黒の英雄~都の暗黒期に降り立つ~   作:グランドマスター・リア

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作者名
唄刃

グランドマスター・リア


第6話:冒険

 

 ダンジョンの暗闇の中で、視界を埋め尽くす有象無象の影を切り裂く。

 技を放つ姿は鮮烈の一言に尽き、その後ろ姿はかつてこの迷宮都市で頂点を極めた者達(ゼウスとヘラの眷族)を彷彿させる。たった十秒の間に成された斬撃の回数は合計二十回にも及び、限界を越えた早さと正確さは文字通り『神業(かみわざ)』と評するに等しい。

 

「ハアァァァァアアア゛ッッ!!!」

 

 雄叫びの圧力は、先程コボルトロードが放った咆哮(ハウル)にも負けるものではない。

 その圧倒的な力と光は、後ろに続く全ての者達に希望を与える英雄の輝きであり、その剣技こそが、神の与える二つ名や、ステイタスに定められたレベルより雄弁に、キリトが人として到達できる限界地点を一度は極めた事を裏付けている。

 

 ラウルも、アナキティも、もはや彼を同じ『Lv1』だとは思えなかった。

 だって、これではまるで団長達と同じではないか。

 

 あれだけ無数の軍勢を誇った黒い包囲網は、たった一人の少年が放つ剣撃の嵐によって切り開かれようとしている。彼は冒険者として、その姿と行動で示す。これがお前達の目指すべき場所であると、今は恥を忍んでも逃げおおせろと。

 黒衣の剣士の体から、スキルの輝きが消える。

 きっかり十秒の発動限界が来た。

 

「今だ、走れ!」

 

 キリトの言葉に、体は弾かれるように動いた。

 二人は包囲に空いた穴を通過して、十一層への連絡路へと疾走する。二人は振り返らず、またキリトも振り返らない。そこが分かれ道であると告げるが如く、涙で滲む眼のままにラウルもアナキティも、死に物狂いで走った。

 

 やがて、十二層から二人の姿は消える。

 よって残るのは彼一人だ。

 

「生きろよ。二人とも」

 

 キリトの表情が一瞬穏やかに緩んだが、すぐさま険しく引き締められる。

 鋭い刃の様な眼光が睨むのは、未だ生者を亡き者にしようと蠢くモンスターの大軍勢。これから彼は、その無数のモンスターを相手に敗戦必至の戦いを挑む事になる。勝利条件はシンプルだ。最奥のボスモンスターも含めて、殲滅する事。

 それ以外に、キリトが生還する道は有り得ない。

 

「さてと、これが決戦ってヤツか」

 

 これだけ絶望的な状況であるというのに、キリトの表情はむしろ挑戦的に歪んでいた。

 パーティーメンバーを逃がす為に囮になったとは言え、彼は元から死ぬつもりなど毛頭ない。見据えるのは勝利のみであり、ここに立つのが自分一人であるならば尚の事都合がいいのだ。

 一人(ソロ)になった時こそ、キリトの強さは最大限に引き出される。

 コンディションは良すぎず悪すぎず、武装も十全の状態。この絶好のシチュエーションにおいて、まるで物語の主人公みたいに彼はいま挑もうとしているのだ。

 

「……………よし、やろう」

 

 あまりにも軽々しく開戦の言葉を吐く。

 一歩を踏み出し、モンスターの大群へと向かって行く。そう、彼はこれから、この世界で初めて『冒険』をする。

 

 

 

 

 所変わって地上。

 その日のバベルは騒がしかった。

 

 喧騒の源はダンジョンの入口で、そこには何人もの冒険者や野次馬がそこに集まっており、外側から見ただけでも何事かがあったのは間違いない。ギルド職員もそこに介入している事から、相当な事態が発生しているのは誰の目にも明らかだった。

 

「……今日はまた一段とギルドが騒がしいな」

 

 そう言葉にしたのは、丁度ギルドに用事があって訪ねてきたリヴェリアだった。

 

「ああ、見たところ揉め事の類いではないようだけど……少し空気が妙だね」

 

「【闇派閥(イヴィルス)】の件に関して、他ファミリアやギルドと打ち合わせをするべく来てみれば……また面倒な事が起こっているようじゃのう。タイミングが良いのか悪いのか」

 

 続いてフィンとガレスもその喧騒のある方向を見て各々の感想をこぼす。

 この日【ロキ・ファミリア】の三首領ことリヴェリア、フィン、ガレスの三人は、バベルにて定期的に開かれる【闇派閥(イヴィルス)】対策の会議に出席する為に足を運んでいた。だが、いざ来てみればこの様子。

