黒の英雄~都の暗黒期に降り立つ~   作:グランドマスター・リア

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レインって可愛くないですか?
僕は可愛いと思います
メモデフで雨宿りレインを百回以上使い倒した記憶が蘇ってry

はい、すみません
小説のデータが一度消失して書き直してたらこんなに遅くなってしまいました
今後はこんな事がないように気を付けます……


第10話:レインと窮地

 

 ――真の専属鍛冶師。

 

 その言葉の意味を、キリトは一体どれほど理解できていたのだろうか。

 確かな事として、真意を問うても一貫してレインは『全部終わったら話す』としか言わなかった。条件を出したのは向こうなのに、その詳細な内容を開示しないとはどう言う事だ、と抗議したくもなったが、彼女のあまりにも切実な様子にキリトはもはやそれ以上の追及は出来なかった。

 それでも、キリトには何ら躊躇する必要はない。

 彼は、人がこの世で起こすあらゆる行動には、大小さまざまなリスクとリターンが伴うと考えおり、その比重がどうであれレインの付けた『条件』の鮮明な部分も、不鮮明な部分も、彼女や自分に対する当然の代価でしかないのだ。

 

 その分、キリトの得られるリターンも大きい。

 感情的な所(・・・・・)を抜きにして、実利的に考えても十分に割にあっている事から、依頼(クエスト)を受ける事に疑問などなかった。

 

 

 そうして向かう先は、十六階層。

 『中層』に数えられる層域のこの層は、十七層にある『嘆きの大壁(ボス部屋)』へ至るまでの準備地点の意味合いもあり、フロア全体としてもそれなりの広さを誇る。出没するモンスターはミノタウロス種を主としてモンスターの数も多くなり、純粋な危険度がかなり高くなる。

 キリトもこの層域への挑戦は初めてで、知識はあるものの、未だそれは知恵と言うには心もとないレベルだ。

 しかし、経験豊富な先輩が傍に居れば話は別である。

 

「そこ、ミノタウロスの外皮は堅いから、武器の損耗を抑える為にも魔石は基本一撃で潰して」

 

「了解!」

 

 レインのサポートを受けながら、キリトは瞬く間にミノタウロス複数体を撃破していく。

 冒険者歴がたった数ヶ月程度のルーキーとは思えない破竹の勢いと強さに、レインも最初は目を見張ったものだが実力を把握できれば頼もしい味方以外の何者でもない。鍛冶師として他の冒険者に同行する形ではあるものの、下層にも潜った事のあるレインは、キリトとは比較にならないほどの経験と知恵がある。

 更に、彼女の戦闘スタイルはサポートを得意とするスカウト職を地で行っており、いざという時のカバーも非常に上手い。

 

 細身の直剣二本を携え、スピードを頼りに敵を屠る姿はキリトの目にも明確な強者として映る。

 とても鍛冶師が本職とは思えない戦闘能力だ。

 

 二人の手にかかれば五体程のミノタウロスも大した脅威ではなく、数分後には戦闘が終わり、魔石がそこいらに転がっていた。

 

「これで全部か。……それにしても、レインは相変わらず鍛冶師とは思えない強さだな。サポートも的確だし、普段以上に戦いやすいよ」

 

「ふふっ、ありがとう。でもそれで言うなら、キリトくんこそ本当にデビュー数ヶ月のルーキーなの?強いのは分かってたけど、ちょっと戦うのが上手過ぎてお姉さん驚いちゃった」

 

「そこは昔の役柄ってやつさ。そんな大層な事じゃない」

 

「謙虚だねぇ」

 

 そうして談笑する様は、とても昨日今日会ったばかりの関係だとは思えない。

 椿(つばき)の言っていた『馬が合う』という表現はまさに適切だった訳だ。何せこの二人は、根っこの性格はともかくとして、こと『攻略』に対する意識配分と向き合い方に関してはかなり似通っている。程よく合理性を追求し、必要とあればアドリブにも頼る臨機応変さに、周囲とは一線を画すピーキーな戦闘スタイル。

 これで両方ともちゃんと強いのだから、仲良くなれて当然だ。

 

「それじゃあ、戦闘も一区切りついた事だし、この辺りで一度休憩もかねて目的(・・)の確認をしておこうか」

 

「ああ、頼む」

 

