黒の英雄~都の暗黒期に降り立つ~   作:グランドマスター・リア

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Q:たった二年戦った程度のキリトが何十年と戦ってきたベテラン冒険者に並ぶ技量なのはおかしくない?
A:AW編にて、まさに百年以上も闇の軍勢と戦い続けてきた整合騎士を倒し、最古参のベルクーリにすら一目置かれる実力があるくらいだし
フィン達と技量的に互角でもそう不思議ではないと思います


第11話:黒銀

 

 窮地に陥ったキリトとレインだったが、そんな二人にとって幸運な事があったとすれば、それはバトルフィールドが袋小路のルームにしては広大だった事だろう。

 迷宮区のボス部屋と同等とまでは行かないが、敵の攻撃を避けながら立ち回れるだけの広さがあれば、キリトの敏捷に物を言わせた戦法は十分に機能する。そんなキリトは、レインを距離の離れた位置で下ろして、自身は強化クリスタル・マンティスとの一対一の勝負に挑んでいた。

 

 強化種として姿を表したかのモンスターは、その巨体に見合わない速度と、相応のパワーを誇る。

 その鎌が持ち上げられ、振り下ろされる。

 例えそれが命中せずとも、周囲に衝撃と鉱物が破片となって飛び散り、洞窟の床や天井を揺らすのだ。

 

「……っ、やっぱり凄い威力だな」

 

 回避してもなお、怖じ気の汗がたらりと滴り落ちる。

 正面から受ければひとたまりもないだろう。専門のタンクでも居れば話は別だが、やはり回避に徹して、隙を見て攻撃を入れる以外に方法はない。しかし、マンティスを覆う水晶の外皮は凄まじい硬度を持ち、並大抵の攻撃では傷一つ付かない。

 全力のヴォーパルストライクなら貫けるだろうが、そんな隙の多い技を当てさせてもらえる程甘い相手ではない。

 

 故にキリトひとりでは攻めあぐね、決定打にかける。

 だからこそ、キリトは戦局をレインに預けた。

 それが吉と出るか凶と出るか、どちらにしろキリトは前者の可能性を信じて攻撃を避け、剣を振るしかない。

 

「これを相手に二分……吹かした事を言ったもんだよっ」

 

 放たれた〈スラント〉が水晶の外皮に弾かれて火花を散らす。

 スピードは確かにキリトが上回っているが、それでも次々と襲い来る即死級の攻撃を避け続けるのはそう簡単な事じゃない。毎秒ごとに集中力、体力ともにゴリゴリと削られるし、万が一にもレインにヘイトが向かないようにある程度は攻撃し続ける必要がある。

 高難易度だ。

 ダメージリミットを超える手段は自身に無く、このハードコアな回避ゲー。

 そんな中でも、キリトは叫ぶ。

 

「信じるからな!!」

 

 壁を蹴り、時には剣を上空に投げて囮にし、四方八方を疾風迅雷のごとく疾走する。

 卓越した戦闘を見せる剣士の信頼を受け、赤いエルフの少女もまた動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 レインは必死に頭を回していた。

 目の前で繰り広げられる壮絶な戦いを前に、自分は膠着をひっぺがす起死回生の一手を打たなければならない。緊張に心臓が鳴って、血流は早くなり体温が上がる。その高揚はまるで剣を鍛造する時のそれに似ており、生粋の鍛冶師たるレインにとってこれ以上ないハイテンションであった。

 

あの魔法(・・・・)を使えば、いくら強化種でも無傷では済まないはず……でも、それだけじゃ倒せない」

 

 彼女にも奥の手はある。

 それも強化種にすら通用するほどの代物だ。しかし、それだけで倒す事もまた困難と言わざるを得ない。通用すると言っても、せいぜい数秒程度あのモンスターを釘付けにするくらいで、状況を打開するには何か工夫が必要だ。

 

「キリトくんのスキルならどう?一撃必殺の剣技もあるとは言ってたけど……」

 

 なにしろ決めの一手は失敗できない。

 例えば、ダンジョンの天井を崩落させて、マンティスを生き埋めにしその隙に逃げるという手がある。これもレインの魔法があれば可能だ。しかし、これは自分達も巻き添えをくらうリスクがあるし、第一あれだけのパワーと巨体を持つマンティスに通用するのかも分からない。

 ならば床を壊して、下の階層に逃げるのはどうだろう?

