黒の英雄~都の暗黒期に降り立つ~   作:グランドマスター・リア

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前回はプロローグなので短めでしたが
一話あたりの長さとしては基本的に今回の話の半分前後くらいでやっていきます


第1話:英雄のステイタス

 

 ロキとフィンに連れられて、キリトは【黄昏の館】内を移動してリヴェリアとガレスの待つ応接室へと連れられた。

 彼自身はそこに居たドワーフとエルフにたじろぐ素振りを見せつつも、一先ず勧められるままに席につく。

 

「それで、どうだったんだい?ロキ」

 

「シロやったわ。そいつは敵対する連中とは無関係、これだけは間違いない」

 

 濁さずそう言い放つと、フィンは想定内と言った様子で頷く。

 他二人も同じ様子で納得し、それによって目下最大の疑いも解けて警戒のレベルも数段下がる。ならば早々に次の議題へと移るべくリヴェリアが口を開いた。

 

「ならば、その少年は一体何者なのだ?闇派閥でも他ファミリアの手先でもないのなら、何故いきなりファミリアのホームに現れた?」

 

「それに関しては今から説明したる。アンタ(・・・)も、それでええな?」

 

 その確認に対してキリトは首肯する。

 

「ああ、説明はそっちに任せるよ。俺がやっても、あまり纏まった事を言えるとは思えないからな」

 

 そこから、ロキによってフィン達に対して粗方の説明が行われた。

 主にキリトが異世界人である事や、それによって本人にはこの世界における一切の知識がないこと。そうなった原因も何もかも不明である事など、ロキが知り得た全ての事を話した。キリトも特に隠したい事などはなかったので、その点はロキに任せた。

 

 やがて、説明が終わった後フィン達はそれぞれ三者三様の反応を浮かべていた。

 

「昔から常々『未知』を『既知』にしろと自分に言い聞かせてきたが……今度は『異世界』と来たか」

 

 思慮深さを伺わせる表情でリヴェリアが言う。

 それに追随するようにフィンが頷いた。

 

「流石の僕もこれには驚いたよ。極めて信じ難く、荒唐無稽な話だが……ロキがそう言うってことは事実なんだろう。その上で、今度は君に質問を……と言いたい所だが、そろそろ自己紹介をした方が良さそうだね」

 

 そう言いつつフィンは終始落ち着き払った雰囲気を崩さず、とても『驚いた』などと言った感想を口にしたとは思えない。

 他の二人も、キリトから見て特に雰囲気が揺れ動く程の反応はしておらず、まるで自身がそうであったかの様に思慮深く頷くのみ。フィンが取り纏めなければ、もう少し安穏とした雰囲気が続いたであろう。

 

「はーい、そんじゃあウチから言わせてもらうわ。もう名前は知っとると思うけど、ウチの名前はロキ。一応、この世界では『神様』って立ち位置やから、無礼のないようになぁ?」

 

「え……神様?それって、君の自称とか冗談じゃなくて?」

 

 先程からそういった事を何度か口にしていたが、改めて言われるとやはり反応に困る。

 何の偶然か、ロキという名前の神は、キリトが元居た世界において神話などに大して詳しくない彼でも知っているような有名な神だ。目の前に居る少女がその当人と言われて、即座に肯定し信じられる者がどれだけ居るだろうか。

 しかし、そんなキリトの疑念にフィンが頷く。

 

「事実だよ。まず説明すると、この世界にはロキのように神と呼ばれる者達が、僕たち下界の人間と同じように暮らしている。その様子だと、君の世界で『神』という存在はかなり縁遠いものだったみたいだね」

 

「ああ……神話や伝承には語り継がれてたけど、どれも空想上の存在だとされてたよ。まさか、その当人に会う事になるなんて……」

 

 流石異世界というべきか。

 そう言った趣旨のファンタジー作品を見た事こそあれ、実際に目の当たりにすると感慨深いものがある。

 

「因みに、神の前で嘘は付けない。お主も、この世界で神と話す時は気を付けた方がいいぞ?」

 

 ドワーフっぽいおっさんの忠言にキリトは得心いったとばかりに頷く。

 

「嘘か真の看破。あぁだからさっきは……」

 

 つい先程行われたロキとキリトの問答において、ロキは彼から話される事を何一つとして嘘と疑わなかった。

 その理由を知った事で抱いていた疑問に合点が行き、キリトは今更ながらに誤魔化しや虚言の類いを吐かなかった過去の自分を褒め称えた。と、ロキの自己紹介や神に関する説明も終わり、名乗りの順番は次の者へと移る。

 

「次は私だな。私の名はリヴェリア・リヨス・アールブ、この世界ではエルフと呼ばれる種族に属している」

 

 新緑を思わせるライトグリーンの髪をした、端正な美貌の女性。

 尖った耳という特徴からして、典型的なエルフであると予想していたキリトはリヴェリアの言葉を聞いて『やはりそうか』と内心で納得する。だが、その実をして放たれる纏う気配は尋常ではない。

 故につい物珍しさを覚えてしまう。

 

「……エルフは珍しいか?」

 

 それは不躾な視線となり、問うたリヴェリアを見てキリトは慌てて首を横に振る。

 

「あっ、ごめん。俺の元居た世界では、純粋な人間しか居なかったから、つい……」

 

 そう返答すると、リヴェリアは納得したように頷いた。

 

 清廉潔白にして、貴人然とした立ち振る舞いに、鋭い剣の様な気配。

 一言に『強い』と実感する程の凄みが、彼女にはあった。そして、それは残る二人にしても同様にそうだ。金髪の小柄な青年に、ドワーフのような男、その二人共にSAOにおいて最上位とされたキリトをして、『只者ではない』と確信する。

