調子に乗って書きすぎたかもしれん。
スフェーンの問いかけに、今度は心底驚いた後に納得も交えた表情を浮かべた。
「本当になんでもお見通しね」
「そもそも下手にお嬢様言葉を使っているから違和感があったんです。時折お嬢様らしくない言い方が漏れていましたし」
サラの手を取って立ち上がりながらスフェーンは言う。
「それに今もお嬢様言葉を使っていないですしね」
そう言い、二人は裏路地を出て表通りに出ると。ちょうど遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
「取り敢えず近くのカフェにでも行きましょうか」
「ええ、そうしましょう」
そして二人はそそくさと現場から離れると、近場のカフェに滑り込むように入った。
「さて、どこから話したものか…」
カフェの座席に座り、サラは軽く頬杖をしながら溢す。そして反対にスフェーンが座ると、そんなサラに話しかける。
「意外とあっさり認めるんですね」
「えぇ、ここでウダウダ嘘をついても意味ないし」
サラはもはや隠す気もなく、お嬢様言葉を使う事なくスフェーンと話す。おそらくこれが彼女の素なのだろう。
「でもどうして私がスラム出身って分かったの?」
「歩き方ですね。スリを警戒して常に服の内側に物を入れておくのはスラム街での鉄則でしょ?」
「…流石に同じ穴の狢には敵わないわね」
簡単に降参するサラ、彼女はその後出てきた紅茶とカヌレを見ながらポツリポツリと話し始める。
「私が生まれ育ったのは隣にある街のスラム街だったわ」
そこで彼女は少し懐かしげにその当時の話をする。
「母親は娼婦で、かつては街一番の美貌だったそうよ」
「…」
いきなり何を話すかと思えば、いきなり半生を聞かされることになるとは。と思いつつも、静かに彼女の話を聞く。
「ある夜、母を指名した一人の男が現れた…その男の名はシェリド・アンデルセン」
「あぁ…」
「えぇそうよ。今のカジノ王がまだカジノ王と呼ばれる直前の話」
目の前の少女はスラム生まれ、ただし金持ちの血が半分混ざる特別な少女だ。
別に珍しくない話じゃない。夜伽の反動でデキちゃって捨てられる事はスラムでは見かけやすい景色であり、サラの母も同じような事をされたのだろう。
なんなら証拠隠滅の為に殺されないだけまだマシなのだろう。
「元々、母はあの人の愛人で。私を産んだ事も全て了承があったのでしょうね」
「ふーん…」
話半分に聞くスフェーンは出てきたコーヒーに砂糖を入れて掻き回す。
「だけど、私を産んだ母は。その直後に死んでしまったわ」
「……」
「その後、私はスラム街で過ごしたわ」
懐かしげに語る彼女にスフェーンは自分も少しだけ、傭兵になる前の生活を思い出す。
「今から考えるとクソみたいなど底辺の生活だったけど、人って不思議ね。そんな環境でも満足に生活できるんですもの」
「私としては、そこまで生活の質が上がって狂わない方が驚きですがね」
「ははっ、それもそうかも知れないわね」
歴史上、金と名声に飲まれて没落していった人間はごまんと存在している。目の前の少女はそう言った欲に飲まれなかった非常に稀有な存在だ。
「でも私と言う存在がいることで、本妻の子からは疎まれていてね」
「あぁ、例のお家騒動ね…」
新興のアンデルセン一族には彼女の他に三人の子どもがいる。しかしそれぞれ母が違う。
理由は簡単で、長男を産んだ母は出産の後にサラの母と同様に亡くなったからだ。
そしてシェリド・アンデルセンはその再婚を果たしたのだが。この妻がヤバいと、調べたらネットにそう書かれていた。
まず金遣いが荒く、今まで慎ましやかに過ごしていたシェリド・アンデルセンが慌てて彼女の為の口座を閉じさせたと言う伝説が一つ。
そして口座を封じられたヨッメは実家に泣いて縋り、嫁さんの実家からの命令という形で口座を無理やり再開させたのが二つ。
そして生まれた双子もしっかり母の遺伝子を注いでいるようで、めちゃくちゃ派手好きだと言う。名前は確か、ミカとルシフェルだったはずだ。湧水の如く金を使うので悩ませているという。
「あっ!」
「えぇ、貴方も分かるでしょう?」
そこでなぜサラが関わってきたのか、一瞬で分かってしまい。スフェーンは軽く顔を歪めてしまう。
「うっ、うわぁ…これは酷い」
そのヤベェ奥さんから逃げるようにおそらくサラの母を愛人として迎えたのだろう。あんな性格だ、絶対奥さんに許可とってないぞ。
「そんな事だからお兄様やお父様は良くしてくれるのだけど。下の双子がね…」
「うわぁ…」
可哀想に、と言いたくなってしまう程目を覆いたくなる惨劇。そんなモンスターみたいな嫁さん貰ったらそりゃ反動で愛人作っちゃうよ。
「おまけにヤバいのは、私やお兄様の方がお父様の才能を引き継いでいる事ね」
「Oh…」
シェリド・アンデルセンは、カジノ王と呼ばれる前は生粋のギャンブラーだった男だ。
当時負け無しと謳われ、彼の持っていた馬や賭けたルーレットの番号は必ず倍率が二倍を下回ると言われたほどだ。
「お兄様は馬、私はカジノの才能。上手く遺伝子を引き継いだ様ね」
「ははは…」
なるほど、そんな二番目の奥さんに振り回された者同士、仲が良くなると言うわけだ。
「昼ドラかよ」
「火曜サスペンス劇場と似通っている」
「どっちにしても地獄だぁ…」