 もし何か良からぬ事態が起こっているなら、この三人にはそれを見過ごす事は出来ない。それは正義感というより責任感の方が強いが、どちらにしても事の詳細は逸早く知る必要がある。

 

「一応確認しておこう。何かあってからでは遅い」

 

 フィンを先頭に人だかりへと向かう。

 

「悪い、通してくれ」

 

 その言葉一つで、それまで寄り集まっていた者達は一様に顔色を変えて、道を開けた。

 流石に第一級冒険者が三人も来たとなればそれ以外に選択肢はない。人だかりはかき分ける必要もなく引いて、フィン達はすぐその正体を見た。

 

「なっ……ラウルにアナキティ!」

 

 リヴェリアが驚きの声を上げる。

 そこに居たのは、何と傷だらけになった【ロキ・ファミリア】のルーキー二人だったのだ。

 

「ガレスさんとリヴェリアさん……それに、団長」

 

 ふたりの表情は一瞬だけ驚きから安堵へと変わり、しかしすぐさま悲痛な物へと変化する。

 

「ごめん、なさい……!俺、おれ……っ」

 

 震えた声音でラウルがこぼすのは、あまりにも大きな悔しさを滲ませる青年の無力。

 隣に居るアナキティに至っては言葉を発する事も出来ないほどのショックを受けており、『何かがあった』事など聞かずとも察せられた。同じファミリアの若手がこうなるような事態など、容易く検討は尽く。冒険者としての非情な見方をするならば、こう言った光景はそう珍しいものじゃないからだ。

 

 二人の様子と、その場の状況からしてフィン達はすでにある程度の推測を立てていたが、やはり事の詳細は本人達から聞くしかない。

 酷なことだと理解しつつも、フィンはラウルに言葉をかけた。

 

「一旦落ち着け、ラウル。簡潔に聞くが、ダンジョンで何があった?」

 

 悠長に構えている暇はない。

 そう告げるのは彼の親指。表面上は冷静そうにしながらも明らかな焦燥を覚えているフィンの様子をラウルも感じ取り、努めて簡潔かつ明瞭に説明する。

 

「場所は十二階層です。俺達はいつも通り三人(・・)で狩りをしてて、途中までは何も問題はなかったんです。でも、突然見たこともない黒いモンスターに周囲を囲まれて、逃げる為にキリトが囮になって……」

 

 そこまで聞ければ、もはや三人にそれ以上は必要なかった。

 分かったなら動けばいい。

 

「ダンジョンの異常(イレギュラー)か。事は一刻を争うぞ」

 

「分かっている。ラウル達はひとまずギルドの医務室に――――――待て、リヴェリア!」

 

 フィンが指示を出す前に、その場から疾走したハイエルフ。

 彼女の向かう先は当然ダンジョンであり、目的は教え子(キリト)の救出以外に有り得ない。本当ならその場に『キリトが居ない』と察した時点でダンジョンへ飛び込みたかったが、彼女の優れた理性が状況の把握を優先させた。ラウルが説明する間も沈黙を保っていたのは、次にどう動くか考えていたからだ。そして、事の詳細さえ分かったのなら彼女が止まる理由はひとつもない。

 

 こうなる事をおよそ察していたフィンとガレスは、その場のギルド職員にラウルとアナキティの事を任せて自分達もダンジョンへ潜る。

 

「このタイミングでこうなるとは……まるで『試練』じゃな」

 

「ああ、キリトの昇格(ランクアップ)がすでに目前となった今、まるで呼応するようにその『チャンス』が現れた。『英雄の真価』が問われているのなら是非もないが、その瞬間を見逃すような事は決してあってはならない。急ぐぞ、ガレス。何よりああなったリヴェリアは何をしでかすか分からない」

 

「分かっておる」

 

 三首領は第一級冒険者としての能力を最大限に発揮し、戦場となった十二階層へと急ぐ。

 その足取りが間に合うのか、そうでないのかは、今まさに戦っている英雄に委ねられていた。

 

 

 

 

 目の前に敵が立ち塞がる限り、剣を振り続けた。

 息が切れようと止まることはなく、一心不乱といった表現に違わない鬼気迫る剣舞で襲い来る黒い人型モンスターを返り討ちにする。剣士はたった一人、地獄と化した戦丘で闇魔を砕く。切り裂き、振り抜かれる剣閃は時間を経ても一切の衰えは見せず、むしろ時間が経てばたつ程に勢いと鋭さを増していった。

 

