予告どおり、辰巳たちが現代の日本に戻ってきた目的が明らかになります。サブタイトルからしてネタバレしていますが、そこはお許しくださいませ。
いつも通り楽しめていただければ幸いです。
では長話はさて置き、本編であります。
どうぞ!
宗像と水無月が遭遇した仲間たちと、そして謎の訪問者たちについては厳重な箝口令が敷かれたのみならず、第一級の軍事機密とされた。
宗像と水無月が伴い、帝国海軍第二種軍装の男は、事実上大震災に被災して、後に行方不明となったとされていた、辰巳と、彼の秘書艦である深雪本人である事が判明された。
彼らと、同行者として来たこの一組の男女は、横須賀鎮守府で取り調べを受けた後、2日後に東京に護送された。
当初は無理もないが、疑いの眼、外国及び、敵国の諜報員による間諜活動ではないかと疑われたのだ。
辰巳と深雪は尋問にも冷静に答えて、宗像たち以外は知るはずがないような思い出などでも、詳しく供述してみせた。
「間違いない、辰巳と深雪だ。しかしながら貴様たちは、この7年間の間、どこに行っていたのだ?」
二人に同行していた不審者、青年と少女にも取り調べは及んだ。が、この二人に関しては、奇妙なことがあった。
本来ならば不審者、或いは諜報員として取り調べを受けるはずが、まずは軍医による検査を要請した。
誰もが首を傾げるものの、この奇妙な要請を受託したまま、丸一日を掛けた精密検査の末、担当した軍医少佐は顔を真っ青になって医務室を出た後、こんな事があり得るのか、と呟きながら寝込んでしまったというほどの事態だった。しかし、この軍医少佐は寝込む前に、少なくとも海外や、国内の反国家主義者たちなどが送り込んだ間諜でないことは立証された、という証明書を書いて出していた。
そうなると、厄介なのは宗像たちに先導されて入港してきた、深雪である。内火艇はともかく、問題は彼女だ。
辰巳恭介の初期艦娘であり、あの大震災では救難信号を発信する暇もなく、忽然と消えたのだ。まるで本物の神隠しの如く、その行方は杳として知れずに、翌年には亡失と判定されたものだった。
その彼の艦娘が二六年振りに姿を現した。
本来ならばあの大震災後から、艦魂ではあるものの、時間が経てば艦体は損傷し、機関部も傷んで実戦や訓練時に耐え兼ねないほどになっているはずだ。
しかし、彼女はほとんど健康そのもの。ほとんど傷などない。
寧ろ最近建造された複製、生き写しとも言われても不思議ではないが、当時の資料を取り合わせたり、宗像たちと付き合わせた結果、宗像たちが出会った頃の、深雪に間違いないと判定されたのだった。
考えれば考えるほどこの謎は、不思議なことが浮き上がる。
だが、調査をした横須賀工廠の技術者や工廠妖精たちや、艦政本部の職員たちは仰天した。
海風には、ロ号艦体式艦が備え付けられたのに、その代わりに未知の機関部が取り付けられていた。
同時に、最初は大型潜水艦と思われた艦から、それが二つに分かれて、深雪と内火艇になったという。宗像と水無月たちが証言している。普通ならば、幻覚でも見たのかと言われ兼ねないところだが、主計長や妖精たちがその分離及び、変形の過程を収めた写真を見せたところ、白昼に幽霊を見たかのように我が眼を疑った上層部たちも納得せざるを得なかった。
誰もが、この艦娘と、三人の訪問者は、とんでもない秘密を持っているらしい……
海軍省は異例の措置を取り、辰巳が希望した通り、クラスメートでいまは航空本部付きでいる山本五十六少将のもとに向かうべく、汽車上の人となったのだ。
東京・日比谷公園近くの海軍省で、山本は初めは驚き、次には相好を崩して、辰巳の帰還を喜んだ。
「お前、無事だったのか。今まで何処にいたんだ?連絡の一つもよこさなかったのは、何か理由でもあるのか?」
矢継ぎ早に質問攻めする山本に対して、
「いや、其れについては追々話すし、積もる話もたくさんあるからな……」
辰巳は言葉を濁し、深雪と、同行した二人を顧みた。
「心配を掛けて済まなかった。だが、如何にもこうにも連絡の取りようがない状況だったのでな。其のために提督業も解任、海軍からも籍が外されてしまったのは残念だが、どうしようもなかった。この二人の国に俺と深雪は助けられて、ようやく生きながらえたのだ」
彼の言葉に、側にいた青年と少女が会釈する。
二人の仕草に、何処か奇妙な、違和感を感じて小首を傾げた山本だが、そこはのちに知るだろう、と敢えて触れずに訊いた。
「やはり、海外にいたのか?この御二人は、顔立ちが少し、俺たち日本人とは異なるようにも見えるが……」
山本の眼を凝らして、この二人を細かく観察する。
美男、美女は分かる、前者は泰然としており、後者は高野のそれよりも大きな瞳で直視して、挑戦的に言ってきた。
「初めまして、神居麗那(かむい れな)と言います。私も、この三神琢磨(みかみ たくま)も、貴方の国のうちで生まれ育った者です」
「お、そうなのか。神居さんと、三神君という言うのか」.
