黒の英雄~都の暗黒期に降り立つ~   作:グランドマスター・リア

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今回はキリトとアイズがリヴェリアの座学から逃げて
二人が色々と話す回です


第3話:座学と逃亡と……

 

 ロキ・ファミリアには、恐れられているモノがある。

 ある者は白目を剥き、ある者は悲鳴を上げて逃げ出す。

 

 恐ろしいモンスターを前にしても勇敢に立ち向かう益荒男(ますらお)女傑(じょけつ)達をして、この世で最も恐ろしいと評される。それの名は『リヴェリアの座学』である。もう一度言おう、『リヴェリア(・・・・・)の座学』である。

 念を押すようだが、これはタチの悪いジョークでも、お調子者の誇張でもない。

 

 全てにおいて過不足なく事実。

 この世界に来て一週間になるキリトは、それを深く実感していた。

 

 

 

 一週間も経てば、適応力のある人間なら大抵の事には慣れてくる。

 ダンジョンの探索も未だリヴェリアの同伴とは言え、手堅くこなせるようになっていた。そんな折に、彼は宣告されたのだ。

 

『午後からは座学を行う。昼食を取り次第私の執務室に来い』

 

 その日はダンジョンを午前中で切り上げ、早々にホームへと帰ってくるや否やリヴェリアはキリトとアイズにそう言った。これを前に、キリトは何の気なしに「分かった」と返したが、隣に居るアイズは顔を青ざめて黙っていた。

 これはおかしいぞ。

 と、キリトは思った。

 

 彼は少女に「どうかしたのか?」と聞いた。

 すると彼女はこう答えた。

 

『今に………分かるよ』

 

 それはもう心配になるくらい意気消沈としていた。

 SAOでレアアイテムが相場よりも低く買い取られた時だって、ここまでの事にはならない。その姿はまるで、断頭台を前にした大罪人にも等しい。キリトも流石に、これはおかしいぞと思いつつも、アイズが真意を答えないのだからどうしようもなく、手早く昼食をとってリヴェリアのもとに向かうしかない。

 

 結論として、キリトは思い知った。

 アイズの吐いた言葉の意味も、青ざめた顔色の原因も、何もかもを理解した。

 

「――であるからして、冒険者は……」

 

 言葉に抑揚はなく、表情にはポーカーフェイスもかくたるやという程に変わらない。

 開始から約二時間。

 リヴェリアの座学がどういった物であるのか、それを知ったキリトは軽い頭痛を覚えていた。

 

(まさか、リヴェリアの座学がこんなにキツイものだとは……)

 

 キリトは別に勉強嫌いという訳ではない。

 むしろ、自身の目的を達する上で必要な知識に関しては、率先して取り込もうというくらいの心意気はあった。地頭も悪い訳ではなく、論理的な思考に至っても優秀と呼べるだけの出来ではある。

 

 だからこそ、冒険者として必要な事なら、リヴェリアの座学も最初は真面目に受けようと思っていたのだ。

 しかし、受けてみるとそんな姿勢はすぐさま消え去る。

 

 リヴェリアの知見はファミリア内の誰よりも深く、こと研究者、探求者として対等に議論する分には最高の相手となり得るだろう。

 言っている事は理解できるし、内容もまた問題ない。

 

 だが、教鞭の振るい方はお世辞にも上手いとは言えないだろう。

 抑揚のない声に、代り映えしない表情。そんな教師がする授業。それはもう、知識をそのまま脳内に放り込まれているに等しく、本人の理解が恐ろしいまでに深いから、辛うじて聞けるものになっている状態だ。

 

 

 

 結論から言って、キリトは正気を保てる自信が無かった。

 意外にも休憩時間は取ってくれるものの、その程度でどうにかなる領域を超えている。

 

「あぁ~……エナドリとカロリーメイトが欲しい」

 

 人の少なくなった食堂でキリトは嘆いていた。

 

 居眠りなど当然許されない。

 しようものなら半殺しレベルの地獄が待っている事は想像に難くないからだ。これがフィンやガレスなら、程よくユーモアが混ぜられた聞きやすい授業になるのだろうが、それはきっとないものねだりというのだろう。

 世界単位での世知辛さをしみじみと感じる。

 

 

 

 結論から言うと、キリトの忍耐は一週間と持たなかった。

 

「では、一時間後に執務室へ来るように」

 

