新年の挨拶はここまでにして、お待たせしました。
予告通り、とある場所へと遠征する回になります。タイトルからしてバレバレなのは致し方ないですが(汗)
それでは、気を改めていつも通り楽しめて頂ければ幸いです!
では、どうぞ!
昭和16年、春。聯合艦隊司令長官として3年目を迎えた山本は、内閣総理大臣・近衛文麿の公邸に招かれ、質問を受けた。
この時、近衛文麿は53歳。公家の出身者らしく、細麺の顔は上品で、誠実さは疑いようもない。
白皙の顔に疲労の影を滲ませながら、近衛は声を上擦らせ、搾り出すようにして問い掛けた。
「山本さん。単刀直入にお訊きします。万が一、深海棲艦だけでなく、米国と戦争になった場合、海軍に見込みはありますか?」
一国の宰相とは思い難い、縋るような口調。
その響きに、山本は近衛の苦悩を感じ取る。
戦えない、と言って欲しいのだろう。それは分かるし、山本も出来れば、そう答えたい。
しかし、職業軍人として研鑽を重ねてきた山本には、そう答えることは出来なかった。
海軍は多くの予算を割り当てられ、苦しい財政事情の中で、戦力の構築に努めてきた。それは、国家が存亡の瀬戸際に、働くためのものではなかったのか。
戦えない、とは言い切ることは容易い。
しかし、それでは国家の――日清、日露の大戦以来、臣民が寄せてきた信頼を、裏切ることに他ならない。
それに見込みはあった。
遥かな過去、6400万年前の白亜紀から時間を超えてやって来た、爬虫人類の帝国――恐竜帝国との連携によって、昭和の初めには夢想だにしなかった、山本たちが夢見てきた強力な航空兵力の創設及び、海軍の手足を縛ってきた燃料問題の解決という双方が、今の帝国海軍では成し遂げられている。
山本はなお沈思する。待ち兼ねた近衛が、さらなる問いを発しようとした時、山本はおもむろに口を開いた。
「ぜひに戦えと言われれば、2年から3年は大いに暴れて御覧にいれます。しかし、それ以上は難しい。深海棲艦もだが、米国の工業力は非常に高く、我が国が押さえうる資源では対抗は難しいのです。協力が望める国家はドイツやイタリア、イギリスですが、独伊英の海軍は全く問題になりません」
「最大3年、ですか……。山本さん、敢えて伺いたいのですが、政府の最上部で決定した国内の独立自治団体――その、恐竜帝国は高度な技術を持っていると聞きますが、それでも勝利は難しいのですか?」
縋るような問いだが、山本も敢えて言う。
「恐竜帝国の護織皇帝は全面的な協力を約束しております。彼らの生存権は日本のみでしか確保出来ないと、そうした結論に達したためのようですが……確かに、彼らの科学力は一部ではアメリカ、ドイツのものすら凌いでおります。彼らも資源を持たないのは同様なのです。彼らの協力を得て3年――それがなければ半年から1年以上は戦えません」
山本の答えは、近衛に衝撃を与えたようだった。
「そうなのですか……懸念が解消されたわけではないのですね」
しばし沈黙し、額を押さえた近衛は、ゆっくりと顔を上げた。
「私は国家の命運を預かっております。この立ち場で協力して頂く相手を知らぬでは務まりません。山本さん、一度私を、護織陛下に会わせて頂きたいよう、お願い出来ませんか?」
「は、それは……」
言いよどんで、山本は迷ったものの、すぐに思い直した。
もし有事になるとすれば、国家の全力を上げた戦いになるだろう。その際は、両者は本当に緊密な結び付きを必要とする筈だ。
「……分かりました。総理の御都合がつき次第、会見の手筈を整えましょう」
「ありがたい。頼みます」
近衛は、山本の手を取らんばかりにして、深々と頭を下げた。
麗那を通じて、富士山麓にある彼女の故郷――恐竜帝国との連絡を取り合った末、両者の階段は6月10日に設定された。
