黒の英雄~都の暗黒期に降り立つ~   作:グランドマスター・リア

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序章
プロローグ:死して転ずる


 

 人の魂は、死ぬと何処へ行くと思う?

 前世の記憶も経験も真っ新にした状態で新しい生を受ける輪廻転生や、生前の行いに応じてより徳を積んだ者は天国へ、逆に悪行を犯した者は地獄へ行く、なんてのも有名だ。

 

 キリトもまた、そんな取り留めもない事をぼんやりと考えていた。死と隣り合わせの世界で数年も戦い続ければ、誰だって死後について考える事はあるだろう。彼は死に場所を探し、実際にこの場で今その命を散らそうとしている。

 

 沢山の人を救った英雄。

 その過程で沢山の人を見殺しにした少年。白銀の剣がその胸を貫く。血のように赤いポリゴン片が傷口から溢れ、命の残り残量(HPバー)はみるみるうちに減っていく。

 

(嗚呼、やっと俺も逝ける)

 

 死を目前にしているのに、キリトは酷く落ち着いていた。

 ――元々、勝てるはずのない戦いだったから?

 

 否。

 ――やっと楽になれるから?

 

 否、断じて否だ。

 

 これ以上苦しみたくなかった。英雄的な行動を起こして、多くの人を殺した元凶たる魔王に一騎打ちを仕掛け、遂に成しえなかった自死を大義名分の元で達成する。そうする事で、この身もまた救われると。

 けれど、それを肯定しようとして誰かが胸の中で叫んだ。

 

 ――違う、そんなんじゃない。

 

 何と自分勝手で、浅ましい考えか。この二年で積み上げた生も死も、出会いも別れも、全てを踏みにじろうとした(ヒースクリフ)が許せなかったから、剣を取ったのではないのか?

 

(ふざけるな。目を背けるなよ。この期に及んでまだ、負けた理由を探すのか?)

 

 そんな無意味な死は許されるはずがなかった。

 今一度、自身に問い詰めた。

 

(何の為、誰の為に、その剣を取ったんだ?)

 

 知れている。

 愛する人達の為だ。仮にこの世界が偽物だとしても、仮想だとしても、思いだけは本物であったと証明するために剣を取った。ならばまだ、終わって良いはずがない。霞んでいく意識の中で、システムの強制力という檻の中で剣を握る腕に力を込める。

 動け、動け、動け、動け、動けと何度も念じる。

 

「ッ、ハアァァァァアア゛!!」

 

 万感の思いで漆黒の剣を前に突き出し、魔王の体を貫いた。その瞬間、(ヒースクリフ)は嬉しそうに口角を上げた気がした。

 

 

 

■+≪プロローグ≫+■

 

 

 

 死を迎えたはずのキリトの身が、光に包まれる。

 判然としない意識の中で、平衡感覚すら機能しない暗闇に差し込む一筋の光。無性に温かなそれに手を伸ばすと、光もまたそれに答えて彼を包み込んだ。

 

『 お前はまだ、向こうへ行くには惜しすぎる 』

 

 女の声だった。

 けれど、キリトにとってそれは聞き覚えのあるものではない。誰がそう言ったのか、そもそも自分はこれからどうなるのか、何一つとして分かるはずもないが確かな事として、そこに恐怖や怯えはない。

 

『 勿体ないからね。お前には少し、こちら側(・・・・)の世界を救ってもらう(・・・・・・)としよう。なに、大丈夫。来るべき時が来れば、その時はちゃんと顔を合わせて、沢山の話をしよう 』

 

 まるで聖母を思わせるがごとき手で頬を撫でた。

 

『 お前が紡ぐ。新たなる英雄譚を 』

 

 そうして、視界は再び光に包まれる。

 その末に体はゆっくりとその感覚を確かな物として、重力的な重みを認識しながら五感が少しずつ冴え渡ってくる。

 

 

 1、2、3―――

 カウントダウンが終わると、目の前には夜空があった。そう、満天の星空で、余すところなくそれを堪能できる者が居るとするなら間違いなく幸運だ。視界がそうして鮮明になると、次に冴えるのは聴覚。耳に響くのはビュンビュンといった風の音。

 

(…………風の音?)