 再びの死の宣告。

 それが放たれたと同時に、キリトの中で何かがキレる音がした。それはもはや、ヒースクリフにトドメを刺したあの瞬間のそれにも似た閃きだった。

 

「なあ、アイズ」

 

「……?」

 

 隣で涙目でふるふると震えるアイズに声をかける。

 彼は彼で目は虚ろで、いつ何時も失われなかった星の様な眼光は既に影も形もない。そこまで追い込まれた人間が取る行動など、今も昔も、どの世界でも決まっている。

 

「逃げよう」

 

 『冗談じゃない』。

 そう思った瞬間からキリトの中で自身の行動指針は決まったも同然で、次に思い浮かべたのは『逃げなければ』という焦燥である。このままでは、自分は人間として大切なものを失ってしまう。いつか能面みたいな顔になって、何処ぞのボケてみたいに白黒写真でネタにされるのは御免である。

 死因がハイエルフのスパルタ授業だとか目も当てられない無様は許容できない。

 

「……うん!」

 

 『異界の英雄』と『復讐姫』は結託した。

 アイズは過去に行われた制裁によって既に心を折られ、自分一人で逃げるような度胸も気力もない。しかし、協力者が居るならば話は別だ。『赤信号、皆で渡れば怖くない』などというくだらないミームが存在するように、自分一人では怖くて出来ない事も、誰かが一緒なら出来たりするものである。

 

 二人は脱兎のごとく、ファミリアホームから逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

「アイズ。この街に関しては君の方が詳しい!逃げる先は任せていいか?」

 

「うん……任せて!」

 

 如何にキリトが隠密行動にも精通しているとは言え、【黄昏の館】やオラリオ内部はリヴェリアのホームグラウンドと言っていい。そんな彼女を相手に、ここでたった数日過ごした程度の自分が本気で逃げ切れるとは思っていない。

 それなら、同じようにオラリオを知り尽くしているアイズを頼った方が勝算はある。

 

 すぐさま都市に繰り出した二人は、目的地目指して走る。

 閑散とした暗闇を落とす都市。その中でもとりわけひとけの少ない道を選んで、一直線ではなく曲がりくねりながら向かうアイズにキリトは内心で感心する。恐らくこれは逃げた跡を悟られないようにする為の攪乱だ。

 より一目に付かず、そしてあちこちを走り回る事で追跡者を惑わす。古典的だが実に有効な手だ。

 

「ホームに近い場所に隠れたら絶対にバレる!前に逃げた時にそれでバレた!」

 

「いや、前も逃げたのかよ!?」

 

 と、走り掛けにツッコミはしたが、その動機は痛いほど理解できた。

 何しろ、アイズはあの授業をキリトの何倍も長い間受けてきたのだ。特に彼女の場合は典型的な勉強嫌いなので、未だにリヴェリアの指定する全範囲の教育は終わっていない。更にそこにキリトが来た事で、どうせなら復習にとこうして長時間付き合わされる始末である。

 

 逃げては捕まり、そして矯正され。

 そんな日々を思うと、キリトは同情や憐憫を覚えずにはいられない。

 

 だが、そうしている間にもアイズは止まることなく走る。アイズはLv2の冒険者であり、レベル差による敏捷の違いで半ば置いて行かれかけながらも、キリトはアイズの後を追う形でとうとう目的地に到着した。

 

 そこは『都市の市壁』だ。

 広大なオラリオをぐるりと囲う背の高い壁。都市に訪れる者はまずそれを目にするモノだが、例外的な存在であるキリトはそれを初めて間近で目にする。そして、その外側の景色も同様に。

 

「オラリオの外。これが俺の落ちてきた世界の姿なんだな……」

 

 市壁の上に上ると、果てしない草原からその向こうの山岳地帯が一望できる。

 都市とは比ならないほど、あまりにも広く大きな世界。明確に階層の端が存在していたSAOにおいては、一番広い第一層ですらここまで壮大な景色は拝めない。何処までも続く地平に、キリトは感動を覚え手を強く握りしめる。

 

 そんなキリトの様子など他所に、アイズは言う。

 

「ここなら人も滅多に来ないし、リヴェリアにもそう簡単には見つからないはず……」

 

 言葉の端が自信なさげなのは、今までも『今回こそは』と身を隠してはことごとく見つかって取り押さえられた過去があるからだ。

 キリトからすると、ここはそれなりに良い隠れ場所のように思える。

 一見すると、広く入り組んだ都市内部よりも見つかり易そうな場所だが、ホームからここまでの距離や人の出入りする頻度を考えると、下手に人の目がありそうな街中に隠れるよりも、こういった場所の方がよっぽど見つかり辛い。