サラに同情もしたくなるような話にスフェーンは苦笑する。
「多分、私達を襲ったのもその双子からでしょうね」
「うわぁ、殺る気満々だ」
そもそも重装甲サイボーグを投入する時点で色々と恨まれているのだろう。あるいはギャングの抗争にも似ているか。
「でもこれ以上、貴方を巻き込むわけには行かないわね」
「それは…」
すると彼女はカヌレを食べ終えてフォークを置くと、スフェーンに言う。
「今回の依頼、無かったことにしてくれる?」
その瞬間、スフェーンは目の前で鐘に突かれたような衝撃を受ける。そして思わず素の状態で溢す。
「それ困るんですけど」
「え?」
「あっ…」
ポロッと溢れた本音に互いに唖然となる。そして最初にサラが軽く吹き出した。
「ククッ…貴方、面白いわね。さっき命の危機にあったのよ?」
「私は慣れているだけですよ」
「運び屋だから?」
「まぁ、そんな所です」
スフェーンは少し顔を赤くしながら軽く俯いて答えると、サラは言う。
「でも、そんな事言うのなら……今のは無しにでもしようかしら?」
「その方が私も嬉しいです」
せっかくつかんだ大儲けのチャンスを不意にしようと言う愚かな考えはスフェーンには無かったので、素直に答えるとサラは席を立つ。
「なら、貴方の列車に案内してもらえるかしら?」
「ええ、どうぞ」
スフェーンはそこで短めに頷くと、サラの鞄を持って案内した。
「そうですか、三号は死にましたか」
連絡を受け、その青年は目を開けると目の前に立つ部下に言う。
部屋には多くの煌びやかな調度品が置かれ、毎日清掃をされているのだろう。埃一つ無い美しい部屋だった。
「下がってください」
「はっ」
報告に来た部下を下がらせると、同じ部屋にいた少女が壁に置かれた調度品を手に取りながら聞いてくる。
「ダメだったみたいね」
「ああ、直前に誰か雇っていたらしい」
「ふーん…」
少女はこれといった興味を示す事無くその調度品を元の場所に戻す。
「誰なの?」
「さぁ?」
そこで掌を広げて首を軽く傾げる青年。
「でも、これで損害は昨日のを含めて三台…そろそろお父様も気付く頃合いよ?」
「何、対応済みさ」
余裕げに答えると、青年は椅子の背もたれに力をかけて上を見上げる。
「あの女は、朝にお父様に家出の書状を叩き付けたらしい」
「いつもの事じゃないの」
「あぁ、
「…」
それを聞き、途端に少女の顔が歪む。青年もそんな少女に短く頷く。
「全くだ、半分は娼婦の癖に。お父様に直接書状を叩きつけるなど烏滸がましい」
「どうしてお父様やジャック兄様はあの女に対して優遇するのでしょう?ジャック兄様ならまだしも…」
「妾の子など、後の問題にしかならないと言うのに…」
青年は軽くため息をついた後に椅子を回す。
「あら、お兄様。何処へ?」
「仕事だ、お前も来るか?」
「ええ、勿論」
少女は頷くと、青年とともに部屋を後にしていた。
「ふむ、前にも来たけど中々狭いですわね」
「ひでぇ、早速ケチつけかよ」
列車に案内したスフェーンは乗り込んだサラに早速自分の部屋の文句を言われると、次に彼女は部屋の冷蔵庫を開ける。
列車に案内した直後、部屋の中をざっと掃除だけして汚れているナッパ服なんかはオートマトン格納庫に放り投げていた。
「まぁなんて酷い中身」
「人んちの冷蔵庫を勝手に開けるなって教わらなかったのか?」
冷蔵庫の中に入っているソフトドリンクの山、食材もある事にはあるが。それよりも詰まった飲み物の方が圧倒的に目を引いていた。
「あら、まだスラムで生きていた頃の方が長い事でしてね」
「んじゃあ、エセお嬢様って事でオケ?」
「あら、生憎と外面は良いものでしてね」
そう言って冷蔵庫を閉じ、スフェーンをみるサラ。
「妾の子の癖に」
「あら、そもそもこの世界に法律は存在しませんくて?」
「…」
確かに、痛い所を突かれた。
統一政体は存在せず、都市ごとに規則が変わっている。しかし一部の行動、例えば結婚や未成年飲酒と言った過去に法律によってすっかり習慣化されたそう言った事象は文化として今も強く根付いており。結婚という概念についても同じ事が言えた。
「まぁ、だからこそ。こんな本を参考に都市規則が作られるわけですが…」
そう言い、スフェーンが購入してきた本の一冊。『グリーンボウル規則書』を手に取る。
「こんな本持ってるなんて…貴方信者?」
「信者だったらこの見た目で運び屋しない」
ここ最近のグリーンボウル規則書の広がり方に少し嫌気の指す様子のサラ。確かに、この規則書に書かれている内容は大災害前の統治機構が有していた法律に近い部分もあり、多くの都市でこれらを参考にしたり採用する傾向があった。
少なくとも、グリーンボウル規則書に準じた都市同士で緑化連合と呼ばれる都市連合ができるくらいには。
「まぁ、そうでしょうね」
「そもそも私、働かないと飯食べられない」
「普通そんな歳で運び屋なんて危険な仕事しないでしょう」
やや呆れ口調のサラはベッドに座り込むと、スフェーンは運転台に向かう。
「んじゃあ、行きますよ」
「ええ、よろしく頼みますわ」
「はいはい分かりましたよ、お嬢様」
お嬢様言葉で答えるサラにスフェーンは軽く苦笑しながらそれに乗っかった。
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