黒の英雄~都の暗黒期に降り立つ~ 作:グランドマスター・リア
いかに手に馴染む武器とは言え、しっかり使い込まなければ万全の戦いは出来ない。
『
今や、キリトをリーダーとした、ラウル、アナキティとの三人パーティーは上層ではほぼ危険もなく敵なしとなりつつあった。
キリトが武器を新調してから一か月経ったその日も、地上へと生還した三人は魔石を換金すると帰路を辿る。
帰る道中でキリトは今日の潤沢な稼ぎの割に景気の悪そうな顔で呟いた。
「そろそろ中層辺りにも潜りたいんだけど……どうにも、ランクアップの糸口が掴めないんだよな」
冒険者はある時を境にステイタスが伸び悩む。
それはそのレベル内における成長限界に届く時だ。キリトの場合、今はまだそれ程深刻ではないにしろ、ステイタスの上昇幅は確実に緩やかになって来ており、早ければあと一か月ほどで頭打ちになるだろう。
更なる成長をするには、神々の認める偉業を達成し器を昇華させる必要がある。
ここで冒険に挑み、乗り越えられるか否かで、冒険者のその後は二分されると言ってもいい。
「入団から三ヶ月でもうランクアップを所望とは、恐れ入るっす」
「ははっ。いや最近、ステイタスが前より伸びなくなってきたからさ。『偉業』をなす事が条件だってのは知ってるけど……だからって、単独で中層に突っ込みでもしたら、生きて帰ったとしてもリヴェリアにどんな雷を喰らわされるか……」
そもそも、そんな当てずっぽうの無茶無謀でどうにかなるとは思えない。
神々の認める偉業というのだから、もっとベクトルの違ったアプローチが必要になる事をキリトは感覚的に理解していた。
そもそも、手段が身もふたもない
そう思うと、先日座学をサボって制裁をくらったトラウマがフラッシュバックし、軽く身震いするキリトにアナキティは表情を引き攣らせた。
「まるで、過去にめちゃくちゃ怒らせた事があると言った口ぶりね」
「座学が嫌で、アイズと一緒に一日中姿をくらました事がありまして……」
「な、なんて命知らずな事を」
途轍もなくしょうもない理由に、ラウルとアナキティは呆れ半分で顔を見合わせた。
更に、普段の人形的なアイズしか知らない二人からすれば、ますますどんな状況なのか分からない。
そうして、三人はいつもの様子で【黄昏の館】に帰ると、食堂で三人揃って食事をし、風呂に入り、それぞれの時間を過ごす。寝静まればこの暗黒期にも等しく朝日は昇り、また冒険者達の一日が始まる。
だからこそ、余程の物好きでも無ければ夜中にダンジョンに潜るような事はしない。
ダンジョン内は夜でも朝でも関係はないとは言え、人間という生物は基本夜に寝て日中活動するように出来ている事から、火急の用でも無ければこれに反する意味がないからだ。しかし、そんなひとけのないダンジョンの上層に、一人の男が居た。
「異界の英雄、鋼鉄の城を極めた覇者。器としては上出来かな」
男はローブの下に不気味な笑みを浮かべる。
「だが、足りない。鋭さが、強度が、罪が……」
かの英雄はこの世界に来て、以前までのような絶対的な強さを失ってしまった。
それは何故なのか、その者は考える。どうして、どのように施策すれば英雄は本来の色を取り戻すだろうか。今のまま腑抜けて居てもらっては困る。もっと力を渇望し、鋭く研ぎ澄まさなければ『
「『強くなりたい』と思わせるしかないが……」
あの男は腑抜けようと並大抵の強さではない。
多少のイレギュラーは意図も容易く切り抜けるだろう。ならば、それ以上の窮地に立たせる必要がある。その方策こそ男は欲していたが、そこに丁度良く妙案の元が現れる。
「よォ、雇い主」
背後から男に話しかけたのは、ボロいポンチョを着用し、覗く顔にタトゥーが垣間見える男だった。その手に握る大型の包丁には、赤黒い血がびっしりとこびりついており、並大抵の人物ではないのは言うまでもないだろう。
しかし、声をかけられた当人はそれを気にした様子もない。
「アイツに関する事なら、オレにやらせてくれよ。なあ?」
ポンチョの男は言った。
「お前に?」
ローブの男は訝しむ。
その問いに、ポンチョの男はまるで道化師めいた語り口調で大袈裟に手を広げる。
「そうさ。アイツをどうすれば堕とせるのか、オレは『あの世界』でずっと考えてきた!その延長戦が、こんな最ッ高にクールな世界でやれるなんてハッピーにも程があるぜ!」
「……良いだろう。彼と
