五月雨を越えて   作:衝角

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第12話 彼女と彼女の季節の終わり

 

 部活が終わり、城廻先輩と路地を歩く。

 日はとうに落ちていて、今日も帰りは20時近くだろうか。

 最終下校時間まで校内で練習し、その後はサックスを持ち出して、カラオケの個室やスタジオでお小遣いの範囲で自主練する。

 中学生の自主練にしては相当ガチな部類だと思う。ちなみに、これはわたしがやっていた自主練ではない。もともとは城廻先輩が一人でやっていたことだった。

 見た目からして完全にぽわぽわしている城廻先輩だが、思ったよりもしっかりとした……というか芯の強い所はある。

 

「なんか今日の皐月ちゃん、演奏に気持ちが入ってたよねー。……やっぱり、来る前に何かあったのかな?」

 

「いやー、別にないですよ? ほんとですよ?」

 

「えー、じゃあ私の耳がおかしかったのかな? うーん」

 

 小首を傾げて可愛らしく唸る城廻先輩を見ながら苦笑いを浮かべる。

 まぁ、清々しいほど真っ赤なウソであるのだが。

 折悪く、直前に練習していた曲は別離をテーマとしていた。だから、わたしもまた知らず知らずのうちに力が入っていたのかもしれない。

 

(それにしても、城廻先輩って思ったよりも鋭いよね)

 

 城廻先輩が言うように、さっきの隼人とのやりとりは、確かにわたしに影を落とした。あれはわたしなりのけじめだったように思う。あるいは、逃避か。どちらにせよ画期ではあった。

 

「それにしても、ほぼほぼ毎日こんな量の練習を城廻先輩はやってるんですよね」

 

 とりあえず、このままわたしに関しての話をされるとめんどくさいため、適当に城廻先輩に話題を投げる。

 

「うん、まぁ。疲れた時はさすがに休むし、減らしたりする時もあるけれど」

 

「でも、ずっと続いてる。それはすごいことだと思います」

 

 こればかりは、本心ですごいことだと思う。人間、一度は情熱的になることはあるけれど、それを持続させることは難しい。三日坊主なんて言葉が実にそれをよく言い表している。

 

「少し気になったんですけど、どうしてそんなに頑張れるんですか? ……いやまあ、城廻先輩に言うのもアレですけど、他の先輩方ってあまり熱心にやってないような気がして、正直なところ先輩だけが頑張っても……というところはあると思うんです。なのに……」

 

「あー、皐月ちゃんの言いたいことはわかるなぁ……。そうなんだよね、実際、部活だけだとあんまり伸びないんだよね」

 

 城廻先輩が困ったように笑う。

 

「それに、私がこんなに頑張らなくたって大会に出るためだけにやるなら、これで十分なんだよ。いつもならそれでブロック大会に行けてるし」

 

 そう言うと、城廻先輩はわたしの方を見て少しだけ笑みを深める。

 

「それでもね、私はもっと上手くなりたい。上手くなって、もっと素敵な演奏がしたい。そのためには、このぐらい頑張らないとダメかなって思ってる」

 

「やっぱりすごいですね、城廻先輩は……」

 

「そうかな? ただ、私が好きなことをしてるだけだよ? 私はね、もう一度全国に行きたいんだ。去年ははるさん先輩に連れて行ってもらったけど、いつかは自分たちだけの力で行きたい。あ、ごめん。はるさん先輩って言っても皐月ちゃんには分からないか」

 

「いえ、わかりますよ。大丈夫です」

 

 城廻先輩の言うはるさん先輩はそれ即ち雪ノ下陽乃である。

 基本的に優れた成果を上げ続ける彼女だったが、その数ある実績の中でも白眉と言えるモノこそが、万年ブロック大会止まりだった吹奏楽部を彼女のワンマン采配で全国大会にまで導いたことだった。

 城廻先輩はその当時1年生部員だったわけだから、さぞ陽乃さんのことが輝いてみえたことだろう。陽乃さんのことを慕い、今でもたまには連絡を取り続けているらしい。

 

「はるさん先輩はすごく厳しかったけど、そのおかげで全国に行けたんだよ。みんなのことを考えて、みんなの才能を伸ばすような指導が出来て、それでいて結果を出した。私はそんなはるさん先輩に憧れてるんだ」

 

「そうなんですね」

 

「うん、だから、皐月ちゃんももし、何か悩みがあったら、私に相談してみてね。力になれることなら、何でもするから」

 

