五月雨を越えて   作:衝角

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第14話 ゆく人くる人

 

 楽しい時間ほど、早く過ぎる。

 そんな、当たり前のことを今になってわたしは思い出していた。

 

「ダメだったね、皐月ちゃん」

 

「……先輩」

 

 寂しげに目を伏せるめぐり先輩にわたしはかける言葉を見つけられなかった。

 盛夏の千葉県文化会館にて、わたしたちの夏は吹奏楽コンクール東関東支部大会銀賞という形で終わった。

 1年次は銅賞だったことを思えば、胸を張れる成績であったのかもしれない。

 でも、めぐり先輩が3年間費やして目指してきた場所はここではない。

 陽乃さん世代以来の全国出場、その目標はついぞ叶わなかったのだから。

 会場から帰ってきたあと、部長引き継ぎをして3年生の役割が終わる。

 

「やっぱり、はるさんは偉大だったねー。皐月ちゃんも、みんなもよく頑張ってくれたよー」

 

 めぐり先輩と帰る最後の帰り道。

 そこまで長くはない道のりだけど、やたらと足が重い。どうにも別れを惜しむ気持ちがわたしの足を鈍らせていた。

 

「皐月ちゃん、今日は早いしカラオケでも行かない?」

 

「……行きます」

 

 わたしの心情を読んだかのように繰り出されためぐり先輩のお誘いに思わず飛びついてしまう。あまりの即答ぶりにわたし自身で苦笑いが出てくる。

 

「じゃあ、行こっか」

 

 そう言ってめぐり先輩は歩いていく。わたしも先輩に遅れないように歩を進める。

 思えば、ここ1年半ぐらいはこうしてずっとめぐり先輩の後をついてきた。それが明日からはできなくなる。それが寂しくて不安だった。

 

 1

 

 わたしたちが住んでいるあたりからカラオケに行く場合は、京成の駅まで降りてきて千葉中央駅に出てくることになる。

 めぐり先輩に続いてカラオケに入る。わたしたちにとっては馴染み深い場所だ。今まではここにサックスを持ち込んでずっと練習をしてきた。けれど、今日はサックスは楽器倉庫に置いてきた。だから、慣れているはずの場所なのに、普段と少し違う雰囲気が漂っている。

 めぐり先輩も最初だけは困惑した様子だったが、すぐに順応してマイクを取った。

 めぐり先輩は流行りのポップスから、少し昔の名曲までを幅広く歌う。わたしはただただそれを聴きながら、時折自分の好きな曲を入れていった。

 

「あー歌ったー!」

 

「わたしもです」

 

 めぐり先輩は大きく伸びをする。わたしもそれにつられて大きく腕を伸ばした。

 ……やっぱり、めぐり先輩といる時は自然と笑顔になってしまうな。

 

「皐月ちゃんは歌わないの? 私ばっかりでつまんなくなかった?」

 

「いや、全然ですよ。でも、少しお腹は空きましたね」

 

「じゃあ、何か頼もうか」

 

 そう言ってめぐり先輩はフードメニューを開いた。料理が来るまで少し時間がかかるようで、わたしたちは適当にドリンクバーを飲んで喉を休ませていた。

 

「ねぇ、皐月ちゃん」

 

「……はい」

 

「やっぱり、全国には行けなかったよ」

 

「はい」

 

「悔しいなぁ」

 

 めぐり先輩の声は震えていた。その目は涙で濡れている。……やはり無理をしていたらしい。

 この人はいつも笑顔だ。楽しい時も、悲しい時も。アンガーコントロールが上手いというか、笑顔に隠されてしまってたまに感情が見通せなくなることがある。

 そこは、陽乃さんに似ていて、そして如実に差があるところだった。陽乃さんは感情を隠すのが上手いけど、めぐり先輩はかなりわかりやすい。

 

「お疲れ様でした。めぐり先輩」

 

 わたしは知らず、口にしていた。

 部長になってからのめぐり先輩はぽわぽわしているようで張り詰めていたような気がする。

 ほんわかやってるように見えていたかもしれないけど、繊細なお年頃の女子を同年代の女子がまとめるのはかなりの難事だ。

 わたしはめぐり先輩の側近として動いていたからめぐり先輩がどれだけ部の空気感を大事にしていたのかわかる。

 だから孤立していたわたしを拾い上げてくれたし、反面に皆を気遣い過ぎて練習の強度を高めることが出来なかった。

 めぐり先輩は陽乃さんのような強力なリーダーにはなれなかったのかもしれない。

 けれど、そんなめぐり先輩だったからこそ、わたしは支えたいと願ったし、全国に立たせてあげたかった。

 

「ありがとう、皐月ちゃん。私も色々足りないところがあったけれど、皐月ちゃんが支えてくれたから今までやってこれたんだと思う。だから、私もありがとうって言いたかったんだ」

 

 花の咲くように朗らかな笑顔でめぐり先輩は言う。

 ……ああ、その笑顔が見れただけで満たされた気がする。

 大袈裟かもしれないけれど、そう思えた。

 