 今の彼は最盛時代の『黒の剣士』には程遠い。

 文字通りの新人でしかなく、または下級冒険者と言って差し支えない。

 

 それがどうだ。

 戦う姿は鮮烈というに等しく、迸る気迫は歴戦の強者そのもの。

 

 誰の目から見ても、その様は『Lv1』には相応しくない。しかし、それこそが彼なのだ。【ソードアート・オンライン】という死と生が渦巻く理不尽な世界で『英雄』になるとはそう言う事であり、その在り方は『時代の贄』でも『大衆を救う主』でもない。

 自分の弱さに嘘をつかず、ただ目の前の戦いを必死で乗り越え、常に限界を極め続ける。

 

 だからほら、彼の目前にもう雑兵は居ない(・・・・・・)

 

「――待たせたな」

 

 軽い様子でキリトは言った。

 それは当然、視界の先に佇む大型モンスター。彼が英雄として踏み出した最初の日に相対した強敵であり、思えば全ての始まりたる敵はヤツだった。『真っ黒なコボルトの王』は待ち侘びたように武器を取った。取り巻きが全て倒されるまで、(つい)ぞ動く事がなかった巨体が地響きを立てて踏み出て、濃密な殺意を周囲に放った。

 

 それに対する黒衣の剣士もまた、無傷ではないまでも、闘志を滾らせた瞳で睨む。

 

「行くぞ、二年ぶりの再戦だ」

 

 今の彼に仲間は居ない。

 あの時は傍に無二のパートナーが居て、共に戦ってくれた。だから勝てたし、今彼はここに居る。しかし、今回は自分一人でそれを倒さなければならない。キリトは以前に『ボスを一人じゃ倒せない』と断言し、その認識は今もなお変わっていない。強大な敵に対して、個人の力はあまりに無力だ。

 それを知っていて尚、覆さなければならない。

 しかし、これ以上に『偉業』として相応しいものもないだろう。

 

「今回も、負けるつもりは無い」

 

 信念に定めたクリア条件はひとつ。

 

「――勝つんだ!」

 

 開戦した。

 両者の同時に踏み込み、互いの距離を詰めた。

 

 その巨体が凄まじい速度で向かってくる。振り上げられた斧を躱して、カウンターの斬撃を放つとすぐさまバックラーで止められる。そこから斧での反撃が二回切り返し、これは剣で寝かせるようにして受け流す。

 実際に攻撃を受けるとステイタスの差でかなりの衝撃が体を駆け抜けるが、それでも受けきれない訳じゃない。

 幸いな事に、接近した時の攻撃パターンと、離れた際に突進してくるロジックもSAO時代と同じだ。

 

 ならば、拮抗する事は十分に出来る。

 

「こちとら、これ以上の修羅場を七十五回も潜ってきたんだよっ!」

 

 大振りの攻撃を躱して、すれ違いざまにボスの足へ〈スラント〉を打ち込む。しかし、その程度では(こた)えた様子もなく、苛烈な反撃を浴びせてくる。ステータスはSAO時代と遜色ない怪物。本来なら、ソロで倒せるような敵じゃないのは言うまでもない。

 しかし、この世界のモンスターとSAOのモンスターには『決定的な違い』がある。 

 

 それは『魔石』だ。

 この世界のモンスターはSAOと違って、明確に即死級のウィークポイントが存在する。心臓部たる魔石さえ潰せば、いかなるモンスターも耐える事は出来ないし、それは目の前のモンスターとて同じのはずだ。

 それこそがキリトに与えられた唯一無二の勝ち筋。

 まともに削りきる事が最初から不可能なら、一撃必殺を狙うしかない。

 

「しっ、ハァッ!」

 

 幾度となく剣を打ち合わせ探る。

 千載一遇の好機となる瞬間を――

 

(まだだ、もっと大きな隙を晒せ。焦ってるだろ?)

 

 何しろ、明らかな格下をなかなか殺せないのだ。

 モンスターだって本能的な苛立ちは募るし、それに従って動きも雑になる。そうして消極的かつ機械的に攻撃を捌き続けた結果、キリトの読み通り、雄叫びを上げた『コボルトロード』が斧を大きく振りかぶった。

 

「っ、そこだ!」

 

 それは一瞬。

 ガラ空きになった胸に剣の切っ先を向ける。

 

▽片手剣単発技▽

レイジスパイク

 

 卓越した反応速度で繰り出されたライトイエローの刺突が吸い込まれていく。

 防御は当然間に合わないし、躱す事も不可能。斧を振り下ろすよりも前にコボルトロードの胸に剣先が突き刺さり、鈍い手応えが駆け巡る。

 

(取った!)

