TS若返り傭兵は旅をする   作:Aa_おにぎり

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#77

「…んっ、」

 

ふと鼻に漂うコンソメの香りで目を覚ましたアリズ。

その匂いに釣られるようにしてのっそりと体を起こすと、薄ぼんやりとした視界の先で火に掛けられた鍋のグツグツと煮える音が聞こえる。

 

「スンスン…ん?」

 

朧気だった景色が徐々に鮮明になると、鍋の音のする台所の前で一つの小さな背中がナイフを片手に刻んだ人参をまな板からドバドバと入れていた。

するとその人参を鍋に入れていた小さな影が振り返ると、目覚めたアリズを見た。

 

「あぁ、もう起きましたか」

「は…?」

 

その少女は絵を買いたいと言ってきた生意気なガキンチョだった。あの時と違ってサングラスもガスマスクもしておらず、ナッパ服を着ていたが、顔の輪郭から彼女であるとするに頭が理解した。

 

「とりあえず食べちゃってください。もうすぐでスープできるんで」

 

そう言って目の前のテーブルに置かれた出来立てのクラブハウスサンドをアリズの前に差し出す。

 

「…」

 

トーストされた食パンに挟まれたトマトとレタスとベーコンに串が一本ずつ刺されており、出来立てだった。

 

「…っ」

 

これだけで唾を飲みたくなる程に美味そうで、食べていいと言ったよなと脳内の記憶を再生すると恐る恐るそれを手に取って口に入れた。

すでに空腹が続き、腹が鳴ることも忘れるほどだった。

 

サクッという食感のトーストの直後にキャキッと言うレタスの食感、そしてトーストに薄く塗られていた辛子マヨの鼻にくる刺激的な味がいいアクセントになる。

 

「っ!」

 

気づけば自然と二口目と色が進み、あっという間に一つが消える。そして二つ目に手を伸ばしてそれを口に頬張る。

 

「っ!!」

 

目の前の少女が作った料理は空腹だったアリズの腹を満たしていく。

 

「っー!!」

 

あっという間に二つ目を食べ終えた時、

 

「はい、出来ましたよ〜」

 

そう言い、湯気の立ち上る鍋からカップに出来立てのトマトスープを注ぎ込む。

 

「ふーっ、ふーっ…アチッ」

 

そしてそれも疑う事なく口に運ぶと、出来立て故の熱さで軽く口の中を火傷してしまった。

 

「気をつけてくださいよ」

 

そんな少女の注意もお構いなしにアリズはスープを飲み干した。

 

「はぁ…」

 

良い飯だった、ここは天国か何かかも知れん。こんな幸福があるのは夢なのだろう。

 

「おーい、まだ死んでませんよ〜」

 

少女の声で飛び掛けた意識が戻った気がすると、少女にアリズは視線を戻すと聞いた。

 

「じゃあここはどこだ?」

 

明らかに綺麗な部屋や覚えのないテーブルを前に聞くと、彼女は答える。

 

 

「どこって…ここあなたの部屋ですよ?」

 

 

「…は?」

 

アリズは素っ頓狂な声が漏れてしまった。あり得ない、こんな変な病気になりそうな程に綺麗な部屋だぞ?

 

「掃除と片付けしただけなんでまだ汚いですけどね…あと前の部屋の方が病気になりそうですよ」

「…」

 

軽く錯乱状態のアリズ、彼女は困惑したまま部屋を見回すと確かに壁に今まで描いたキャンバスが立てかけたままで部屋の隅にはゴミが散乱したままだった。

 

「なんで掃除機すらないんすか、この部屋」

「え?あぁ、いやぁ…」

 

困惑しながら答えると、少女は呆れたため息を漏らしながら一言。

 

「全く、良くこれでその年まで生きて来れたものです」

「はっ、ははは…」

 

目の前の状況を飲み込む事にアリズは考えることを放棄してしまった。

 

 

 

その後、アリズはスフェーンの作ったスープやサンドイッチを全て胃袋に納めて気絶したように寝たのを見てコートを脱いだスフェーンは一言。

 

「デカい子供みたいだ…」

 

これもまた洗濯に出したいくらい汚れているマットレスの上で薄い掛け布団を被るアリズ。

つい怒りに任せて換気をして箒で部屋を掃き倒してしまった彼女の部屋。

 

『ここまでやったのでしたら、最後までやる方が心残りがないかと…』

「飛んだお節介野郎ね…」

 

いや、この場合は野郎じゃなくてお嬢様か…。

 

「起きると思う?」

 

ベッドで爆睡をかます大きい子供を見ながらルシエルに聞く。

 

『呼吸音、心拍音などから推測ですが…おそらくよほど大きい音でも出さない限り起きないものかと…』

「んじゃ、パッパとやりますか…」

 

取り敢えず見える範囲の天井の埃や床のゴミなどは彼女が気絶している合間に終わらせたので次に部屋の隅のゴミの処理をする。

 

「全く…」

 

そして床に散乱する使い掛けの絵具のチューブや筆を拾い、一箇所にまとめる。

色とりどりになっているアパートの床はもう拭き取るのは不可能だろう。

 

「良く水道と電気が通っていたよ…」

 

台所も片付ける前まではいつのか分からない食器が溜まり、賞味期限切れのスナック菓子や出前ピザも放置されており。汚部屋を通り越して腐海の森のような具合であった。

 

『ほとんど奇跡に近いです。彼女の経歴を見る限り、あらゆる支払いを滞納していますからね』

「なかなか終わってるなぁ…」

 

インプラントチップやネットの情報を参考に集めた彼女の情報に軽く絶句する。

ガスは切られてしまっていたので、仕方なく列車からガスコンロを持ってきていた。冷蔵庫の中身も終わっていたので纏めてゴミに放り込んで外のゴミ捨て場に放り出していた。ベッドの上に転がる錠剤の容器なんていつのものだろうか。

