五月雨を越えて   作:衝角

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第3話 葉山隼人はまだ知らない。

 

 11月初旬。

 鶴岡八幡宮の駐車場に大型バスが乗り付けていた。

 乗降口からわらわらと小学生たちが降りていく。

 千葉からバスに乗ること一時間半ほど。千葉市にはない古都の空気に俺は心地よさを感じていた。

 

(やっぱ鎌倉はいいよね……。たまに、懐かしくなる時がある)

 

 実は俺の前世は千葉県民ではなく、神奈川県民だったりする。

 相模川の流域の方の出身だったけど、鎌倉や横須賀の方にも何度か足を運んでいた。鎌倉は車で行くと道が狭いし、かと言って公共交通機関も人口密度が高くて気詰まりする。

 防衛上の都合上、山に囲まれた浜に武士の都を作ったから仕方がないけど鎌倉は観光地としてのキャパシティはあまり高くなく、わりといつ行っても混雑していたりする。

 ……おっと、ネガキャンをしすぎてしまった。いけないいけない。

 まあ、諸々の理由があって普段使いで行きたくない場所ではあるが、たまに来ると山海の主張の強さと古刹の醸し出す雰囲気が心地よく感じる。

 それに複雑に入り組んだ海食崖という厳しい地形に対して人間がどう対応し、生きていこうとしてきたのか。ある種の逞しさが伺えるから好きだ(これは横浜や横須賀にも言えることではあるが)。

 

「皆さん、班ごとに並んでくださーい」

 

 担任の先生たちが降りてきた生徒たちを整列させ、クラス単位で集まると鶴岡八幡宮の本殿の方に進ませる。

 今日の行程は鶴岡八幡宮までは全体行動。その後は鎌倉の大仏がある長谷寺まで班ごとに分かれてオリエンテーリングを行うことになっていた。

 オリエンテーリングというのはつまるところあれだ、原作における千葉村で鶴見留美たちがやっていたアレのことだ。

 遠足でやるイメージが強いが、本来は走り回って走破タイムやチェックポイントでの課題の正解数を競うらしい。今回の修学旅行では長谷(はせ)寺以外に3ヶ所が設定され、それぞれ武家政権時代の範囲内で歴史問題が出題される形式になっていた。

 参拝の列が進み、俺の順番が回ってくる。

 

(無事に鎌倉の大仏までたどり着けますように)

 

 オリエンテーリングにおいて正直なところクイズは問題ない。うちの班には葉山隼人と雪ノ下雪乃という学年トップの優等生達がいるし、なにより社会科だけならその2人を倒せる俺がいる。

 ただ、チェックポイントにたどり着けるかどうかが問題だった。

 待機場所に移って旅のしおりの地図のページを見る。

 

(源氏山公園の源頼朝像、銭洗弁天こと宇賀福神社、佐助稲荷神社……チェックポイントの配置が見事に西鎌倉の山を越える感じなんだよなぁ)

 

 チェックポイントの配置は一番最初の源氏山公園がアクセスにバリエーションがあるくらいで後は基本的に一本道だから迷う心配は薄い。

 

(けどなぁ、雪乃ちゃんがなー。方向音痴で体力がないからなー)

 

 ハイスペックな雪ノ下雪乃の致命的な弱点。それを突かれる形になる。明らかに途中でゆきのんが力尽きる構図がありありと見えた。

 

「雪乃ちゃん、がんばろうか」

 

「そうね、私としても負けたくはないもの。やるからには勝つまでよ」

 

 ゆきのんは静かにやる気を出している。そのやる気で最後の粘りを期待したいところだ。

 

「僕もやるからには勝つつもりでいるよ、だからみんなも頑張ろう」

 

 ゆきのんに乗るような形で隼人も皆に声かけして円陣みたいになり、手を重ねる。

 なんか、妙な流れになったなぁと思いつつ俺も手を重ねた。雪乃ちゃんもまた渋々ながら手を出している。

 

「ねえ、勢いでやってるのはいいんだけど、掛け声的なのはあるの?」

 

「いや? でもそうだな。ワンフォーオール、オールフォアワンとかどうだろう?」

 

「まぁ、いいんじゃない。それで」

 

 一人はみんなのために、みんなは一人のために。

 いかにも葉山隼人が好きそうな掛け声だな、と思う。

 そんな斜に構えた物言いになるのは、俺だけ無駄に中身が年を重ねたからか。多分、葉山隼人は少なくとも今の時点の隼人は本気でそれが尊いことだと、シンジツであると思っている。

 でもそれがなぜ尊いかはおそらく分かっていないのだろう。そして、分かった果てが原作の葉山隼人になのだろうとも。だから、これは年頃の子供らしい純真さの発露とも言えた。

 

「「ワンフォーオール、オールフォアワン。頑張ろう、ゴー!」」

 