 

 今一度、鮮明になった意識は違和感を覚える。

 そもそもここは何処だとか、そういった事を確認するべくキリトが体を動かそうとするが、それは不発に終わる。動かせたのは首だけで、そうして次の瞬間にキリトは理解した。落ちている。そう、彼の体は現在進行形で自由落下を続けていたのだ。

 

「は?」

 

 風音の正体は落下による物。

 夜空はそもそも上空に居るから見えたものだ。恐るべし、謎の展開から気が付けばこれである。

 

「え……」

 

 キリトは叫んだ。

 

「えぇぇえええええ!?」

 

 如来した光となって、黒の剣士は落ちる。

 下界へ落ちる。

 その着弾地点は、夜の迷宮都市オラリオの一角。轟音が響き渡ったのは、その数秒後。その中で一層に存在感のある場所である【黄昏の館】、またの名をロキ・ファミリアのホームであった。

 

 

 

 

 

 

 主神ロキの叫びが響く。

 

「なんやなんやーーー!?」

 

 深夜にも関わらず、黄昏の館は大騒ぎである。

 それもそのはずだ。このロキ・ファミリアはこの暗黒期真っ只中のオラリオにおいて、最大規模の有力派閥の一つであるからして、そんな集団の拠点である【黄昏の館】に夜も更けるこの時間帯に、大魔法の爆裂が如き轟音が響き渡ったのだから。

 

 下っ端は騒ぎまわり、幹部クラスもまた警戒を強める。

 そんな中、団長を含めた三首領たる三名は極めて冷静に事態の把握に当たっていた。

 

「場所は最上階だ!他団員は全員待機。念の為に、僕達(・・)だけで向かう」

 

 団長であるフィンは、リヴェリアとガレスを伴ってホームの最上階に向かう。

 

「音の発生源からして、最上階の執務室か?」

 

「恐らく……しかし、魔法が使われた気配はない」

 

 ガレスの予測にリヴェリアは頷きながらもそう言葉にする。

 ハイエルフでかつ卓越したメイジである彼女なら、大規模な魔法の行使は発動前に察知できる。その彼女が『魔法ではない』と言うのだから、その情報を加味してフィンは可能性を羅列する。

 

「敵勢力の襲撃か。或いはそれ以外か」

 

 そのどちらでも、異常事態である事には変わりない。

 事が起こった以上は何かしらの対処が求められ、迅速かつ的確にそれを行うのが自身の務めであるとフィンは理解している。

 

 (くだん)の執務室に着くと、三人は顔を見合わせて目線と首肯のみで突入の決を取る。

 

「ふむ、予想はしていたが、中々の荒れようじゃのう」

 

「だが………」

 

 扉を開くと、中は瓦礫やら物が散乱しており、天井は崩れて夜空が見上げられる状態となっていた。

 そんな有様を目の当たりにしつつも、三人はその部屋の奥。瓦礫や物の山の陰に確かな気配を感じ取る。何者かがその場に居るのは、既に明らかな事でフィンは二秒ほど思案した末に二人に指示を出す。

 

「僕が様子を見てくる」

 

「一人でか?」

 

「ああ、念の為いつでも戦える準備をしておいてくれ」

 

 その言葉にリヴェリアとガレスは頷く。

 フィンは獲物である槍を携えて、慎重にかつ堂々とした所作で気配の元へ近付く。舞い上がった埃の中を一歩、また一歩と進んで、ようやく見えたのは()。フィンは捉える。そこに居たのは、黒いロングコートに、ズボンを着用した少年で、幼さを残す表情はしかし目は固く閉じられ意識を失っているようだった。

 

「彼がこの事態の原因か……生きてはいるようだが、意識を失っているみたいだね」

 

