予告通り、一同は恐竜帝国に向かいます。
そしてお気に入り数20になりましたことを感謝致します。
これからも応援よろしくお願いいたします。
それでは、気を改めていつも通り楽しめて頂ければ幸いです!
では、どうぞ!
二式飛行艇の最大速度は、計画時には465キロ。これとて、世界の飛行艇に比較すれば世界水準を超える優秀さだったが、D燃料により出力を増大させた現在では、実に毎時510キロという、戦闘機並みの高速を実現するに至っていた。
だから、ほとんど時間は掛からない。近衛たちが気がついた時には、窓外に富士の雄大な山頂が聳え立ち、裾野に広がる樹海や、小波の煌めきを走らせる富士五湖が、半円形に広がっている。
二式大艇は、そのうちの一つ、本栖湖に着水した。
湖面が巨大な機体を受け止め、大きく波を左右に広げて、プロペラの回転に伴って巻き上げられていた湖水が渦を巻く。直後、滑水しつつ、湖の中心部に向かいながら、機長は慎重にゆっくりと回転数を落としていく。
そして停止した時、プロペラの回転も同時に止まった。
「良い腕だ。帰りまで待っていてくれ」
山本が労いの言葉に伴い、機長や機の搭乗員たちに呼び掛ける。機長を含めて、まさか雲の上の存在に等しい聯合艦隊司令長官に呼び掛けられ、完全に夢見心地のようだった。
山本たちが機外に出ると、ほぼ同時に湖水が盛り上がった。
波紋が広がり、奇妙な機械が姿を現した。海軍が開発した艦隊決戦時の斬撃用兵器として生み出された特殊潜航艇《甲標的》に酷似していたが、それよりも生物的な姿を持ち、昆虫のセミに似た水中機械だ。
複眼にあたる部分が開き、3人の人影が現れた。
その恐竜人――おそらくそうなるのだろうと、さすがに推測がついた――のうち二人の尻には、長い角にも似た、尻尾としか思えないものがある。
「……なるほど、確かにトカゲの尻尾にも似ている」
常識にしがみついても仕方ないな、と見極めた近衛は苦笑いをした。加えて、彼らは明らかにトカゲの顔を持っていた。
麗那の同族とは思えないほどに、より恐竜に近い、この顔を眺めた一野谷が身を乗り出して言った。
「君たちは、足に鉤爪がある種類か。日本にはニホンリュウのみが生息している筈なのに、古代生物学を書き換えねばならんですな」
一野谷の言葉を耳にして、恐竜人たちは肩を竦めた。
もっとも恐竜人のことだから、肩と呼べるほど明確な区別があるわけではない。ただ、妙に人間的な仕草なので、そういった感情表現もよく分かる。
2人――というよりは、2頭はもう1人の爬虫人に呼び掛けた。
人の言葉ではなく、軋るような声だ。
それを聞いた爬虫人は、麗那と同じく、人間とほぼ変わることのない顔でいる。ただ、眼が吊り気味の麗那に対して、こちらは幾分垂れ眼気味で、柔らかそうな顔立ちを持っており、全体にふんわりとした、しかしなんとなく、皮肉気な表情を滲ませた人物だった。
およそ麗那とは対象的な雰囲気だが、気分が似ているから雌――女性なのだろう。と近衛は察した。
すると、トカゲ型の爬虫人が喋るのを、ひとしきり聞いてから、その娘は顔を向けてきた。
「ようこそ、近衛総理大臣閣下。私は麗那と同じ護織陛下直属の帝国運営委員会の一員、萌場美穂と申します。麗那とは系統が違い、草食性の一族ですが、よろしくお願い致します」
流暢な日本語で、一礼する。
「辰巳さんがお待ちです。どうぞ、こちらへ」
茫然としている近衛を、山本が促した。
「彼らの潜水艇です。帝国の入口は湖底にありますから、彼らの船に乗ってください」
「どうぞ、総理」
麗那が手を伸ばした。それで覚悟を決めた近衛は、恐る恐る足を踏み出し、麗那の手を命綱に、艇内に足を踏み入れた。
近衛は白皙の容貌が如実に示すように公家育ち。揺れる小型潜水艇に乗り込むには足元が危ないが、艇の中からは、美穂と名乗った娘が支えてくれた。
「ふう……あ、ありがとう」
それでも何とか乗り込め、額に滲み出した汗を拭きながらも、近衛は礼の言葉を口にする。美穂はにっこりと微笑むが、その両隣に腰を下ろした小型恐竜を見るにつけ、つい身体を遠ざけてしまう。
しかし、相手は気にした様子は見せない。近衛の隣に麗那が滑り込むように乗ってきて、次いで山本が乗り込んだ。
「全員乗りましたね。でしたら、榊中尉。そこでお待ち願います」
麗那が振り向いて、二式大艇の機長に敬礼した。
彼女の一礼に機長が答礼し、通信士が乗降扉を閉じる。
潜水艇の操舵席に着いた美穂が、操縦桿を握った。大型航空機のハンドルに似たそれを前に倒し、片手で計器盤のスイッチを入れると、低い唸りが聞こえてきて、艇が水面下に沈降した。
