趣味、癖、沼。
いずれも人の嗜好に関わってくる言葉だ。
こう言った言葉は実に解釈の違いによって生まれた同義語ではないのだろうか?
世の中、我々の想像だにしない嗜好を抱えた人間というのはごまんと存在する。
歴史上、技術発展というのはこうした変態達が生み出したと言っても過言ではないだろう。
運転席に座る彼女は呟く。
「天才とは変態である」
「何それ?」
鉄道雑誌を読みながらサダミが呟いた一言に、隣で聞いていたスフェーンが首を傾げた。
「出典不明の言葉だ。そう気にすることでもない」
「民明書房かっつーの」
相変わらずよくわからない例え方をしてくる彼女をスルーしながらサダミは読んでいた雑誌を閉じると、顔を上げて彼女の顔を見る。
「しかし、今年の冬越えはその姿で?」
そこで彼女は初老の老婆のような姿をするスフェーンを見る。彼女の頭から鹿角は折れており、毎年この時期になると抜け落ちてしまうのだ。
そして新しい角が生えてくるまでの冬から初春の間、彼女は肉体を作り変えることができなくなる。
「ええ、この格好だと結構喧嘩はふっかけられなくってね」
「とんだ快活ババアだな…」
初老の女性らしく、年季の入った雰囲気は本来の年齢と相まって絶妙に似合っていた。
『そろそろ目的地です』
「了解」
運転席でマスコンを操作しながら二人は前を見つめると、ブレーキをかけて列車を停止させていく。但し、今回乗っているのはいつものカーゴスプリンターでは無かった。
「やっぱり慣れないな…」
「そりゃあ前のやつに何年乗っていたかって話だし…」
違和感を感じ、少しぎこちなく列車を止めると、運転していた貨物列車は貨物ターミナルで停車をした。
現在、彼女達はとある事情で自前の列車に対して運行禁止令が出されていたのだ。
「まさかギャングの秘蔵品を運ばされているとは思わなんだ」
『あれは手痛い被害でした』
そこで問題を起こした
これの少し前に受注した仕事において、彼女達は執拗にギャングに追いかけ回されたことで列車に大損害を被っており、ボディは廃棄するしかないとまで専門家から言われてしまっていた。
「で、今は列車が出来上がるまでのバイト期間なんだけど…」
運転していた彼女達は、運行していた鉄道会社から臨時の運転士として雇われの身であった。
「今度は?」
「旅客。最近はどうも人手が足りないみたいでね…」
「なるほど…」
停車した貨物列車を降り、ホームに降りた二人は貨物駅で出入りを行う列車を見ていく。
毎日、無限に近い貨物列車が走り続けている中、二人は運転士と傭兵の資格を持っていたことで運転士と武装警備員を兼任して乗り込んでいた。そして二つの免許があり、尚且つ実績もあることで引く手数多のような状況だった。
「今回の撃破数は?」
『オートマトン五、テクニカル四。多脚戦車二です』
計測を行ったルシエルが報告を行うと、与えられた追加報酬の配当を行っていく。
『今回はスフェーンがこの内オートマトン三、テクニカル一を撃破したので、報酬はこれでどうでしょう?』
「ん、良かろう」
そこで二人の視界に表示される金額を確認して了承をすると、簡単に計算を終えてから二人は留置線に列車を置いて列車の返却を行なってから次に運輸ギルドの駐車場に向かう。
「全く…これでなんとか生きていけているが…」
サダミはため息混じりに駐車場に停まっていた車両を見つめて溢す。
この車両は先の仕事で大破した列車から外した装備品や貨車を売却した際に得た資金から、諸々の金額を差し引いた上で必要なものとして移動用に購入した
「じゃあ一週間後に、あの場所に行くから」
「分かったよ。…あまり気乗りはしないが…」
「それは自業自得じゃろうて」
駐車場に停車していた二台のサイドカー。片方はジャーマングレイに塗装された
二人は運転士や警備員の仕事をしながら、新しい列車の用意ができるまでの間、仕事をこなしつつそれぞれ自由時間を過ごしていた。
そんな中でサダミはスフェーンと予定を合わせた上で運輸ギルドから走り出して行く。
「全く、アイツの交友関係はどうなっているのやら…」
バイクを走らせながらサダミは列車の大改修を行なっているとある男を思い出しながら呆れていた。そんな彼女にシエロは言う。
『長く生きていると、ああ言った有名人と知り合えるのでは?』
「それにしちゃあ、随分と有名が過ぎる気がするが…」
サイドカーに跨って市街地を走る彼女は、スフェーン・シュエットという個人が持っている交友関係を振り返る。
「少なくとも世界一の慈善事業団体と不老者の開発者を知り合いに持つ人間を私は知らん」
『カードで言うならジョーカーとスペードのAと言ったところでしょうか?』
「まあ…うん」
どう表現すべきかいまいちピンと来なかったサダミは曖昧に答えると、サイドカーは信号の前で停車をする。
赤信号で周りには複数の自動車が停車し、曇天の空模様がビルの隙間から垣間見える。
「昔からこの景色だけは変わらないな…」