 

「まあ、そこは見つからない事を祈るしかないな。言ってる傍から嫌な予感しかしないけど……」

 

 どうにもこういう逃避行が上手くいくとは思えないのがキリトである。

 そもそもの話が、仮に見つからなかった所でずっとここに居る事もできまい。結局最後にはファミリアのホームに帰る事になるのだから、逃げて隠れた所で怒られるのは確定なのだ。あくまで、そういった当たり前の確定事項から見て見ぬふりを決め込んでいるだけで、いずれは……である。

 

 そう、決まっているのなら、今を楽しむしかない。

 最近は休みもなく動きっぱなしだったから、こうして平常は稼働時間であるお昼下がりに、のんびりと出来るのは、元来マイペースな彼に取っては喜ばしい事だった。

 アイズも強くなる事への執着はあれど、基本的にはのほほんとした性格である。二人の相性はここでも良かった。

 

「日差しが気持ちいいな。最高の昼寝日和だ」

 

 キリトが柵を背もたれにくつろぐと、アイズもそれに続いて隣に腰かけた。

 大きく体をほぐすと、隣からお腹の鳴る音が聞こえた。

 

「うぅ、お腹、空いた」

 

 少女の腹の虫も、口も正直だった。

 

「くっ、ははっ。そう言えば、昼飯も食わずに飛び出して来たからな」

 

 かくいうキリトも、である。

 しかし、こういった時にこそ用意周到なのが彼である。懐に手を突っ込んで取り出したのは、一つの紙袋だった。アイズはそれを見て目を見張った。

 

「それ……!」

 

「ふっふっふ、この俺が何の準備もなく逃走なんてすると思ったら大間違いだぜ?アイズくん。ここにあるのは、何と袋一杯の『じゃが丸くん』ってな」

 

 少々冷めてしまったが、時間が経っても美味しいのがオラリオ名物『じゃが丸くん』が人気の理由だ。

 キリトもまた、都市で生活するうちに自然とこの食べ物に胃袋を掴まれていた。暇な時に屋台を見かけたら買うくらいには、既にその心は虜になっているのである。だからこそ、逃げる直前に厨房からくすねた自身の意地汚さ、もとい手際の良さを賞賛してする。

 

「ほら、のんびりついでに二人で食べよう」

 

「うん!ありがとう、キリト!」

 

 いつになくハイテンションなアイズに、キリトも調子が良くなる。

 二人並んで温かな日差しの中でじゃが丸くんを頬張る姿は、この暗黒期にしては何とも微笑ましい光景と言えた。

 

 

 

 

「遅い」

 

 一方その頃、【黄昏の館】リヴェリアの執務室には剣呑な雰囲気が立ち込めていた。

 時計を見ればすでに約束の時間から一時間は過ぎている。にも関わらず、二人の教え子は待てど暮らせどやって来ない。

 

「逃げたな?」

 

 そう確信するのは早かった。

 何故なら、リヴェリアからしてみれば教え子が逃げるなど日常茶飯事レベルで頻発していたからだ。アイズに至っては一度や二度の話ではなく、キリトに関しても、この短い間で知った人となりを加味すれば、逃走など十分にあり得た事だった。

 

 特に性格的な相性が良い二人の事だから、結託して逃亡でもしたのだろうとリヴェリアは即座に真相を導き出していた。

 

「はぁ……仕方がない。探しに行くか」

 

 ため息交じりに、席を立つ。

 その足取りは言葉ほど重くはないが、だからといって軽くもない。その一歩が踏み出される度にたまるストレスと怒りが逃走者への制裁をより一層重くするのだが、それはこの場に居ない本人達(キリトとアイズ)には知る由もない事である。

 

 リヴェリアは二人の行き先に当たりを付けながら、ホーム内を移動する。

 まず簡単な二択として、ホーム内に隠れたか、オラリオに出たか、である。これに関しては、割と早い段階で解決する。

 

「おう、リヴェリア」

 

 そこに自身を名を呼ぶ声が耳に入る。目を向けると、そこにはダンジョン帰りなのだろうガレスが居た。リヴェリアは再び思案すると、彼に二人の行方を聞いてみることにした。

 

「ガレスか。丁度よかった、キリトとアイズを知らないか?指定の時間を過ぎても私の所に来なくてな」

 