 城廻先輩は、そう言って微笑んだ。

 その笑顔を見ていると、何だか胸が緩むようなな気がした。

 

(城廻先輩って、やっぱりいい人なんだよね)

 

 この人は、他人のために本気で心を砕ける人間なのだろう。だからこそ、こんなにも優しい顔ができるのだと思う。わたしには、真似できないことだ。

 

「ありがとうございます。でも、わたしは大丈夫ですから」

 

「そっか、ならいいんだけど。皐月ちゃんって、いつも大丈夫って言うけど、本当に大丈夫なのかなって心配になることがあるんだよ」

 

「えっと……、そんなこと、無いですよ?」

 

「そうだよね。皐月ちゃんって、無理しちゃうタイプだから。だから、余計に心配になっちゃうんだよね」

 

「……、そんなこと、ないですってば」

 

 一瞬、押し黙ってしまうがすぐに頬を緩めて誤魔化した。

 城廻めぐりは間違いなく善人ではある。

 ただ、わたしは未だにこの人のことは掴みきれない。心を見透かしているかのように的確に言葉をかけてくるくせに、本人は至って自然体だ。

 わかってるなら怖いし、素で言ってるのがクリーンヒットしてるだけだった場合は始末に負えない。

 ……もしかすると、俺は城廻先輩のことが苦手かもしれない。

 彼女のぽわぽわした笑みを見て、なんとなしにそう思った。

 

 1

 

「あ、不良娘だ。お母さんに言いつけてやろー」

 

 城廻先輩と別れた後、まだ家に帰る気はしなくて国道沿いのバーガー店に俺は来ていた。

 だが、ちょっと間が悪かったらしい。総武高校の制服を着た陽乃さんに捕まってしまっていた。

 

「お夜食でハンバーガー食べに来ただけでそこまでいいますか。……というより、わたしを見つけられてる時点で貴女も立派な不良娘ですよ、陽乃さん?」

 

「んー、私は高校生だから大丈夫だと思うよ? 知らんけど」

 

 そう嘯いてしれっと陽乃さんは隣に座ってくる。

 

「最近、調子はどう?」

 

「まぁぼちぼちってところですかね……特に変化はないです」

 

 中学に入って世界が閉じてからは何かしら物事が巻き起こるわけではなかった。

 葉山隼人という中心軸から外れ、長らく比較対象とされてきた雪ノ下雪乃は海の向こう。親からも何か期待をかけられることもなく、ゆるやかな時が流れている。

 だから、こんなふわっとした物言いしか出来ない。

 

「ちぇ、つまんないの。で、隼人とは仲直りしたの?」

 

「そこも変わりませんよ。ただ単に男女の間で適切な距離を取っているだけです」

 

「ふーん、そう」

 

 そこまで答えると陽乃さんは完全にやる気をなくしてシェイクをちゅーちゅーと吸い始める。

 全く自由だなぁ、この人は……。

 

「そういえば、隼人がなんか言ってたよ」

 

「何かって?」

 

「……いやね? 最近、雪乃ちゃんと連絡が取れてないんだって。で、そのことで皐月ちゃんなら知ってるかもって言ってた」

 

「……そんなことになってたんですか? てっきりその2人はまだ繋がってるものだとばかり」

 

「まぁ雪乃ちゃんは人付き合いをめんどくさがるところはあるから、やたら繋がりたがる隼人とは相性はよくないんだけど、それでも海外留学中とはいえ何ヵ月も会話すらしないのは何かが違うとは思わない?」

 

「何が言いたいんですか?」

 

「うーんとね、雪乃ちゃんが隼人に対して隔意を持ってるんじゃないかって。……皐月ちゃんならその理由を知ってるような気がしたんだ」

 

 そんなことを言われたところで、俺には分からなくて首をひねるしかない。

 

「やっぱりわたしには分からないですね。わたし絡みではちょっとゴタついたこともありましたけど、あの2人の間で何かあったなんて聞かないんで」

 

「そっか。……でも、多分皐月ちゃんが原因だと思う。子供の頃から見てて思ったけど、2人を繋げていたのはやっぱり皐月ちゃんだったから」

 

「それは買いかぶりすぎですよ。わたしなんて、ただの一傍観者に過ぎないんですから。どちらかというと隼人の仕事ですよ、それ」

 

「皐月ちゃんてさ、分かってるようで分かってないこと多いよね。まぁいいけど」

 