ローブの男はしばし思案した後、そう言葉にした。
それを受けて、ポンチョの男は悪魔のような笑みを作った。
「また面白いパーティーと行こうぜ。キリト」
■+≪迷宮の異常≫+■
その空が曇天であろうと、仮に大雨だろうとダンジョンの中に入れば関係ない。
同じように攻略階層まで来て、狩りをする。
ただそれだけなのだから、突然に何かが変わるという事もないはずだ。
しかしその日ばかりはどうも、言い知れない不安のような物が立ち込めている。確信がある訳ではなく、あくまでそう感じるという程度の物だが、キリトはいつからかそうした凶兆を敏感に感じ取れるようになった。
ソードアート・オンラインで経験した数多の死線が、彼にそれを授けたと言ってもいいだろう。
とにかく、いつも狩りの場にしている十二階層ではより顕著に感じ取れた。
「なあ、二人共。ちょっといいか?」
その場のモンスターを粗方倒し終わると、キリトは二人を呼びつけた。
「どうかした?」
アナキティは彼の神妙な様子に、何事かと思いながら応じる。
「いや、少し提案なんだけど……今日は攻略階層を下げた方がいいんじゃないかと思ってさ」
「え?それはまた、急っすね」
突然の提案にラウルもアナキティも困惑気味に顔を見合わせた。
「理由を聞いてもいい?その上で判断したいから」
やがてアナキティがそう返答する。
一応、このパーティーのリーダーはキリトであり、最終的な決定権こそ彼にあるものの今回は敢えて『提案』という形を取っている。それはつまり、二人の判断も加味して決める事を意味し、言うなれば彼の中に迷いがあるからそう言ってるのだ。
「確証はない。でも、何だか嫌な予感がするんだ。こう『勘』でしかないんだけど……」
「勘って、あなたね……」
煮え切らない返答にアナキティは困り果てる。
これ自体は珍しい話じゃない。ダンジョンにおいて、冒険者は常に神経を張りつめており、些細な変化に凶兆を感じ取る。その為、今のキリトのように『勘』の一言で安全マージンを取る事はこと冒険者においては正しいと言える事もある。
命あっての物種。
もし、ラウルとアナキティが経験豊富な冒険者ならこのキリトの『予感』とやらにも、真剣に取り合っただろう。しかし、奇しくも二人はまだ冒険者になってから一年程度と日が浅かった。
「流石にその一言だけじゃ、私は賛成できないわ。ラウルはどう?」
「俺も同じ意見っす。階層を下げると、稼ぎも減っちゃいますし、今は見ての通りの十二階層ですから」
二人は危機管理能力という面がまだ未熟だった。
だが、言っている事は別に間違いという訳ではない。キリトもそれを聞いて、内心で納得するくらいには正論だ。
「分かった。それじゃあ、今日もこのままこの階層で狩りをしよう。ごめん、変なこと言って」
「気にしないでください。それに、ダンジョン内じゃ何が起こるか分かりませんし、用心するに越した事は無いっすからね」
「ラウルの言う通りよ。さっきはああ言ったけど……キリトの言う予感って言うのも当たる可能性がある以上、今日はいつもより警戒して、十一層への連絡路近くで狩りをしましょう」
アナキティの出した折衷案にキリトも同意する。
それから三人は十一層へ上がる連絡路の近くまで狩り場を下げた。それ以降も嫌な予感はずっとしていたが、集中を乱せばそれ以前の理由で怪我をしかねないので、キリトもそこからは考えないようにしていた。
しかしその時。
十二階層に悪魔の宣告が響いた。
「イッツ、ショータイム」
言葉と同時に
その向かう先は言わずもがな。今この階層で狩りをしている冒険者を飲み込まんと広がっていく。
それはより強い兆候。
肌を指すような殺気を感じて、キリトはとうとう危機を確信した。
「っ!……これは」
その視線が向いた先は、十二階層の霧の先。
咄嗟に身構えたところで既に遅かった。何処から来たのか、何処で発生したのか。けれど、ダンジョンの奥から突然それは現れた。黒ずんだ泥のようなものが、明確な意思を持って自分達に向かって来てたちどころに取り囲む。
それはほんの一瞬の出来事で、キリト以外の二人が反応したのはまさに囲まれたすぐ後だった。
「ちょっと、何よこれ!?」
「分からないっす。こんな現象、聞いた事もない!」
狼狽する二人。