 その言葉と用件を聞いたガレスは『またか』と言った様子で、微妙な表情をした。

 

「あの二人なら、結構前にホームを出て行ったぞ?何やら急いでいたようだが……なるほどな。大方、また(・・)逃げられたのじゃろう?」

 

 図星を突かれて、顔をしかめる。

 リヴェリアの座学が逃亡者続出の苦行である事は、ファミリア内でも周知の事実だ。約束の時間になっても来ない二人を探しているとなれば、その理由は誰が聞いても察しが付く。

 

「程々にしておけよ」

 

 ガレスも気の毒には思うが、とは言えだ。

 触らぬ神に祟りなし、ガレスは一言だけ言い残して早々に退散する。

 

「余計なお世話だ」

 

 その態度が気に障りこそすれ、今のリヴェリアにとっては二人を探す事の方が優先度が高い。去っていくドワーフの後ろ姿を睨みながらも、彼女は気持ちを切り替える。居ないのであれば悠長にしている暇はないと、足早に【黄昏の館】を出た。

 

 

 

 

「キリトはまだ、『Lv1』……なんだよね?」

 

 所戻って外壁の上。

 じゃが丸くんを平らげ、腹ごしらえを終えた二人の間には新たな会話が展開されつつあった。

 

「ん?ああ、そうだけど……」

 

 これは何度目かの問いだ。

 というのも、アイズはキリトに対して全く同じ、または酷似した質問をこれまでに何度かしていた。その度にキリトは今のような返答をしており、いつもならそこに「そう」と返されるだけで終わる。

 しかし、今回だけは少々様相が違うようだった。

 

「ここ数日の探索で、キリトの動きをずっと見てた。私は、ここまで強くなるのに、一年も掛かった……なのに、キリトはもうすぐ私を超えちゃいそう。キリトはどうして、最初からそんなに強いの?」

 

 初めてされる踏み入った問い。

 アイズは特段他人に興味があるような人間ではなく、こうした質問を誰かにするのはほぼ初めてと言っていい。故に表情こそ変わらないが、そこには切実な何かを感じずにはいられない。これは適当な返答は出来ないと、彼も多少真面目に考える。

 

 曇り一つない純粋な瞳がキリトを映す。アイズの気遣いや裏表のない態度に、彼は困ったように頬をかきながらも、言葉初めにこう言った。

 

「それを聞くのは、君が強くなりたいからか?」

 

「うん」

 

 アイズは即座に首肯する。

 

「どうして、そこまでして強くなりたいんだ?」

 

 二つ目の問いにもアイズは滞りなく答えた。

 

「モンスターは、殺さなくちゃいけないから」

 

 明確な意思のこもった決定的な解。

 その様子から察するに、彼女からしたらそれ以外は有り得ないと本気で思っているのだろう。事実、言っている事は冒険者百人中の百人が肯定する内容ではある。しかし、キリトはまだ生粋の(・・・)冒険者ではない。

 故に、彼にその常識を押し付けて『答え』を引き出す事もまた出来ない。

 キリトはもっと、独自な視点で物事を見ている。有り得ないと嘲笑されるような事すら念頭に入れて、既存の価値観や正義からはおよそ離れた考えで、彼は彼の信じた独善のもとで剣を振って来たからだ。

 

「その為に、今よりも強さが欲しいって?だとしたら、俺に答えられる事は何も無いよ」

 

 だからこそ、アイズの出した答えではキリトの深層に根ざす強さの理由は引き出せない。

 

「そんなことない。キリトは最初の戦いでも、フィンやガレスみたいな『動き』が出来てた。フィンは『ステイタスに振り回されるだけじゃダメ』って言ってた。でも、私にはそのやり方が分からない。だから、それを教えてほしいの!」

 

 アイズが求めているのは、キリトの技だ。

 今の彼女は以前までと違って、技の重要性も、知識の必要性も理解している。しかし、理解はしていても、それを手に入れる道筋は未だ見えずにいた。そこにキリトという少年が降ってわいた『分かりやすい手本』であり、同時にフィンやガレスらと違って聞きやすい対象でもあった。

 

「どうやったら上手く戦えるのかって事か……」

 

 キリトはアイズが最初にアドバイスを求めてきた時の事を思い出す。

 その根底にあった思いを、今なら明確に理解できる。

 

「んー、やっぱりダメだ。今のままじゃ教えられない」

 

「なっ……どうして?」

 