なるほど、我々と同じ日本人の名前か、取り敢えず、場を取り縫うように言う。三神という名の青年が、おっとり口調で言った。
「いえ、僕たちの名前は日本人の名前に当てたものです。本当の名前は……」
「琢磨!あんたは黙ってらっしゃい!」
すかさず、麗那と名乗る少女がびしりと言う。
赫くなって沈黙する三神という青年を、呆気に取られて眺める山本に、辰巳は咳払いしていった。
「あー、つまり……言い方は間違っていない。外国とのことは正しいが、海外じゃないんだ」
「どういう事だ? 訳が分からんぞ。先年のクーデター未遂事件の余波もある為、海軍中枢に得体の知れない者たちが、特に敵国の諜報員や工作員による活動で外部に漏れれば、厄介な事になり兼ねないぞ」
真剣そのものの顔になる山本に対して、仕方がないとばかりに、髪をくしゃくしゃに搔き回し、肩を竦めた辰巳。
「……今から説明すると長くなり兼ねないから話すことは約束する。それよりも山本。俺が戻って来たのは、とても重要な要件があるからだ」
先ほどの態度から、辰巳の口調に伴い、真剣な眼差しに打って変わる。その響きを感じ取った山本は口を噤んだ。その機を逃さず、川神は更に言った。
「俺の秘書艦、深雪の話は聞いたな?」
「ああ。無論だ、最初はまだ誰も見たことがない新型潜水艦かと思いきや、しかも眼の前で分離して、内火艇と深雪に変形したと、宗像と水無月の報告にある。最初は信じ難いものだったが、二人とも海上勤務も長く、水雷屋としての腕は確かだ。とても嘘をつくとは思えないが、常識じゃ判断出来ない」
眉間に皺を寄せる山本の対面に腰を下ろし、辰巳は慎重な口ぶりで言った。
「海軍士官のクーデターだが、彼らの主張はなんだ?やはり、深海棲艦との掛け合いか?それとも地方の貧困か?」
「何方もだ。深海棲艦が蔓延っているおかげで、日本ばかりか世界中に打撃を与えている。加えて、米国などは世界のブロック化を進めようとしている。そうなれば、石油や金属資源などを海外に頼っている我が国には致命的だ」
両手を組み合わせて、山本は額を押さえる。
日本の機械化が遅れていることは致命的であり、さらに両軍とも機械力がなければ成立せんだけに、現実以上の脅威を感じてしまい兼ねない。何れは、石油を確保するために、本格的な反撃作戦も起きるためにも、と米国などとの連携を取ることが出来ない懸念もあるからだ。
「燃料と資材、そして技術力を持つ我が国日本は、近隣に頼もしい同胞となる国を持っていなければ、まだまだ後れを取った国ばかりだ。謂わば、東洋の孤独な先頭ランナーだからな……」
辰巳もまた、深刻な顔で頷いた。
そして顔を上げて、スッ、とポケットに右手を入れて、取り出したある物を、山本の前にことりと音を立てて置いた。
置かれたのは小さな二つの箱。それぞれ金属製なのは一眼に分かるが、鉄などではない。清水のように透き通るほどの、キラキラとした独特な透明感のある中に深い黄金色の光が濁っている。
「これは、なんだ?」
怪訝そうな顔を浮かべ、眉を上げる山本。
「貴様、深雪の調査結果を読んだろう? 艦体や兵装、そして機関についての、艦政本部差し回しの妖精たちなどが調べたのもだ。信頼できるのじゃないかな」
辰巳は肩を聳やかし、言った。
「ああ。彼女の艦体は、ほとんど無傷だと聞いた」
頷いた山本が、改めて辰巳を凝視する。
「そういえば、辰巳。貴様もあのときから、歳を取っていないようだな」
このとき、山本は47歳。明治17年生まれであり、辰巳も同年である。
海軍少将に進級し、航空本部長に出仕。近く航空技術本部長に就任するという。中背の体格に精気の塊のような男だが、50歳近くになると、顔立ちにもいささか老いの影が忍び寄る。