国の舵取りを任せられた近衛は、山本が抱えているものとは異質の重圧がのしかかっている。
近衛は、日本の資源問題が、恐竜帝国の出現で好転しうることを知っている。
敢えて南方のシーレーンを維持しつつ、米国を刺激することは避けたい――そう思う一方で、陸軍が新燃料の存在を知った以上、より強気に戦火の拡大を図るかもしれないとも考え、対応に苦慮する毎日だった。
この日――海軍横須賀基地にやって来た近衛を迎えに現れたのは、新型の大型飛行艇であった。
他国の大型飛行艇をあらゆる面でしのいだ記念碑的な傑作機《九七式大型飛行艇》の後継機――二式大型飛行艇、通称《二式大艇》と呼ばれる、川西飛行機の最新鋭飛行艇である。
大きさなどに驚いた近衛だが、山本には促されて内火艇に乗り、飛行艇に近づいて、もっと驚いた。
「長官。皇帝陛下は、謁見の支度を整えておいでです。総理には、口でお話するより実際に逢って頂くのがよろしいでしょう。どうぞ!」
舷側の乗降口を開き、元気に言ってきたのは、小柄な青年とも見紛う海軍中尉だった。
少女とも見紛う凛々しい顔立ちだが、紅顔の青年将校と思えば問題ないものの、問題はその中尉に手を引かれて機内に乗り込んだ近衛に向かって、先に乗り込んでいたメンバーを、山本が紹介した時に起こった。
「この方たちが、竜宮帝国との打ち合わせに、常駐している面々です。東京帝国大学理学部教授の一野谷源三博士」
「よろしく、総理」
立派な口髭を唸りながら、如何にも老碩学といった雰囲気を醸し出させた老科学者が言う。
彼の隣に立った男は、およそ学者でも、軍人らしくもない。
蓬髪で身なりもどことなく無頼漢を思わせる、近衛のような華族にとっては異人種としか見えない青年だ。
「小説を書いております、倉見天眼と言います。まあ、総理のような御方はお読みになられないでしょうが……少年倶楽部で、空想科学小説を書いております」
山本の紹介を待たず、青年の方から名乗り上げた。
「は、空想……」
「空想科学小説。まあ、現実にはあり得ないような事柄を、科学に照らして小説に書いております。欧米では、立派に文学の一分野となっておりますよ」
聞き慣れない言葉にも、少年倶楽部で書いていると先回りしてくれた青年の説明といい、近衛から見れば子ども向きの与太話を書いている三文文士としか思えない。
国策を左右し兼ねない重要な行事だというのに、何故こんな男を呼んだのか?と、釈然としない顔を浮かべる近衛に、山本が答えた。
「恐竜帝国の実態を知っている者は、海軍や陸軍にもごく少ないのです。大多数はただ日本の地中に、現今のものを超える文明を保つ種族がいたという、川神予備大佐の説明を信じているもので……しかし、総理には実際のところを知っていただかねばなりません」
山本の言葉に、倉見が口を挟む。
「尋常な人には、いささか信じ難いものでしてね。僕のような、まあ常識以外のものを書いている者の方が、説明しやすいというわけです」
精いっぱい礼儀を守っているようだが、身を縮めている近衛にとっては居心地が悪くて仕方がない。
そんな近衛を察知したのか、今度は一野谷が、宥めるような口調で呼び掛けた。
「倉見君の発想は、実に自由なものでね。大抵の学者なら一笑を付してしまうだろうが、私は少し異質なのだ。海外の研究者が始めている研究にも、一通り目を通しているし、世の中には信じられないことがある。科学者の立場から、説明の補足を致しましょう」
それはありがたい、と言わんばかりに近衛は頷いた。
「それは、ありがたい……だが、一野谷先生。何故、そんな手間を取るのです? 恐竜帝国が地下にずっと隠れていたとしても、日本の国土にいたのならば、彼らも帝国臣民でしょう。そのまま地上に出てくれば、問題ないように思うが……」
近衛の疑問に、またしても不遜な口調で、倉見が口を出した。