 これも否。下にボス部屋がある事を考えれば、それ以上の厄災になる可能性すらある。

 

 ならここで倒す一手が最善にして唯一の道。

 だとすれば、成功確率が五分五分ていどの勝負をするしかない。

 

「知能の高いモンスターは魔法の気配に反応する。魔法の発動が阻止されるか、或いは避けられでもしたら一貫の終わり……必中にして、阻止不可能な状況ってなに?そんなのあるの?」

 

 レインは『勇者(ブレイバー)』ではない。

 頭の回転は良いが、割と抜けてて、詰めが甘い面もあるというのは彼女に下された自他共に否定しようのない評価だ。思えば、彼女が『Lv2』になったのも、そう言った詰めの甘さが原因で窮地に陥ったのが発端だったのだ。

 慎重になれ。

 焦るな、落ち着け、と何度も心を叱責して思考を高速で回す。

 

「えぇっとぉ~、クリスタル・マンティスの弱点は……確か、水晶の保護が薄い関節部だったはず……」

 

 じっと観察すれば、どうやら強化種もそのようだ。

 あそこに魔法の火力を集中させれば、あの驚異的な機動力を抑制する事は出来るだろう。

 

「見たところ、キリトくんの斬撃が全く効いてない訳じゃない。詠唱の間さえ、その場に押しとどめてくれれば後はわたしの魔法とキリトくんのスキルを、連続して交互にしかければ」

 

 プロセスが脳内で完成していく。

 決めの一手まで繋がるであろう作戦は―――連続攻撃だ。まずキリトのソードスキルによる連撃でマンティスを翻弄し、そこからフル詠唱の魔法を叩き込み、スイッチしてキリトの必殺に繋げる。そうすれば、幾ら強化種と言えどただでは済まない。

 問題は、それを上手くキリトと合わせられるか。

 こうして決まった作戦も、長ったらしい文言で伝えている暇などないし、練習なんて当然だが出来ない。

 

「もしもキリトくんに上手く意図が伝わらなかったら……ううん、そこを疑うべきじゃない。大丈夫、あの人なら出来る」

 

 あの黒鉄(クロテツ)を折った男なのだ。

 最低限のリソースで、最大限の成果を出す。一流の冒険者なら常に求められる事を、今からレインはキリトにも課そうとしている。だが、それくらいやって見せろとレインは言ってやりたかった。こんないち鍛冶師に重要な役割を押し付けたのだから、墓場に行く覚悟で付き合ってもらうのだ。

 

 作戦は固まった。

 あとは己と仲間次第。

 

 すぅっと息を肺にためて、閉鎖空間にソプラノを響かせた。

 

「すぅ………キリトくん!!!!!!」

 

「――っ!」

 

 響いた声に、キリトが反応する。

 モンスターのヘイトは以前として彼に向いたまま、そんなキリトにレインは作戦を最低限の情報のみで伝える。

 

五秒(・・)、そいつを止めて!そこから交互に仕掛け、最後はあなたの一撃にかける!」

 

「…了解!」

 

 それだけでキリトは自身のやるべきことを理解し、即座にマンティスへと仕掛ける。

 振り下ろされた鎌を、頬の薄皮一枚を切る紙一重の間合いで避け、その空いた懐に技を叩き込む。まずは斜め四連撃〈バーチカル・スクエア〉を発動させ、そこからスキル連携により絶え間なく、隙を与えない連撃を四方八方からマンティスに浴びせる。