 頬を小突くと「う」と声を漏らし反応する。

 その様子からして敵には到底思えないが、断定はまだ出来ない。彼が何者で、何処の誰なのか、如何なる目的があってこの様な事をしたのか、問いただす必要がある。その為にもまず、彼には目を覚まして頂こう。

 フィンが少年の肩を何度か揺すると、刺激を与えられた事で彼の目が薄く開く。

 

「ん……うぅ……」

 

 呻き声をこぼしながら、ぱちりと開いた。

 

「ここは……俺、確か空から落ちて……」

 

 黒い眼が映すのは、困惑だとか、驚きだとか、そう言った物ばかりでフィンが警戒していた『敵意』と言った物は感じない。しかし、何度かまばたきした後に、少年の意識も十全に覚醒したのか、周囲の光景や目の前にいる金髪の青年を見つめて「あっ」と声をこぼした。

 どうするべきか迷ったように目を細め、あごに手をやって思案した彼にフィンは警戒こそすれ、その反応を待つ。

 やがて、黒髪の少年は意を決したように口を開いた。

 

「えっと……どちら様、でしょうか?」

 

 妥当とは程遠い、斜め上の言動という形で。

 

 

 

 

 

 この状況であるならば、ロキ・ファミリアの面々は真っ先に闇派閥(イヴィルス)の襲撃を疑っただろう。

 実際その可能性は考慮していたし、ゼロと言い切るほど楽観していなかった。場合によっては、今夜の睡眠は徹底抗戦の末に返上なんて覚悟もしていた。しかし、蓋を開けてみればどうだろうか?

 轟音の正体は攻撃でも、襲撃でもなく、発生源には見知らぬ少年が一人。

 その少年は言うに事欠いて、団長であるフィンに向かってこう言ったのだ。

 

 ――『どちら様ですか?』と。

 これにはさすがの彼も苦笑いをこぼすしかない。

 

「それはこっちのセリフなんだけどね……」

 

 聞こえない程度の声量で呟いたフィン。

 

 対して、黒髪の少年もといキリト(・・・)はそんな彼の心情を察する間もなく、自身の状況を憂う。

 直前までの事は割と事細かに覚えている。ヒースクリフとの戦いで相打ちになった後、何者かに導かれたかと思えば、気が付けば見知らぬ空から真っ逆さまに落っこちていたのだ。それもかなりの高さから、一直線に何処かへ。

 

(これ、状況からして間違いなく……ひょっとしなくても、俺のせいだよな?)

 

 そりゃもう、とうの本人は苦笑いもこぼせない。

 周囲は物や瓦礫の散乱した部屋で、目の前に居る金髪の青年はいかんともし難い顔でこっちを見ている。それだけあれば断定には十分で、キリトは自身の今後も含めてこれからどうなるのだろうかと諦観にも似た感情を持っていた。

 

 そんな重苦しい雰囲気の中で、先に口を開いたのはフィンだった。

 

「一つ聞きたいんだけど。君は何故、如何なる理由があって、こんな夜更けに我らが【ロキ・ファミリア】のホームに現れたのかな?状況が状況だから、僕は今君の事を襲撃者の類いであると疑っている」

 

 言われて、キリトはどう答えたものかと悩んだ。

 今はとりあえず当たり障りのない事を言って、情報を引き出すべきか。或いは無害を演じて、取り入るべきか。そのどちらも"こういった状況"ではありがちな手段であるものの、キリトは今一つそうする事に躊躇いを覚えた。

 

(落ち着け、まずは状況を見るんだ。俺は今何処にいる?何故こんな事になった?そもそもロキ・ファミリアって何の事だ?そういった事が何一つ分からない状況なのに、下手な誤魔化しが通用するとは思えない)

 

 状況の真相が掴めているならいざ知らず、今この時点で情報を何一つ持っていないキリトに切れる手札はない。

 手札ゼロ枚の状態で駆け引きをしようなんて、それこそ馬鹿のやる事だ。無謀な賭けに出る事を賢い判断とは言えない。ならば、今すべき事は既に決定せしめられている。それこそ一か八かの賭博であるが、この状況では最も生存率の高い手段だ。

