五月雨を越えて 作:衝角
まさか3話で色、それも赤がつくなんて思ってなかったでござる……。
長谷寺で大仏を見た後はそのまま待っていたバスに乗り込み、箱根の方に向かっていく。
(どうしたもんかなあ……)
隣で疲れて寝てるゆきのんに膝枕しながら思案する。
俺がフォローしてもなお、ゆきのんへのヘイトが集まってしまっている。直接的に何か言ってきてるわけじゃないけど、遠巻きに見つめてくる視線は雄弁だった。
あまりに空気が悪かったため、俺がゆきのんを連れ出して以降はふたりぼっちだ。……まぁそうしてゆきのんを集団から引き離せるように『ゆきのんのお世話係』と呼ばれるような振る舞いをしてきたわけだが。
このあとの予定と行動指針を確認するべく、旅のしおりをぺらぺらとめくる。
バスを降りたら部屋ごとに分かれて夕食を摂ることになっていた。入浴の時間は各自だから、今日はもうゆきのんと行動することはないっぽい。
(宿での部屋割りはゆきのんと俺は分けられているからなー。俺がいないうちになんか言われてそうな気がするー)
良くも悪くも俺とゆきのんは葉山隼人という傘に守られている立場だ。
単体ではコミュ力低めの見た目がいい優等生でしかなく、女子だけのところに放り込まれると少し辛いものがある。ゆきのんは言わずもがな、俺は女子よか男子と話してる時の方が口数が多いタイプだからガールズトークを延々と続けるのは苦手なのだ。
2日目は大涌谷と芦ノ湖での海賊船乗船を全員でやるだけだから、難所は今日のホテルぐらいか。
「……ん」
ぱらぱらとしおりをめくっているうちに膝の上から声がした。どうやらゆきのんが起きたらしい。
寝ぼけ眼になっている時の彼女は普段の氷のような雰囲気は皆無だ。だから、ただただ純粋な顔の良さと年相応の幼さが強調される。
俺は思わず息を呑んだ。
(やばいな、これ。……こりゃあ陽乃さんもヒッキーも陥落するわけだ。よかった、俺がかなり女に侵食されてて。野郎比率高めだったら即開城してた……)
正直言って異常なぐらい可愛いし、庇護欲をそそる。役得が過ぎてつらい。
けど、それを表に出すとゆきのんに手痛く突かれるので抑える。
「ごめんね、起こしちゃった?」
「いえ、勝手に目覚めただけ。……こちらこそ、ごめんなさい。亀井野さんたちにかなり迷惑をかけてしまった」
ばつが悪そうにゆきのんは言う。
彼女もまたさっきのオリエンテーリングのことを引きずっていた。
「わたしは別に。班のみんなには一度謝ってるからあれで十分だと思うよ」
「……それだけじゃないわ。亀井野さんが私の手を引いて逃がしてくれたことも。あの場所にいたらきっとよくないことが起きてたはず。でも、私一人では動けなかったから……」
「あれも別にわたしがやらなくても隼人くんがやってたと思うけどね」
「そうね、確かに葉山くんなら動いてたわね」
本来ならこんな風にゆきのんを連れ出すのは隼人の役割だ。皆に求められる『葉山隼人』はそういう善良な人物だから。
けれど、今回それを隼人をやってはならなかった。
やってしまえば、周りは『葉山隼人は雪ノ下雪乃を特別扱いしている』ということになり、ただでさえ落ちかけていたゆきのんの株が底値に落ちる。
そして、隼人や俺が見ていないところでいじめが始まっていただろう。
旅行の最初からこのストーリーラインが見えていて、俺はこれに乗らないように行動していた。
だが、班行動が終わった今。その活動も終わりに近い。
(さて、修学旅行さえ大禍なく終わればあとはゆっくり隼人から距離を取ればいい。ゆきのんは海外留学の準備、俺は中学受験っていう大義名分もある)
後はまあ、恋愛絡みの暴発がなければ最後まで安泰だろう。けれど、それも男子から適切な距離を取れば凌ぎ切れる計算だ。
中学からは隼人たちとは進路が違うから神経を尖らせる日々もじきに終わる。
……終わるはずなのだが、俺はどこか違和感を覚えていた。
そういえば俺って前世でも誤字とかケアレスミスをやらかすからむちゃくちゃ得意だったのに世界史のテストで100点は一度も取れたことなかったんだよなぁ……。
……まさか、今回もこの案件だったりしないよね?