 

「【我は呼ぶ、雨のように降り注ぎし無数の剣】」

 

 それと同時、レインの詠唱が開始。

 これによって魔力が高まり、それに反応したマンティスが阻止しようと彼女を標的にするが、キリトの連続剣がそれを許さない。

 

「【唸れ、鉄の音。万象を穿つ流星は群となり、その剣先は我が強敵を穿つ】」

 

 その間にも長文の詠唱は紡がれ、森の妖精たるエルフによる鉄の賛歌が幕を開ける。

 この魔法は以前、レインが試行錯誤の末に偶然見つけたに過ぎない裏技のようなものだ。彼女の持つスキル(・・・)と組み合わせる事で、初めて攻撃術としての真価を発揮する。だが、その威力は大規模魔法にも匹敵する威力を持つ。

 

「【千の流技、ここに有り】」

 

 その瞳が琥珀色の光を宿す。

 瞬間、レインの周囲に幾条もの光が走った。

 

「【サウザンド・レイン】!!」

 

 その光の正体は無数の剣だ。

 赤髪のエルフの周囲に、無数の剣が出現する。その数は数十を軽く超えており、全ては切っ先は狙い違わずマンティスへと向いていた。それを視界の端に捉えたキリトはぎょっとしながらも、即座にその場を飛び退く。

 

「行け、わたしの(つるぎ)達!」

 

 キリトが退いたのとコンマ数秒の間をおいて、レインの魔法によって無数の剣が雨のようにマンティスへと降り注ぐ。

 放たれている剣は全てが彼女自身(・・・・)の手によって鍛えられた物であり、硬度、鋭さともに二流品相当の完成度を誇る。レインにとっては失敗の経験(・・・・・)そのものだが、それでも一振り一振りに赤く、燃えるような信念を注いだオリジナルだ。

 いかに堅い外皮に覆われたクリスタル・マンティスと言えど、それを雨のように浴びせられればただではすまない。

 

『グギャァァァァァアアアアアア゛!!??』

 

 甲高い音を立てて、水晶がひび割れ、弱点である関節部にも無視できないダメージが蓄積していき、それは特に弱点である関節部へと集中している。

 やがて、耳障りな音を立てて四足のうち一本が砕けると、たちどころに二本目の足も損傷し、その巨体が沈む。そうして、ようやく剣の雨が止んだ時には、マンティスの全身を覆う水晶の外皮はひび割れだらけでボロボロになり、その巨体を残る二足で引きずる形となっていた。

 

「はぁはぁ……っ、後は、頼んだよ」

 

 マインドの消費による倦怠感にへたり込みそうになりながら、レインは目の前に疾走した黒衣を見送る。

 完全に疲弊したマンティスは防御も反撃もできない。千載一遇の好機を前に、キリトの引き絞った剣が赤く光る。

 

「ああ、任せろ」

 

 無理難題を突破して、エルフの少女が生み出したチャンス。

 それを逃すまいと、キリトは全身全霊をかけた〈ヴォーパルストライク〉をマンティスの魔石がある胸へと一直線に放つ。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 当然、耐久力が大きく落ちた外皮ではそれを弾く事は出来ない。

 切っ先は今度こそ水晶の鎧を突き破って深々と突き刺さる。赤い一筋の雷光がクリスタル・マンティスを貫通して、背後の壁へと一閃を刻みつける。魔石が割れると、その巨体は限界を迎えたように散り散りとなって消滅した。

 

 突き出された切っ先を下げて、キリトは振り返ってレインに拳を突き出した。

 

「ほらな、行けただろ。君の勝利だ」

 

 何食わぬ、というのが最も適切だろう。

 これだけの決戦を終えた後なのに、キリトは至って平然とそう言ってのける。

 

「……ふふっ、本当に君って人は」

 

 レインは重い体で歩き、彼の正面で向き合った。

 