 

「えっと、実は―――――」

 

 やることは至ってシンプル。

 多少の事を隠しつつも、ある程度の事を素直に話す。人間、誤魔化しや、嘘をつく時は必ずといって言いほどその気配がある。それを限りなくゼロに近くしたり、或いは駆け引きをする事で隠す事は可能だ。

 しかし、その案は実行する前に棄却された。

 まず、この金髪の青年。穏やかさを張り付けた表情であるにも関わらず、中々に油断ならない。相手の一挙手一投足や発言の機微一つすら見逃さないといった意図がありありと現れたその姿勢に、下手な誤魔化しは(かえ)って逆効果になると直感したからだ。

 

 嘘をついてバレるよりも、先に全てを吐いた方が無害を証明し易い。

 少なくとも、その場で斬殺なんて言う事態は避けられるだろう。悪くて牢屋に入れられるくらいで済まされるはず。生きてさえいれば後でどうとでもなると踏んだ。

 

「ほう。つまり……君は気が付いたらここに居て、こうなった経緯もまるで身に覚えがないと?」

 

「まあ」

 

 嘘は言っていない。

 誤魔化してもいない。

 事実をそのままって訳じゃないが、この状況を説明するのにそれ以上の説明もないだろう。実際、キリトはこうなった経緯を覚えてはいる(・・・・・・)ものの、そうなった原因は分からない。持ちうる情報が何一つなく、弁明すらも無い事を相手に伝えられればそれでいい。

 

 

 

 そう言った問答をすること数分。

 その場にはいつの間にか金髪の青年以外にも、耳の尖ったエルフ的な特徴を持つ緑髪の女性と、鎧に身を包んだ御伽噺に出てくるドワーフのようなおっさんも加わり、事態は混沌の相を呈していた。

 この人達は誰なんだろうとか、自分がこの先どうなるかとか、疑念ばかり出てくるのに解決の糸口はまるで見えない。

 そもそもここがSAOの中なのか、或いはもっと別の場所なのか、それすらも判然としない。姿こそSAOで着ていた黒のロングコートに、ズボンといった出で立ちなので、現実という事はないだろうが、じゃあ仮想世界なのかと言うとそれはそれで首を傾げるところ。

 

 キリトがそんな思考にふける間も、ロキ・ファミリアの三首領たる三人は話し合っていた。

 

「これだけの事をしておいて、身に覚えがないとは……それが嘘じゃないとすれば、何とも面妖な話じゃな。一応、ロキに確認させた方がいいか?」

 

「そうだね。僕の所感としては、嘘ではないと思うけど、何かしら隠しているのは間違いない」

 

 何しろ状況が状況だ。

 いかに聡明な彼らとは言え、ここは難しい顔をするしかない。しかし、そんな場の空気を終結させたのは今まさに彼らが出した神の一声であった。

 

「話は聞かせてもらったで」

 

 吹きさらしの執務室によく通る声が響く。

 そうして現れた赤い髪の女に、キリトは困惑、フィン達は「やはり来たか」と納得の表情をしていた。

 

「ロキ。待っていろと言っただろう?」

 

「そう固い事言わんでやリヴェリア。こんなおもろそうな事になっとんのに、ウチだけ仲間はずれなんて寂しいやん」

 

 ロキと呼ばれたこのファミリアの主神たる女神は、そんな事情を知る由もないキリトに近づいて興味深そうに首肯した。

 

「へぇ、コイツか。ふむふむ……ほー、中々おもろいやんアンタ。全然違う(・・・・)

 

「違う?それって、どういう……」

 

 発言の意味が分からなかったキリトが聞き返そうとするが、それよりも早くロキが言い放った。

 

「よーし決めた。なあフィン、ちょっとこいつと二人きりにしてくれへんか?」

 

「……理由を聞いてもいいかな?」

 

 神妙な面持ち、という程ではないにしろ納得のいく説明をしろと暗に言いたげなフィンに、ロキは気前よく手を振るばかり。

 

