五月雨を越えて 作:衝角
密かに決意をしたはいいものの、なんだかんだで5年生としての一年は大禍なくすぎてしまった。ついでに胸のサイズがBカップになって男子の視線がそろそろうざくなってきた。
前世の頃の俺はかなりムッツリ野郎だったわけだったが、逆の立場になってようやく自分の業の深さに恥じいるばかりです。……あ、ゆきのんの双丘はまだ日和山並みでした。
まぁ大禍なく過ぎたとはいえ、何も変わらなかったわけじゃない。
俺と同様に女子の発育が進み、男女の差がより色濃く出るようになった。
それと中学受験をする組とそうじゃない組で動きに違いが出てきている。隼人はしないようだが、俺は母親の意向ですることになっていた。ゆきのんに海外留学の話が出てきてることへの対抗のつもりだろう。
家族ぐるみの雪ノ下一族と亀井野一族だが、ゆきのん母と俺の母はなんらかの因縁があったらしくあまり仲が良くなかった。
「雪乃ちゃんはまた何教科も1位を取ってるみたいじゃない。あなたももう少し頑張りなさいよ。このままだと千葉清光受からないわよ」
「わかってるって」
学校に行く前に母から詰められる。北欧の血が入ってるからか、美人だけどかなり顔の彫りが深く威圧感を感じさせた。
同い年の従姉妹で同じ学校。
そんな状況下で雪ノ下雪乃と亀井野皐月が比べられないわけがなかった。
(でも、相手はあの雪ノ下雪乃だからなぁ)
たびたび競い合わされるが、俺はとっくに諦観の域に至っている。運動と社会科では勝ってるぐらいで、他はだいたい雪ノ下雪乃の劣化品だった。
前世という下駄を履いていても俺の資質では基本的に雪ノ下雪乃に及ぶべくもない。
それに8歳上の姉の方が出来はいいし、すでに亀井野を継ぐための準備を始めているから今更俺の出番はない。……それこそ、上流階級の縁繋ぎのための駒としてか。
亀井野皐月は母にあまり求められていない。
俺はとうにそのことを理解していた。
*
「おはよう、皐月」
「……あ、隼人か。おはよう」
登校してくると隼人に話しかけられる。
この頃の葉山隼人はまだ髪を染めていない。原作での金髪があまりに印象に残り過ぎていて初めのうちは目の違和感がすごかったけどさすがに慣れた。
「なんか体調悪そうだけど大丈夫か?」
「若干寝不足ってとこかな。大丈夫、無理はしてないから」
「そうか……。それで、そろそろ修学旅行の班決めだろ? どう組む?」
「そういえば、そんな時期だったかぁ……」
5年生が終わり、6年生もすでに夏休みと運動会を消化した。順番的には修学旅行が小学校生活最後の大イベントになる。
今までが何もなかった以上、何か起こるとしたらここだ。
自然と身体がこわばってゆくのを感じる。
「……わたしと隼人くんのグループで組むでいいでしょ。女子側の人数は少なくなるようならゆきのんを引っ張ってくればいい。今更特別何かをすることもないよ」
「それもそうだな」
俺の案に隼人は頷き、ひと足先にクラスに向かっていく。
隼人のグループとわたしのグループ。比較的身内の信頼できる人間で周りを固めてゆきのんを守る。
前世のコミュ弱大学生の頃からは考えられないことだが、当世の亀井野皐月はわりとクラスの中では力を持っていた。
雪ノ下雪乃と双璧を張るレベルの容姿にそれに次ぐ能力を併せ持てばクラスの中では頭ひとつ抜き出る。それでいて、孤高で人に阿るということを知らない雪ノ下雪乃よりは柔和な(ぽわぽわした)性格とくれば、幾ばくかの支持は期待できる素養はあったらしい。
隼人は自分からクラスのカーストトップになっていたが、俺は気づいたら祭り上げられていた。
ただ、祭り上げられたとはいえ得たクラスの女子の顔役という立場はクラスの女子の性質を把握するには便利だった。
噂好きの女子を使って予兆を探り、怪しい人物を見つければそれとなく近づいて牽制する。隼人と協力してクラスの争いの芽を鎮圧してきた。
正直、こんな弾圧者プレイするのはめちゃくちゃ性に合わない。それこそ嫌いな母親たちのやり口と同じだ。