 もし、今ここで背中に二振りの相剣があったなら、即座に手合わせを願い出ていた事だろう。

 

「ふむ、では儂も名乗るとしよう。儂はガレス・ランドロック。この世界ではドワーフと呼ばれる種族なのだが……まあ、その辺は異世界人のお前さんにとってはあまり関係ない話じゃな」

 

 やはり、その種族はドワーフ。

 その外見的な特徴にこそ目が行きがちだが、ガレスと名乗った彼の放つ闘気は並大抵ではない。むしろ、純粋な武人としてなら『この中で最も驚異的』と言ってもいい。体躯こそ大柄ではないが、内包された力に鍛え上げられた肉体はまさに岩山。

 生半可な攻撃では、彼に傷を付ける事すら叶わないだろう。

 

 そして、ついにキリトが最も警戒していた人物にお鉢が回る。

 

「最後は僕か。では改めて、僕はフィン・ディムナ。種族は小人族(パルゥム)で、このファミリア……組織の団長を務めている」

 

 知性を感じさせる瞳に、聡明さを内包する雰囲気。

 小柄で細い体躯は一見するとあまり強そうには見えないが、キリトはこの三人の中で『最も警戒する人物』を挙げろと言われたら、真っ先にこの男の名前を出すだろう。

 それ程に油断も隙も無く、更にこちらのミスを一切許さないような思慮深さ、カリスマ性が言葉の節々から伝わってくるのだ。これは言い換えれば絶対的な自信とも言え、それが虚勢であるか、確固たる根拠のもとであるかは一目でわかる。

 

 その上で断言するが、この男はヒースクリフと同等か、或いはそれ以上に頭の切れるタイプだとキリトは判断した。しかし彼と同じく、完全なる司令官タイプではなく、フィン自身も卓越した武人である事はいうまでもない。

 

 戦えて、かつ指令塔をこなせて、頭も回る。

 そういうタイプの方が、単純に強いだけの奴よりも何倍も厄介であると、キリトは嫌という程に知って居た。

 

 本物の神が一柱と、SAO基準で言えば余裕でトッププレイヤーを名乗れる程の実力者が三人。その四人の目が黒い彼に向く。その意図を察してキリトは口を開いた。

 

「……俺はキリト。向こう世界では一応『剣士』をやってた。因みに聞きたいんだけど、この世界にそういう類い(・・・・・・)の職業はあるのか?」

 

 これ(・・)は彼にとって最も重要な事と言えた。

 エルフやドワーフが居たり、敵勢力という単語からも武力的な争いが皆無な世界って訳じゃないんだろうけど、念の為に聞いておく必要があった。もしも、剣士なんてものが必要のない様な世界なら、キリトの存在意義というのは一気に揺らぐことになるからだ。

 折角、SAOを越える究極の異世界に来たのに、スタートラインにすら立てないのは流石に悲しい。

 

 おずおずと言った様子で聞いたキリトに対して、フィンは微笑まじりに答えた。

 

「ははっ、面白い事を訊くね?キリト、君は自分が前世で培った能力が活かせるかどうか心配なんだろうけど、その点については安心していい。何せ、この世界において『剣士』なんてものは極々ありふれた存在なのだから」

 

「そうか。そりゃ良かった」

 

 その言葉を聞いてホッとする。

 剣さえあれば、キリトはまだ『黒の剣士』として戦い続けられる。本来なら特別な力なんて何も持たない、普通の少年でしかない桐ヶ谷和人は、剣士キリトの鍍金を張り続けられるのだ。それだけで、自分の存在意義が何倍にも膨らんだ気さえする。

 

「それにしても、異世界の剣士か。異界の剣技とやらはさぞ興味をそそる響きじゃて、是非とも一度見てみたいものじゃのう?」

 

「待て、ガレス。その前に、この世界について彼に説明するのが先だろう?私達も聞きたいことが山ほどあるしな」

 

 変なスイッチが入りそうなガレスをリヴェリアが嗜めると、咳払いをしてこちらに新緑の瞳を向けた。

 

「……さっきも話した通り、この世界では数多の神が人間と共に暮らしている。そして、ここで重要なのが神と人間の関係性だ」

 

「神と、人の?」

 

 イマイチぴんと来ない言葉に首を傾げるキリト。

 そんな彼にリヴェリアは頷き、続ける。

 

「この世界で、神とは人に恩恵(・・)を与える存在とされている。その実は、神が人々に超常の力である【神の恩恵(ファルナ)】を与える事で成り立つんだけど……神から恩恵を与えられた人の子は、その神の眷属となって。そうして一柱の神を『主神』とする眷属達が集まり、その眷属達と主神は一個の固い絆で結ばれた【ファミリア】になるんだ」

 

「……つまり、このロキ・ファミリアの場合は、ロキが恩恵を与えた人達の集まりって事か?」

 

「そういう事だ」

 

 ファミリアはRPGにおけるギルドのようなものだと考えれば、認識に齟齬はないだろう。

 更に気になるのが【神の恩恵(ファルナ)】という単語の正体だが、きっとこれが、この世界の剣士達の力の源なのだとキリトは解釈する。一柱の神を主として、それに在籍する眷属達の【ファミリア】、問題はこの恩恵を授かった者達がその力を使って、一体何と戦うのかだ。

 そんなキリトの疑問を察してか、フィンが続けて説明した。

 