*
「なに? 部屋に帰ってくるなりみんな、わたしを囲んで……。怖いんだけど」
夕食を済ませ、風呂も入って部屋に帰ってくると俺は同室の子達に取り囲まれていた。
「だってさぁ、皐月ちゃんと隼人くんって幼馴染じゃん。だから、色々喋ってもらおうかなって思って」
「実際のところ、皐月ちゃんと隼人くんって付き合ってるの?」
「あと雪ノ下さんも隼人くんと距離近いし……」
思わず、俺は後ずさってしまう。
小学生だからってナメてた。ふぇぇ、女の子の情念こわいよぉ……。
「言っとくけど、全部吐くまで寝かさないから」
最後通告まで突きつけられてしまう。
どうやらこれは洗いざらい吐かないと身の潔白を証明できないらしい。
「はいはい、わかったわかった。でも、同時に聞かれても答えらんないよ。ちゃんと順序つけよう、順序」
観念した俺は同室の子たちに質問攻めされることになる。特にしつこく聞かれたのは、俺が隼人を好きかどうかだ。
「実際のところさ、雪ノ下さんも幼馴染だけどあまりあの娘しゃべらないし、なんか恋愛ごとも興味なさそうだから、あの子から隼人くんに対して何かあるとは思えないんだよね」
「それはわかる」
「でもさ、皐月ちゃんは結構隼人くんと話すじゃん。イベントの時とかも隼人くんと仕切るし。だから、ここでちょっとはっきりさせたいなぁ。ねぇ、皐月ちゃん。皐月ちゃんは隼人のことどう思ってるの?」
やたらねっとりとした口調で詰めてくるのは相原ちゃん。
見た目はタレ目が可愛い正統派美少女って感じで俺とゆきのんがいなければ間違いなく女子の顔役を張っていたレベルの子だ。
そして、何より一番クラスで隼人への好意をオープンにしている子だった。
「うーん、どうだろうな。あんまり考えたことはなかった」
亀井野皐月にとって葉山隼人とは何か。
今更になって考える。
まちがいなく一番距離の近い男子ではあるのだろう。幼馴染だし。それに見ている視野も大人びているから話も比較的合う。
顔もいいし、能力だって高い。
……やばいな、事実だけ並べると完全に葉山がメインヒロインに見えてくる。
けれど、どうにも俺が隼人とそういう恋人的なことをしてる絵が浮かばなかった。周りは思い浮かぶんだろうけど、いざ自分が想像しようとするとちょっと吐きそうになる。
(顔や仕草で身体は反応するんだけどなー、行為となると拒絶するあたりやっぱり俺は混ざり物なんだって思う)
拗れてよくわからない自分の性的嗜好に頭を抱えながら俺は回答を捻り出す。
「うーん、やっぱりわたしからの隼人の印象は話が合う友達でしかないかな……。キスとかしてこようものなら思わず殴っちゃいそう」
「そう、ならよかったあ……」
俺の言葉に目に見えて安堵する相原ちゃん。
多分、俺がしていた見落としというのは女子間における脅威度の測り間違いだ。
彼女達はゆきのんより、俺を脅威だと認識していた。
俺自身は隼人に興味ないから別にいいやって自分の見られ方にはおざなりになっていたけど、改めて俺が競合する相手じゃないとみんなに示すのも大事だったんだろう。
一番聞きたかったことを聞けたら満足したのか、俺への追及は終わる。
久々に俺は枕を高くして眠ることができた。