。少なくとも『研究の為だ!』と言われて馬鹿みたいに採血やら身体検査をさせられるのは勘弁である。
「取り敢えず、また仕事の依頼があったら行こうか」
「了解」
スフェーンは言うと二人は頷いて自分たちの持つ武器を背負う。
ラタマはこの地方の中では比較的安定した治安を維持できている集落である。
「申し訳ないね、面倒見てもらって」
「いえいえ、こちらも積み込み作業で時間は取られてしまいますからね」
集落の近くを走る路線の駅舎でスフェーンは子供達を相手にしていた。
「ここの数式は…」
スフェーンが男児達と主に遊んでいる中、サダミは女児達を中心に算術を教えていた。
初めはスフェーンも教えようとしていたが、持ち前の字の汚さが原因で不評を買ってしまったのだ。
「ほーれいくぞー!」
そこでスフェーンはハーベスターが収穫を行っていることで大人達が出てしまっている間の子守りを行い、サッカーボールを思い切り蹴飛ばす。
世界で最も競技人口が多い落とされているサッカー。その理由は、サッカーボール一つで遊べる手軽さがあるからなのだろう。
「坊主」
「っ!?」
そして子供達が走り回る中、スフェーンは隠れるようにして座り込んでいた子供に話しかけた。
「君、名前は?」
「…」
彼女に聞かれたが、少年は答えることはなかった。しかしスフェーンは隣に座ってきてこちらを見てきたので、少年が鬱陶しそうな様子で短く適当に答えた。
「…シュペーア」
「ふむ。ここでは見慣れない顔だね、新顔かい?」
「…」
スフェーンが積極的に話しかけると、サッカーで遊んでいた子供達の数人が気がついてシュペーアと話しているスフェーンを遠巻きに見ていた。
「どうした?」
立ち止まってその方を見ていたことに気がついて子供の一人が聞くと、彼はスフェーンと隣に座っていたシュペーアを見た。
「スフェーン姉ちゃんがシュペーアといるぜ」
「あ、本当だ」
自由時間で遊んでいた彼らは、スフェーンの運び屋の時に見てきた話を前に自分たちの知らない世界を教えてくれる吟遊詩人のような煌めいた眼差しで彼女達を慕っていた。
「どうかしましたか?」
「ルシエル姉ちゃん…」
そこで話しかけたのは、遊んでいた子供達と同程度の身長であったルシエル。スフェーン達と同行していたが、今はスフェーンとともに子守りをさせられていた。身長が近く、面倒見も良く、教え方も分かりやすく人気であることから三人の中でも最も慕われていると言っても過言ではなかった。
「スフェーン姉ちゃんがシュペーアと一緒にいるんだよ」
「シュペーア…?」
「ほら、姉ちゃんの隣に座ってる」
そこでサッカーボールを足で止めながら言うと、ルシエルの視線はスフェーンが隣に座って話しかけている少年を見る。
「あいつ、近くの村が襲われた時に生き残った子供なんだって」
「なるほど…」
子供達はシュペーアにどこか疎外感や一部嫌悪感を持った様子でルシエルに言う。
「でも姉ちゃん達と違って愛想悪いんだよ」
「不気味だしな」
「いつも一人で村をどこかフラフラしているもんね」
サッカーで遊んでいた子供達はそう言いながらシュペーアの詳しい事情を話していた。
「襲われたと言うのは?」
「父ちゃんが言うのは『やとう』って言ってた」
「ええ、山賊じゃないの?」
「違うよ、山姥だって」
「鬼じゃないの?」
彼らは口々に親から教えてもらったであろう話をすると、その内容のごちゃ混ぜ具合にルシエルは苦笑しつつその中から推察を行った。
「(なるほど野盗の襲撃ですか…)」
彼女はその直後にこの地域での野盗の襲撃率の高さに納得していた。
この近くに村があることは知っており、スフェーン達もそうした町村を巡って物資輸送を行なっているのだ。当然、そうした集落の話は又聞きで仕入れていた。
「(まあ、そもそもこの地域は野盗の襲撃が他では考えられないくらい多いんですけど…)」
元々の治安が終わっているような場所である。正直、最近の資金繰りや高額報酬にスフェーンが釣られなかったら本来ここには来ていない。
このパシリコ地方は有象無象の武装組織が入り乱れる危険地帯。そこに『安全』の二文字は無いに等しいとも言えた。
「その襲われた村というのは?」
「うーん、よく知らないけど近い村だよ」