「そう簡単じゃありませんよ。何よりも、総理。彼らの方が先住民族です。日本書紀や風土記に出てくる熊襲や土蜘蛛の大先輩と思えばいいでしょう」
「どういう事かね、それは?」
眉を顰めた近衛に、倉見は構わず続けた。
「それに、彼らは独自の文化を持っています。帝国というだけあって、彼らには彼らの皇帝がおられる。それにね、何より彼らは、僕らのような人間じゃないんですよ」
「人間ではない!? そんな馬鹿な。じゃあ、タコのような火星人だとでも言うのかね」
H・G・ウェルズの傑作SF小説『宇宙戦争』に登場する火星人の名を上げて憤然とする近衛に対して、倉見は顔をほころばせ、肩を竦めて――
「火星人よりは、僕らに近いですかな。タコは軟体動物だが、恐竜人にはちゃんと背骨がある。ただ、ないものもありましてね」
意味ありげに近衛を見てから、倉見は右手を上げ、呼び掛けた。
「神居中尉、来てくれないか」
「うん?何のことかね?」
若い中尉を呼ぶ理由が掴めず、近衛は首を捻る。彼の眼の前に、機長に指示を下していた麗那が、とことこやって来た。
「倉見先生、なにか?」
凛々しい声だが、響きは澄んでいて、女性的に聞こえる。
近衛が首を傾げた時、倉見はいきなり、麗那の軍服の前を開いた。
「き、君!何をするのだ?失礼な……」
倉見の思わぬ行動に、眼を丸くした近衛が、声を上擦らせる。だが、その声も中途で途切れた。
二種軍装の下に着たシャツの、その下には滑らかな肌がある。
しかし、その肌が異様だった。我々人間の肌とは思えない、顔や手の肌とも違う、透明感のある七色の磁器――そんな質感を彷彿させるような艷やかな肌だ。
その肌に、朱色の流れるような紋が映える。引き締まった筋肉に浮かぶその紋様に思わず、言葉を失った近衛が、その引きつけられたその眼が、皿のように見開かれる。
滑らかなその肌には、当然あるべきものがない。
麗那の腹には、臍がないのだ。それがない代わりに、つるりとした中に、左右対称の前衛絵画を思わせる紋様が、妖しい図形を描いているのみだ。
「長官、言ってしまって良いのですか?」
茫然とする近衛に顔を向け、当の麗那が、山本に問い掛けた。
「うむ……これ以上、隠しておく訳にもいくまい。君たちの帝国と、我々の帝国は同じ国土に、共存しているのだ。それに……」
山本は麗那に顔を向けると、彼女は元気よく頷いた。
「ええ。この時代の西洋文明では、あたしたちの種族は悪魔扱いされるようですからね。この国の人たちの方が一緒に暮らせそうです!」
「はあ……」
さすがの近衛には、二人が何を言っているのか分からなかった。啞然として立ち尽くす近衛に向かって、麗那が身体を反転させた。そして自身の頭に手をやり、髪を持ち上げた。すると、艷やかな黒髪がそっくり持ち上がる。
青年将校らしく、七三に分けた鬘なのだ。その事実にも驚いた近衛だが、人間ならばあるべき場所に、あるべきものがないという事実の前に、衝撃は霞んでしまったようだ。
鬘の下から、おそらくは本来のものだろうと思われる髪――髪の毛というよりは鳥が持つ羽毛に近く、深みのある深紅色と気づいたときには、もう一度心臓が跳ねたようだった近衛だったが、次に何が現れようがさほどには驚かないが。
「実は、あたしは雌――貴方がたの言い方だと女性ですが、私たちは性別で姿が変わることはあまりないので、ほとんど関係ないです。お臍がないのは当たり前で、つまり卵から生まれたんです」
異形の髪と、人のものではない腹部を露わにした海軍中尉は、意味ありげに笑ってみせる。
「た、卵? 雌というが、海軍は女性を入れん筈だ。それに……」
今度は精神的に余裕が出来たのか、近衛は茫然と口走る。見兼ねた山本が窘めようとしたが、それよりも早く麗那が言った。