しかし、辰巳には老いの影がまったく見られない。
最後に会ったときは、辰巳は航空本部付きだった。山本は当時横浜鎮守府から霞ヶ浦航空隊に転属を発令されたばかりだった。
新型艦攻の要求性能調査のため、霞ヶ浦空を訪れた川神と深雪、着任前の挨拶に訪問した山本が、言葉を交わしたのが最後だった。
その数日後に関東大震災が起こり、二人は行方不明。そして死亡と認定されたのだった。
航空主兵主義者の重鎮として、山本とともに未来の海軍をどのような形に変えていくか、奮闘している最中だった。固太りの山本とは対照的な、長身の爽やかな男ぶりが、颯爽と際立っていた。
当時の顔立ちをそのままに、辰巳は山本の前にいる。山本の顔立ちに重みを加えた7年の月日が、辰巳に対しては避けて通ったかのようだ。
「俺とは別の形で、陰影は増しているようだがな……なんというかな。従来のような鉄砲屋や、頑迷な右翼相手の苦労ではなく、もっとも大きなものに対面してきた。そんな感じがするが、若々しさは相変わらずだ」
山本が言うと、辰巳は懐からある物を出した。
「そうだ。こいつは、俺たちの命の恩人、この三神や神居、二人の同胞が、深雪に組み込んだ機関の燃料と、改装に使った……なんというか、そうだな……生物金属とでも言うだろうか」
「生物金属だと? 此れは生きている金属なのか? まるで小説にでも出てきそうな話だな」
眉を寄せた山本が、いかにも胡散臭そうに言う。
無理もない。いきなり生物金属などと言われれば、誰でも困惑する、況してや真っ当な軍人ならばその場で激怒するほど、物好きな変人以外は、平然と聞いているだけでも中々いない。
もっとも、山本がどのような人物かは、辰巳は海兵以来の付き合い、同じ釜の飯を食べたのだから山本の人柄も心得ている。
それでも疑念に満ちた表情を隠せない山本に、辰巳は取り敢えず訂正する。
「生物というのは分かりやすく述べた、言葉の綾だ。実際に生きているわけでじゃない。だが、生物のような物質があって、既成の物質に融合して、様々な性質を併せもたせる事が出来る。同時に、形も三段階に渡って変えられる、という、彼らが種々の用途に使っている独特な、未知の材質だ」
「宗像と水無月たちが見た分離・変形は、その賜物というわけか」
ふむ、なるほど。と、俄然に伴い、興味を心の奥から覚えた顔を閃かせた山本が身を乗り出した。辰巳はホッとしたような表情を見せて話を続ける。
「そういうことだ。それから、こいつは彼らの機関燃料で、取り敢えず見本を持ってきた」
山本の眼の前で、小箱の蓋を開けた。
その途端、山本の執務室に、煌々たる輝きが広がった。
火焔の輝きとは違い、何とも言えない深みとともに温かみを滲ませる底知れない輝きを誇っていた。
その源は、親指と人差し指で輪を作ったほどのもの。恐る恐る指を近づいてみても、不思議なことに熱さは感じない。
不審そうな山本に、辰巳が言う。
「論より証拠だ。エンジンを持ってきてくれ。何でもいい、技師たちと一緒にな」
今回もまた摩訶不思議な物体、生ける溶岩という今後の物語に深く関わるものを山本さんが知る回となりました。
ここまで来ると架空戦記より、SF小説に近いものですが。
これに伴い、もう一つの物もまた物語に登場しますのでしばしお待ちくださいませ。
次回はその『生ける溶岩』の能力が明らかになりますと同時に、山本さんの苦労回になります。特にアメリカがおかしなことになっておりますのでしばしお待ちを。
それでは、次回もお楽しみを。
それでは第5話まで、ダスビダーニャ(さよならだ)