「悪い、今は神様案件(・・・・)としか言えへん。ウチにとっても予想外の事態(・・・・・・)やし、不確かな状態では何とも。まあ大丈夫や、ちゃんと後で話したる。三人は下の応接室で待っといてくれる?」

 

 そう言われて、三人はそれぞれ顔を見合わせる。

 ロキは一見軽薄に見える態度をしつつも、これでいて一大派閥の主神である事は間違いない。下界の子供ではどうしても見通せない事実さえ、彼女なら容易に見通す事ができる。そのロキが『神様案件』だと言ったのなら、事実としてフィン達に出来る事は無い。

 

「……分かった。ただし、僕は部屋の外で待機させてもらう。何かあっては困るからね」

 

「おう、それでええよ」

 

 ロキの返答を受けて、三人はその場から立ち去る。

 フィンだけはすぐ部屋の外で待機しているものの、そうすればこの場に残るのはキリトとロキの二人のみ。先程まで話にまったく付いて行けず置いてけぼりをくらっていたキリトは、意思だけは気丈に保とうと真っすぐロキを見据えており、そしてロキもまた細めた目を彼に向ける。

 

「そう警戒せんでや。別に取って食おうなんて訳やあらへんしな。ウチはただ、アンタがどういう存在なんかはっきりさせたいだけや」

 

 先に言葉を発したのは、やはりロキだった。

 人当たりの良さそうな声音でそう言われ、キリトは首をかしげる。

 

「どういう存在って……」

 

「あぁごめん。今のはこっちの言い方が悪かったな」

 

 言葉を変えてロキは彼に問いかける。

 

「もう単刀直入に聞くけど……アンタ、この世界の人間とちゃうやろ?」

 

「なっ!」

 

 思わぬ言葉にキリトは表情に驚愕を張り付ける。

 そんな彼の様子にロキはふむふむと納得した様子で頷く。

 

「その感じやと、やっぱ自覚なしか。いや、確信を持ってなかったって言う方が正しい?」

 

「………気分の良い物じゃないな?好き勝手に内心を見透かされるって言うのは……」

 

 少しでも強がろうと言い放った言葉は、しかしロキからすれば虚勢もいい所で、ただ微笑して流すのみ。もはやこの数回の言葉だけで、キリトはロキという女からただならぬ気配を感じ取っていた。

 

「すまんすまん、思わぬ未知との遭遇にウチもちょっと興奮しててな?気配や存在感は下界の子供達と殆ど一緒やのに、根っこの部分は何か違う。更にそのコート、この世界には存在せえへん材質と製法で出来とる。そして、一番おかしいんわその中身や。()であるウチが見通し切れへん時点で、純然たる人間って事はまずありえへん」

 

 論を展開していくロキ。

 それに対してキリトは、半場やけに近い思考で口を閉ざしていた。異世界、神、様々な非現実的単語を並べられて既に脳がパンク寸前であり、彼の明晰な思考回路は何とかそれらの情報を上手く脳内にアジャストしようと必死に回転している。

 しかし、ロキはそれを待たない。

 

「なあ、アンタ。一体何処から来たん?」

 

 ぐいっと近められた顔に、キリトは喉を詰まらせる。

 一切の隠し事を許さない深く、深くを覗き込む瞳にキリトはもう諦めの境地で問いに答えた。

 

「……浮遊城アインクラッド。俺はそう呼ばれている場所から来た」

 

 もはやここは、SAOの中でも、現実でもない。

 得体の知れない何処かであると結論付けて、更に自身の姿からもはやそう答える他になく、キリトは日本ではなくそう(・・)答えた。そして、ロキはその回答に満足気に頷く。

 

「嘘は、言ってへんか。はあ~、こういう事もあるもんなんやな?下界の神秘ってほんま素晴らしいわ」

 

 しかし、そう大層愉快そうに頷かれてもキリトは困ったように頬をかくしかない。

 ここまでの展開で分かったのは、彼女の名前と、誰に聞かれずともよく喋る性格だってこと。

 