「恐竜を御存知ですか?今から6400万年前まで地球を支配していた超大型の直立爬虫類。あたしたちはその恐竜から進化した生き物です。だから恐竜帝国なんです」
「き、君たち、気は確かか? そんな……」
反射的に言い掛け、引きつった笑いを浮かべた近衛。直後、背筋どころか、全身が凍りついたのだ。
どれほど自分の常識に反したことでも、眼の前に証拠が、しかも生きて動いており、自分たちと話さえしていることに、自分でも気がついたのだった。
そんな立ち尽くす近衛に、一野谷が言った。
「信じられんのは無理ないが、これは真実だよ、総理。神居中尉は、まさに竜宮からの使者だ」
「だからと言って、そんな――」
近衛は鸚鵡返しに繰り返すばかりだった時、二式大艇の発動機――4基の三菱『火星』空冷星型複列一四気筒エンジンの回転が増して、やがて轟然と唸りを上がると、機長が声を掛けてきた。
「離水に移ります。席にお着きください」
「さあ、総理」
軍服を調えた麗那が、近衛の手を取ろうとした時だった。
その手を、近衛は思わず反射的に払い除けてしまった。山本が顔を紅くして近衛に対して怒鳴ろうとしたが、それよりも早く、当の麗那が言った。
「この時代の人たちは、爬虫類を嫌っていると知っています。けれど、日本の人は、その傾向が比較的弱いとも分かりました。6400万年の時間を超えて、私たちが同じ地域にいたのは偶然ではないような気がします」
その時になって、はっ、と気付いたのだろう。近衛は顔を赫くして、今度は麗那が手を取るに任せ、便乗客用の座席に着いた。
慣れない近衛を手伝って、ベルトを締めていく。そして、緊張感で固くなっている近衛を見上げて、すっきりした笑顔を浮かべながら言った。
「あたしたちは、総理が思っていらしたように未来から来たのではありません。眼の前に迫った破局から逃れるために、過去から来たのです。けれども、少なくとも幾つかの分野では、現在の貴方たちより、ずっと進んだ科学を持っています」
「猿人から人類が生まれ、現在の科学を持つまで100万年だ。哺乳類が大型になってからなら、精々2000万年だよ? 恐竜の時代は1億年以上続いている。恐竜の一種が進化して、我々人類以上の科学力を築いていても、不思議はないねえ」
一野谷が補足すると、倉見が頷いて――
「この機体のエンジンにしても、設計出力は1850馬力。けれど、恐竜帝国の燃料を使えば2200馬力を超える。これだけでも、科学力の高さが分かるでしょう」
「その科学力・技術力を加えて、我が国はようやく、深海棲艦はもちろん、米国に挑戦出来る水準に至れるのです」
重々しく山本が言うと、近衛はもはや声もなく、麗那と山本を交互に見つめるばかりだった。
その間にも、二式大艇は速度を上げていき、やがて白く裂かれていた海面の飛沫が、ふっと止んだ。
風を掴み、陽光に雫の名残りを輝かせた機体が宙を舞い、みるみるうちに高度を上げて、軽やかに旋回した。
そして緑色に塗装された帝国海軍機は、機首を北西に向けて、まっしぐらに遠ざかっていったのだった――
史実とはある程度は楽になっていますが、それでも持てる力には限界があると宣言する回でもあり、近衛一同たちは恐竜帝国に向かう回となりました。長かったので前編と後編に分けました。
タイトルからして、もう皆様お気づきであろうと思いますが、とある人物、もう名前から出ておりますが、その人物との会談があるまで暫くはお待ちください、この元ネタとなった某ロボットアニメとスパロボシリーズを知っている方たちならば分かるはずです。
では、次回は恐竜帝国に向かいますのでお楽しみを。
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それでは第15話まで、ダスビダーニャ(さよならだ)