 またもや陽乃さんは興味をなくしたのか、それ以上は追求してこない。代わりに別の話題を振ってくる。どんだけ話したがりだよ。

 

「そういえば皐月ちゃんって中学の吹部ではどんな感じなの?」

 

「……別に普通ですけど。上手い部類だとは思ってます。一応、一年生でコンクールメンバー入れましたし」

 

「あの面子の中で入れるのは中々だねー。うちのサックスは千葉の中では強い部類だし」

 

「でも、陽乃さんには及びませんよ。どうせまた総武でもさっさと一年生掌握して先輩に圧かけてるんですよね」

 

「あは、なにそれ怖ーい。皐月ちゃんには、私が何に見えてるの? こんな可憐で面倒見の良さそうなお姉さんを捕まえてその言い草はひどいゾ?」

 

 陽乃さんがぶりっ子ぶっても全然可愛くない。……いや、視覚的には眼福だし可愛らしいのだが、脳裏に刻まれた陽乃さんの今までの所業と、腸からせりあげてくる何かがそれを拒絶する。

 

「美少女の皮を被った、人心を誑かす悪魔ですかねー。バチカンからエクソシストでも呼んできましょうか?」

 

「うわ、ひど」

 

「心が傷つきました」などと宣いつつけらけらと小さく腹を抱えて笑う陽乃さん。そういうとこがなおさら怖いんですよ、わかってます? 

 ツボに入ったのか、案外長く笑ってた陽乃さんはひとしきり落ち着くと、少しだけ声のトーンを落として続けた。

 

「大丈夫だよ、皐月ちゃん。本当に私はそんなことしてないから。……だって、高校で吹奏楽部に入ってないんだもん」

 

「え? じゃあなんでこの時間にこの場所にいるんですか?」

 

「……ああ。それはね、友達と遊んでたからだよ。お母さんに高校で吹奏楽部に入るの反対されてね。それで放課後が暇なんだよね」

 

「なんでまた……」

 

「聞いたわけじゃないけど、中学校の頃は吹部の練習で結構パーティーとかの顔出しに穴を開けてたからかなー。お母さん達って家督争い大変だったでしょ? だから私の代は早いうちに誰に継がせるのかはっきりと周りに示したいからだと思う。多分、雪乃ちゃんを今の時期に海外に行かせたのもそれが理由じゃない?」

 

 からからと陽乃さんは笑うが俺には少しショックではあった。

 言えば必ず調子づくから言わないが、亀井野皐月が吹奏楽部なんて道を選んだのは、女子としては自然だからということと拘束時間が長いから家に帰らなくて済むこと、フルートとサックスは子供の頃から触れていただけが理由じゃない。

 ……実をいうと、ほんの少しだけ憧れていた。サックスを吹く陽乃さんの姿に。

 本当に楽しそうに音を奏でている彼女の姿に俺は憧れていたのだ。

 

「まぁ皐月ちゃんはやりたいようにやりなよ。プロにならない以上は楽器に触れられるのは今のうちなんだから」

 

 そう言う陽乃さんはどこか寂しげに映る。

 ……おそらくは。思い込みというよりかは自己投影なのかもしれないけれど、陽乃さんもまた一つの季節が終わってしまったのかもしれない。

 何か打ち込んでいたものが終わって物語が終わったのだとしても日常は、人生は続いていく。

 陽乃さんはかなり不本意な形で物語が打ち切りになってしまった。

 果たしてわたしはどうか。

 母との確執が、隼人との関係がある程度収まってしまった今、わたしはどこに足を踏み入れればいいのか分からないでいる。

 

「ねえ、皐月ちゃん」

 

 考えているうちに気づけば陽乃さんが、わたしの顔のすぐ近くにまで寄ってきていて。

 

「……自由って素晴らしいことだと思わない?」

 

 そんなことを宣ってくる。

 ……そうだ、この人からしてみれば迷えることすら贅沢なのだ。

 だから、それを手にしたくせに迷う姿を見せられるのは、もしやこの人をかなり苛立たせることではないのだろうか。

 

「……ふぅ、少しいじめすぎちゃったか、ごめんね。私はもう帰るよ」

 

 トレイを持ちながら、陽乃さんがバーガー店から去っていく。その姿をわたしはぼうっと眺めていた。

 もうじき、春が終わり夏がやってくる。

 梅雨入り間近の少し湿った空気がどこかわだかまっていた。

 国道を走る車は帰りを急ぐ中、わたしだけまだバーガー店の中に留まっている。

 

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