TS若返り傭兵は旅をする   作:Aa_おにぎり

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#82

花畑の一角に新たな居を構えるアリズ・キテラ。

すでに引っ越しをして数日が経過したが、彼女は小屋の中や外でイーゼルを立てていた。

描いている絵の裏には黒字で番号が書かれ、何枚目の絵画なのかすぐに把握できた。

 

「はぁ…」

 

彼女の保有していたバンは絵画で山積みだったのだが、それら絵画は全てあのタコ部屋に移され、元々はキャンピングカーだったので中にキッチンがあった。

あの小屋の中には入るなと言われてしまったので、仕方なく呼ぶ時は毎回彼女にメッセージを送っていた。

 

花畑の畦道に繋がるように小さな土地に設置されたこの場所は元農機入れ兼作業員の休憩所として建てられた小屋だ。

そんな小屋をどうやって借りたのか気になるところではあったが、スフェーンは今日の昼食となる料理をバンの小さなキッチンで作る。

 

「んで、」

 

そしてその途中でスフェーンはややジト目で横でイーゼルを立てているアリズを見る。

 

「なんでそこで描いているんですか…」

 

最近の趣味なのか、彼女は花畑と少女を題材に絵を描いている。今は五枚目を描いており、いくつかの作品を並行して描いていた。

 

「ん?別に良かろう?」

「そこで描かれると若干邪魔なんですが…」

 

そう言い、スフェーンは作った貧乏人のパスタの皿を二枚持ちながら話しかける。

 

「おぉ、そうか」

 

パスタを前にアリズは嬉しげにイーゼルを車の外に置くと、車の後ろに座り込んで膝の上でフォーク片手に卵を割って黄身と絡めながらパスタを巻いて口に入れる。

黄身と粉チーズが絡まり、濃厚な味わいに胡椒の辛味が刺激する。

シンプルな味わいだが、食べ応えのある逸品にアリズは満足になる。

 

「んん〜、やはり君の料理は素晴らしい!」

「今日は簡単な料理ですけどね」

 

一本のタモの木が植えられた農家用の休憩所、そこに止まる一台のバンとそこに座り込む二人の女。

暖かな日差しが差し込み、昼食を摂っている間は一つの夢物語のようだった。

 

「まるで奇跡だ…」

 

ポツリと溢したその一言にスフェーンは軽く首を傾げた。

 

「何か?」

「あぁ、何でもないさ…」

 

そんな呟きを独り言と言って締め括った彼女はパスタを食べ終えると午後の作業を始めていた。

 

 

 

 

 

夜、月明かりが地面を照らす中。アリズはランプを灯してバンの横で絵を描く。

 

「紅茶、出しておきますよ」

「ん?あぁ、ありがとう」

 

夜食のスコーンにクロテッドクリームと苺のジャムとレモンカードを添えて出し、ティーポットに淹れた紅茶を時間を測って温めた純白のカップに注ぐと筆を置いたアリズはカップを傾けて一息吐く。

 

「ふぅ…」

 

そして一息吐いた後に軽く咳き込んだ。

 

「ゴホッ、ゴホッ」

 

スフェーンから顔を背けるように咳き込み。スフェーンはそんな彼女に言う。

 

「あまり無理はしないでくださいよ?」

「あぁ…」

 

そして咳き込みが落ち着き、そんな彼女を見てスフェーンは軽く微笑んだ。

 

「何か隠し事をしているみたいですよ?」

「っ…」

 

そう言った時、ほんの一瞬だけ目元が動いた。

それを見てスフェーンは少し目元を細めながらも作業に戻ったアリズを見て食器の片付けを始めた。

 

 

 

その後、片付けを終えたスフェーンはアリズの絵を後ろから見ながら話しかけた。

 

「アリズさん、単刀直入に聞いても?」

「ん?いきなり何かな?」

 

スフェーンは前置きでそう言うと、アリズに聞いた。

 

「貴方はエーテル肺炎に罹患していますね?」

 