 

 それは油断でも、慢心でもない。

 確信を持って剣を押し込み、すでに魔石と思われる手応えが剣を通じて伝わって来ていた。しかし、その時だ。コボルトロードは驚くべき執念を持って、丸太のような足を地面へ踏み込んだのだ。

 

「なっ!?」

 

 地を震わせるほどの衝撃だ。

 当然、手元が狂って僅かにその切っ先がズレる。その隙を見逃さず。コボルトロードは斧を持っていない方の腕でキリトを殴り飛ばした。

 

「がっ!」

 

 地面を数回バウンドして転がると、すぐさま立ち上がろとして咳き込む。

 

「ごほっ、ごほっ……くそ、あとちょっとだったのに」

 

 口の中に不愉快の味が広がる。

 見れば、咳き込んだ拍子に僅かに血を吐いていた。もらった直撃は武器による物ではなかったとは言え、凄まじい痛みとなって体を軋ませる。この世界に来てから初めて感じるレベルの痛みに、キリトは表情を歪ませた。

 ペインアブソーバーなど無い以上、攻撃を受けたら痛いのは当然だ。

 実際、キリトも最初の方はその痛みにかなり戸惑った。しかし、それにも最近は慣れてきたと思っていた。

 

(やばい。足が震えてる)

 

 戦う意思はあるのに、体が言う事を聞かない。

 たった一撃。されどその一撃は戦局を左右する程に重い。打撃とは言えかのボスモンスターは『Lv3』クラス、その攻撃をもろに受けたら、幾らキリトでもこうして立てなくなるのは当然の事だった。

 しかし、それを待ってくれるモンスターではない。

 地響きを轟かせて、その巨体が向かってきていた。

 

「ここまで、なのか?」

 

 言葉にした瞬間にそれを頭を振って否定した。

 

(違う。そうじゃないだろ?俺は決めたんじゃないのか。この世界で生きていくって、冒険者になるって……)

 

 その決意は『嘘だったのか』と自問して、『否』と自答する。

 ひとつも嘘などない。あの決意も、想いも、キリトがSAOで過ごした日々に誓って本物だ。何一つ偽りがなかったからこそ、キリトはあの鋼鉄の浮遊城において最期にあのヒースクリフとすら刺し違えたのだ。

 自分の命をかけてでも貫き通したい願いと意思を彼は知っている。

 故に、ここで終わる事など許容できるはずがない。

 

(ここでもう一度立ち上がらないで、どうして『本物』だって言えるんだ)

 

 これはキリトの『冒険』だ。

 目前まで迫った巨体の繰り出す斧を、転がって避けて、立ち上がる動作にスキルの始動を仕込む。

 

▽片手剣4連撃技▽

バーチカル・スクエア

 

 痛みなど関係なく体が不可視の強制力に引っ張られて、神速の四連撃を放つ。

 それが与えた明確なダメージに、コボルトロードは僅かに後退した。キリトが鋭い眼光をもって睨みつけると、その巨体を怯ませ、本能的な警鐘がコボルトロードの中で鳴る。目の前の存在に手加減は出来ないと、そう確信したボスモンスターはすぐさま斧とバックラーを投げ捨てた。

 

「ようやく本気を出したな。その武器はよく覚えてるよ」

 

 ノダチ。

 大型の刀へと武器変更をした姿こそが、コボルトロードの第二形態でありここからが本番戦なのだ。その脅威は凄まじく、現に当時はレイドのリーダーを務めた攻略組のトッププレイヤーですら屠られたのだ。

 

 コボルトロードは刀を構えて、その刀身に光を纏わせる。

 

▽刀単発技▽

浮舟

 

 当たれば即死。

 そんな斬撃にキリトは真っ向から挑んだ。

 

「ハアアアァァ!!」

 

▽片手剣単発技▽

スラント

 

 飛び込んできたコボルトロードの切り上げに対し、斜め上段からの渾身の単発技をぶつける事で辛くもパリィする。鉄と鉄が激しく打ち合う轟音の中に、ピシリと亀裂が走ったような音が聞こえ、嫌な手応えが手元に伝わる。

 キリトとコボルトロードはお互いに地面を滑るようにして後退し、距離が開いた。

 

「っ、黒鉄(クロテツ)が……」

 

 ボスの一撃は何とか防げたが、正面から受けた事によって最も深刻なダメージを負ったのは、『使い手』ではなく『剣』の方だった。刀身を見れば、そこには薄くだが一筋のヒビが入っていた。それを見るだけで分かる。おそらくだが、あと何回も打ち合う事は出来ない。

