はじめにその違和感に気がついたのは、奏を轢いてしまった直後のことだった。
「ん?」
インプラントチップをスキャンした時、サダミはバイクで突き飛ばしてしまった女性を診察すると、インプラントチップは個人情報を返してきた。
「男…」
その中で性別に関して彼女は疑問に思った。
「この見た目で男なのか…」
轢いてしまい、体の容態を確認する中でサダミは驚いた様子で見る。その中で彼女は少々その気を感じとり、試しに下の部分を見て確信した。
「ああ…」
服の下では明らかに男の肉付きでありながら女物のランジェリーを纏っていた。しかし肉付きは正真正銘、男である。
『女装ですか?』
「そんなところだろう」
見た目も女性に寄せており、スラム街の中ではかなり見た目に気を使っていると思っていた。サダミも思わず女性を轢いてしまったと思うほどには良くできていると思った。
「これが趣味なのか罰ゲームなのかは知らないが…」
『罰ゲームであればもう少し雑でしょう。これは本物の可能性がありますよ』
「ふむ…」
シエロの推測を聞きつつ彼女は足が折れていることを確認すると、添木を当てて包帯を巻き始めた。
「しかし怪我を負わせてしまっては申し訳ない」
『近くの診療所を探しませんと』
「そうだな…」
応急処置を施しながら彼女は頷いた。
「ーーそして事故の後、簡単な治療を行なってから人を探したのだが…」
サダミはその後に軽くため息をついた。
「生憎、このスラム街で診療所は見当たらなかった」
そこで怪我をしたままスラム街の外に連れ出して寝かせていたという。
一通りの話を聞き終え、奏は事情を把握した上でため息を漏らした。
「そう、だったんですね…はぁ」
彼女は折れた自分の足を見ながらサダミを見ると、彼女は変わらずコーヒーを嗜んでいた。
「あそこに医者はいませんよ」
「そうなのか?」
サダミの問いかけに奏は頷く。
「ええ、二年前に死んでしまいましたので…」
「ああ、なるほど…」
この街のスラム街の事情を知り、納得した様子で頷く。通りでこのスラム街は他のスラム街に比べて老人を見かけないわけだ。
「代わりの医者は居ないか…」
「私の知る限りでは、新しい診療所ができたと言う話は…」
聞いていないという。基本的にスラム街というのは力こそ正義であり、戦力が言語である。そんな場所に診療所を構える医者というのは、大抵が医師免許を剥奪された医師かギャング相手にぼったくりを画策する闇医者だ。極たまに善意で動く医者も居るが、そういう医者は基本的に長生きしない。
「貴女は、医者なのですか?」
「昔、齧っていたことがあるだけだがな」
そう言い、彼女は遠い昔を思い出す。
結局、医療機関を運営することとなって、元々戦場で医療兵のところまで戻れるまでの療術は持ち合わせていた彼は、本格的に野戦病院を運営する為の知識を蓄えるようになった。結果的にそれが薬学に精通するようになった相方とうまく合わさって、いいように新たな食い扶持ができるようになったのは怪我の功名というべきだろうか。
「では、新たな医者なのですか?」
「いや?私はこの都市を訪れた観光客だ」
「観光…?」
奏は首を傾げるとサダミは頷く。
「ああ、だからこうして荒野のワジに隠れてテントを張って、コーヒーを嗜んでいる」
彼女はそう言い、片手にコーヒーの注がれたカップを持つ。先ほど飲んだ飲み物で、いつも飲んでいる企業の栄養ドリンクとは違うものであったので、今でも苦味が口に残っていた。
「何で…」
その彼女の行動に奏は意味が理解できなかった。彼からしてみれば、スラム街というのはそこにいるだけで危険な場所である。
ましてやそのスラム街の外ともなればエーテルが降り注ぐ、文字通り人が生きていくことが難しい世界だ。
ーーしかし今自分たちがいる場所はその外の荒野だ。
「襲われないんですか?」
「さあ?これだけ灯りを灯していたら襲われるかも知れないな」
ワジの影に隠れる形ではあるが、ランタンを持ち出していたサダミは余裕さえ見せており、そのことが奏からすれば奇怪な目で見るには十分だった。
「だが、多少の襲撃は問題ない」
「え?」
彼女は自身がある様子で傍に停めてあるサイドカーを見る。
「これをつかえ。耳に差し込むんだ」
彼女はそう言い、奏に耳栓を渡しながら言う。
「早く寝た方がいい。私もそう長くはここにいる予定ではなくてね」
「あっ、はい…」
奏は促されるがままに寝かせられると、そのまま長い名前であったがために呼びずらいなとサダミに思いながら彼は耳栓をつけてから再び横になった。
「…」
そして奏が再び横になったのを確認してからサダミは立ち上がると、その直後にサイドカーの側車に被せていた幌を開けると、そこから短機関銃を取り出す。
「さて…」
彼女は弾倉を装填してからコッキングレバーを引いて弾薬を装填する。
「行きますか」
『周辺に複数の熱源を探知しています』
そこで彼女はランタンの明かりを落とすと、ツェルトバーンの中で眠った奏を後ろに指を鳴らしてワジから飛び出すと、直後に持っていた拳銃に弾倉を差し込み、スライドを引いて装填を終えると引き金を引いた。