「わたし達の、だよ。これまでも、そしてこれからも(・・・・・)……ね」

 

 拳を突き合わせ、少女と少年はダンジョンの中にて人知れず勝どきを上げた。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけど、何とかなって良かったね?」

 

「…危うく死にかけたけどな」

 

 クリスタル・マンティスを退けたふたりは、少し休憩を挟んだのちに地上への帰路を辿っていた。

 キリトは激戦を経た後なのもあって若干の疲れを滲ませているが、レインに関してはそれを欠片も感じさせないほどに上機嫌に鼻歌を(うた)っている。このテンションの差はひとえに得た実利の有無にあるだろう。

 

「ちゃんと生きてるんだしいいじゃない。過ぎた事は気にせず、得た結果を重視していこうよ」

 

 レインのバックパックには、先程倒したクリスタル・マンティスの素材が入っている。それも強化種のそれ、あの堅い外皮を構成していた水晶素材が手に入ったとなれば、上機嫌にもなる。キリトもレア素材には人一倍の興味はあるが、それでも鍛冶師のそれに比べればそこまでではない。

 

「ふふん♪この水晶を圧縮して合成したら、どんな武器が出来るんだろう。今から楽しみで仕方がないよ」

 

「そりゃ何よりで」

 

 今の彼女の頭にはこれをどんな武器に変えるか、しか無い。

 それを横目に見ながら、キリトは話題を変えようとこう口にした。

 

「……そう言えば、マンティスを仕留めたあの魔法。剣を沢山出して、飛ばしたりしてたやつ。凄い技だったけど、あれって結局どういう物なんだ?」

 

 問いかけはもろステイタスの詳細に関わる内容で、普通なら答えるにも二の足を踏む所だろう。

 しかし、レインはそれに対してまるで世間話に答える程度のニュアンスで解を出した。

 

「あぁ【サウザンド・レイン】の事ね。あれは……簡単に言うと、武器を遠隔操作する魔法だよ」

 

「遠隔操作……なるほど、だからあんなに沢山の剣を一度に射出したりできたわけか。……いや、でも」

 

 聞き返しながら、その言葉を噛み砕く。

 思い出すのは、まるで不可視の力によって操られてるかのような剣の数々。確かに遠隔操作系の魔法を使ったなら、ああいった事が出来たのも納得だ。

 しかし、まだ気掛かりな点もある。それは、あれらの剣が一体何処から現れたものなのか、という点だ。遠隔操作による射出は出来ても、あんな風に一度に大量の剣を出したりするのはまた別のカラクリが必要になってくるはず。

 

 そんなキリトの疑問に回答したのは、レイン本人だった。

 

「ふふっ、勿論それだけじゃないよ。あの技は、今言った【サウザンド・レイン】とわたしのスキル【武器庫(ウェポン・ポケット)】を利用した裏技みたいなものなの。まあ、スキルに関しては見てもらった方が早いかな?」

 

 レインが指をパチンと鳴らすと、彼女の傍に僅かな光が走って、なんとそこに一本の剣が現れた。

 

「何もない所から、武器が?」

 

「便利でしょ?このスキルは、わたしが所有する武器を異空間にしまっておく事ができるスキルでね。今みたいにわたしの意思一つで、出したり、しまったり、自由なわけ。そこに遠隔操作魔法を合わせる事で、あんな風に強力な攻撃魔法へと生まれ変わるの」

 

 再び彼女が指を鳴らすと、剣が消える。

 要するにあの大規模な一斉掃射の、種はスキル、仕掛けは魔法だったという事だ。しかもほぼクールタイムはなく、ネックな点と言えば弾が実物なのでそうおいそれと乱用できない事と、後は、物理攻撃が効きにくいモンスターにも決定打にはならない事くらいだろうか。

 

「何というか、凄いな。色んな意味で」

 

「あははっ……前までは鍛冶の役に立つ便利魔法くらいにしか思ってなかったんだけどね~」

 