 丁度いい岩に腰をおろし、持って来た干し肉を取り出す。

 レインはそうしてから一つずつ順を追って説明し始めた。

 

「まず、今回採取するのは『ソースクリスタル』って言う鉱石だね。これは中層の十七から十六階層間に発生する鼠色のクリスタルで、主に正規ルートから離れたルームなんかにある事が多いんだ」

 

 素材名からその性質にかけてスラスラと丁寧に予習していく。

 

「反発力が強く、かつ柔軟で硬度が高い性質から、下層を含めてもかなり良い素材に分類されるんだけど……これ、実は採取するのがもの凄く難しくて……なんと、少しでも欠けたら本来の性質を失って、単なる石ころになっちゃうの」

 

「えっ……じゃあ、レインはどうやって採取するつもりなんだ?」

 

 疑問をていしたキリトに、レインは人差し指を立てて得意気な様子で答える。

 

「そこで、わたしの魔法【マテリアル・コントロール】の出番という訳ですよ。この魔法は対象とするあらゆる鉱物の質量、形状、性質を操作できて。これを上手く使えば、クリスタルの性質を損なわずに採取できる。言ってしまえば、わたしだけ(・・)が安定して、このクリスタルを採取し、加工する事ができるってこと」

 

 『ソースクリスタル』はその有用性の割に、市場には全くと言っていいほど出回らない。

 その理由は幾つかあるが、その主な部分は二つあって、ひとつ目は採取できる場所が正規ルートからかなり離れていて足を運ぶにも一苦労ということ。ふたつ目が、先ほども言った通り損傷によって石ころ同然に変わってしまう性質のせいだ。

 仮に採る事が出来ても、加工すらままならない程に繊細な鉱石など役に立たない。

 有用でも、これでは誰も欲しがらないだろう。

 

「だから、毎回わたしが自分で採りにいく必要があるんだ」

 

「はあ~、なるほど」

 

 素直な感心の言葉が口から出るのも当然だ。

 幾ら市場に出回らないからといっても、素材を鍛冶師が自らの手で素材を採りに行くのは相当なリスクがある。それもダンジョンの中層域、『ちょっと行って帰ってくる』が通用する上層の浅瀬とは訳が違う。そういう事情があったからこそ、あれだけ高練度のスニーキングやサポートがこなせるようになったのだろう。

 しかし、そうなるまでに散々苦労したであろう事は聞かなくても分かる。

 それは並大抵の情熱では成しえなかったはずだ。

 

「これで、わたしから伝えたい事はだいたい全部かな。折角だし、他に何か聞きたい事はある?」

 

 そう聞かれて、キリトはしばし考える。

 疑問自体は幾つか思いつくが、ここは一応ダンジョンだし、問いの内容はある程度は重要な事柄であるべきだろう。ならば、キリトがこの場で追求する程の事などそう多くは無かった。

 

「それなら、ひとつだけ。ちょっと気になっていた事があったんだ」

 

 ひとつ、だと言ったキリトにレインは視線と表情で続きを促す。

 

「それは君の鍛冶方法(・・・・)についてだ。俺はヘファイストスのホームで、レインの鍛冶場を訪ねた時に君が武器を鍛錬する姿を見た。他の鍛冶師がどんな風にして武器を鍛錬しているのかは知らないけど、少なくとも"あれ"がまともな方法じゃないって事だけは分かる。俺が知りたいのは、それがどういった物なのかって所かな」

 

 槌の音と共に響く並行詠唱と、七色に輝く火花。

 この世にふたつとない程に美しいと感じた。この世界の鍛冶がどれもこれもあんなにメルヘンなら面白い事この上ないが、実際はレインが何らかの特殊な方法を用いていると見て間違いないだろう。問題はその『方法』についてだが、これに関してはレインのステイタスにもろに関わる事なので、詮索自体が若干のマナー違反だ。

 故にこの場で問うた訳だが、彼女が『答えたくない』と言えばキリトもまた素直に引き下がるつもりでいた。

 しかし―――

 

「あぁそのこと……いいよ、教えてあげる」

 

 拒絶を覚悟したキリトの予想に反して、レインは驚くほどあっさりと情報の開示を快諾した。

 