 2

 

 さらに季節は巡り、めぐり先輩は総武高校に進学した。

 わたしの前を去る人がいれば、来たる人もいる。

 

「今日から転校してきました、雪ノ下雪乃です。よろしくお願いします」

 

 濡羽色の髪はさらに艶をもち、怜悧な相貌はなおのこと秀麗さを増した。

 胸はまぁ、うん。けれども、在りし日に比べればべらぼうに美人になった従妹が帰ってきたのであった。

 突然の美少女転校生にクラスのみんなは騒然となる。

 中学生のサイクルは早い。2年間も雲隠れしていた同級生なんて、意識の中ではとっくに過去の人だ。

 ……だから、小学校の時は彼女を輪から弾いていたことなんて忘れている。

 忘れてないのは、それに絶えず気を揉んでいた隼人と俺、そして弾かれていた当人ぐらいだ。

 

(めんどくさいことにならないといいけど……。あの負けず嫌いかつプライドが高い雪ノ下雪乃が、過去の雪辱を水に流せるとは到底思えないんだよなぁ……)

 

 盛り上がるクラスの中で、俺は頬杖をつきながら、そんな悲観的な未来予測をするのだった。

 

 3

 

 案の定というべきか、わずか2週間ほどで俺の未来予測はだいたい的中した恰好となった。

 新学期早々こそ人に囲まれていた彼女はまずは言い寄る男子のアプローチを片っ端から氷漬けにしてから粉砕し、女子に対しては話しかけるなオーラを放出してシャットアウト。

 さすがにやばいと見た隼人が元からの関係性を当てに懐柔に当たったが、これも塩漬けにされて終わった。

 早々に絶対零度の女王としての地位を確立していた。何これぼっちRTAかな? 

 いや、まあね。原作の彼女のことを踏まえるならこうなってもおかしくはないけれど、いざ目の当たりにすると少し引き攣った笑みが出てきてしまう。

 一応、ゆきのんは俺とは会話をしてくれるので完全なぼっちではなく、準ぼっちぐらいか。

 けれども、隼人に対しても塩対応なのはちょっとモヤる。

 俺と隼人はそういう線引きをした間柄だ。けれど、隼人とゆきのんにはそういった話は聞いた覚えがない。

 

「……ゆきのん。流石に葉山くんに対して当たりが強くない?」

 

 帰り道、辺りに人がいないのを見計らってゆきのんに問いかける。

 すると、ゆきのんは「そうね、そこは否定しないわ」とあっさり答えてくれた。

 

「わたしは今じゃアレだけどさ、ゆきのんと隼人は前はそれなりに仲が良かったじゃん。なんで今になって急に……」

 

「そうね、亀井野さんにとっては急になのかもしれない。けれど、私は6年生が終わる頃にはもう彼への信頼を失っていたわ」

 

「信頼?」

 

「だって彼、亀井野さんがいじめられはじめた頃にろくに動けなかったでしょう? 一番心を許していた相手が貶められた時、彼は亀井野さんの味方になりきれなかった。クラスの和を重視して無理に抑え込もうとしなかった。……いえ、言い過ぎたわね、彼はクラスの皆からの反発を恐れて中途半端な対応しか取らなかったようにしか見えないのよ」

 

 場の空気が一気に冷えたような気がした。

 どうにも思ったより、雪ノ下雪乃は葉山隼人を許せなかったらしい。

 そして、その指摘は隼人の在り方の欠陥を致命的なまでに突いていた。

 みんなのヒーローは一人で世界を敵に回すようなヴィランになれない。それが、大切なものを守るためだったとしても。

 

「……でも、隼人だって出来ること出来ないことだってあるし、仕方ないんじゃない?」

 

「どうして、貴女が彼を庇うの? 亀井野さん」

 

「うーん、隼人には出来ないことだって分かってたからとしか言えないかなぁ。あと、守ってもらいたいとかも思ってなかったし」

 

 隼人の在り方を尊重するからこそ、俺は隼人の特別になることを諦めることができた。

 多分、ゆきのんの言うように俺の方がちょっとおかしいんだろう。

 ゆきのんは正しさを、一貫性を重んじる傾向にある。友達であるならば、皆よりも優先されるべきだなんて考えているんだろう。

 なら、隼人の在り方とあの時の対応は俺に対しての裏切りであり、不実と捉えても仕方ないところはある。

 

「……そう。亀井野さんは良くても、私はやはり彼のことを信頼できないわ。……だから、もう前のように言葉を交わすつもりはない」

 

「ならさ、取り繕うぐらいはしてくれない?」

 

「……善処するわ」

 

 これ、絶対しないやつだ。と苦笑いを浮かべつつわたしは力強く歩く雪ノ下雪乃の背を眺めていた。

 俺の後ろを歩いていた雪ノ下雪乃はもうおらず、隣を並んでいた葉山隼人とはもう肩を並べることはない。

 また一つ、あの頃が遠くなった。

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