「ファミリアは主神が司る異名や神話によって、商業系、鍛冶系、道具系、医療系と様々な分野に分かれるが。中でも、探索系に部類されるファミリアは、この迷宮都市オラリオの地下に広がる広大な迷宮……ダンジョンの探索と素材の収集を主な活動としている。ここで、君がさっき言っていた剣士や戦士職の出番って訳さ」

 

「まさか、この世界にも居るのか?()が」

 

「察しが良いね。そう。この世界には人類共通の敵、モンスターが存在する。僕達は日々ダンジョンに潜り、このモンスターを倒す事で生計を立てている」

 

 ここまで来ると、いよいよファンタジーもののRPGをプレイしているような気分にさえなってくる。しかし、ここは異世界とは言えもう一つの現実であり、ゲーム等よりも何倍も純粋なリアルな幻想(・・)だ。

 キリトは高鳴る衝動を抑えきれない。

 生粋のゲーマーにして、この展開に心躍らない者など居ないだろう。SAOを超える究極の異世界で、そこには剣も何かもがあって、敵となるモンスターまでいる。最早、ゲームの域を超越したVRMMOすらも遥かに凌ぐほどのリアル、それを直に体感しているのだ。

 奇しくもそれは、キリトが目指した理想が、実現している。

 感動しない方が無理という話だった。

 

「……と、まあこんな所かな。他にも色々とあるんだけど、常識的に必要な知識はこれくらいだろう」

 

フィンは一息付くと、話を区切り、そして流れを変える。

それによって、キリトも一旦逸り高鳴る感傷を胸の奥に鎮めた。

 

「さて、次は僕達が質問をする番だ。勿論、この問いへの返答は強制じゃないけど……君の今後の為にも、出来れば包み隠さず正直に答えて欲しい」

 

 その瞳が()の剣士を静かに見据える。

 

「君が剣士として生きた世界は、一体どんな場所だった?」

 

 品定めするような視線を前に、キリトが感じるのは居心地の悪さではなく、張り詰める緊張感。望むべくした状況でこそない物の、彼ら(フィン達)話した(・・・)のなら、(キリト)もまた話す(・・)という対価を支払わなければならない。

 キリトは目を閉じ、思い描き、追憶する。

 これまで自身が見て、聞き、経験した事の全てを。

 

「少し長い話になる」

 

 そう一言断ると、三人と一神が押し黙って続きを待った。

 

「俺の居た世界は…………」

 

 語られるのは、異界の物語にして、最新の英雄譚。

 その頂点を極めずして、魔王を打倒した黒き英雄の御伽噺(おとぎばなし)

 

 

 

 

 

 

 彼が生きた世界は、鋼鉄の浮遊城だった。

 モンスターの蠢くその城に、ある日突如閉じ込められた一万人の剣士達。当初はその中の一プレイヤーに過ぎなかったキリトは、後に黒の剣士と呼ばれるに至る。出会いと別れ、死と生、戦いと平穏の二年。

 現実世界で過ごした十年余りが薄く思えてしまう程に、その世界での日々は濃密だった。

 数々の剣士が武器を取り、ゲームマスターに示された城の頂きを目指した。

 強大なモンスターを幾多も倒し、多くの仲間を犠牲にしながら、各々の願いを()って戦い続ける。そんな中で、誕生したのが『黒の剣士』だ。

 

 彼はその世界で、最も早く、強い剣士として、その強さを認められた。

 手にした二振りを振るう時、立っていられる者は居ない。浮遊城において『魔王を倒す勇者』『解放の英雄』としての役割を担った彼は、長い戦いの末についに魔王の正体を暴き、一対一の戦いにて相打ちの結末を辿る。

 

 

 誇張なしの現実。自身が魔王を打倒した張本人だと言うことを伏せて、キリトは全てを話した。

 その話に、フィン達は、ロキでさえも聞き入った。

 自分達の全く知らない世界で紡がれた、文字通り最新にして、最速の英雄譚。冒険者として英雄の座を目指す彼らはもちろん、未知を求める神でさえも魅了する。

 

「剣と鋼鉄の世界。キリトはそこで最前線を走る『剣士』だった……」

 

 リヴェリアが興味深そうに、その内容を吟味する。

 あまりにも途方もない、彼方の話。

 

「そういう意味で言えば……ダンジョンを踏破する僕たち冒険者と、浮遊城の攻略を目指したキリト達プレイヤーは、本質的に限りなく似た存在なのかも知れないね」

 

 フィンの見解にキリトは首肯する。

 対して、重傑たるガレスはその場の誰よりもキリトの話したアインクラッドという場所に思いを馳せていた。

 

「天空に浮かぶ鋼鉄の城か。儂も機会があれば、その世界で斧を振るってみたかったのう」

 

 自身の力がその世界でどれほど通じるのか確かめたい気持ちに駆られた。

 ダンジョンの完全攻略を目指す彼らは、思い思いの感情を口にする。しかし、共通して『自身もその世界で戦ってみたかった』という部分は全く同じだった。生粋の冒険者であれば、『天空に浮かぶ百層にも及ぶ鋼鉄の城』なんて聞いて魅了されない者など居ない。

 キリトがこの世界に夢描いたように……

 どんな心躍る冒険が出来たのだろうかと考えるのは、ある種当たり前の事なのだ。

 

「でも、キリトはそんな世界で最上位の実力者やったんやろ?という事は、実はめちゃくちゃ強いんとちゃうん?」

 

「どうかな。前の世界での強さが、こっちでも引き継がれてるならそうかもしれないけど……」

 