かく言う凶兆を感じ取っていたキリトも、十二層どころか上層全体で見てもこんな現象は聞いた事が無い。これでもリヴェリアの座学は履修済みであり、その上で知らないのだ。ならばこの現象の名称は確定している。
「ダンジョンの
泥はまるで鳥かごの様に全方位を包囲する。やがて、悪魔の嗤い声のような薄気味悪い音と共に全ての泥が弾けた。「え?」と気の抜けたようなアナキティの声の後、弾けた泥は無数の人型を作った。
「ねえ。もしかしなくても、さっきキリトが言ってた予感ってこれの事?」
ここまで来て、ようやくアナキティやラウルも嫌な予感とやらの的中を悟った。
そんな中、キリトの判断は早かった。
「分からない。でも、起こってしまった以上は対処するしかないだろ。二人とも戦闘準備、呆けてたら一瞬で蹂躙されるぞ!」
「「っ!!」」
キリトの一喝で二人は意識を切り替える。
黒い人型モンスターはその手に一本の剣を持つだけで、目や鼻、口と言った部位はなく声を発する事も無い。ただそのシンプルさが余計に不気味で、気持ち悪い。
正体不明のそれらは、一歩また一歩と自分達との距離を縮めてくる。ラウルとアナキティは臨戦態勢を整えながらも、「ひっ」と怯えたような声を上げて気圧された。未熟とは言え、これまで数々のモンスターと戦い経験を積んだ二人の冒険者が抱く明確な恐怖。
それは見た目の不気味さもあるが、主な原因は黒い人型モンスター達が放つ『濃密な殺気』だった。
(まずいな。二人とも飲まれかけてる)
肌にねばりつくように不愉快な死の気配に、まるで心臓そのものをガッチリと鷲掴みにされたような圧迫感。それは、モンスター相手では決して感じる事のない『人の放つ殺意』に等しい。
「いや、まだだ……まだ、
しかし、胸の動悸は未だに鳴りを潜めない。
これだけの状況に陥りながら、まだ序章に過ぎないという確信がキリトにはあった。黒い人型の殺気に隠れているが、それでも感じる。それらとは比較にならない程の鋭い殺意だ。この黒い人型モンスター以外にも、まだ『何か来る』というキリトの予感を是とするように次の
「あ、あれ!」
「黒いのが、集まって……?」
示唆された先を見ると、そこには黒い泥が集まって、より大きなシルエットを作り出していた。
超大型級といっても差し支えない程の大きさのそれは、やがて弾けて、その中からまるで卵の殻を破るように災禍のメインディッシュは生まれ落ちる。
「なっ!?」
その異様を見て、キリトは絶句してしまう程の衝撃を受けた。
斧とバックラーを装備した丸太のような両腕、岩の様な筋肉が隆起した肉体、更に兜を被った獣の頭。黒一色の肉体は姿形を明確に判別できる訳じゃないが、それでも彼にとってはそれだけのヒントで十分だった。
SAOにて第一層ボス攻略戦に参加した人間ならば、誰でもそれが何なのか即座に理解した事だろう。
「嘘、だろ?何で、アイツが……!」
そのモンスターの名は『イルファング・ザ・コボルトロード』。
アインクラッド第一層のフロアボスとして登場したかのモンスターは、当時攻略組のリーダーを務めた男を屠りせしめ、また彼がビーターが呼ばれ蔑まれるきっかけとなった元凶の一つでもあった。
それが今、何の因果かこのダンジョンの上層に生まれ落ちてしまった。
ここに存在するはずのないモンスターが、どんな否定材料を並べようとも、目前に存在してしまっている。
(間違いない。アイツはSAO第一層のボスモンスターだ。でも、何でこんなダンジョンの上層に……)
考えても答えは出ない。
そもそも自身が『この世界』に転移してきた方法や経緯すら何一つ分っていないのだ。【ロキ・ファミリア】の情報収集能力を持ってしても、手掛かりすら掴めていない現状。目の前に
ならば、次だ。
思考を次へ回せ。
状況さえ分かればいい。
この場において、ヤツは敵で、キリト達はそれに相対する冒険者だ。殺すか、殺されるか、この二択で完結するならこれ程分かりやすい事もない。
『グギャアァァァアア!!!!』
コボルトロードの
その圧力を受けただけで、脂汗が頬を伝う。気配だけでも感じ取れるポテンシャルは少なくとも『Lv2』、或いは『Lv3』にすら届きうる。要するに、下級もいい所な現在の身の上で倒せる相手じゃないという事だ。
「そもそも、ボスは少数精鋭なんかで勝てるほど甘くない。だとしたら、取れる策は一つ……」
SAOのフロアボスは、漏れなく大人数でのレイド攻略を前提としたステータスを設定されている。