 もう鍛冶師から、純然たる戦闘職にジョブチェンジした方が稼げるのではないだろうか。

 いや、彼女自身が一流の鍛冶師だからこそ強力な魔法足りえている事はキリトも分かっているが、これ程に前衛顔負けの強さを見せられると、彼としても少々複雑な気持ちになる。聞いたところ、確かにレインのスキルと魔法は鍛冶師むきだ。

 彼女自身にも、きっとその才能がある。それは否定しない。

 しかし、こうも思う。

 元来、マジックユーザーとまで呼ばれ、生まれた時から魔導士として高い適正を持つとされるエルフのレインが、どうして鍛冶師なんてやっているのか。

 

 あれだけ戦闘のセンスがあるなら、魔法剣士なども十分に(こころざ)せただろうし、むしろそっちの方が安泰だったはずだ。それが何故、種族的に相反する職と言ってもいい鍛冶師に……と思わずにはいられない。

 しかし、この部分はキリトが意図して考えないようにしていた事でもある。

 何しろ、聞くのも憚られる不躾な問いだ。事情なんてあるに決まっている(・・・・・・・・・)のに、それを追及するなんて、彼には出来るはずもなかった。

 

 

 

 

 ふたりからして、帰路は驚くほどあっさりした道のりだった。

 陽の光を浴びて、キリトはようやく地上へ戻ってきた事を実感すると、どっと肩の力が抜く。

 

「やっと帰ってこれたな」

 

「うん、今日はアクシデントもあったし、いつも以上に疲れたよぉ……」

 

 横顔を見れば、レインの表情にも疲れが見て取れた。

 無理もない。それだけ危険で、死と隣り合わせの激闘を乗り越えて帰ってきたのだ。これ以上ないほどに冒険をし、冒険者然として帰還し、また素材の調達も上手くいったので今回の探索は大成功だったと言っていいだろう。

 そう、キリトの仕事はここまで。

 あとの全ては、様々な意味でレインに委ねられている。

 

「……素材も十分。それに、予想外とは言え強化種のドロップアイテムも手に入った。これに、わたしの『とっておきの素材』を合わせれば、もしかしたら今までにない凄い剣が作れるかも」

 

 期待に輝く瞳。

 鍛冶師にとって、本番はここからなのだ。

 

「あなたの剣。作るよ、キリトくん」

 

「レイン……」

 

 それはもう、依頼(クエスト)へ行く目的の一つであった試練をクリアした事を意味していた。

 同時にあの――真の専属鍛冶師という存在に、自身こそがなる事を意味している。レインの目を見て、キリトは自身もまた覚悟を決めるべきなのだと悟り、故に結果や意味を催促するといった野暮はおかさない。

 

「三日後、もう一度わたしの工房に来て」

 

 それだけが、その日キリトとレインが交わした最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 三日――

 それはレインが目算した今回の鍛錬に必要な時間だ。彼女は帰って早々食事も取らずに自身の工房にこもり、今回の剣の作成に必要な素材を作業台に広げた。それは今レインが持っている全ての『ソースクリスタル』とドロップした『クリスタル・マンティスの外殻』と並び、最後に一個のインゴットが置かれた。

 

「まさか、これを今回の鍛冶で使うことになるなんてね」

 

 禍々しいオーラを放つ、純黒の金属素材。

 それは文字通り、レインのとっておきだ。素材の名は―――

 

「『ナイトストーム・メテオライト』……十年前、極東に落下した隕石に含まれる金属を、わたしのスキルで一個のインゴットに圧縮した化け物素材」

 

 これは、レインの魂といっても過言ではない。

 エルフである彼女は見た目より長い時をこれまで歩み、経験してきた。この素材は彼女がオラリオに来る前、流浪の身として旅をしていた時期に手に入れたものだ。勿論、入手はそう簡単ではなかった。血反吐をはく思いで手に入れ、ずっと大事に保管し、こうして日の目を見たのは数年ぶりだ。