 キリトは自身の右手を見つめて眉をひそめる。

 感覚的な話になるが、今キリトは自身の体から以前までのような"強さの感覚"が消え失せている事に気付いていた。技や経験まで無くなった訳ではないが、オールマイティに積み上げたステータスまで完璧に引き継がれているとは思えない。

 そんな意図を持ったキリトの言葉に、ガレスはこう言い放った。

 

「なんじゃ、そんなもの実際に見れば早い話ではないか?」

 

「見るって、今からかい?」

 

 フィンの問いにガレスは首肯する。

 

「それ以外に何がある?」

 

 確かにガレスが言う通り、実際に剣を持たせて確かめてみれば全て分かる話だ。

 しかし、外を見れば分かる通り今は深夜だ。先程の事もあって殆どの団員は起きているが、キリトからしても力量を確認すると言っても急な話だった。

 

「まあまあ、まずはステイタスの方を見てみようや。剣技を見せて貰うかは、その後に決めればええやん?」

 

「ふむ……それもそうか」

 

 ロキの出した提案にガレスは納得する。

 折衷案とも言うべきそれだが、この世界で冒険者の強さを見る上ならステイタスを確認するのも有効な手段の一つとして数えられる。無論、技量や経験まで反映される訳ではないからあくまで指標に過ぎないが、そうだとしても見てみる価値は十分にあった。

 

「なあ、今確かステイタスって言ったよな。それも、さっきの【神の恩恵(ファルナ)】ってヤツと関係が?」

 

「ん?そう言えば、まだ説明してなかったな。この世界じゃ恩恵を刻まれた子供には、ステイタスって言う物が付与されて、簡単に言うとこれが人外の力を出す為の種になるって訳や」

 

 言われて、想像する。

 神から恩恵を付与される事で、ゲームみたいなステイタスを得られるのだとキリトは解釈した。何しろ、それなら自分のステイタスというのも気になる所ではあった。

 

「ステイタスを確認するには、背中を晒す必要がある。構わないかな?」

 

「ああ、それくらいなら大丈夫」

 

 特に抵抗もなくキリトは上着を脱いで背中の素肌を晒した。

 「どれどれ」とロキが背後に位置取ると、そこに刻まれた情報を見てまず目を丸くする。

 

「ほお、一目からもうおもろいな。普通、ステイタスは神の恩恵を受けた子供にしか現れへんけど、キリトの場合は違う。名無しの恩恵とでも言うんかな。恩恵は刻まれてるのに、神の名前は記されてない」

 

 何やらキリトには理解の出来ない話が展開されている。

 それを聞きながらじっと事が終わるのを待つ。

 

「なになにぃ……うわエグ!?何これ、中身(・・)はおもろいなんてモンやないぞ!!」

 

「おい、ロキ。何が見えた?早く儂らにも教えろ!」

 

 急かすガレスに、フィンやリヴェリアも同じ様子の視線を向ける。

 

「そう慌てんな。今書き写したる」

 

 ロキは慣れた手つきでその内容を羊皮紙に写す。

 それを三人に渡すと、求めた三人もまた驚きに唖然とした。

 

「え……何だよ?そんなにおかしいのか、俺のステイタスって」

 

 とうとう耐えきれなくなったキリトがそう言うと、リヴェリアがため息交じりに羊皮紙を渡した。

 

「気になるなら、自分で見てみろ」

 

「お、おう……」

 

 キリトは受け取った羊皮紙の内容に目を通す。

 言語は日本語でも英語でもなく、それらは一見すると読解不能なもののキリトには何故かそれが何の滞りもなく読むことが出来た。そして、彼はここに来て初めて自身に秘められた能力の程を知る事になる。

 

 

+++

 

◇キリト◇

 

Lv.1

 

《基本アビリティ》

力:A 810

耐久:E 450

器用:F 325

敏捷:C 678

魔力:I 0

 

 

《発展アビリティ》

剣士:E

耐異常:G

狩人:H

 

 

《魔法》

 

 

《スキル》

【黒ノ英雄《アインクラッド・リベレイター》】

・一定時間、黒の剣士としての能力をアビリティに上書きする。

・発動後、一定時間の要間隔。

・継続時間とクールタイムはLvとアビリティに依存。

・発動文『回帰せよ(リベレイト)

 

【星光剣技《ソードスキル》】

・能動的行動に対する、異界の剣技発動権。

・使用者の練度によって威力が上昇する。

 

【先行者《ビーター》】

・早熟する。

・本来の実力に到達するまで効果は持続する。

 

 

+++

 

 

 まさに異端。

 そう表現して差し支えない程に、キリトのステイタスは滅茶苦茶だった。いや、実際には異世界人なのだからこの世界の常識が通じないのは当たり前なのだが、それにしてもおかしい。

 その証拠に、その場にいる全員が驚愕をあらわにしていた。

 

「あの、これってそんなにおかしいのか?」

 

 キリトはこの世界の初期ステータスの基準を知らないので、良いか悪いかも分からない。その質問に答えたのはリヴェリアだった。

 

「おかしいどころの話ではない。まず、基礎アビリティの値が初期値にしては高過ぎる。仮にこれを、前世で鍛え上げた能力が引き継がれているからだと解釈しても……問題はスキルの方だ。最初から三つも持っているのもそうだが、その三つとも私達が見たこともないようなものばかり……これが異常じゃないなら、今頃救界(マキア)は簡単に成し得ているだろうな」

 

「本来、【昇華(ランクアップ)】でしか得られないはずの発展アビリティが三つも付いている。僕も今まで、何人か才能あるルーキーを見てきたけど、こんなのは初めてだ」

 