「まず、これに関してはそっちも予想付いてると思うけど……改めて言うと、アンタこの世界の人間とは違う。俗に言う、異世界やら別世界って奴やな」

 

 あっけらかんとした様子でそんな超重要な情報を言い放たれて、キリトは軽い頭痛を覚えながら眉間を押さえる。

 

(やっぱり、そうなのか)

 

 キリト自身もその可能性は確かに考えていた。

 まず判断材料として、ここが現実かどうかの有無。これに関しては、正直に言うとどっちとも言えない。現実であるとも思えないし、だからといって仮想世界かと問われるとこちらも違う。

 この世界は、リアル過ぎるのだ。

 今現在のフルダイブ技術で、現実と相違ないほどの感覚を仮想空間で再現する事はまず不可能と考えて良い。将来的には出来るかもしれないが、少なくともナーヴギアのスペックを何倍も上回るデバイスが出ない限りは絶対に無理だ。

 

 ならばここは、現実なのか?

 それこそ有り得ない。こんなファンタスティックな事が現実であってたまるか。

 

 ならここは何処?

 そう言った思考になった時に行き着く先は、彼女が述べた通り。

 ――本物の異世界。

 という結論に帰結する。

 

「そうか……そうなるのか」

 

 思考は極めて冷静だった。

 恐ろしいほどに動揺が無い。

 

「随分あっさりした反応やな。もっと驚いてもええもんちゃうん?それとも、そっちの世界(・・・・・・)じゃこういった現象も割とザラにあったん?」

 

「いや、俺の居た世界でも『異世界転移』なんてのは空想上の産物だ。少なくとも、ついこないだまではそんなの有り得ないって俺も思ってた」

 

「ふぅん。じゃあ、なおさら何で?」

 

 その問いに対して、キリトは落ち着き払った様子で述べる。

 

「これが、否定しようのない『現実』だから……かな?さっきはああ(・・)言ったけど、俺も一応色んな事を今まで経験してきて、そういった奇想天外な現象にも耐性がついたんだと思う」

 

 ある日からソードアート・オンラインに囚われ、戦い続けた二年と少し。

 その時間がキリトに与えた影響は計り知れず、培われた適応力は伊達じゃない。SAOにおいて『こんなの有り得ない』と嘆く奴は生きていけなかった。

 あの世界を生き抜くには、無理矢理にでも覚悟を決めて、どんな形であれ向き合うしかなかったのだ。

 

「俺はあの世界で死んだのか、死んだからここに来たのか。細かい事は分からない。でも、これだけはハッキリ言える。俺はもう、この世界で生きていくしかないんだって」

 

 あの時聞いた『お前はまだ、向こうへ行くには惜しすぎる』という何者かの言葉。

 そこから続く文言を一言一句思い出せば、その意味は割と明確に分かる。キリトは、今の状況をゲームで言う『引き継ぎニューゲーム』であると捉えた。少なくとも、すぐさまに帰る方法を見つけるのは不可能だろうと直感していた。

 ならば、覚悟は早々に決めるしかない。

 SAOで自身がそうした様に、そうするしかない。

 

「だから、少しでも事情が分かるなら教えて欲しい。あんたの持ちうる知識を」

 

 キリトがまっすぐに見据えてそう言うと、ロキは特徴的な糸目を僅かに開いた。

 

「イイ目をしてんな。分かった。望むこと教えたるさかい、ここからはウチ以外も交えての話と行こう」

 

 ロキが向かうのは荒れた執務室の出入口。

 背中越しに彼女は振り返ってこう言った。

 

「ついてきい」




お気づきの方も居られるかもしれませんが
この世界線のキリト君はアスナが身代わりになる事はなく
自分の力のみでヒースクリフと刺し違えています

この設定変更はひとえに、アスナの生存を知らないキリトは決して元の世界への未練や自責の念を捨てきれないからです
故にこれは、キリト君にダンまちの世界を全力で生きてもらう為のものになる訳です
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