「いいのか?その、俺が言うのもなんだけど、ステイタスの事はそう簡単に他人に教えちゃいけないんじゃ……」

 

 教えてくれるにしても、もう少し渋るかと思っていたので多少面食らったというのが正直な所だ。

 とうの本人であるレインと言えば、なおもあっけらかんとした様子で飄々としていた。

 

「別に隠してる訳じゃないからねぇ。仮に言いふらされた所で対して問題にはならないだろうし、そもそもキリトくんはそんな事しないでしょ?」

 

「そりゃ、まあ」

 

 逆にカウンターを返されて口ごもる。

 調子を狂わせるマイペースさすら似た者同士な訳だが、キリトも、レインすらもその事には全く気付いていない。居心地悪く頬をかいたキリトに微笑んだレインは、順を追って彼の疑問への答えを話し始める。

 

「それで、答えの方だけど……君が予想した通り、わたしの行う鍛錬は他の鍛冶師のそれとは全く異なる手法によるものだよ。具体的にどう異なるかと言うと、わたしの使っている魔法【マテリアル・コントロール】にその秘密が隠されてる」

 

 言われて、キリトは今一度レインの魔法について思い出す。

 彼女の使う【マテリアル・コントロール】は対象に指定した鉱物の質量、形状、性質を自在に操作するといった事が出来る魔法で、確かに一見するとそれらしく鍛冶に役立ちそうな効果である。しかし、それを一体どのように活用するのかは、やはり彼女の口から語られるのを待つしかない。

 

「【マテリアル・コントロール】の効果はさっきも話したと思うけど、この魔法の真価はこれを利用した『圧縮』と『合成』にあるの」

 

 二本の指を立てて順を追って分かりやすく説明していく。

 

「わたしはこの魔法を使って素材となる鉱石を通常では不可能なレベルまで圧縮し、また異なる素材同士を合成する事で、ひとつの武器を作り上げてる。勿論、これは他の鍛冶師には絶対に真似出来ない。だからこそ、『黒鉄(クロテツ)』みたいに通常の直剣よりもかなり重くなるし、その分切れ味や耐久性も大幅に向上するってわけ」

 

 レインの説明が分かりやすいからか、理屈は思ったよりも単純で理解しやすい物だった。

 圧縮や合成というまるでRPGのような鍛造過程は、やはり神の作り出したステイタスシステムの奇跡ゆえか。そこのところはキリトも是非深掘りしたいところではあったが、レインはそんな彼の様子をどう思ったのか、最後にこう付け加えた。

 

「………そんなわたしが作って来た中でも、『黒鉄』は過去最高峰の出来栄えの作品だったんだよね」

 

「え?」

 

 唐突な切り出しにキリトは戸惑った。

 瞳からハイライトを消し、表情から色を無くした少女は薄く自嘲をこぼす。

 

「通常の十倍近い量のソースクリスタルに、下層の高純度な鉱石も合わせて、これでもかってくらいに仕上げたつもり(・・・)で……当時のわたしも『売れた』と聞いた時は、浮かれにうかれた訳ですよ。まあ、我が身の未熟さ故に数ヶ月程度でへし折れちゃったんだけどさ……」

 

 あまり話題に出さないので、てっきりそこまで堪えてないかと思っていたのだが、やはり傑作の損壊はそれなりにショックだったらしい。

 当然キリトも剣を折った事に関してはレインに誠心誠意謝ったが、その時は『折れたのは自分のせいだから、気にしなくていい』と言って、そこまでショックを受けている風には見えなかった。

 しかし、やはりそこまで綺麗には割り切れないのだろう。

 

「ハハハッ……大丈夫。大丈夫だよ。今度は仮に『Lv8』が振ろうが折れない剣を作るから……ふふっ、ふふふ」

 

 受けたショックの程は言わずもがな。

 じゃあ何でバベルの中階層なんかに流したのか聞きたくてしょうがないが、ここでそんな事を追及しようものなら今度こそ泣いてしまうんじゃないだろうか。ダンジョン内で、声を上げて鳴く少女と、傍らには所帯なさげな男。

 居たたまれないにも程がある。

 そう思った時にはキリトは、もうそっとしておく方向で態度を固めていた。

 

 

 