 一際元気いい掛け声と共に、オリエンテーリングが始まる。

 俺は輪の中に入っていながら、それを気持ちの上では遠くから眺めていた。

 

 *

 

 鶴岡八幡宮から線路を渡り、第一のチェックポイントである源氏山公園を目指す。

 源氏山公園に至るルートは概ね2つ。

 山の南側の道路を使って、他のチェックポイントである佐助稲荷と銭洗弁天を素通りしてアクセスするか、源氏山を北に回って化粧坂(けわいざか)切通を経る短絡か。

 第3の選択肢として寿福寺の墓地の後ろが地形的に源氏山公園とつながってそうだったけど、確証が取れてないから俺からは候補に出さない。

 俺がルート選択に関与しないとなると、話し合うのは隼人とゆきのんしかいない。

 班の他の子は隼人たちに目配せはしながらも、たわいもない会話に興じていた。

 

(実のところ、勝ちにこだわってるのはあの2人だけ。それに班全体に隼人に任せとけばいいやって空気が流れてるし)

 

 隼人の人気は絶大だし、ゆきのんの能力には口を挟む余地はない。

 決断しなくていいなら決断しない。それが誰かの下にいることに慣れた人間の習性だった。

 

「迷うこと自体が無駄よ。化粧坂の方に行きましょう」

 

 そんな群体に対してゆきのんは目が覚めるような鮮やかさで決断を下して見せる。

 

「俺はどちらのルートを選んだかで順位が決まってしまうような作りにはなってはないと思う。遠回りしてもいいんじゃないか? クイズを一発で答えられれば済む話だと思うな」

 

「それこそ、そんな悠長なことをしていては遅れを取るでしょう? クイズとはいえ、そんな長期間足止めさせられるような難問を出すとは思えないわ」

 

 ああ言えばこう言う。

 どちらの理屈もそれなりに筋が通っているように思える。ただ、やっぱり俺は言い合って方向性が定まらない方がロスなような気がした。

 

「もういいよ、2人とも。とりあえず前の班についてこ。あそこ頭いい子がいないから、クイズになったら抜けるし」

 

 だから、折衷案というか思考放棄することを勧めた。わりかしゆきのんの考え方に近い気がする。

 

「……わかった。彼らについて行こうか」

 

 隼人は俺の意を汲んでくれたようで議論を終わらせて歩き出す。

 前の班は化粧坂を選んだようで源氏山を北巻きに回る。進むたびにどんどん斜度がキツくなり、足が重く感じ始めた。

 

(そりゃ、山登りだもんね)

 

 事前学習で学んだが源氏山の標高は96m。海抜が低そうな鶴岡八幡宮から登るなら千葉市近辺ではまず経験できない標高差がある。

 ……何が言いたいかというと。

 日頃から運動してない小学校女子にとってはハードだということだ。

 女子メンバーの中で一番運動神経がいい俺がそこそこ辛く感じるなら、他の女子には確実に辛い。

 

「…………はあ、はあ」

 

 そして、ゆきのんにはかなりダメージが入っていた。

 意気揚々と列の先頭に並びかけてた先程とは異なり、今では最後方を息を切らしながら登っている。ゆきのんの様子は傍目から見てもキツそうでちょくちょく隼人がゆきのんの方を見て足を止めていた。

 その度に班の女子から不満げな視線がゆきのんに向けられていく。

 

「隼人は前の方を見てて、雪乃ちゃんや女の子達はわたしが見てるから」

 

「わかった、任せる」

 

 まずいと思ったわたしは隼人にそう伝えると列の後方に下がる。

 隼人はそのままわたしに女子たちを任せて先に進み始めた。

 今回、俺がすべきなのは、ゆきのんへのヘイト管理だと思う。

 隼人がゆきのんに注意を向けるたびに彼が好きな女子たちは気が気でない。幼馴染でかつ才色兼備の美少女なゆきのんはどうしても目についてしまう。

 だから、隼人が向ける注意を俺が肩代わりすることでゆきのんへのヘイトをカットする必要があった。

 

 *

 

 坂道を登り切り、化粧坂切通の岩場を越えてようやくチェックポイントである源頼朝像にたどり着く。

 しかし、一番乗りとかではなく真ん中よりやや後ろぐらいだった。どうにも坂登に苦戦し過ぎて南側の比較的平坦な道を選んだ班にも負けたらしい。

 こうなってしまっては、俺や隼人にゆきのんがクイズで一発回答して見せても意味はない。

 追い上げたものの、どうにもならず俺たちの班は全体で6番目という前評判にしては格好がつかない順位に終わった。

 

「みんな、よく頑張ってくれたね。ありがとう」

 

 隼人は周りを気遣うように笑みを浮かべるが、班の空気は淀んでいた。

 特に女子はゆきのんから離れるようにして固まっている。

 隼人がいるから表立った行動はしない。

 けれど、言外に『お前が葉山くんの脚を引っ張った』のだと非難していたのだった。

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