「うおっ!?」「ぎゃっ!」
夜目がよく効く彼女の青い瞳は、的確に常闇の荒野に隠れていた人影を撃ち抜いた。
「何だ!?」
「くそっ、気づいてやがった!!」
咄嗟に廃材となっていたコンテナの影に隠れて彼らは襲撃を行おうとしたワジでテントを張っていた二人組の女性を振り返る。
「物盗りか?」
「ひっ!!?」
その瞬間、隠れていた彼らに銃口が押し当てられた。
「まあそうだろう。私を狙っていた時点でな」
そこで黒いバラクラバを被り、頭に獣人用ヘッドホンを付けていた彼女はそう断定すると、強盗の頭を撃ち抜いて制圧を行う。その後、拳銃を胸元のホルターに戻し、彼らがサイボーグであることを確認して銃創に指を入れて彼らの通信を聞く。
『ダメだ!二人やられた!』
『こっちももう駄目だ。撤退しろ!』
『馬鹿野郎!これだけやられて撤退できるか!』
やや混線気味であった無線を聞いていい気味だと愉悦に浸りたくなるが、あいにくと逃げなさそうな雰囲気であったので、仕方なく銃剣を装着してから他の強盗の所在を探す。
『彼らは物盗りなのでしょうか?』
「じゃあ何だ、ギャングがこんなチンケなことをすると?」
『チンピラならあり得るかも知れませんよ?』
荒野で敵を探す間、サダミはルシエルとそう話しながら荒野の中をサーマルを使用して警戒する。
「チンピラの揉め事にギャングがそうそう口を挟むものかね…」
『彼らは舐められたら終いです。些細な問題であっても彼らは介入をしてくる可能性は否めません』
シエロの推測を聞き、聞いていた彼女はその後に軽くため息を漏らす。
「じゃあここにいる連中は生きて返したら面倒になる?」
『その可能性は否めません。なにせサダミを狙った物盗りです』
「…了解」
その直後に彼女は銃床をしっかりと肩に当てた上で足を爪先から踵にかけて踏み、足音を効果的に抑えながら目だけを左右に動かして索敵を行う。
「っ、てk…」
直後に飛び出してきた愚か者に二発叩き込むと、防護されていたはずの強盗は唯一十分な保護のされていない目元を貫いてそのまま地面に倒れると、直後に時首元に長い銃剣が突き刺されて再度発砲を受け、確実な制圧が行われる。
「残りは?」
『三つ。四時方向に一つ反応があります』
シエロが観測データを送ると、直後に彼女は体を傾けてその後方に向けて引き金を引いた。
「うおぉっ…」
背中を撃たれ、装甲服も貫通してその強盗は地面に倒れた。
『隊長がやられた!』
『くそっ』
そして悲鳴を聞いていたのか、即座に解析を終えて登頂を行なっていた無線を聞いて逃げていく彼らを見送ってから軽くため息を漏らした。
「
彼女はそのことに安堵すると、死体を確認して戦利品を漁っていく。
「ふむ…」
そして死体を引きずって荒野の砂に塗れながら物資を確認すると、彼女はそこで軽く驚いた。
「本当にチンピラだったのか…」
彼らの纏っていたものは隊長と呼んでいた人物以外は装甲服すら纏っていなかった。最低限のタクティカルベストには十分な弾倉すら用意されていなかった。
「…」
彼女はそこで上手く扱える自信がない手榴弾を手に取って、戦利品としてそれを持っていくとその場を後にした。
「拳銃代にはなりそうだ」
どうせ明日になれば寄ってたかってスラム街の住民が根こそぎ持っていくことになるだろう。そしてサイボーグであるので、その部分も下手すると持ち去られる危険性すらあった。
「仕方ない…場所を変えよう」
そうした追い剥ぎを避けるために一度撤退してもすぐに死体を回収しにくる部隊がやってくる。
そして後から来る部隊は大抵が重装備で遺体を報復の意味合いも込めてやってくるので、見つかれば凄まじいことになってしまう。
「はぁ、行くか…」
軽くため息混じりに彼女は戦利品を受け取ってから元来た場所を戻ると、広げていたツェルトバーンを片付けてサイドカーに乗せてから瞳を空色に変えて能力を用いる。すると寝ていた彼女の周りにエーテルが固定され、まるで魔法の絨毯のように彼女はサダミに片手で持ち上げられると、側車の上の部分に乗せられて走り出していった。
「…ん?」
その道中、サイドカーの揺れか音のせいか、奏は横になったまま目を覚ました。
「すまない、起こしたか」
その声にすぐに気がついてサダミが話しかけると、彼女は今の状況に困惑した様子だった。
「え?」
「すまない。野営地を変えることにしたんだ」
「は、はぁ…」
先ほどの銃声を聞いていなかった彼女は困惑気味に耳栓を外してサダミを見た。
「あまり動かないでくれ。でないとサイドカーから落ちてしまうのでね」
「あっ、はい…」
そこで風に揺れる自分の長髪を抑えて隣を見ると、隣では高速に移動する荒野の地面があった。
「っ…!!」
その速度に思わず息を呑んでしまうと、彼は隣で運転するサダミに何度も頷くと、彼女もその反応を見て安堵して一度頷くと、スロットルを回してサイドカーの速度を上げた。
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