質問をされた子供は答えると、聞いていたルシエルは少し興味を持った様子で軽く頷いていた。その間もスフェーンはシュペーアに話しかけていた。
「遊ばないのか?」
「…良い」
「どうして?」
「…つまらないから」
そこでずっと遠巻きに子供達を見ていた彼に質問をしていくスフェーン。
この少年を数日間見てきたが、彼は一人で遠巻きに子供や大人達の作業を見ているばかりで関わることを拒絶しているようにも思えた。
「ふむ…」
その薄い反応、しかし答えてくれる反応を前にスフェーンはしばし考える。
「遊びたく無いのかい?」
「…そう」
「村八分ってわけでも無いだろうに」
スフェーンはシュペーアを育てている寮母を思い出す。襲撃を受けた村の唯一の生き残りであるという彼に対し、村の外の者であるにも関わらず一人の子供として孤児院で育てていた。
「ここに来て久しいのかい?」
「…」
その問いには首を横に振る。
「…ふぅ」
そして一通りの質問を終えた後、スフェーンは立ち上がった。
「じゃあ私が昔話でもしようか?」
「…いらない。興味も無い」
誘ってみたものの、見事に断られてしまってスフェーンはやや残念そうにしてシュペーアを見下ろす。
「あまり拒絶しすぎても、人ってのは一人では生きていないわよ?」
「…」
それだけを言うと、スフェーンは固まって遊んでいた子供達の方に戻って行った。
現在、ラタマとの往復路線を運行しているスフェーン達。
深夜になり、人気のなくなった村落の郊外にある駅のホームでキャビン側面の引き戸を開けてガレージを開放するルシエル。
「見張りは任せたよ」
「了解」
そしてそのガレージの中でエンジンの轟音を轟かせながらクルーザーに跨っていたスフェーンは言うと、サダミは頷く。彼女は着ていたナッパ服や装備品の上からブランケットを羽織って寒さを耐えていた。
「相変わらず君は活発的だ」
「むしろ君が動かなさすぎるの」
そう言い、スフェーンとルシエルはバイクでタンデムに乗り込むと、音を立ててホームに出てから走り出していく。
「よっと」
元々長距離運転に対応した大型バイクは、乗り込んだ二人を荒野と草原の入り混じった闇夜の大地を走り抜けていく。
「本当に観にいくんですね」
「じゃなかったら昼間に聞いちゃいないわよ」
そこで空間エーテル濃度を常時観測しながら走り続ける二人。目的地は噂の廃村となってしまったという村である。
「しかし住民からは危険地帯として見られていますよ?」
「そうそう斥候がバレるかい。威力偵察じゃああるまいし…」
二人はそんな話をしながら砂利道を走る。
ヒビ割れたアスファルトを埋めるように砂利が敷き詰められていたその道路は、かつては村落を行き来するために整備されたものであると分かる。
「暫く使われた痕跡がありませんね」
「まあ村が全滅したんじゃあね…」
その悪い道路状況を見てルシエルが言うと、使用すら理由がなくなったから当たり前だろうと推察していた。
村を襲った野盗団は悪質らしく、村から食糧や資源を根こそぎ持っていったと言う。その上で住民をどこかに連れ去っていくと言う話だ。同様の事例が幾つか確認されていた。
「軍警が対応するとかって話を聞いたけど?」
「今の所、掃討作戦が行われる兆候は確認されていませんが…」
二人は暗視装置で夜の視界を確保しながらライトなしでバイクを爆走させて目的地の村まで移動をすると、視界に暗闇の中で影が現れる。
「あ、あそこですね」
「オッケー」
村の場所を確認すると、道の路肩に停車させて二人はバイクを降りる。
「熱源は?」
「今の所、確認できません」
少し小高い丘から村を見下ろしてスフェーンが聞くと、ルシエルは観測した中で色の違うものはないと答えた。視界に映る村の施設は静寂が漂っており、微かに焦げた香りまでしたような気がした。
廃村となった場所は人がいなくなっても施設は残っているため、この廃墟を中心にゴロツキやギャングと言った犯罪組織が根城にしている可能性を二人は警戒していた。
「じゃあ行きますか」
「了解です」
二人はそれぞれ散弾銃とロケットランチャーを持って村に繋がる道を歩く。
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