 普段落ち着き払った二人がまくし立てる様子を見れば、いかに異常であるか分かるだろう。

 キリトは飲み込めない現状を、出来る限り脳にアジャストするべく努める。

 これはつまり、SAO流に要約すると、ユニークスキルが初期の状態で三つも付いているとかそう言った次元なのだろうか。それなら確かに途轍もなくヤバい。この驚き方からして、実際にその認識で相違ないレベルという事だ。

 それを自覚すると、段々と冷たい汗が流れ出す。

 

「見たいとは言ったが、まさかここまでとはのう……これは俄然(がぜん)、その技量を確かめたくなったぞ?」

 

「今回ばかりは、僕もガレスに賛成だね。流石にこんなものを見せられたままでは、この後まともに寝られる気がしない」

 

 フィンもガレスの意見に同意し、もはやキリトに拒否権は無くなりつつあった。

 

「そういう事なら修練場か。今の時間なら無論人は居ないだろうし、好きに使えるはずだ。キリトも、それで構わないか?」

 

「……分かったよ。(ただ)し、期待外れだったからって落胆とかしないでくれよ?」

 

 もはや承諾する以外に選択肢はない。

 キリトは無為にかけられる期待に胃が痛むのを感じる。もともと緊張とかするタチじゃないが、人から期待を向けられるのはどうも慣れない。元来内向的でナイーブなキリトの性格を鑑みれば、それはある種自然な思考である。

 しかし、ここはロキ・ファミリア。

 三首領の期待を背に、剣を振らずに済むなんて事はそれこそ有り得ない。

 

 

 

 あれよあれよという間に話は進み、場所が再び移る。

 ロキ・ファミリア内に幾つかある修練場の中で、一番頑丈で広い所に案内される。事実上ルーキーにしてLv1の実力を見るだけにしては過剰な配慮だが、キリトは這う這うの体でもその期待に見合った価値を示さなければならない。

 何故なら、ここはオラリオだから。

 強さ、力が基本的に何よりも重視される場所で、才能を示せるのとそうでないのとでは全く違う。

 

 その濃密な気配をキリトは既にヒシヒシと感じ取っていた。

 

「ほれ、キリト。お主は剣士なのだろう?訓練用の粗末なものですまないが……これがないと始まらないのではないか?」

 

 ガレスがそう言って、修練場の中心で訓練用の木偶人形を前にしたキリトに一振りの剣を手渡す。

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 鞘に収められたそれをキリトは一息に抜き放つ。

 慣れ親しんだ抜刀の感覚。鋼の鋭利な音に心地よさを覚えながらも、手に持った獲物を見つめる。無骨で飾り気のない直剣は、刀身こそ手入れされているものの業物というには程遠い粗末なもので、お世辞にも彼の愛剣に及ぶものじゃない。

 しかしながら、今のキリトにはそれが自分の身の丈にあったものだと思えた。

 

(そう、ここはスタート地点だ)

 

 鞘を傍らに置いて、構える。

 半身を引き、後方に振りかぶる。一見面の空いた隙だらけなそれだが、キリトにとっては細胞レベルで刻み込まれ、最適化された構えに他ならない。だからこそ、そうした彼に隙の類いはない。あるのは、ただひたすらに燃え滾る闘志のみ。

 

「……軽いな。でも、今の俺には相応か」

 

 だが、その軽さこそ今の自分の価値なのだと自覚する。

 その軽く(なまく)らな剣を、これから先いかにして重く、鋭利な物へと変えていくかは自分次第。

 

「行くぜ」

 

 幾度となく反復した動作に、魂を込めて放つ。

 鋭い気合いを迸らせて、片手単発技〈スラント〉を繰り出す。瞬間、刀身がライトブルーの光を帯びて高速の一閃が放たれる。

 

「シッ!」

 

 キリトの身に宿された力、【星光剣技(ソードスキル)】がその動作を読み取ってかの世界と遜色ない練度の剣技を再現する。

 このスキルは使用者の練度に応じて、発動する剣技の威力と速度を補正する為、キリト程の技量で放たれたならばそれは、紛う事なき神業の領域に至る。鮮やかな軌跡を剣筋に描き、木偶人形を容易く両断。

 その美しさたるや第一級冒険者をして目を見張るものであり、それこそが【黒の剣士】と呼ばれた彼の遜色ない実力なのだ。

 

「ふぅ」

 

 一息吐いたと同時に、木偶人形が真っ二つに分かれる。

 張りつめた空気の糸が解かれた時、フィンは見開いた目でキリトの後ろ姿を見ていた。とてもLv1とは思えない程の早さと、正確さ。まるで何年も死と隣り合わせの場所で戦ってきた歴戦の剣士であるかのように、強かな剣技。

 かの【英傑(マキシム)】や【女帝】であっても、これ程の技を誇っただろうか。

 ステイタスの面ではまだ(・・)貧弱もいい所だが、技術に関しては既に一線級に匹敵する。

 

「これ程とは……………」

 

 生粋の武人であるガレスが驚きのあまり瞑目するほどだ。

 

(欲しい)

 

 フィンは第一にそう思った。

 彼を他のファミリアに取られるような事は決してあってはならない。キリトの居た世界の最前線とは、このレベルの者達の集まりだったのだ。もしも彼の力が世界を渡るに当たってリセットされていなければ、そのポテンシャルはLv6すらも生温い。

 

 確実に、都市最強に届きうる逸材。

 この混沌渦巻く『暗黒期』に当たっては、希望の光ともなり得る存在。

 

