五月雨を越えて   作:衝角

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第11話 それでも葉山隼人には頼れない。

 

 桜の花びらが、わたしの住む街を舞う。

 季節は一巡りして、春が来た。

 古来から春は出会いと別れの季節とは言うけれど、どうやらわたしに限っては当てはまらないらしい。どうにも見慣れた顔ばかりと中学校の校門前で出会している。

 

(そりゃあそうか。だって通ってた小学校と中学校の敷地が隣接してるもんね)

 

 学区がある以上、公立の中学校の生徒の顔ぶれなどあまり変わらない。一部学区が被るところがあるから、少し離れた中学校に行くことは出来るけれども多くの場合は小学校時代の関係性を維持するような方向性に走るだろう。

 むしろ、あえて離れた中学校に行くようなら、それはナニカがある証だ。

 

(……本当なら、俺もそうしたかったけれど、できなかった)

 

 亀井野や雪ノ下、葉山の邸宅は千葉市の高台に位置している。俺が歩いてきたのは、街路が放射状に整備された田園調布的なああいう街並みだ。まともに調べたことはないが、高級住宅地とかいうやつなのだろう。

 高台の中で小学校と中学校が隣接し、崖下の国道14号のロードサイトに直接向かうのは階段が何十段もある狭い道だけ。高台に住んでいるならば、基本的に半径500mに満たない範囲で登下校が完結する感じだ。

 おあつらえ向きに崖下の埋め立てで出来た新興住宅地にも小学校と中学校が近接して建てられているから、崖下の子供達もわざわざ坂を登ってまで高台の中学校に通おうとはしないだろう。

 ちなみに、この埋め立てと都市開発事業を推進したのは何を隠そう雪ノ下建設である。

 非常に穿った見方ではあるけれど、どこか恣意的なものを感じざるを得ない。

 

(まぁ変わらなかったなぁ……)

 

 入学式が終わった後にオリエンテーションが終わり、わたしは一人で教室を後にして帰路についた。

 案の定、クラスの顔触れは小学校時代とあまり変わらなかった。だいたい2割ぐらいが他所から来た人か。その人達はどこか居心地が悪そうにしていた。

 8割方同じ学校なら、新入生たちがそわそわしながらぽつぽつと言葉を交わす4月特有の空気感は俺のクラスには存在しない。そんな閉じた環境下だから、小学校の頃の評判ややらかしは引き継がれる。

 つまるところ、新入学して早々に俺は小学校からの女子たちからは距離を置かれていた。

 ただ、人目は引くので、遠巻きにこそこそと噂話はされる。聞こえてくる限りでは、やはりいい話は聞こえなかった。

 

 1

 

 結局のところ、四月は遠巻きに見られながらクラスでろくに交友関係を持つこともなく終わった。

 何気に当世初のぼっちかもしれない。男混じりの女という異物にしてはよくぞここまで人間関係を保たせられたというべきか。冷静に考えれば、とうに幼少期には孤立してそうなパーソナリティだというのに。

 嫌っていた家の力学ではあったが、ある程度の人付き合いをさせるという意味では利点があったのかもしれない。

 まあ、今更その利点に気づいたところで遅い。俺はとうにレールから降りてしまった。

 隼人とも一定の距離をおいた今、俺に求められるのは亀井野の名を汚さないように多少は周囲に優秀さを見せること、後継である姉の手助けを多少することぐらいか。

 雪ノ下雪乃に勝てと言われなくなった分、小学校の頃よりかは多少は家の居心地はよくなった。

 

「ただいま戻りました」

 

「……ああ、そう。おかえり」

 

 けれども、どこか諦めたような母の白けた瞳が俺をわずかに苛む。

 この日、家に帰った時刻は夜8時。

 中学生にしては帰りは遅いが、そんなやましいことはしていない。

 ただ単に部活で居残り練をしていただけだ。

 俺は中学に入ってからは吹奏楽部に入った。理由は単に拘束時間が長そうだったから。あと、小学生の頃に軽くではあるがフルートとサックスに触れていたこともある。

 割と極楽蜻蛉だった前世から考えてみると、かなり逸脱した理由で部活を選んだものだと思う。

 ……多少はマシになったとはいえ、それでも俺はこの家で過ごす時間を嫌っていた。

 

 2

 

 どうもぼっちを続けているとモノローグがくどくなっていくらしい。

 最近、クラスであまり自分から声を発していないことに気づいて少し嫌気がする。

 ……いや、誰にも話しかけられないわけではないのだ。ただ、あまりに1人でいることに慣れすぎて物事に対しても、自己完結してしまうきらいがあるだけで。だから、話しかけられても話題を広げることができなくて適当に相槌を打って、それで終わる。