 そうして、レインのテンションが戻ってから、二人は再度出発した。

 因みに『黒鉄』の話題はこれ以降、暗黙の禁則事項となった。触れれば赤髪の少女はたちまち禁断症状に見舞われ、壊れた人形みたいな状態になるので、くれぐれも藪をつついて蛇を出すような真似はしないように。

 なに、基本的には人懐っこく、気配りの効いた出来た女の子なのだ。

 

「もう少しで採取場所だよ」

 

 このように先導する背中も薄く華奢な割に頼りになる。

 狭い通路の先には目的地と思われる空間が見て取れ、ダンジョンの闇の中でも存在感を感じる。レインの後ろについていく形で、キリトはやがて赤髪の妖精のみが知るダンジョンの秘境へと足を踏み入れる。

 

「へぇ、ここが」

 

 そこは大広間を更に一回り大きくしたような広さの空間だった。

 その所々には『ソースクリスタル』と思われる鼠色のクリスタルが散見され、それ以外にも中層の鉱物と思われる素材が沢山ある。正規ルートからかなり離れているお陰で他の冒険者にも見つからず、手付かずの様相をていしたここはまさに素材の宝庫と呼べる場所で、確かにここなら満足に素材を採取できるだろう。

 

「未発見のルームともなれば、こんなにも素材が残っているものなんだな」

 

「普通は他の冒険者に取り尽くされるからね。こうした未開拓領域を発見する事は、冒険者にとって一攫千金のチャンスでもある。まあ、実際はそう簡単な話でもないんだけど……未到達階層を更新するより、低リスクで夢のある話だと思わない?」

 

 レインの言葉にキリトはどうだろうな、と考える。

 彼女が言った通り、そんな簡単な話などダンジョンには存在しない。冒険者が窮地に陥ればそれを追撃するように災いが降りかかり、いかなる強者であろうと容赦なく命を狙ってくる迷宮の脅威は、キリトもすでに嫌と言う程知っている。まるで、ダンジョンそのものが一個の生物かのように感じる事もある程だ。

 停滞を選んだ者に、幸運の女神が微笑む事は無い。

 それなりのリスクを犯した者にのみ、そういったギフトを受け取るチャンスが巡ってくるのだ。

 

「……だとしたらその夢の先は、一転して奈落の底(・・・・)かもな」

 

「おっ、結構面白いこと言うね!」

 

 だが、的を得ている。

 安定を重んじていた者が、振ってわいた幸運を前にした時どんな行動を取るか。ここぞとばかりに目の前の宝物に飛びつけば、それは手痛い罠であり、手に取った瞬間に奈落の底へ真っ逆さまなんて事も十分にあり得る。いやむしろ、ダンジョン内でこそ『幸運』に縋るばかりではなく、時には懐疑の目を向けるべきなのだ。

 世の中に、損に勝る得などないのだから。

 

「リスクとリターンは常に前者に傾くものだからねぇ。よく分かってるじゃん、英雄候補様」

 

「からかう暇があるならさっさと採取を始めてくれ」

 

「はぁ~い」

 

 マイペースに返事して、持参したバックパックから道具一式を準備していく。

 そんなレインの傍で採取の様子を観察しながらも、周囲を警戒する。採取の間、繊細な魔法の使用の為にレインは無防備になる。急にモンスターが襲ってきてもすぐには対応できず、生じた隙はこうしてパートナーが守るしかない。

 キリトの本当の出番は、言うなればここからだとも言える。

 

「【磨き、固まり、収まれ】」

 

 詠唱が開始し、それに伴ってキリトは視線を外しダンジョンの闇へと向ける。

 袋小路のルームゆえに敵の侵入口がひとつのみで、そこだけに気を払っていればいいというのは非常にありがたい。モンスターの強度は先程までと同様にあなどれるものではないが、多少実戦を積めた今なら、レインのサポートが無くとも負ける事はほぼ有り得ない。

 そうして、黒い眼の先に見据える殺意が蠢くのは、まさに採取開始から一分後のこと。

 

「……来た。よし、それじゃあ俺も、気合いを入れて働くとするか」

 

 闇の中から姿を表した数体のモンスター。

 その狂気の瞳は目線の先に二人の冒険者を映し、今すぐにでも殺してしまおうと一直線に向かってくる。キリトは真正面からその侵攻を受け止め、襲い来る牙は躱してカウンターを合わせ、振り下ろされる丸太のような腕は受け流す。