けれども、やらねばならなかった。
そうしなくては、俺は独りになってしまう。
グループがあったとしても、本質的に俺は彼女たちの中には混ざれなかったのだから。
「おはよう、雪乃ちゃん」
「おはよう、亀井野さん」
教室に入るとグループの女子と軽く会話した後、しれっとゆきのんの隣に滑り込む。
「修学旅行の行き先って確か箱根と鎌倉だったよね」
「ええ。落ち着いたいい行き先だと思うわ。小学生が喜ぶのかはわからないけれど」
「うーん、雪乃ちゃん自身も小学生だってこと忘れてないかな? わたしはね、たまに雪乃ちゃんが高校生ぐらいに見える時があるよ」
高校生に見えるのは流石に原作を知ってることによる悪影響だが、それを抜きにしても雪ノ下雪乃は小学生にしては超然としていた。
能力もそうだが、感性が違う。ひどく近視眼的な視点の女子がクラスで目立つ中、彼女と隼人だけが違う視点でクラスを眺めていた。
だから、彼女もクラスの輪に混ざれない。隼人とわたしは近くにいるようでその輪を眺めているだけ。本質的には3人の立ち位置は等しかった。
「私が高校生なら、亀井野さんは大人かしら。貴女と話していると時折、先生と話しているのではないかと思えてしまう……いえ、言い過ぎたわ。こんな稚気あふれる教師などいないもの」
「雪乃ちゃん? それは言外にわたしが子どもっぽいって言ってたりしない? 確かにハンバーグとかが好きな子ども舌だけどさぁ」
「そう聞こえたなら、亀井野さんが言外にそう自身のことを思ってるのではなくて?」
「うう、手痛い。ゆきのんが覚えたての言葉を使っていじめてくるよ……」
軽く泣き真似をして、話を切り上げる。
……それにしてもこのゆきのん、小学生にしては語彙がありすぎではないだろうか? 俺も語彙の制限とかせずに話してたからそれも影響してそう。
見た目は子供、罵倒は大人のデビルゆきのんが爆誕してしまったかもしれない。
「わたしや隼人相手には別にいいけどさ、他の人と話す時は少しは手心を加えたげて。気弱な子なんかはたまに本気で雪乃ちゃんに怯えてることがあるから」
「……善処するわ」
ゆきのんにそれとなく注意はしておく。
彼女自身も心当たりがあったのか、反応自体はわりと素直だ。
雪ノ下雪乃のまっすぐな在り方は美しい。でも、その存在感は凶器だ。特に自分に引け目のある者には手痛く刺さるし、劣等感をさらに刺激される。
その刺激された劣等感が何に作用するかがわからない。諦めに回れば害はないけど、敵対するという択を選ばれてしまった時が怖いのだ。
朝から授業が消化され、いよいよ班決めの時間となる。
結論から先に言えば修学旅行が班決めは割と難航した。
今までは各々が友達グループ同士で固まり、男女グループ間をくっつけて調整すれば良い話だったが、今回ばかりは違った。
「あたし、隼人くんと一緒の班がいい」
「あたしも、あたしも」
6年生になって色気付いた女子が多いのかやたらと隼人の男子グループとくっつきたがる女子のグループが多かった。
最終的には先生の鶴の一声でくじ引きとなり、わたしのグループ(雪乃ちゃん入り)に決まったが、それでもクラスにはどこかしらけた空気が広がっている。
「また、皐月ちゃんと雪乃ちゃん……? いつも一緒にいるのに、修学旅行でも一緒なんてずるいよ……」
班決めの終わりに隣でくじを引いた女子の声がいやに耳に残った。
(もしかしたら、わたしは悪手を引いてしまったのかもしれない。ちょっとこの年頃の女の子の情熱を見誤っていたかもね)
色恋なんて俺にはわからない。
うーん、隼人を見てかっこいいと思う辺り性的な嗜好は女性のものになってはいるんだろうけど、なんか肉体だけが反応して、精神がついて行ってないというか……。
多分俺が女子の輪に混ざれないのは、そこらへんの感覚にまだ野郎としての前世が絡みついてるからの気がする。
ともあれ、波乱の予感を孕みつつ俺たちは小学校最後の大一番へと足を進めるのであった。