 俺は比企谷八幡ほど、自己愛というか自己の世界があまり確立できていないから自己完結した世界は無味乾燥になりがちだ。それは世界が閉じてしまったように感じてしまって少し虚しい。どうやら俺は思った以上にぼっちとしての適性はなかったようだ。

 せめて、比企谷八幡ほど個として確立した存在であればこの無聊を慰められるだろうに。

 

「おはよう、亀井野さん」

 

「葉山くんもおはよう」

 

 席に座ってくだらないことを考えていると、隼人に挨拶された。

 隼人は例の如く作った笑みで、俺は柔らかくもどこか興味なさげな感じで。

 小学校時代の頃の俺たちを知る者にとっては恐ろしく淡白な対応で眼を剥くことだろう。

 ……けれど、一月もしたら人は慣れる。いつしか、俺たちが仲が良かったことも「そういえばそんな頃もあったね」と流される程度のことになるのだろう。

 ……だから、そろそろ隼人にも慣れて欲しいものだ。

 親しげに話しかけたとしても、俺はもう昔のように返してはやれないのだと。

 同じクラスだったとしても、お前が俺の席に近づいてもその逆はないのだと。

 だから、そんな寂しげに名残惜しそうな目を去り際に向けないでくれ。

 困るんだよ、ついあの頃に帰りたくなる。

 でも、それじゃ俺が駄目なんだ。お前はそうしたくとも俺は違う。

 今、お前が俺にしきりに声をかけるのはクラスから孤立させないためではあるんだろう。

 でも、お前の優しさに甘えたら、きっと俺は自分のことを許せなくなる。

 そうなるぐらいなら、俺は世界を閉じてしまった方がマシだと思ってしまう。(とんだ自意識の塊だな)と自らを嗤いながらも、静かに世界を閉ざしていくのだろう。

 

 2

 

「亀井野さん、ちょっといい?」

 

 部活のために音楽室に向かう途中でのこと。

 俺はクラスの女子に呼び止められていた。

 彼女の名前はふんわりとしか覚えていない。確か杉田さんだったか。クラスでは割と中心的な位置を占めていた子だったように思う。

 俺は少し気だるそうにして振り向くと、彼女はすぐさま一歩踏み出して言い募ってくる。

 

「隼人くんがあれだけ気にかけてくれてるのに、あんな塩対応するのってちょっとないと思う」

 

「そう? そんな認識で受け取られてるとは思わなかったよ。わたしとしては普通に返してると思ってたけど」

 

「でもさ、あっさりじゃん。なんか興味なさげというか……。やっぱさ気にかけてくれてるならそれなりには返してあげないと」

 

 杉田さんの言い分に思わず呆れ笑いをしそうになってしまうけどこらえた。

 仮に彼女の言い分を呑んで、俺が隼人への対応を変えたとしよう。

 そうすると、今度は「亀井野さんが隼人くんに色目を使ってる」なんて口を出してくることは目に見えている。結局のところ、堂々巡りなのには変わらない。

 

「杉田さんの言ってることはわかるんだけど、どれぐらいで返してあげたらいいのかがちょっとわからないんだよね。……前みたく、隼人って名前で呼んであげた方がいいのかな? 杉田さんはどう思う?」

 

 そう言うと杉田さんは「それは」と口籠った。その様を見て、わたしは内心で溜飲を下げる。

 正直なところ、わたしは彼女に少し怒っていた。

 だって彼女、隼人の代弁者ヅラしていい気になりたい。あわよくば隼人によく思われたいってだけなんだもん。

 本当のところはわたしと隼人の仲を改善させようなんてこれっぽっちも思ってない。

 

「まぁそうだね。次からは少しぐらいは愛想よくしてみるよ。じゃあ、わたしは部活があるからこれで」

 

 何も言い返せないままでいる杉田さんを放置して、特別棟の渡り廊下へと向かおうとする。

 その視界の端に見慣れた姿が映ったから、杉田さんから見えないように声をかけておく。

 

「なに、見てたの葉山くん? 覗きなんてらしくない」

 

「……そんなつもりはなかったんだ。ただ、危うくなりそうなら止めに行こうと」

 

「そう。じゃあ、杉田さんの方に行ってあげてよ。一応、彼女は葉山くんの味方のつもりで動いてたらしいから」

 

「……別に僕はそんなことは頼んでないんだけどね」

 

「じゃあ忖度ってやつかな。わたしたちの家でもよくあるやつ」

 

 俯く隼人に対して、俺は少し冗談めかして言う。

 

「君が望まなくたって周りの人がそう思えば、周りの人は勝手に行動するよ。葉山くんはウチのクラスの中心だから、みんな君に気に入られたい。で、その葉山くんに目をかけられてるくせに靡かないわたしは気に食わないってところかな。かといって昔仲良かったからといってわたしとべったりされても困る。だから、杉田さんはあの返しで動けなくなった」