 ソロの状態で多数のモンスターに襲われる事は、絶対的に危険とされる状況である。殲滅や撃破を狙うのは愚策と言わざるを得ないが、護衛任務ともなるとそうも行かない。キリトは、自分とレイン、そしてモンスターの三つの位置関係と間合いに細心の注意を払いながら、一体ずつ的確に処理していく。

 

 複数体襲ってくるとは言っても、荒波がごとくなだれ込んでくる訳ではない。

 一度攻勢に耐えきってしまえば、次の襲撃までにはそれなりの時間が空く。レインが採取に要する時間はおよそ一時間。その間で襲撃される回数は計四回ほどと事前に予想されていたが、実際の所は……

 

「これでようやく二回目(・・・)か……それにしても、最初の一回目以降、襲撃してくるモンスターの数が事前の予想よりも随分と少ない」

 

 モンスターを切り裂いた刃を振り抜いて、そう零すのはキリトだ。

 

 それは護衛の残り時間が十五分にさしかかろうとした頃合い。

 キリトは訝しげに言葉をこぼし、肩透かしをくらったと言わんばかりに息をつく。というのも、ここまでの襲撃は初回を合わせても二回とかなり少なく、それ以外は細々としたモンスターが襲ってくるばかりで疲労も殆どたまっていなかった。

 

「単に幸運なだけならいいけど……そう都合よく、襲ってくるモンスターが少ない、なんて事があるとは思えない。最後まで油断はしないようにしよう」

 

 楽観視したところで良い事なんて本当に微塵もありはしない。

 幸い、レインの採取がもう少しで終わる。彼女のサポートを加えて戦う事が出来れば、余程の事がない限り危険に陥るような事はないはずだ。多少の異常事態なら、十分に余裕を持って対処できる。その自信がある。

 だから、心配はしていなかった。ただ警戒だけを最大まで上げて、キリトはダンジョンの闇と向き合う。

 

 しかし結局、それ以降も特に危なげなくモンスターを捌き切り、目標の一時間は経過した。

 

「キリトくん」

 

 背後からかけられた声に振り向くと、そこには鉱石の採取を終えた赤髪のエルフが立っていた。

 

「お疲れ様。お陰で十分な量のクリスタルが採取できたよ」

 

 クリスタルが収納されているであろうバックパックを傍に置いたレインを見て、キリトは人心地つく。

 何はともあれ、キリトはこれで一仕事終えた訳だ。無事役目を果たせた事にほっと胸をなで下ろして、しかし安堵の息は飲み込む形で押し殺しひとまず剣を鞘に納める。

 

「そっちもお疲れ。ふぅ……これで後は帰るだけか」

 

「うん。もう撤収作業も済んでるから、すぐにでも出発できるよ」

 

 途中で何かと不可解な事はあったが、蓋を開けてみれば特に何か起こる訳でもなく無事護衛を完了できた。

 そう、後は地上へ戻るだけ。行きの道のりを思い出してもさほど苦難があるとは言えず、採取中の護衛こそが最も危険な時間だった事は間違いないから、もう山は越えたはずだ。しかし、キリトはどうも警戒のレベルを下げる事が出来ずにいる。

 それは長年の勘ゆえか、少しでも凶兆があるなら決して気を抜けない性分なのだろう。

 慎重過ぎるのも考えものだが、実際はどうだ。

 

 何も起きない方がいいに決まっている。

 なのに、皮肉にもこういう時のキリトの勘はすこぶるよく当たる。

 

「っ!!レイン、上だ!」

 

「え……?」

 

 そして、キリトの構え方は正しかった。

 さてようやくルームを出ようとした矢先、レインの頭上を一際巨大な影が覆う。その正体を明確に理解し、捕捉する時間はない。一瞬でも遅れれば、レインはタダでは済まなかっただろう。しかし、叫びと同時に反射的に動いたキリトによって、赤髪のエルフは横抱きかかえられる形で彼と共に離脱し、窮地を脱する。

 

 一泊遅れて、洞窟内に重厚な音が轟く。

 周囲に鉱物の破片を吹き飛ばし、天井や床をぐらつかせる程の衝撃。一息に十メートル以上距離を離したキリトと、抱えられたレインは、ようやくそのモンスター(・・・・・)を肉眼で捉えた。