スフェーンはそう言うと、アリズは動かしていた筆が止まった。そして筆を止めたまま聞く。

 

エーテル肺炎は活性化エーテルが肺に侵入する事で引き起こされる病の一つ。

エーテル過敏症の一つにも数えられ、体は徐々に衰弱して最終的には死に至る。一度罹ったら治らない不治の病である。

彼女が飲んでいたのはそのエーテル肺炎の苦痛を和らげる医療用のモルヒネ錠剤であった。

 

「…いつから気付いていた?」

「初めて出会った時、部屋のベッドに置かれた錠剤を見て」

 

スフェーンは部屋を掃除した時に彼女のベッドに置かれていた錠剤を思い返しながら答えると、アリズは軽く笑った。

 

「…ふっ、そうか…」

 

そして筆を再び進めると、スフェーンは続ける。

 

「おそらく彼氏さんと別れたのも、それが理由ですね?」

 

エーテル肺炎は活性化エーテルの空気感染によるもの。人同士の空気感染の例は確認されていないが、デマで肺炎患者から移ると言われている。

この病の副作用として高濃度エーテル空間における活動がし易くなると言うものがある。エーテル過敏症と違うと診断されるのはこう言った所にあった。

 

「…キルケニーに…会ったのか?」

 

少し恐るように筆の速度が落ちると、スフェーンは言う。

 

「えぇ、隣町のグッピー商会に貴方の絵を売りに行った時に」

 

引越しの数日の間にスフェーンが隣町に行ったのは知っていたが、行き先は予想外だったのだろう。

 

「…じゃあ、私の過去を聞いたのか?」

「えぇ、キルケニーさんから粗方」

「そうか…」

 

それを知り、やや諦めた様子で筆の速度が元に戻る。そして溢す。

 

「馬鹿馬鹿しいとは思わないか?」

「えぇ、馬鹿馬鹿しいと思いました」

 

アリズの問いにスフェーンは頷く。

 

「絵の世界から追い出されたと言うのに、私はまだ絵にしがみ付いているんだ…」

「…」

 

アリズは筆を進めながら言う。

 

「私の人生は詰んでいる。人に良い顔をされても、名前を出した途端に逃げられるんだ…」

 

そう言い、彼女が過去に描いた絵を売る為に奔走したのが理解できる。

 

「私のために商会に入ってくれたキルケニーにも申し訳が立たなかった…」

 

進学した美術大学でセクハラをしてきた教授を投げ飛ばした事で変わってしまった運命。

 

「だが、あの時間は耐えることができなかった…」

「…」

 

筆が止まり、アリズはゆっくりと溢す。

 

「君もいずれ分かるだろう。進学のための点数が無しになると言って首元にキスをしてこようとするんだ」

「…」

 

彼女がセクハラを受けた教授を投げ飛ばしたと言う過去を語る。

 

「とにかく気色が悪くて仕方が無かった。だから部屋に詰め込まれた時に、鼻を剥がして片目を潰した…」

 

そう言い彼女はその時にその教授から聞こえた悲鳴と苦痛の叫び声に心底、心地良さを覚えたと言う。

投げ飛ばしたとキルケニーは言っていたが、実際はそれよりももっと酷い状態になっていた。おそらくキルケニーにはマイルドにして投げ飛ばしたと伝えたのだろう。

そしてそれを間に受けたキルケニーは今でもその教授を恨んでいた。

 

「鼻をもぎ取られ、片目がやられた様を見た時。今までの鬱憤が晴れた気分だったよ」

 

そう言い過去の自分の行いに軽く自棄になっていると、聞いていたスフェーンは一言。

 

「…安い恨みですね」

「ははは、辛辣な意見だ…スフェノス」

 

アリズはパレットも置いて静かに空に浮かぶ月を見ながら呟く。

 

「私は…正しいと思うか?」

 

そう呟く彼女にスフェーンは隣に近づきながら答える。

 