「素晴らしいね。予想通り……いや、想像の遥か上を行くものだったよ」

 

 ホームを壊されたのが幸運に思える程に、キリトが最初に現れた場所がここで良かったと感謝した。

 フィンはキリトに歩み寄ると、まずは称賛を口にする。

 

「えっと、満足してもらえたなら良かった」

 

 照れくさそうに頬をかきながら、キリトは剣を鞘にしまった。

 そして、フィンにとって本番はここからだ。これからの交渉次第で、ロキ・ファミリア、()いてはオラリオ全体の将来的な趨勢が決まると言っても良いのだから。緊張はしない、必ず成功させる。

 

「それでだ、キリト。単刀直入に聞くが、君はこの世界で何がしたい?」

 

 真に迫る質問を受けてキリトは思案する。

 

「そうだな……うん、やっぱりこれ(・・)しかないかな。俺は、この世界でも剣士として戦いたい」

 

 にやりとフィンは薄く口角を上げた。

 キリトに戦う意思があるかどうかの確認さえ取れれば、後はファミリアの団長として、人工の英雄としていつも通りやるだけ。

 

「それなら、必然的に何処かのファミリアに所属する事になるね。技量は既に卓越した領域にある様だが、それだけでモンスターは倒せない。より多くの【経験値(エクセリア)】を獲得し、そのステイタスを成長させる必要がある。そして、神から恩恵を授かる以外にその方法はない」

 

 いかに技量があってもステイタスを更新できなければ成長は見込めない。

 これは冒険者にとって切っても切り離せない事であり、現状『主神無しの恩恵』などと言うイレギュラーを持つキリトであっても例外ではない。

 

「まあ、そうなるよな……でも俺、所属するファミリアの当てなんて無いぞ?」

 

 それは当然だ。

 キリトはこの世界に来たばかりで、いきなり恩恵を授けてくれる神を探せと言われても右も左も分からない。実際の所、彼が今やったのを見せれば『フレイヤ』でも『ガネーシャ』でも諸手を挙げて歓迎するだろうが、敢えてフィンはそれを告げずに提案した。

 

「それなら、キリト。もし良ければなんだが、このまま僕達のファミリアに入らないかい?」

 

 選択肢を制限した上でメリットのある案を提示する。

 縋らせるというのは有用な手だ。取ってもらえさえすれば、それは明確な交渉成立となる。

 

「良いのか?見たところ、フィン達のギルド……ファミリアって、結構な規模の所なんじゃ」

 

 この世界の常識を知らないキリトであっても、この広大な建物を拠点とする彼らのファミリアがSAOで言う零細ギルドのそれとは到底思えない。

 

「勿論、普通ならこんな事はしない。既に名の知れた冒険者ならともかく、Lv1のルーキーを団長である僕が勧誘するなんてね。だが、僕は君にそれ程の光を感じた」

 

 これは全て本音。

 キリトの見せた剣技はそれ程の力があった。もしもあれを万全な状態の彼が放ったならば、それは一体どれだけ異次元の完成度となるのか、気にならない訳がない。フィンはファミリアや都市の利益以前に、純粋な一人の冒険者として渇望していた。

 そして、絶対の自信があった。

 

ここ(ロキ・ファミリア)なら、彼を確実に頂点へ連れていける)

 

 ロキ・ファミリアの環境を持ってすれば、キリトは間違いなく全盛を取り戻せる。

 そして、彼が成長しきった暁には、かつてのゼウスやヘラが至れなかった領域へこのファミリアを押し上げてくれるだろう。何しろ、既に彼は英雄としての到達点を知って居るのだから。

 

「…………」

 

 キリトもまた考えた。

 話がうますぎるとか、何か裏があるんじゃないかとか、それこそ色々な可能性を考えた。無論、自分の技を称賛するフィンの言葉を疑っている訳じゃない。キリトとて自身の技には相応の自信を持っているし、それが卓越していると言われて首を横に振るほど卑屈でもない。

 

 彼らにとって、キリトというイレギュラーを受け入れるメリットが、それに付随するデメリットに見合っているのか。

 残念ながら、キリトにこれを確認する術はない。

 予想する限りでは『無い』に一票。しかし、もしこのファミリアが今新人を募集しているだとか、人員の補充を優先しているとかなら話は変わってくる。

 

(ダメだ。今の俺じゃ、どれだけ考えても分かる訳がない)

 

 目の前の策士(フィン)から欲しい情報を引き出すのも難しいだろう。

 ここで決めるしかない。

 ならば、賭ける先はより確実で期待値のある方が良いに決まっている。

 

「分かった。あんたを信じるよ」

 

 集団に属する事への恐怖は未だに拭えない。

 しかし、キリトにはそれをしても成し遂げたい事がある。この世界で、剣士として生き抜くという最大にして前提の目標を前にすれば、迷っている暇などないからだ。

 

「ありがとう。これから、よろしく頼むよ。キリト」

 

 フィンから差し出された手をキリトは力強く握り返した。

 

 

 

 

 

 

 突発的に決まった事ではあったが、入団した以上やる事は沢山ある。

 その中で最も優先されるべき事柄がロキの【神の恩恵(ファルナ)】を正式に刻むこと。これによっては、キリトは晴れてロキ・ファミリアの正式な団員となり、正しくロキを主神(おや)とする眷族()になる。

 

 今、キリトの背にあるのは元あった『名無しの恩恵』ではなく、ロキの名が刻まれたエンブレムだ。

 

「これでキリトも正式にうちの団員だ。本来ならまだ色々とやる事があるんだけど……今日はもう遅いからね。一先ず部屋だけあてがって、団員への紹介は明日するよ。君も疲れているだろう?」