ヘルメットを被って彼女はそう呟くと、ホログラム形式の広告が所狭しと張り出されている光景を見つめる。
かつて、まだこの世界に暦という存在ができる前を知っている彼女は、その時代から数世紀も経過しているのも関わらず、見知った光景である目の前の景色を見て笑いそうになる。
このトラオムの世界に国境の概念が生まれて久しいというのに、この目の前に映し出される景色は昔と何ら変わっちゃあいない。
それはつまり、今もこの世界は国という皮を被った企業が支配しているに過ぎないのだというのを暗示していた。
議員や代議士になるためにはとにかく金が必要だ。それはそれは膨大な金が必要となり、立候補するだけでも並の人間では到底自分の意見を通そうとすることなどできない。
ーーそして『国境』の概念は戦争をより大きく、より過激にさせた。
かつてこの世界が都市国家の様相を呈した時代、人の住むコミュニティーは都市だけだった。
都市の外と内が世界であったあの時代、戦争というのはとても小さいものだった。
所詮はコミュニティー同士の争いでしかなかった企業間抗争や都市間抗争。あの時代も傭兵の仕事は余るほどあると思わせたものだが、今の時代はもっと面倒なものだと思わざるを得ない。傭兵ギルドの掲示板に貼られる依頼内容のハッシュタグの多さを見ればそれがよくわかる。
これでもなるべく業務が煩雑にならないように組織側の努力も見られ、自分が作った組織が後世においても問題なく動いているのを見ると、何となく誇らしく思えてしまう。
今の時代、傭兵といっても戦争に参加する傭兵と列車防衛をする傭兵となると全く違う。
前者はゴリゴリの重武装で固めたいかにもな容姿をしているが、後者は規律のある制服を纏った清潔感が溢れる傭兵であることが多い。
『今度の旅客便では、ルシエルとお二人で添乗する予定ですね』
「ええ、だから武器の確認を…ーー」
ッーーーー!!
その直後、閃光が迸った直後に爆炎と衝撃波、轟音が通りに響き渡った。
「きゃああっ!!」
「爆発したぞ!」
「逃げろ!」
そしてすぐに逃げ始める人々。周辺では止まっていた車が爆発を前に一斉に逃げ出すように急加速を始めた。
「…やれやれ」
そして一斉に逃げ惑う市民を前にやや冷めた目で見つつ、爆発があったとは思えない程落ち着いた様子でバイクのスロットルを回すと、シエロが警告する。
『破片落着まで十秒。その交差点を右折してください』
爆発がどのテロ組織によるものかは定かではないが、吹き飛んだビルの壁からホログラムにも使用されていたガラスや照明機材が一斉に通りに降り注いできた。
「ぎゃあ!」
「いでっ!?」
落着してくるガラス片などに通行人が巻き込まれて悲鳴を漏らしていく。
「全く…面倒なことをするもんだ」
サイドカーを避難させ、黒煙が立ち込める高層ビルを見上げながら遠くから消防車と警察のサイレン音が聞こえてくる。
表面上とはいえ国家というものがある以上、公共事業というものは必要になってくる。
戦場が荒野と議会の二つある今の時代、この都市の中においても容赦なく企業は敵対組織に攻撃を行う。
今の国家が存在する時代に、未だに企業レジスタンスがある時点で色々と察せるところは出てしまう。彼らもまた、企業にとってみれば生き残らせるに値する存在なのだ。
『この後、高架道路を出れば目的地に到着します』
「了解」
彼女は側車に積み込んだ荷物を確認してからスロットルを回してバイクを加速させると、そのまま道路を曲がって目的地に移動する。
その頃、市内のアウトドアショップに入ったスフェーンはカラビナやハーネス、ザイルなどを見繕っていた。
「どう?」
『見た限りでは品質に問題ないでしょう』
これから向かう場所のために彼女は装備を整える準備を行なっていた。
『しかしサダミさんにあのような趣味があるとは意外でした』
「ああキャンプ?」
店内で商品を探していた彼女にルシエルは意外な様子で話すと、スフェーンは答える。
「たまーにあるんだ。アイツ、傭兵の時も荒野のど真ん中で黄昏てる時あったし」
『偶に…とはいっても私の知る限りではこれが初めてですが?』
「まあ傭兵してた時は常に荒野にいたようなもんだったから…」
スフェーンはそう話しながらペグも購入をしていく。
今の時代…といっても昔からだが、基本的に通販というのは注文した品物が正しく来るとは限らない。その上、もし届いたとしても不良品である場合などがあるため、滅多なことがない限りは店に赴いて現物を見る方が確実だった。
「とりあえずトレーラーも持ってきたし、荷物はしばらく大丈夫かな…」
『最短でも一週間はかかる予定です。以前より道が変わっている可能性も考慮して準備を進めるべきでしょう』
ルシエルは言うと、スフェーンも頷いて購入した荷物をサイドカーの側車に乗せた。
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