 それを、これからメインのアイテムとして一振りの剣を作成する。

 

 ダンジョンでも、地上でも、この世界の何処を探しても二つとない最高級の素材を。

 売れば一生遊んで暮らせるだけの金が手に入るものを、これから消費するのだ。

 

「わたしの命より大事な素材。でも、仕方ないよ。あんなの見せたら……」

 

 悔いなどない。

 むしろ、それ以外に選択肢など存在しない。あの剣士に見合う剣を作るには、中途半端な素材では不測だ。今後いかなる大事が起きようと、折れず、砕けず、死して灰になる瞬間まで寄り添える物でなければ意味がない。

 (つち)を持つ手は力強く、心は熱く、全身全霊の絶唱をかけて、神の御業に到達しうる剣を。

 

「…………行くよ」

 

 いま、工房で音がなり始めた。

 

 

 

 

 遂にその日がやってきた。

 三日の間、キリトは気が気じゃなかった。これまでにないワクワクと、ドキドキが胸を鳴らす。あの黒鉄(クロテツ)を越える剣が、同じ製作者によって作られるのだ。昼間の喧騒をかき分けて、黒衣の剣士が再び【ヴァルカの紅房】を訪れた。

 門番は奇しくもあの日と同じ奴で、事情を話すまでも無くスムーズに入ることが出来た。

 

 そして、記憶にある道筋を辿ってレインの工房へと向かう。

 

「何だか、緊張するな」

 

 扉の前についたキリトは、ソワソワとしてはやる気持ちを抑えながら意を決してノックした。

 それから数秒して、扉が開かれる。

 

「来たか」

 

「……椿(つばき)?」

 

 姿を表したのは、赤髪のエルフではなく、浅焼けた肌に眼帯をつけた女、椿・コルブランドだった。

 

「なんであんたがここに」

 

「鍛冶師の興味。それ以外の何物でもない。今はそれより、入れ。この先にこそ、お前の求めているモノがある」

 

「……っ。わかった」

 

 促されるまま、キリトは工房に入った。

 そして、絶句した。

 

「なっ」

 

 そこには、一体どれだけの間そうしていたのか壁に背を預けてぐったりとしたレインが居た。

 

「レイン!」

 

 慌てて駆け寄ると、その憔悴具合に驚愕する。

 薄く胸を上下させ、目は固く閉じ、眠っているようだ。とりあえず死んでいない事に一安心するも、肌は痩せこけていて、白くたまのような肌にはすすが黒く滲んでいる。何があったらこんな事になるのか、その疑問に答えたのは椿だった。

 

「三日三晩。飲まず、食わず、睡眠も取らずでずっと剣を打っておったのよ、そやつは。手前も、最初に見つけた時は血の気の引く思いをしたわ」

 

「みっ!!??」

 

 あまりの事にぎょっとして変な声が出た。

 椿も呆れ半分な様子で苦笑いしているが、しかしその眼差しはどこか誇らしげで、また尊敬しているようでもある。

 

「馬鹿だと思うだろう?手前も大馬鹿者だと言ってやりたいが、ああも『凄まじい物』を作られては、同じ鍛冶師として素直に尊敬する他にない」

 

 そう言って、示唆された方向にキリトは視線をやる。

 入ってきた時はそれどころではなかったが、奥の作業台に一振り重厚な黒が垣間見える。それを見留めて、キリトは椿を見るとそれに対して返ってきたのは首肯ひとつ。

 

「その馬鹿は見ておいてやる。お前は、生み出された成果をその目に焼き付けて来い」

 

 言われて、キリトは少し考えたあと、おずおずと言った様子でレインを椿に預けて自身は工房の奥へと向かう。

 未だ熱と名残の残ったそこには、一体どれだけの回数槌が叩き込まれたのだろうか。想像を絶する工程だったのは間違いなく、今キリトの目線の先にある黒い一振りこそがその証明だ。