 

「つまりは、僕のせいであの諍いが起きたって言いたいのか?」

 

「間接的にだけどね。……でも、葉山くん。これが君の選んだ生き方なんだよ。『みんな』の支持を受ける代わりに、『みんな』の期待に応えなくちゃいけない。だから特定の『一人』を大事にしちゃいけない。『特別』を作っちゃいけないんだよ」

 

 だから、わたしは隼人と離れた方が良いと思ってる。隼人の隣にいて並び立てる存在という『特別』を願ってしまうわたしは。

陽乃さんは逆に「そばにいてあげたらよかったのに」なんて言ってきたけれど、そんな生易しい話じゃない。

 わたしがまだ男子だったなら親友という括りでその『特別』を『みんな』に押しつけられただろう。親友はまだ包括性があって、そこまで独占的に捉えられないから。

 ただ、わたしは女子だった。

 自分自身が嫌になるほど、どうしようもなく異性に対して魅力的に映る女子だった。だからきっとそんな言い訳は通用しない。

 

「それでも、君がいないと寂しい。……前と同じようにとはいかないけれど、少しは話せるようにならないか? 周りが何か言うなら僕が庇うから」

 

 弱々しく言う隼人に思わず心揺れそうになる。そう言ってくれるのは嬉しい。その優しさに甘えてしまいそうになる。

 それでも、葉山隼人には頼れない。その優しさに甘えたら、あくまで並び立とうとしてきた今までのわたしを裏切ることになる。

 

「……ねえ、今聞くことじゃない気はするんだけど、隼人ってまだわたしのことが好き?」

 

「……ああ」

 

「そこは変わってて欲しかったけれども、いいや。……わたしのことがまだ好きなら、諦めて欲しい。今のわたしを庇おうとしたら下手したらクラスどころか1年生のほとんどを敵に回すことになるよ。……わたしはね、そこまでして助けられたくない。隼人の重荷になりたくない。いやまあね、世界を敵に回してもかまわないほど好きだって言うならわたしも諦めるけどさ」

 

 最後は少し照れ臭くなって大袈裟な言い回しをしてみたが、実のところはわかってる。目配せしてみると隼人は即答出来ずにまごついていた。

 そりゃあそうだ。

 だって、隼人は今までその生き方で生きてきて他を知らない。仮に、そうしたらそれはそれで今まで『葉山隼人』という在り方を全てかなぐり捨てることになる。

 そんな息が詰まるような生き方しか知らなくて、それでもその生き方を全うしようとするその不器用な在り方が、いじましくもわたしには眩しかった。

 だから、きっとわたしは……。

 

(まあいいや。今の隼人の様子じゃ少し待ったところで答えは出ないよね)

 

「じゃあ、わたしは今度こそ部活に行くよ。葉山くんもサッカー部の方、頑張ってね」

 

 半ば打ち切るように言い切り、わたしは音楽室に向かう。

 振り返るようなことはしないし、待ってあげることも、再度問い直すようなこともしない。

 変わらないなら変わらないままでいい。

 そうすることで隼人がわたしが憧れた『葉山隼人』のままでいられるのなら、それでよかった。

 

 3

 

「遅かったね、皐月ちゃん」

 

「すいません、城廻先輩。ちょっと担任の先生に捕まってまして」

 

「あーあの人かぁ……。それは大変だったね。今度見かけたら一言かけとこうか? たまに言い過ぎてるとこ見かけるんだよあの人」

 

「いや、そこまではしてもらわなくてもいいです」

 

「そう? ならいいんだけどねー」

 

 そう言って困ったように笑う城廻先輩は見ていて少しほんわかする。

 最初にこの人を吹部で見かけた時はびっくりした記憶がある。いや、原作の文化祭でキーボードをやってたから楽器ができないわけじゃないんだけど、いたとしても軽音部の方だと思ってた。なんかこう、いかにも放課後にティータイムやってそうなきららとした雰囲気を出してるからてっきり。

 その後、楽器の振り分けでわたしはサックスに割り振られたからそのまま直属の先輩後輩という形となっていた。

 

「じゃあ皐月ちゃん、今日も練習を始めようか」

 

 城廻先輩に促されてサックスの音色がパート練の教室に響き始める。

 前は数ある習い事の一つでしかなかったけれど、今は少し好きかもしれない。

 音色の中に沈み込めば、いらないことを考えずに済むから。

 もしかすると、今はサックスだけがわたしの癒しなのかもしれない。

 そんなたわいもないことを考えつつ、わたしは次の曲の楽譜を手に取るのだった。

 

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