 

「さっきからずっと嫌な予感はしてたけど……ここまでの大物が潜んでたなんてな」

 

 そいつは、広いルームの中で一層の存在感を放っていた。

 鎌のような鋭利な両腕に、光を乱反射するクリスタライトな硬質に覆われた巨躯。その姿は巨大なカマキリを彷彿とさせるが、体の組織はほぼ全てが水晶によって構成されており、その生物として現実離れした異質さが冒険者を威圧する。

 

「あれは『クリスタル・マンティス』?でも、あんなに大きな個体は見た事がない……まさかっ!?」

 

「ああ、間違いない」

 

 レインの零した言葉の通り、目の前の巨大な水晶カマキリは明らかに通常の個体ではない。

 ダンジョンには数多くのモンスターが存在するが、それら全ての個体が同等にして平等な強さや性質を持っている訳ではない。無尽蔵に湧き続けるモンスターとは言え生物である以上は当然のように『個体差』という物が存在し、これがあり得るなら、更にその上の可能性もあるのだ。

 

 時折、モンスターは突然変異によって同じ層域でも『迷宮の孤王(モンスターレックス)』に次ぐ強力な個体へと生まれ変わる。

 

「――強化種だ」

 

 その名は強化種。

 これは迷宮内でも異常(イレギュラー)に分類される程の危険な事態とされており、強化種となったモンスターは殆ど場合で、討伐の推奨レベルがワンランク上昇する程の驚異的な強さに変貌する。

 発生した当層域を適正とする冒険者では、討伐は困難を極め、大抵はギルドが高ランクの冒険者にクエストを出す形で即座に討伐が行われる。

 

 それが今、二人の目の前に居るのだ。

 

「それしかないね。よりにもよって、こんなタイミングで出てくるなんて……」

 

 苦虫を噛み潰したようにレインは目を細めた。

 多少の事なら対処可能だと息まいた心情を嘲笑うが如く、"多少"で済まないレベルの事態が起きた。予感があった時点で撤退すべきだったと言えばそこまでだが、どちらにしろあの時点で即時撤収など有り得なかっただろう。

 ならば、この遭遇は必然。

 

「あの巨体が、俺達の警戒をすり抜けてルームに侵入出来るとは思えない。あの見た目からして、最初から潜伏していたと考えるのが自然だ」

 

「なるほどねぇ。それで、油断した所を"ああして"奇襲して仕留める。と……」

 

 高ランクのモンスターは単純な強度の他にも優れた知性を持つ。

 キリトが以前に戦ったコボルトロードのように武器を持ち替えたり、場合によっては技を使ったり、囮を使ってくるような狡猾なモンスターも居るくらいだ。中層の強化種なら、奇襲くらいしてきても何ら不思議じゃない。

 

「襲撃してくるモンスターが少なかったのも納得だ。あんなのが居たら、そりゃ近寄りたくないよな」

 

 全ての事が線で繋がる。

 もっとも、そんなヒントも答え合わせ後の今となっては無用の長物な訳だが。

 問題は、この状況をどうするかだ。会話しながらもキリトはカマキリの一挙手一投足を注視し、即座に行動を起こせるようにしているがそれだけではどうにもならない。位置関係的にマンティスは脱出口を塞ぐ形で鎮座しており、現状では逃げ出す事もそう簡単な事じゃない。

 何か『策』が必要だ。

 キリトはそう思考すると、未だ抱えたままの少女に告げる。

 

「レイン。悪いが、もう少しこのままで聞いてくれ」

 

「ん?わかった」

 

 今は無駄な身動き一つ取りたくない。

 そういった意思でこの体勢を強いても、レインは嫌な顔ひとつせず真剣にキリトの言葉に耳を傾けた。

 

「まず、ここを出……ちっ!」

 

 切り出そうとした瞬間、まるで機を見計らったかのようにマンティスが仕掛けてきた。

 その巨体に見合わない速度で突進し、振り下ろされる鎌をキリトは舌打ち交じりに躱すと、追撃を避けながら敏捷を全開にして距離を取る。

 その姿はさながら姫を守り、疾走する騎士か勇者に等しいが、ロマンティックに飾ろうにもシチュエーションは極めてデンジャラス。

 そんな余裕あろうものなら、逆に尊敬できるとでも言いたげに、その表情は険しい。

 