 アイズにはキリトの言葉がまるで理解できなかった。

 そんな彼女の驚愕を見て、彼も少し言葉足らずだった事を反省し、その決断の理由を話す。

 

「……アイズは、モンスターを『殺すべき対象』と信じて疑わないよな?」

 

「うん、当たり前。冒険者なら皆そう」

 

 その返答に疑いの余地はない。

 

「じゃあもし、君の前に『戦う意思のない無害なモンスター』が現れたとしたらどうする?そいつらは人と同じ言葉を喋って、自ら対話を求めてくるんだ。俺達人間と同じようにな」

 

 そこに返したのは、キリトが今頭の中で考えた空想だ。

 存在するか、しないか、の可能性的な要素は特に関係なく、もしそういう事があったらどうするかというたらればでしかない。

 

「そんなの、有り得ない」

 

 ここにもまたアイズは有無を言わさずそう答えた。

 だが、キリトはその返答を許さない。

 

「有り得る、有り得ないの話じゃないさ。例えばそういう場面に出くわしたとして、君はどうするかって聞いてるんだ」

 

「……だとしても、私は……すぐに殺す」

 

 今度は少々言い淀んだものの返す言葉は先程と変わらない。

 

「どうして?」

 

「モンスターは、どうあっても人を殺すから。仮にそのモンスターがそこでは(・・・・)無害だったとしても、後から人を殺すかもしれない」

 

 アイズの答えは至極論理の通った真っ当なものだった。

 感情的な憎しみなど抜きに、冒険者ならばそう答えるのが普通である。相手がキリト以外であれば、それを百点と認めただろう。そう、これが彼以外であれば……

 

「そうだな。良い回答だ。冒険者として、それ以上の答えなど存在しないと言ってもいいだろう」

 

 だからこそ、キリトもそれを認める事は出来る。

 しかし、それより深い私情の部分はむしろ逆だった。

 

「じゃあ質問を変えよう。今、アイズの前に元人殺しの犯罪者が居たとする。ソイツはかなり昔に『自分勝手な理由』で人を殺めているが、本人はそれを表面上とても後悔しており、君に対して『もうしない』と言っている。そうなった時、君はどうする?」

 

「…………捕まえて、フィン達に任せる」

 

「ほう」

 

 その回答にキリトは眉根を寄せた。

 

「さっきのモンスターは殺すのに、か?」

 

「え?」

 

 アイズは目を丸くした。

 それを見てキリトはそこまでの話を総括して質問の意図を語る。

 

「一つ目の質問で、君はそのモンスターを即座に殺すと言った。その理由は『モンスターがその場では無害でも、後から人を殺すかもしれないから』だった。でも二つ目の質問で登場した罪人に対しては、捕まえるだけでそれ以上の事はなかった。勿論、その意図は分かってる。人とモンスターは圧倒的に違う。君の答えは正当だろうし、俺の考えが支離滅裂なんだろうな」

 

 そう前提をおいた上でキリトは自身の考えを述べる。

 それは彼が抱く絶対的な独善の真意とも呼べるものだ。

 

「でも、俺は納得できないよ。無害で何もしていない、対話を求めるだけのモンスターは『殺す』のに、前科があって余程危険な人殺しは『捕まえるだけ』なんてさ」

 

 ようするに、キリトの思想とはそういうモノなのだと、彼はアイズに知ってもらいたかったのだ。

 

「力は、何処までも行っても他者を傷つける武器でしかない。俺は『罪のない者』を傷つける可能性がある奴に、それを渡す事は出来ない」

 

 キリトからしてみれば、先程の問いに登場するモンスターと人間では、後者こそ罪人で罰するべき対象であると思う。

 アイズはモンスターを殺す理由として『後から人を殺すかもしれないから』と答えたが、それは後者の元人殺しにだって十分に言える事だ。むしろ、現状無害な前者よりも、余程殺しておいた方がいい危険な存在と言える。

 勿論、キリトはどちらを前にしても、即座に殺すような事はしない。

 無暗に傷つける行為を悪と知っているからこそ、力の使いどころを見誤らないように、彼は常に考えるのだ。相手が斬るべき存在であるかどうかを。

 

 彼から見て、アイズにはその思考のプロセスが抜けているように感じた。

 つまるところ、本人がそうと決めつければ簡単に誰かを傷付けてしまう危険があると、そう思ったのだ。

 

「…………キリトは変」

 

「そうだろ?だから、俺には聞くなってこと」

 