 

「大体床が見えないってどういう事だってばよ」

 

しかも恐ろしいのはゴミの大半は使い終わった絵具や画材であるということ。

 

「花の街でしちゃあ行けない匂いが充満してたよ…」

 

その時の衝撃を思い返しながら窓全開の今の状況を軽く俯瞰しながらゴミの分別をしていた。もうここまできたらヤケクソだ。

 

 

 

 

 

その後、立てかけているキャンバスの絵に目もくれずにひたすら箒で掃除をすること一晩。部屋のゴミやらをダスト・シュートに放り込み、食器を全て戸棚に仕舞い込んで絵の具を色ごとに分けて置いていると

 

「んっ…んん〜!!」

 

陽が差し込み、後ろでベッドから起き上がってのっそりと動き出すアリズ。一晩中窓を開けっぱなしにしていたので体が冷えていないかと時折体温を確認していたが、こんな部屋で暮らしていたので体は頑丈そうだった。

 

「あっ、あぁ〜…あ?」

 

そして腰を曲げて骨からポキポキと音が響き、床に足をつけると掃除をしていたスフェーンを見た。

 

「おはようございます」

 

そう言ってお辞儀を済ませた彼女はそのまま箒を片付けると整理した机の椅子に座ってアリズに手招きをした。

 

「早速で悪いんですけど、絵の値段交渉をしましょ?」

 

足元にガスコンロやボンベと言った一式の料理道具を詰めたトートバックを置き。アリズに目線を向けると、彼女はキョトンとしながら席に座るとスフェーンはアリズを見ながら立てかけたキャンバスを指差す。

 

「どのくらいで売ってくれますか?」

 

おそらく描きかけの絵なので、出来上がるのもいつ位だろうかと聞こうと思っていると、

 

「わ…」

「?」

 

するとアリズはやや体を震わせながらスフェーンの服の袖を掴みながら叫んだ。

 

「私の給仕になってくれっ!!」

「は?」

 

突然の申し出に目が点になりながら首を傾げ、そして脳の処理が追いつくと縋るようにしがみついたアリズ相手に言い放った。

 

「何言ってんすか?」

「頼むよぅ…!!この通りだ!」

 

そんなアリズを引き剥がそうとするが、彼女の力は凄まじく。スフェーンの力では無理だった。

 

「給料出すからさ〜!!」

「それ絶対小遣いじゃないですかっ!!」

 

縋るアリズにツッコミをかけるも、彼女は綺麗になった部屋を見ながらスフェーンに顔を上げる。

 

「顔顔っ!女がしちゃいかん顔しとる!」

 

顔から出るもの全部出ている顔をしているアリズはスフェーンに頼み込む。

 

「昨日のサンドイッチとスープは美味いし、部屋も見違えるように綺麗になった!!」

 

そう言って床が見えるようになった部屋を指差してアリズは懇願する。

 

「頼む!一週間でいいから…!!」

「嫌ですよ。依頼するなら前払いしてくださいよ」

 

その一言に反応したアリズは立てかけたキャンバスを指差しながら提案をした。

 

「じゃああれでどうだ?」

「?」

 

アリズはそこで逃すまいと言うような目でスフェーンに聞く。

 

「絵を二、三枚やろう。それでどうだ?!」

「…」

 

彼女に言われ、スフェーンは少し考えた後にキャンバスを見る。

そこに描かれた数枚の絵は風景画や人物画、自画像もあり。今まで描いてきた絵がそのまま放置されているようだった。

 

「…」

 

その絵を見て少し考える。自分好みの絵である事に変わりないのだが、彼女の絵で部屋を埋め尽くすわけには行かなかった。

 

「…あっ」

 

その時、ふとスフェーンは閃いた。

 

「どうした?手伝ってくれるか?!」

「あぁ、いや…」

 

絵を売って買ってくれそうな人がいたのを思い出した。彼女の家は大きいし、こんな絵を置く場所くらいありそうだ。

それに少し絵を小遣いくらいの値段で買ってくれることだろう。

 

「良いですよ。それで取引しましょう」

「おぉ!そうか!」

 

スフェーンのパァッっと顔が明るくなると、彼女は部屋に置かれていたキャンバスを指差しながら言う。

 

「好きなのを選ぶといい!」

「うーん…」

 

放置されていたキャンバスは部屋が常に暗かった事もあって保存状態はこんな直置きでも極めて良く、スフェーンは二枚のキャンバスを選んだ。

そして絵を選ぶと、アリズはスフェーンに問う。

 

「ところで君の名前はなんと言うんだ?」

「…あっ」

 

そういえば名乗っていなかったか。そうだ、昨日から色々とありすぎて色々なことを吹っ飛ばしたんだった。

 

「私は…」

 

ふとその時、スフェーンは不思議な予感を感じて咄嗟に名前を変えていた。

 

「スフェノス、そうお呼びください。アリズさん」

 

名前を知り、アリズは頷いた後にスフェーンの頭を軽く叩きながら笑顔で話す。

 

「スフェノスね…これからよろしく頼むよ」

 

彼女はそう言うと、一週間の契約をした小さな給仕に嬉しそうに画材を手に取った。

 

「さて、早速絵を描きに行こうかっ!」

「給仕の契約じゃあ…」

 

彼女との契約は給仕、つまり彼女の身の回りの世話である。彼女の絵画を手伝う必要はあるのだろうか?

 

「身の回りの世話だろう?なら私の絵描きを手伝ってくれるのだろう?」

「え…?」

 

給仕ってそんな事もしないと行けないの?




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