 

「黒い剣。これが」

 

 飾り気のない純黒の剣。

 その刀身を目にしただけで、常軌を逸した業物である事が分かる。禍々しく、強烈な気配を纏うそれを前にキリトは一歩引かざるを得ない。手を伸ばし、柄に触れる事にすら一抹の躊躇を覚えるほど、キリトは緊張していた。

 やがて意を決してそれの柄を握った時、キリトは大きな衝撃を受ける。

 

「っ、おも」

 

 僅かに口端からそう漏れる。

 持ち上げるのは両手を使ってようやく、触れた瞬間にまるで気圧されたような感覚を想起し、脂汗が滴っては落ちる。まさに化け物、そう評して尚も足りないような最高の一振りが今彼の手にあった。

 

「見た目は『黒鉄(クロテツ)』とそっくりだな。でも、出来はまるで違う」

 

 これまで彼が持った中でも、間違いなく『エリュシデータ』と『ダークリパルサー』に匹敵、或いは越えるほどの業物。

 少なくとも以下は有り得ない。だってキリトが、剣を握った瞬間に圧倒された事など、過去にどれだけ探しても一度として無いからだ。

 

「銘は……」

 

「――黒銀(クロガネ)

 

 背後から、鈴の鳴るような声で紡がれた。

 振り返ると、そこにはいつの間に目を覚ましたのか、椿に肩を借りる形で立つレインの姿があった。

 

「その剣はね。隕石に含まれる金属をベースに作った、わたしのもう一つの魂。それをキミが使うなら、これ以上ないネーミングだと思わない?」

 

 言われて、キリトは再び剣へと視線を移す。

 あまりにも重い。恐らく、いまオラリオの何処を探しても、これ以上の剣は存在しないと断言できる。それこそ、かの鍛冶神と呼ばれるヘファイストスの打つ最上級の業物すら、上回っているかもしれない。

 だからこそ、もはや首を横に振る(・・・・・・)しかキリトには出来なかった。

 

「黒銀、か。凄いよ、本当にとてつもない剣だと思う。でも……」

 

 痛感する実力不足。

 

「見ての通り、今の俺には重すぎるみたいだ」

 

 これがもし、全盛期のキリトならすぐにでも満足に振る事が出来ただろう。だが、今の彼はまだその頃の半分程度の力すら出せていない。そんな今、この漆黒はキリトにとってあまりにも重い。

 

「ほら、両手で持っても震えるくらい不安定で、満足に振るなんてとても出来そうにない」

 

「………そっか」

 

 レインは残念そうにするでもなく、ただただそんなキリトを見て優しく微笑むだけだった。

 そうしてしばらく、沈黙が辺りを支配した。やがてその剣をキリトが作業台に置いたと同時に、レインは彼に向けてこう言った。

 

「まあ、すぐに使いこなせるとはわたしも思ってないよ。そんなに軽くないしね、わたしの魂」

 

「うっ」

 

 何の気もなくあっさりと言われ、流石のキリトも言葉を詰まらせた。

 恨みごとの一つでも言い返したがったが、事実を言われてそれをするのは負け犬の遠吠えと同義であり、粛々と受け入れるしかないのが世の常だ。でも、レインは別に彼を馬鹿にしたくて、そんな事を言ったわけではない。

 その言葉には続きがあった。

 

「……だから、その剣は一旦わたしが預かっておく。勿論、所有権は最初からキリトくんにあるから、いつかあなたがその剣に見合う男の子になった時は、迷わずそれを取ってくれたらいいよ。でも、それまでは……」

 

 言って、レインは椿に断って自力で立つと、工房の壁にかけた一本の剣を取った。

 それを持ってキリトの目の前まで来ると、まるで当然かのように彼に差し出す。

 

「これを使って」

 