奴が本家と同じステータスを持つかは分からないが、少なくとも劣っているとは感じない。ソロはもちろん、三人で挑戦するなんてのは自殺行為に等しい。だが、包囲されたこの状況では『逃げ』の一手もままならない。
「黒い人形が向かってくるっす!」
「ちっ、考えてる時間もないか」
三人で固まって、キリト達は襲いかかってくる黒い人型に応戦する。
不気味な姿こそしているものの、各々の個体は然程苦戦するような強敵ではない。キリトはともかく、ラウルやアナキティでも十分に対処できるレベルだ。しかし、迎撃が容易にも関わらず、依然として驚異的という評価をキリトは下した。
「こいつら、幾ら倒してもキリがない……」
アナキティが悲鳴じみた声を上げる。
そう、特質すべきはその無尽蔵に等しい『数』だ。斬っても割いても、減る気配はなく敵勢は一向に衰えない。それとは対照的に、迎撃する冒険者側は着実に体力を減らし、傷を増やしていく。焦りは動きを単調にし、集中の乱れはミスを偶発させる。
いかに一体いったいの脅威が低くとも、これでは強力な個体以上に厄介だ。
「このままじゃ、ジリ貧っすよ!」
今はまだ大事には至っていないが、いつかは致命的な綻びが生じる。
そうしてパーティーは瓦解し、一人また一人と命を落とす。キリトはそんな光景を何度も間近で見てきた。フルレイド四八人にも上る大規模な攻略組が、たった一つの事象によって目の前で崩壊していく様が脳裏にフラッシュバックするのだ。
彼の判断ミス一つで、ギルドが全滅した事すらあった。
(ダメだ。迷っていたら、全滅する)
それはもう確信できる最悪の未来。
決定は即座にくださなければならない。様子見という名の『停滞』は、死地において最も忌み嫌うべき行為なのだから。
「……二人共、戦いながらでいいから聞いてくれ!」
犯した過ちの数々が、皮肉にも彼の背中を押した。
たとえどんな結果になろうと『何かする』をおいて生存の道はない。だから……………………
だから、もう腹を括るしかない。
「俺がこの包囲に穴をあける。そしたら二人は全力でこの階層から脱出するんだ!」
下した決断は撤退戦の定石。
一人を囮にした、多数の脱出だ。
「『二人は』って……キリトはどうするんすか!?」
当然、その決定の意味が分からない二人ではない。
しかしラウルは敢えて言葉の真意を明確に問いただした。
「俺はこいつらを足止めする」
そんな事は言って欲しくなかった。
二人は狼狽し、強い忌避感と躊躇を覚えた。
「何ふざけた事いってんのよ!逃げるなら、キリトも一緒に……」
「反論は認めない。これはパーティーリーダーである俺の決定だ。二人には迷う権利も、時間もないんだ。ただ従って、絶対に地上へ帰還しろ。これは命令だ」
彼らしくない、有無を言わさぬ強制の言葉。
考える暇を与えれば、反論の余地を許せば、ラウルとアナキティは何があろうと残ろうとするだろう。そういう
今の二人なら、これで言う事を聞いてくれる。その確信があったから……
「……俺も一緒に逃げたら、こいつらだけじゃなくて、
理由はそれだけじゃない。
これだけの数のモンスターと、あのコボルトロードをここより上の層に連れて行ったら、何人の冒険者が
他の冒険者まで危険に晒すような事はあってはならない。それは考え得る限りの最悪の事態だ。
故に、この層にモンスターを留める囮役が必要なのだ。
そして、この場でそれが可能なのはキリトのみ。ラウルとアナキティ、そのどちらが残ろうとなす術なく殺されて終わる。『黒の剣士』としての技術と戦略眼を持つ彼だけが、この絶望的状況に一石を投じられるのだ。
自分が死ぬ覚悟
その経験故に、キリトの思考と決定はあまりにも早すぎた。
二人が何かを考え、何かしらの決意を抱く隙すらも与えない程に。
「……三秒後に
仲間に宣告し、無数のモンスターを前に漆黒の剣を構える。
先程も言ったように、この包囲の突破はそう簡単ではない。
しかし、それを成す策は既にある。器の制限を一時的に越え、限界を越えた強さを体現するキリトのスキル【
「ラウル、アキ。信じてるぞ」
最低な言葉を残して、キリトはその身に『全盛』を宿す。
「【
淡い青のオーラを纏った彼が剣を垂直に振り上げ、片手剣最上位技を起動する。
▽片手剣10連撃技▽
ノヴァ・アセンション
流星のごとき眩い光が、神速の剣撃となって迸る。
次回で序章は終わりです