「正しいかどうかは分かりませんよ」

「…」

 

良くも悪くもスフェーンらしい返答を聞き、アリズはため息をつこうとしたが。

 

「ただ、貴方の行動を咎める法律は存在しません」

 

スフェーンは続けた。

 

「私だったらそう言う人には同等の対価を、と考えてしまう人間です。ですので…

 

 

 

簡単に人を撃ってしまう」

 

 

 

「っ…」

 

スフェーンの告白にアリズは驚く。

 

「私は自分の身を守る為。余計な問題を起こさない為なら平気で人を殺せます」

「…」

 

スフェーンはそう言い、今まで行なって来た自分の行動を思い返す。そしてそのままアリズに視線を移す。

 

「故に、貴方の持つその心は大切にしてほしいと思います。

それに、貴方の絵画に対する情熱は正しく評価されるべきとも思いますよ」

 

アリズの目にはスフェーンの姿が反射して見えた。

 

「貴方の不屈の心は、私も尊敬します」

 

スフェーンはそう言うと、アリズは月を見上げた。

 

「…そうか」

 

枯れた声で側に立つスフェーンの服を掴む。

 

「そうか…」

 

そしてそのままスフェーンの体に顔を向け、顔を近づけると椅子から落ちる。

 

「そうか……」

 

顔をスフェーンの服に埋め、その中で彼女は呻く。

 

「っ…」

 

そして肩を振るわせ、両手でスフェーンの胸から腹に顔を落として涙する。

そんな彼女にスフェーンは座り込んで彼女の頭に手を回す。

 

「その苦労は必ず報われる筈です」

 

そして軽く頭を撫でた後にポンポンと叩くと、アリズは子供のように泣きじゃくっていた。

 

 

 

その後、彼女はそのまま疲れて寝息を立ててしまった。

 

「ふぅ…」

 

目を赤くし、バンの荷台で倒れるアリズを膝の上に抱えたスフェーン。

 

『色々と納得ができました』

「えぇ、全部繋がった気がするわね…」

 

アリズが今までにたどった人生、絵に取り憑かれた人生。それはまさに狂気的と表現できるだろう。

しかし世の中には彼女の絵を素晴らしいと称える人間がいる事も事実。

 

恐らく彼女がコノハナに定住したのは…

 

「この美しい景色に憧れたから…か」

 

そう言い、花畑に囲まれたこの場所を見る。

彼女がこんな小屋での生活に満足しているのも、この景色の虜になったからだろう。

 

コノハナの、永遠に続くフウリンソウの景色を一望できるこの場所を、彼女は愛したのだろう。

実際、彼女の描く絵画の多くはこの一面の色付く大地をありのままに描いていた。

引き込まれるような絵を描いたのは、この呆れるほど美しい光景を写真の様にキャンバスに写したからだろう。

 

『花と言うものは不思議です』

「あぁ、そうだな」

 

ルシエルの意見に納得しつつも、その意味を理解できる。

なぜ花には花言葉というものがあるのか。なぜ花を人に送る文化がいまだにあるのか。それは恐らく…

 

「花の生き様を己と重ね合わせたからかもしれないな…」

 

そう呟き、スフェーンは月に照らされる花畑を見る。

 

キルケニーの彼女に対する恋心を知った後に彼女の事情を知ったからだろうか、それとも暫くを共にしたからだろうか。少し彼女に思うところがあった。

 

『彼女のエーテル肺炎の症状は深刻です。このままですと、近い内に死亡するかと』

「…」

 

そう聞き、スフェーンは少し考える。

 

「…例外を作るわけには行くまい」

『…そうですか』

 

そして暫く考えた後にスフェーンが出した結論にルシエルはその意見に沿うように回答する。

 

『ですが接触した事でこの方は生き続けてしまいますが?』

「それはもう、仕方がない事さ…」

 

そう言うとスフェーンはアリズを膝から降ろしてそのままバンの荷台で横にさせるとランプの灯りを落とした。




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