 それは、銀色の刀身をした剣だ。

 寸法は黒鉄や黒銀と同じで、キリト好みのワンハンドソード。キリトはそれとレインを交互に見てから、手にとって感触を確かめた。

 

「っ、重い。でも、こっちは凄いしっくりくる」

 

 黒鉄よりも重く、そして黒銀よりも遥かに軽い。

 刀身の冴えは一級品相当で、かつこれ以上ないほどに手に収まる。

 

「それは『(オボロ)』って言って、黒鉄と同時期に作った剣なんだ。メイン素材に、深層のモンスターのドロップアイテムを使ってて、強度は見ての通り申し分ないんだけど……」

 

 苦笑いをこぼしながら、レインは頬をかいた。

 

「加工に癖があり過ぎたのか、曰く付き扱いされて市場には流せなかったんだよね。それ……でも出来栄えは、わたしの作った武器の中でも、最上級のものだよ」

 

「ああ、だろうな。見ればわかるよ。でもいいのか?こんなにイイものを」

 

「いいの。もともと、依頼(クエスト)の報酬で剣を渡すって約束だったんだから」

 

 返却なんてしようものなら、それこそ機嫌を損ねそうなほど上機嫌にレインは言い張った。

 そこまで言われると、キリトも今更やっぱり返しますとは言えず、首を縦に振って(オボロ)と名付けられた剣を芯の迫った眼差しで一瞥した。相棒として申し分ない、キリトにといって二つ目のメインウェポン。

 まさかこんな形になるとは思わなかったが、ひとまず紆余曲折はあったものの当初の目的は達成できた。

 

「……わかった。それじゃあ、大切に使わせてもらうよ」

 

 受領し、これにてひとつの契約が完了する。

 しかし二人にはまだやり残した事があった。

 

「それはそうと、まだ聞いてなかったよな。あの事について……」

 

「あの事?あー、そう言えばそうだったね」

 

 どうやら本人も頭からすっぽ抜けていたらしい。

 自分から言い出した事なのにそれでいいのだろうかと思わなくもないが、そんなレインの何処か抜けたマイペースな性格にもキリトはすでに慣れ始めていた。だからこうして、彼女の口から語られるのを待つ。

 レインはそんなキリトに、真剣な様子でありながら、表情にそれまで同様の微笑みを貼り付けて告げた。

 

「真の専属鍛冶師……あれは」

 

 ようやく語られる。

 今か今かと待つ彼に、レインは――

 

「ふふっ、でも、もう言ったでしょ?黒銀はわたしの魂だって……魂を鷲掴みして使おうって言うんだから、そりゃ責任はちゃんと取ってもらいませんと」

 

「え?」

 

 キリトは言葉の意味こそ知りながらも、彼女の意図は分からず困惑する。

 そんな少年を相手にレインはやはり楽しそうに笑って口の前で人差し指を立てた。

 

「ヒントはここまで。あとは――」

 

 レインは一歩ステップを踏むようにキリトへと寄って、耳元でこう囁いた。

 

「あなたが、わたしの魂を握れるくらい強い男子(おのこ)になったら、教えてあげる」

 

「っ!?」

 

 ぎょっとして数歩後ずさる。

 そうすると、レインは堪えきれず吹き出して、三日三晩の作業後とは思えない元気さで笑った。

 

「ぷっ、あはは!キリトくん、動揺しすぎ。ああー、疲れ吹き飛んだ。いよっし、それじゃあわたしお風呂入ってくるから、キリトくんは適当な所で帰っていいからね~」

 

「あっ、おいちょっと待て…………って、また居ないし」

 

 完全にデジャヴった。

 そう認識した時には、もう工房には手を虚空に彷徨わせるキリトと、面白いものでも見たかのように腹をかかえる椿しか居なかった。




レイン編はとりあえず一区切り
まじでこんなに長くなるとは………

次回は一端、お茶濁しの回を挟みます
読者からの熱い要望ということで久しぶりにアイズたんを出します
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