サダミの今乗るサイドカーはスフェーンのバイクと異母兄弟のような車種だ。
なぜこれを買ったのか、なぜわざわざ二台も買ったのかと疑問に思ってスフェーンに聞いた。そしたら彼女はこう言った。
『だってこうしないとウチらが自由に動けないじゃん』
まあ実際その通りになったのが少し悔しい部分ではあった。
「ここを通ってもいいですか?」
「あ、ああ…」
その検問所でサダミは被っていた軍用ヘルメットを外して身分証明を行うと、対応していた装甲服を纏った兵士達を見る。
彼女は運輸ギルドと傭兵ギルドの証明書を携えており、身分証証明する上でこれほど使えるものもなかった。
場所は高いコンクリート擁壁が聳える荒野と都市を分別する検問所。ここから外側の世界は、今も昔も変わらない力が絶対正義の場所だ。
「気をつけろよ。ここから先はスラムだ」
「ご忠告感謝します」
サイドカーに乗ってここまでやってきた彼女に兵士は最後の忠告のつもりで話しかけたが、彼女はそれを承知して、なおかつ慣れている様子でバイクに跨って走り去っていった。
「随分手慣れてやがる」
「ありゃ運転士か?」
「どうだろうな、武器を持っていた」
「じゃあ傭兵か?」
検問所でわざわざ都市から出ていく物珍しい人を見送ると、彼らは好き勝手に妄想を掻き立てていた。
「おい、仕事が終わったらさっさと戻れ」
そんな話をしていた彼らに検問所の見張員が呼び付けると、地面が迫り上がってゲートが閉じられる。
かつて、こう言った擁壁に立っていたのは軍警察だった。
世界最大の民間軍事会社とも言われ、文字通り世界の警察として名を馳せ、いまのこの世界の規格を作ったと言っても過言では無かったその組織は、今は鉄道路線を守る事で精一杯なほどまで戦力を減じていた。
「かつてあれだけ企業が恐れていた組織は、今じゃあ見る影もなさそうだ」
『仕方ありません。都市防衛を正規軍が担当するようになってしまっては…』
軍警察にとって最も利益を出していた都市防衛業務は、国という存在ができてからは徐々にその任務は国が用意した正規軍に取って代わられるようになり、法律の統制が活動縮小をより進めていた。
「はあ、昔が懐かしい…」
そこで古い電線が張り巡らされた細い路地を進む。
都市の防壁の外側は基本的に貧民街が構築されている。バラックが立ち並ぶこの都市は地下型のスラム街では無かった。
スラム街はどんな街に向かっても変わらない様相だ。住む人間の身なりはボロ布で寒さを辛うじて防げるほどの薄い代物。絶えず何かを探っているように警戒しており、一種の野生動物に似た何かを感じさせる。
ここに住む人間は、基本的に都市に仕事がない人間が集まる。ここから荒野に向かい、戦場跡で屑鉄となった車両やサイボーグの遺体から機械を持ち去る。そしてスクラップとして売却をして金を得るのが基本的なこの世界の生活基盤だ。
「まあ、子供じゃあ腕一本持ち帰るのが精々だったか…」
フルフェイスヘルメットの下で彼女はふと懐かしんだ。
かつて、ここではない場所で覚えている記憶だ。戦場で
その時、自分は対して反抗できずに奪われてしまったが、その腕は何処かのギャングのものだった様子で、翌日にその腕を奪った大人達はギャングによって磔にされて殺された。
泣き叫びながら自分じゃないと叫んでいた彼らが殺された時、自分の手でやらなかったことを後悔しなかったことはなかった。
その時、自分はどうして殺させてくれなかったのだろうかと近くに立っていたギャングの構成員に詰め寄った。その時、うっかりして自分が腕を持ち帰ったのだと告白したようなもので、その後に銃床で殴られた。
『あの時が始まりでしたか…』
「ギャングのチクリを始めたのはね」
その後に言葉を知り、軍警察という組織を知って入隊をした。自分の名前を言えれば入れたその組織で、彼はその中で知識を得た。
『あっ、サダミ!前!』
「え?っ!!」
その瞬間、瞬時にシエロが警告をして前を見つめると、そこでは建物ん陰から飛び出してきた人影があり、咄嗟に彼女はブレーキを握った。
ガンッ
しかし速度を出して走っていたことが災いし、重たい音がフロントから聞こえた。
「やっべ…」
よそ見をしていた彼女は飛び出して跳ね飛ばしてしまったその人影を前に顔を忽ち青くさせた。恐る恐る前を見てみると、そこでは地面で横になって倒れている一人の女性がいた。
「やっちまった…」
そしてやらかした事実を前にこれから訪れる面倒な諸々の事案を想像してしまい、思わず顔に手を当ててしまう。
完全な交通事故、しかも出会い頭というもの。ここで逃げ出せば轢き逃げとしてより面倒なこととなる。
「あんた、大丈夫か?」
若干雨足を感じる黒い曇天を見ながら対応をしようとバイクのエンジンを止めた時に話しかけられると、そこで一人の老人が話しかけてきたので直後にサダミは拳銃を抜いた。
「ひっ!」
銃口を向けられたその老人は悲鳴を漏らして逃げ出すと、足跡が消えた頃にようやく銃をホルスターにしまった。
『宜しかったので?』