 

「実を言うと……かなり」

 

 本来ならすぐにでも新団員の加入を発表するのだが、何分今日はもう深夜な事もあって諸事項は明日から進める事になった。

 キリトも突然見知らぬ場所で目覚めてから、即断でファミリアへの入団と目まぐるしく変わる状況にかなりの疲れを感じており、フィンの提案を断る理由はない。彼の申し出に甘えて休息を取る事にする。

 

 フィンが客人用の部屋に案内すると、キリトは既に欠伸を噛み殺していた。

 

「それじゃあ、お休み。キリト」

 

「ああ、おやすみ。今日は、色々とありがとな」

 

 早朝に迎えに行く事を伝えると、一言二言交わしてその場は別れる。

 その後フィンが再び応接室に戻ると、そこには先程と変わらない様子のリヴェリアとガレスが待っていた。ロキはどうやら席を外している様だが、二人の意図はフィンにも容易に察せられた。

 リヴェリアもガレスも、キリトの入団云々に関して特に意見がある訳ではない。

 しかし、だからといって『じゃあまた明日』と解散する訳にもいかないのだ。三人はこのファミリアの首脳として、今後の予定など考え無ければならないから。

 

「戻ったよ。それじゃあ、さっきの話の続きと行こうか」

 

 フィンがそう言うと、二人もようやくかと居住まいを正す。

 

「本人にはああ(・・)言ったが、早急に決めなければならない事も幾つかある。特に彼の指導役(・・・)に関しては、この場で話を纏めてしまった方が後でこじれなくて済むだろう」

 

 その言葉にリヴェリアも頷きながら同意の旨を示す。

 

「悩ましい所だな。ステイタスこそLv1だが、戦闘技術は既に第一級冒険者のそれだろう。通常通りの者(Lv2や3)ではまともに勤まらんぞ?」

 

 ロキ・ファミリアは原則として、ギルドのアドバイザーを頼らず、入団した新人にはLv2かLv3の団員を指導役として付ける方針を取っている。

 これはより内々で面倒を見るためというのもあるし、ファミリア内での親睦や縦の繋がりを深める意味合いもある。しかし、もし入った団員が既に第一級冒険者と同等の技量を誇っていたなら、ステイタスで上回っているだけの指導役を付けた所で何の意味もない。

 だからこそ、この三首領はキリトにあてがう指導役について、頭を悩ませた。

 

「うん。最低でも、技、精神ともに彼と並ぶかそれ以上の者でなければならない。だが、そうなると……」

 

「幹部クラス以外はあてにならないな。しかし、あいつらも普段から多忙な身じゃ。儂らの頼みなら断りはせんだろうが、あまり巻き込むのも可哀想じゃろう」

 

 ガレスの言葉にフィンとリヴェリアも首肯する。

 

「他にも問題はある。通常、新人にはLv2か3の指導役を付けるのが通例だが、それを破って幹部クラスを付けるとなると、どうしても角が立つ。妬みや嫉みの対象になる可能性が極めて高い」

 

 フィンが憂う事は正しい。この暗黒期において、第一級冒険者やそれに迫る幹部クラスは新人や下級冒険者達の憧れだ。

 幾ら境遇が特別とは言え、それをおいそれと話せない状況で、説明もなくキリトを特別扱いすれば、他の者達は当然面白くないと感じるだろう。

 

「そればかりはどうしようもないな。ある程度の不満はたまるだろうが、そこは儂らでフォローすればいい話じゃ。それよりも、指導役の人選こそ儂は難しいように思うが?」

 

「ああ、一口に条件を幹部クラス以上と言っても、さっきガレスが言った様に関係のない者を巻き込む訳にはいかない。まあ元々、彼らにはそんな余裕もないだろうからね」

 

 この暗黒期真っ只中の都市(オラリオ)において、ロキ・ファミリアは都市内最大級の有力派閥として、様々な働きを強いられていた。闇派閥(イヴィルス)への対策は勿論、それと並行して本来の生業であるダンジョンの探索も進めなければならない。

 ギルドからのミッションもあるし、とてもじゃないが幹部クラスに新人を持てるような余裕のある者は居ない訳だ。

 

「となると、やはり私達でどうにかするしかないか」

 

 リヴェリアがそう続け、フィンやガレスも同意する。

 

「本来なら勧誘した僕が付くべきなんだろうけど……団長という立場がある以上、付き切りという訳には行かない。ガレスはどう?」

 

「儂もやりたいのは山々じゃが、こっちも最近は方々への対応でてんてこ舞いじゃ。悪いが手が空いておらん」

 

 案の定これだ。

 幹部クラスに余裕がない状況で、首脳陣である者達にどうしてそんな時間があろうか。フィンは誘った当人として言うまでもなくその責任を感じており、ガレスも一人の武人としての興味を優先すればキリトの指導役に付けるのは本来なら願ったりだ。

 しかし、とにかく忙しすぎる。

 ならばその視線は自然と、最後の一人へと向けられていた。

 

「……おい、何だその目は?言っておくが、私も無理だ。今はアイズの世話で忙しい上に、たまっている仕事もある。ここは誰かの手が空くまで別の者に……」

 

 リヴェリアは強烈なデジャヴを感じて、即座に首を横に振る。

 アイズの時は年頃の少女が相手だからと丸めこまれたが、今回ばかりはそうは行かないと先手を打った。しかし、ガレスがそれに反論する。

 