「この潜水艇は、恐竜帝国科学陣の手になるものです。我々の潜水艇よりも高性能で、速度も速い。ウイングラダーの採用で、30ノットという快速です」
思わず身を固くする近衛に、山本は動じる様子はなく言った。
「も、申し訳ない。私には、専門的なことは皆目分かり兼ねますので……」
声を搾り出すように近衛が言うと、麗那が快活な口調で口を挟んだ。
「帝国の入口は、湖底に開いています。あたしたちを嫌うだろう人も多いものですから……容易には入って来られない造りにしてあります」
「海軍内部でも、入口を知っている者は僅かです。政府関係者では、元老の西園寺さんを除いては、総理が最初ですよ」
山本が続け、ふと躊躇ってからつけ加えた。
「海軍と、御皇室の立ち場を兼ねられるお方として、高松宮殿下が皇帝陛下と会談されています。恐竜帝国との同盟は、陛下が勅許されているのです」
「陛下が承認されたとは聞いていました。しかし、そうですか。高松宮殿下が……」
自分に言い聞かせるように言う近衛の顔に、僅かながら血の気が戻りつつあった。
高松宮殿下は、今上陛下の弟君である。
陸海軍の何方かに属する皇室の慣例に従って、海軍に勤務している。海上勤務や海軍省勤務を経て、今では軍令部参謀を務める。皇族として扱われることを嫌い、若い頃には若手士官が集まる士官次室の仲間たちを誘い、呉や横須賀の街に上陸し、ごく普通の士官として振る舞っている御方だ。
御皇族として権力を振るう宮もいないではない。そうした振る舞いを一切見せず、海軍内での評価も高い高松宮が、すでに訪問されていると聞いて、近衛も気が楽になった。
汗を拭いながらも、座席に身を預ける様子を横目で見た麗那が、美穂の傍らに身を乗り出した。
「もうじきね。どうなの? 帝国の状況は」
「順調よ。富士火山系のマグマエネルギーは帝国の需要を充分満たしてくれるわ。私たちの時代より、エネルギー自体は高まっているようね」
親友だというのは、嘘ではないらしい。2人を並べてみると、なるほど麗那が言うとおり、彼女は肉食系で、美穂は草食系というのがよく分かるが、それが影響していることはないようだ。
――肉食系と草食系は、まるで西洋人と日本人の関係だな。
2人の後ろ姿を眺めた山本はこう考えた。
アメリカ人とはじめ、西洋人は基本的に肉を主食にしており、我々日本人は米などの雑穀や野菜、魚を主食としている。
それが明治維新以来、爆発的に肉を食べる文化が広まり、あらゆる文明を吸収して世界に打って出ている――西洋文化と日本文化は基本的な部分で異なるが、各々と人々が作った文明だ。必ず通じ合える部分はある。
恐竜が築いた文明とも、こうして交流出来ているではないか。
海軍最大の聯合艦隊を預かり、対深海棲艦戦の研究を進めている山本が抱くには、矛盾のある考えだとは思う。しかし、いざ戦うことになれば、多大な犠牲を払わねばならないことも、また事実なのだ。
恐竜帝国が提供してくれたD装備――中でも生物燃料のおかげで、海軍が抱える燃料問題は奇跡的な好転を見た。
他にも米英に比較して、日本が立ち遅れている様々な分野に、爬虫人たちが技術援助を申し入れてくれている。
それらをどのようにして戦力化にするか、いま研究している最中だが、それらの成果を考えに盛り込むことで、対深海棲艦戦の見通しはいくらか明るくなっているのは確かだ。
しかし、彼我の差を完全に覆すほどのものではない。海軍も出資している民間人の研究委託機関――総力戦研究所でも、同様の結論を出している。近衛に伝えた、2年半から3年は戦えるという算定は、その研究から導き出したものだった。
深海棲艦は、日本の工業力や燃料事情を正確に把握していることだろう。そこから民間や陸軍の燃料確保のために、南部仏印に次いで北部仏印進駐に踏み切ったことからも、その推定に確信を抱いたことだろう。
だからこそ、双方の近海封鎖に踏み切り、そしてハワイ・真珠湾泊地に太平洋艦隊に集結しており、圧力を加えている。
彼女たちが算定している日本の戦力は、恐竜帝国の協力を得る前のものだろう。気がつくはずもない。当然のことだろう。ましてや常識を持っている者たちならば、人間以外の文明が協力しているなどと、誰が想像するやら――と呟く山本は独語した。
「我が国の継戦能力を低く見積もっているはずだ。その算定を狂わせるほどに、緒戦から攻め続け、防御に入った場合にも相手の攻勢を打ち破らねばならぬ……そうしてたじろかせたら、講和に持ち込む機会を探ることだ。」