 つまり、先程までのように様子見しつつ隙を狙う『ガン待ち』の戦法は使えないという事を意味していた。

 

「あと、二……いや、三回くらいか。全く、どこまで理不尽なんだよ」

 

 こんなクソゲーをやった覚えはない。

 しかし、嗚呼―――どうしようもなく、彼はこのヒリついた空気に酔いしれていた。

 これだ。これこそが、キリトの求めていた冒険だ。

 

「最後まで頼むな」

 

 一蓮托生の意を込めて言葉を紡ぐと、それに呼応するように漆黒の刀身が煌めいたような気がした。

 

 戦わなくては負ける。

 剣を振らなければ死ぬ。

 諦める訳にはいかない。

 

 何も難しい事は無い。ただそれだけの事なら、仲間の命を背負うよりもずっと軽い。痛いから何だ、血が出るから何だ、この世界の冒険者は、常にそんな果てしない苦しみの中で戦って来たんだ。キリトは今まで、心の何処かでこの世界をSAOと同義に考えていた。けれど、今こうして痛みの中で剣を打ち合わせてようやく自覚した。

 

「この世界は、もう俺の生きていた場所じゃない」

 

 数値的なHPなどなく、体を構成する血も肉も本物で、流れる血もまた赤いエフェクトなんかじゃない。

 失った物は戻ってこない事の方が殆どで、そんな中で酸いも甘いも噛みしめて、キリトはプレイヤーではなく冒険者として歩んでいくのだ。

 たった一人この場に立つ剣士として、一人の人間として、神の眷属として、剣を振るんだ。この世界に『黒の剣士』は居ない。ただの剣士キリトとして立ち、目の前の怪物を倒す事だけに集中しろ。

 

「さあ、終わらせよう」

 

 慣れ親しんだ構えを取って、静まり返った空気を切り裂いた。

 

「ウオオオオオオオオオオオオ!!」

 

『グギャアアアアアアアア!!』

 

 両者共に雄叫びを上げて、向かって行く。

 先にスキルを始動したのはコボルトロード。その刀に深紅の光を纏わせる。

 

▽刀単発技▽

絶空

 

 横なぎを一閃に放つ。

 巨大な刀から放たれるそれの範囲は絶大で、これでは先程までのように避けられまいとコボルトロードが出した切り札だ。しかし、ここに来てキリトの意識はその上を行っていた。訓練されたアスリートが稀に体感するという身体の覚醒、ゾーン状態のようなものに今のキリトは入っている。

 無限に加速し続ける意識は、傷の痛みも忘れるほどの集中の原動力となっていた。

 

▽片手剣2連撃技▽

バーチカル・アーク

 

 後出しにも関わらず、その初撃がコボルトロードの刀を振り抜く腕を切り伏せた。

 これによって〈絶空〉はキャンセルされ、二連撃目がもろにその巨体を切り裂く。

 

「まだだッ!」

 

 追撃を予感し、バックステップで逃れようとするコボルトロードをキリトは逃がさない。

 飛び散った返り血によって視界を赤く染め上げられる中、キリトの瞳は一点に狙いを定める。剣を水平に持ち、弓を引くように後方へと引き絞る。ジェットエンジンのような轟音が空気を揺らし、切っ先から刀身にかけてクリムゾンレッドの光が輝く。

 それは先程の〈レイジスパイク〉を越える重単発技にして『黒の剣士』が最も愛用した必殺の剣技。

 

▽片手剣単発技▽

ヴォーパルストライク

 

「セアアアアアアアアアア゛!!」

 

 咆哮と共に、万感の思いを込めて剣を突き出す。

 紅い刺突はコボルトロードが盾の代わりに割り込ませた腕すらも砕き、その胸に突き刺さる。固い魔石に切っ先が食い込みそこからヒビが入り、死の危機にモンスターが断末魔を上げた。

 咆えるキリトの覇気に刀身が呼応するように唸りを上げて、クリムゾンレッドの光は雷のように迸る。

 

「これで――――――終わりだ!!」

 

 永遠にも感じる拮抗の末、そこに終わりがやってくる。ガラスの割れるような音が響いたと同時に、漆黒の切っ先がモンスターの巨体を貫いた。瞬間、コボルトロードの叫びがピタリと止む。

 

 時が止まったと錯覚する程の沈黙の後、コボルトロードは自らを形成する核を失い………………消滅した。




すみません、長すぎたので分けました
次で序章は終わりです
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