「別の者と言っても、さっき言った通り幹部クラスは皆忙しいじゃろう。仮に任せられる者が居たとして、儂らはキリトの実力を知っておるから良いが他の者は違う。今日明日で無関係な者に押し付けるのは無責任という物じゃろうて」

 

「貴様……現在進行形で私に押し付けようとしてる奴が、よくそんな事を言えるな?」

 

「まあまあ、落ち着いてくれリヴェリア。無責任なのは承知の上だが、現実として難しいのは事実だ。そして、別に君だけに押し付けようとは思っていない。ただ僕もガレスも専属は出来ないから、あくまで主導して欲しいというだけさ。手が空けば当然、僕やガレスも手伝う」

 

 憤りを露わにしたリヴェリアを、フィンは冷静な言葉で鎮める。

 フィンとて、自分の責任までも彼女に押し付けるつもりはない。

 そもそも前回とは(アイズの時)状況も違うし、何よりリヴェリアにも重要な仕事が沢山ある事は理解しているからだ。しかし、どれだけ仕事を分担して切り詰めても、今の状況で団長が一人の新人に時間を費やすのは、現実的に不可能と言っていい。

 だからこそ折衷案として、リヴェリアを中心に分担するという事を提案したのだ。

 

「見たところキリトの年齢は十五かそこらだろうし、特別幼くもない。冒険者としての知識やステイタスこそ未成熟だが、あれで何年も修羅場を潜り続けた猛者なんだ。以前の(・・・)アイズほど手はかからないんじゃないかな?」

 

 何も、一から十まで面倒を見る必要はない。

 フィンとしては、冒険者として最低限の知識や心構えさえ教えれば、後は勝手に育ち強くなっていくだろうと考えていた。ここで言う指導役とは、あくまで序盤で躓かない為のお目付け役に過ぎず、教える期間は短期で済む。

 そうした事を話すと、リヴェリアもある程度思考が冷静になったのか、提案について再び思考していた。

 

 その様子を見て、フィンはもうひと押しとばかりに口を開いた。

 

「……僕は、キリトはアイズにとっても良い刺激になると思っている」

 

「なに?」

 

 親の情を利用するような事はしたくなかったが、フィンとしてもそれは嘘や方便ではなく、それが胸の内に秘めていた考えなのは確かだった。

 

「アイズはこの間、遂にLv2となった。最速記録(レコードホルダー)を更新し、以前より暴走癖はマシになったけど、まだ危ういのには変わりない。その点キリトなら、僕たち年長者が与えられない刺激を彼女に与え、新たな世界へ連れ出してくれるんじゃないかって思うんだ」

 

 勿論、これは勝手な推測に過ぎない。

 会ったばかりのキリトにそこまで期待を寄せるのはお門違いだし、彼には自分の道を歩む権利がある。その過程で、キリトが誰と関わるかは彼の自由意思に委ねられるべきだ。だから、決して強制しては行けない。

 故に、可能性の域に留める。

 

 そして可能性を示唆されたリヴェリアが何を思うのか。

 そのエメラルドの瞳に何を見るのか。

 どうやら答えは決まったようだ。

 

「……一か月に四回、その回数以上をお前達が分担すると言うのなら承諾しよう。それ以上は何があっても譲歩しない」

 

フィンは口角を上げた。

 

「決まりだね」

 

 

 

 

 キリトは新たに宛がわれた自室で、フカフカのベッドに身を沈めていた。

 灯りを消して、暗い天井を見ると色んな感情が湧いてくる。わくわく、歓喜、緊張、恐怖、それらはソードアート・オンラインに初めてログインした時と同じなようで、少しだけ違う。この世界は、幻想であって仮想(・・)ではない。

 SAOを超えた究極の異世界。

 かの世界がとうとう成しえなかった場所に、今キリトは根を下ろそうとしている。

 

 誰よりも渇望し、何よりも願った。

 在りし日の【黒の剣士】は、確かに現実と一線を画すかの世界(SAO)で戦い抜く事を誓ったのだ。愛する者を得て、かけがえのない仲間を遇し、沢山の本物(・・)を紡いで、最後には悪逆の魔王と刺し違えた。

 

 後悔はある。

 しても、し切れない。

 だが、キリトは正しくあの世界でやるべき事(・・・・・)をやり切って死んだのだ。

 

「これはきっと、ボーナスタイムだ。特典付きの二周目と言ってもいいだろう」

 

 RPGにありがちな要素。

 ゲームをクリアしてから再びニューゲームすると、多くの場合においてレベルやスキルの引き継ぎといった特典が付随する。今回の現象はそれに近いものだ。ステイタスの異常性はフィン達から先程聞いた通りだが、獲得経験値増加や特殊強化系のスキルなんかはまさにそれだ。

 

「それなら、やってやる。その権利がまだ俺にあるなら、何度だって剣を振る」

 

 フカフカのベッドに寝転がって、天井に拳を掲げる。

 

「まだ、右も左も分からない。でも、俺はこの世界で戦い抜くしかないんだ。それなら、やるだけやってみるさ」

 

 遺して来た愛する人に、仲間達に誓って、決意を新たにする。

 名も無き夜は更けていく。

 

 

 これは【英雄】と呼ばれた少年が紡ぐ、新たなる物語。

 いずれ彼は知る事になる。この世界に降り立ち、その剣を握る事の意味を。

 




キリト君の現在のアビリティはあくまでSAOからの引き継ぎによる物で、いわゆる成長の先取りみたいなものです
なので今後ランクアップしたからと言って、これ以上【発展アビリティ】が増えると言った事はありません

なおスキルとか魔法は成長に普通に応じて増えます
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