「っ、ここを出る為には、どうあってもアイツを倒すしかない。その上で、君に頼みたい事がある。レイン!」

 

 彼は話す。

 この状況を打開し、地上へ生還する為の方法を。

 

「俺が先頭に立って奴と戦う。一分……いや、二分は確実に足止めする。その間に、それ以外の全て(・・)を君に任せたい」

 

 伝えるのは、彼自身の果たす役目と一連のおおまかな流れだけ。

 レインはキリトの言葉を正しく噛み砕き、求められている事を理解する。それは言うなれば、作戦の立案から実行までのプロセスを彼女に任せるという事に他ならない。

 

「ちょっと待って、それ本気?」

 

「ああ、本気も本気だ。悪いけど、こんな状況になってまで冗談を言える程肝は座ってないんでね。色々と考えてみたけど、俺の手札だけじゃ、あの強化種をどうにかする事は出来ない。そして、悠長に作戦会議をしている暇もないと来た。だから無理を承知で頼む。君の手で(・・・・)、この状況をどうにかして欲しい」

 

 こうして幾度か攻撃を回避し、キリトはこの強化種のポテンシャルをそれなりに計り終えていた。

 現在の彼がこれを単独でどうにかするには、スキル【黒ノ英雄】を使う他に方法はない。しかし、これは使用後の疲弊が激しく、失敗すれば総崩れ必至の最終手段だ。帰りの事も考えれば、確実性の薄い策にそこまでの無理は通せない。

 出来れば、そんなリスク負わずに切り抜けるのが理想。

 

「無茶言わないでよ!キリトくんでもどうにも出来ない相手を、わたし一人の頭でどうにかしろって言うの!?」

 

「そうだ。何たって今ここで頼れるのはレインだけだからな…………実を言うと、一応俺にも切り札はある。でもこれは、本当にそれ以外にできる事が無くなった時にしか使えない。なら俺は、より信用できる方に賭けたいんだ」

 

「信用って……」

 

 レインは頭が痛くなるのを感じた。

 こうしてキリトの腕に収まり揺られ、マンティスの攻撃を掻い潜りながらも、彼女だって苦悩し葛藤していた。果たして、そんな重役を担っていいのか。確かに、レインにはまだ奥の手が残っている。それもとびっきりにして、とっておきの一手だ。

 確かにこれが通用すれば、状況は一変し勝ちへと大きく近づく。

 でも、失敗したらどうなる?

 一度、レインは自身の未熟さでキリトを殺しかけている。『黒鉄(クロテツ)』が折れた時のように、彼女自身もまたその脆さ故に足を引っ張る可能性だってあるのだ。

 

「……わたしの剣は、一回折れてるじゃない」

 

 なのになぜそんな事が言えるのか、と。

 それは、本心から出た弱音だった。

 

「あれは打った奴(レイン)が未熟だったから折れたんじゃない。俺が折ったんだ。どんなに優れた物にも、人にも、等しく出来る事の限界ってやつはある。過剰な無理をさせたら、どんな剣だって限界が来て当然だ。あの戦いで、俺の足りない部分を補ってくれたんだよ、あの剣は………」

 

 しかし、キリトは確固した声音でそれを否定する。

 そして芯の通った声ひとつでこう言い放った。

 

「だから、俺は自分自身よりも、心から信頼してる君の事を信じたい」

 

「………っ!」

 

 それを聞いて、レインはもう何も反論できなかった。

 決意するしかない。魂がトキメいたその瞬間から、冒険者はその鼓動と輝きの奴隷だ。レインもまた言うまでもなく、キリトの言葉に心を動かされてしまった。今この窮地において、どうしようもなく頑張りたくなってしまった。

 その時点で、彼女に拒絶の選択肢はない。

 

「………………わかった」

 

 ひとつ、その返答にキリトは満足そうに頷いた。

 

 




本当に次で最後にします
レインって本当に可愛くて
どうしても筆が乗ってしまうんです
最近やってた人気投票でも上位におりました彼女のパワーは凄まじいの一言

いやこれは良くない
今後も1キャラにつきこんなに長くなってたらシャレにならないんでレインが特別だと思っていただけると幸いです
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