「ああいう追い剥ぎは今まで何度も見てきた」
ここは常に誰かが乞食をする場所だ。国家という皮を被った企業連合体は彼らを『労働力にもならない無駄』として見ている場合が多い。
スラム街に企業は訪れるが、大半は若くて労働力となる人材を探しにくるためだ。何せ彼らは下手なアンドロイドより安い賃金で働く。インターネットと接続されず、世界を知らないで生きてきた彼らは生きていく上で必要な賃金以外を知らない。だから真っ当な給料を知らない。
そもそも企業は現金では無く食料品を配給する形で給料として情報を与えないという方法でスラム街を取り仕切るとこもある。
時たまお優しい啓蒙活動家がスラム街に訪れて熱弁を振るうが、彼らに理論を説いたところで理解できる知能が備わっていない。そのことを知っている人間は簡単に『今より腹一杯飯が食える方法がある』と悪徳コンサルを行うのだ。
「まあ、事故って放置ってのも後味が悪いものでね」
『証拠隠滅ですか?』
「…君は私をなんだと思っているんだ」
彼女は呆れながら二重人格ともまた違うと言える自分の内にいる存在に話しかけると、地面で跳ね飛ばした女性を見た。
『スキャニングを行います』
サダミは付けている電子グローブを頭頂部に当ててインプラントチップの有無を確認してから轢いた女性の介抱を行う。
『脈拍正常、体温正常。血糖値は基準値以下です』
晴れて確認を行なったシエロが簡単に健康状態を伝えると、サダミは簡単に持ち上げて側車に載せる。
「看病しないと…」
そこでやや面倒そうに感じつつもやらかしたが故に近くの診療所を探し始めた。
その時、呻き声が溢れた。
「んっ、んん…」
その直後に全身に激痛が走り、思わず悲痛の声を漏らしてしまうと、絶妙に視界が明るいことを感じる。
「?」
日光かと思ったが、それにしては眩しさを感じないと違和感を感じてゆっくりと警戒しながら瞼を開けると、直後にチャカチャカと金属の触れる音が聞こえた。
何だろうかと周囲を視線を動かして探ると、すぐ隣で
「…」
そこで用意した簡易椅子に座り込んで水を沸騰させている一人の人影が映る。大きな黒くて尖った耳が一対あり、黒い尻尾が見えることから獣人であると見て判断できる。そしてその獣人が何か物をとるために腕を伸ばすと、その横顔が見えた。
「っ…」
その顔を見た時、思わず息を呑んでしまうと彼女は話しかけてきた。
「気をつけてくれ、ひどい全身打撲を起こしている」
そこでエアロプレスを用いてコーヒーを淹れる彼女はカップを持って振り返ると、横にさせた女性を見下ろす。
「あの…」
「ここはスラムよりも外の荒野だ」
質問をしようとした彼女にサダミは淡々と話しながら隣に座り込む。
「君のことを轢いてしまってね。詫びも込めて簡単な治療をさせてもらった」
「え?あっ…」
そこで寝転がされていた人物は被っていた毛布を外すと、そこで右足に添木と包帯が巻かれていた。
「右足の骨を折っている。しばらくは動けないだろう」
コーヒーを飲みながらサダミは淡々と症状を語っていくと、彼女に轢かれる直前のことを思い出そうとした。
「どうして…?」
「ふむ、若干の記憶障害が出てしまっているか…」
その呟きを聞いてサダミは轢いた時の状況を説明する。
「私がスラム街を走っていた時に君が飛び出してきた。まあ、いわゆる出会い頭の衝突だ」
事故当時の状況を話すと、彼女はその後に軽くため息を吐いた。
「それで…助けてくれたんですか?」
「ああ、事故を起こしてしまったからな」
サダミは傭兵をしていた時代からそう言った野外治療に関しての造詣があったので簡単な治療はできた。
「…」
そして一通りの説明を聞いたことで、その後に彼女は顔を青くさせてサダミを見た。
「それじゃあ…」
そんな顔をしたのを見てサダミはキッパリと、特に感じもしないように淡々と話す。
「別に、君が男であろうと女であろうと構わん」
彼女はそう言い切った上でコーヒーを飲む。そこで飲んでいた彼女は聞いた。
「コーヒーは嫌いか?」
「い、いえ…何ですかそれは?」
「…なるほど、そう来るか」
コーヒーを知らない様子だった彼女にサダミは少し意外に思いつつも、慣れた様子でその香ばしい香りのしてくる黒い液体を見せる。
「何ですか、これ?」
「そういう飲み物だ」
「…」
そこで紹介を受けたことで改めて湯気の経つコーヒーの注がれたカップを受け取ると、体を起こした彼はカップを傾けた。
「っ!苦っ」
「はははっ、初心者にはきついだろう」
その反応を見てサダミは笑うと、次に角砂糖を渡したのでそれは知っていた様子でコーヒーの中に砂糖を入れてかき混ぜた。
「初めまして、私はコーディエライト・シャノワールだ。君の名前は?」
「…奏です」
そこで長髪の髪に触れて答えてくれると、名前を聞いて『本当にそうなんだな』と内心で思いながら見る。
「苗字は?」
「ありません」
奏では首を横に振ってサダミに返した。
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