「総理、あそこです。あたしたちの故郷への入り口です!」
麗那が弾んだ声で言うと、潜水艇の艇首から、一筋の光が迸った。
湖水を通して、光の筋が伸びる。そこに驚いた魚群が身を翻し、淡い幕が翻ったように見える中に、湖底に黒々と開いた洞窟が、光の筋に浮き上がる。
湖底に口を開けた地下に続く回廊――それが異世界への入り口であると思うと、近衛はごくりっと喉仏が上下した。
今思えば背後に、山本がいてくれて助かった、と近衛は感謝した。仮に一人では、華族の誇りも、大日本帝国の宰相という矜持も投げ捨てて、取り乱していたかもしれない。
それでも、いざとなれば開き直り、今までの難局を潜り抜けてきたのが、戦国乱世から徳川幕府の統治時代を経て、雌伏し続けていた公家の真骨頂だ、どうにでもなれ!と、近衛は自分の祖先たちの生き方を倣いつつ、痩身にふてぶてしくさえ思える表情を浮かべて、座席に深々と腰を沈める。
背後から彼を見守っていた山本は、ほう。覚悟を決めたのか。ならば当面心配ないな、とばかりに口をすぼめた。そこで、今度は視線を《セミ》の艇内に向けた。
この《セミ》の運動性能は、確かに優れた代物だ。英米海軍に比べて劣勢な海上兵力を補うために開発及び、生産された《甲標的》――表向きは自力航行可能な標的として開発されたものなのでその名を付けられた、謂わば特殊潜航艇を数段上回るように見える。
そうなると、三次元運動をする乗り物が好きな山本の好奇心は押さえきれなくなるのだった。
航空機を主力兵器として装備するよう邁進してきた山本だが、空と海の違いがあればこそ、水中を自在に動く三次元運動可能な潜水艇や潜水艦も、第一次世界大戦に掛けて海軍力に劣勢なドイツが深海棲艦を相手に押し気味の戦いを続けているのも、ドイツ海軍が主力兵器としている潜水艦の活躍あってのものだ。
三次元連動による隠密性と、大艦を1隻建造する間に10隻は建造出来る効率の良さ、そして大艦を葬ることが可能な兵装――と、戦艦に代わる新たな将来性のある代物なのだが、山本が関心を抱くには、やはり速度が遅すぎることなのだ。
国家防衛の基礎戦略として、大洋を長駆横断してくる敵艦隊を近海で邀撃し、艦隊決戦時には撃滅する方策を練ってきた。
潜水艦については、多段漸減戦法の第一陣として、外洋で待ち伏せ攻撃を行う任務が与えられていたために高速移動させる必要があった。そのため主力の伊号潜水艦は水上18ノットから20ノットを確保しているが、水中速度は6ノットから8ノットになってしまうほど鈍足になる。
この鈍足では、山本が関心を持つほどの立体兵器とはなり得ない――しかし、この《セミ》の快速と運動性を参考にすれば、潜水艦もより有効的な存在になり得るかもしれないな、と山本は確信をした。
山本の考えを読んだように、美穂が言ってきた。
「この艇は水中都市の連絡用です。動力は『生ける溶岩』を原動力に、電磁力応用の噴流推進。運動は水中翼舵を使います。大型の潜水艦にも応用出来るかもしれません」
「潜水艦として使う発想は、あたしたちにはありませんでしたが。時間跳躍前――人類がいう地質区分での白亜紀には、あたしたちと同族の諍いはほとんどなかったんです。だから、兵器の開発はほとんど行われていませんでした」
口を挟んだ麗那が、懐かしそうな視線を行く手に向ける。
生まれた場所はこの国と同じなのかもしれないが、6400万年前の時間に隔てられた、帰ることは叶わぬ彼女の時代。憧憬を露わにした束の間の視線を、麗那は眼を瞬くことで振り捨てた。
「間もなく帝国に侵入します。美穂、気をつけて」
「分かってます。しっかり摑まっていてください」
答えた美穂が、《セミ》の深度を下げる。
同時に速度を落として、湖底を滑るようにして、口を開けた洞窟めがけて、ゆっくりと船体を沈めていった。
今回は前回に引き続き、この恐竜帝国に行く回となりました。
色々と読むと分かりますが、この元ネタとなった某ロボットアニメとスパロボシリーズを知っている方たちならば分かるはずです。
なお日本を裏切る展開はありませんので始めに伝えておきます。
次回はいよいよ恐竜帝国の皇帝陛下にお会いして、会談を致します。此処まで来れば分かりますが、恐竜帝国の最高権利者であるあのお方が登場します、ついでに恐竜帝国の科学者も少し登場しますのでお楽しみを。
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それでは第16話まで、ダスビダーニャ(さよならだ)