「むっ……あと、意地悪」

 

 膨れたアイズにキリトは苦笑する。

 だが、彼女はもうキリトに対して食い下がって求める様子はなかった。納得いかないながらも諦めるという、およそ普段のアイズから考えられない姿勢に、もし他の者が見れば目を丸くする事だろう。

 キリトはそんな彼女を見て、心中でこう思う。

 

(まだ時間は掛かるかもしれないけど……多分この子なら、大丈夫だな)

 

 見失う事はあっても、決定的に間違える事は無い。

 キリトは既にそう確信していた。

 

 

 

 結局、それからは取り留めもない雑談に花を咲かせた。

 一つ目の会話がそれなりに重いものだったから勘違いされるかもしれないが、二人の『普段の姿』は割とこっち寄りである。適当な事を、思いついたら話して、無かったらぼんやりと時を過ごす。

 そうしている内に自然と時間は過ぎて、黄昏が外壁をオレンジに染める頃、キリトの隣には健やかな寝息が立っていた。

 

「ふわぁ~……俺も眠くなってきた」

 

 あくびを噛み殺す。

 流石にアイズが居る手前で呑気に眠りこける訳にはいかない。一応、キリトも現在のオラリオがお世辞にも平和とは言い難いのは知っている。寝ながらでも周囲への警戒は出来るが、かと言って見張りもなく睡眠をかませるほど能天気でもない。

 

「いつ帰るかな。リヴェリアも今頃かんかんだろうし……」

 

 そう考えると先が思いやられる。

 完全な自業自得なのでお叱りは素直に受けるつもりだが、その決心も隣で眠るお姫様を見ると緩むというもの。

 

「…………ジャガ、丸、君………」

 

 寄りかかって、寝言をこぼす様からは普段の鬼気迫る戦いぶりなど全く想像もつかない。

 

「こうしてたら、本当に普通の女の子なんだよな」

 

 キリトも既に、アイズがモンスターの討伐に対して並々ならない執念を燃やしている事は分かっていた。

 それが何年経っても消える事のない憎しみの炎である事も、先程の問いからおよそ確信している。その因縁は彼女だけのもので、キリトの踏み込む所でも、追求する事でもない。しかし、何かの助けになれたらとは思う。

 先程も言った通り、無暗に技を教えたりはしないが、もっと精神的な支えになれたらとは考えていた。

 

「まあ、この先どうとでもなるか」

 

 深く考えるのはそこでやめる。

 今はせっかくのんびりできる時間なのだから、存分に気を緩めればいいと、キリトはもう既に周囲への警戒レベルをかなり下げていた。故に、気が付かなかった。

 

「人から散々逃げておいて、随分と気楽なものだな?キリト」

 

「え?」

 

 目に映ったのは、黄昏に彩られた、絶世の美しさを誇る翡翠だ。

 その美貌たるや流麗な絵画にも見劣りせず、今がこんな状況じゃなければキリトも素直に見惚れられただろう。しかし、今彼が感じたのは純粋な恐怖以外の何者でもない。

 

「っ……!?」

 

 キリトは駆け出そうとした。

 隣で眠るお姫様を横抱きにし、その動きは全盛時代の彼すらも凌駕する速度だったと言っていいだろう。

 

「待て」

 

 ガシッと彼の肩が掴まれた。

 それを機に身動きが取れなくなり、身体はガタガタと震え、冷たい汗がとめどなく溢れる。その表情に先程までの余裕は一切なく、重病を疑うくらい真っ白になっていた。

 

「二度だ。貴様、この私から二度も逃げようとしたな?しかも、今度は目の前で、だ」

 

 底冷えするような声音に、キリトは「ひっ」と情けない声をあげる。

 

「あ、あの、リヴェリアさん?落ち着いて、まずは話を……」

 

「話?この状況で言うに事欠いて『会話』と来たか、この愚か者。今し方何も言わずに逃走を図ろうとした貴様が、今更それを言うとは片腹痛い……それに、発言を許した覚えはないぞ」

 

 心臓がバクバクと鳴る。

 かつてない程に大きく圧倒的なプレッシャーに、キリトは年甲斐もなく涙目になっていた。

 

「分かっているな?」

 

「は、はい……」

 

 その後、金髪の少女と黒衣の少年が翡翠のハイエルフによっておもし付きで海に沈められたのは、ロキ・ファミリア内で絶対触れるべからずな噂話となった。

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