五月雨を越えて   作:衝角

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忙しくてあまり見れてなかったんですが、お気に入り数が尋常じゃないぐらいに増えててびっくりしました。皆さん、ありがとうございます。



第5話 亀井野皐月を取り巻く力学

 

 修学旅行も2日目は大禍なく終わりつつある。

 午前中は大涌谷の山道でグロッキーになってたゆきのんを介護し、芦ノ湖の海賊船(遊覧船)体験ではすでに山道のバス移動で若干胃をやられていたゆきのんをエチケット袋を片手に見守った。

 うん、景色よりはゆきのんしか見てねえなこれ。これでいいのか修学旅行。まぁひたすらゆきのんが可愛かったから別にいいけど。

 

「雪乃ちゃん。頑張って外に出なくていいんだよ」

 

「……いえ、大丈夫よ」

 

 強がるゆきのんだが、顔色は白くて唇も震えている。負けず嫌いもここまで至るともはや病気である。

 

「うーん、これはドクターストップだね。雪乃ちゃん、鶴巻先生のとこ行こっか」

 

「……うん」

 

(いや、ここは抵抗しないんかい)

 

 内心でツッコミを入れたのち、限界になっていたゆきのんを保健の先生に引き渡す。

 鶴巻先生の横で座った途端、ゆきのんは糸が切れたように動かなくなった。どんだけ無理してたんだか……。

 まぁ今回の行程は体力がないゆきのんにはハードだった。本当によく粘ってくれたと思う。

 

(おやすみ、ゆきのん)

 

 心の中で彼女を労ってから1人でデッキを歩く。

 紅葉にはまだ早いけれども、ほのかに色づき始めた山々に芦ノ湖の青。箱根神社の赤。

 綺麗な風景だとは思う。

 願わくば、1人で周りを気にせず見ていたかったけども修学旅行である以上、それは叶わない。

 こうしてぶらりと1人で歩いてても、すぐに誰かと出会してしまう。

 デッキから姿を消した俺たちを探していたんだろう、辺りを見まわしていた隼人と目が合った。

 

「ここにいたんだね、皐月。雪乃ちゃんはどうした?」

 

「もうダメだったから、鶴巻先生に渡してきたよ」

 

「……そうか」

 

 少し遠い目になる隼人。

 長い付き合いだから、ゆきのんの虚弱ぶりにはお互い慣れていた。

 そのまま2人並んでデッキを歩いて可能な限り人目が少ない方へと進む。ぼっちというわけではないが、俺たちもまた経験で人の認識から外れやすい場所がどこか肌感覚で分かるのだ。

 

「皐月、雪乃ちゃんのことありがとう。班長だった俺が見ておくべきだったんだろうけど、任せきりにしてしまった」

 

「別にいいよ。それこそ、雪乃ちゃんの面倒を隼人くんが見続ける必要はなかった。女子の中で見てられるならそれで十分だったよ。こういうときのために、わたしがいたわけだし。それにみんなもうお年頃だしね」

 

 俺が茶化したようにいうと、隼人も釣られて笑う。

 思ったよりも最近の小学生は早熟で隼人の友達の桜山くんなんかはすでに彼女とキスまで済ませてしまったらしい。

 

「……君も、告白されたりしたのか?」

 

「何度か、ね。わたしとしてはそういうことに興味は持てないかなあ……。というかナチュラルに「も」をつけるあたりやっぱ隼人くんモテるんだね」

 

「まあね。けど、少しだけ嬉しいだけなんだ。本当に好きになって欲しい人……認めて欲しい人からは何も言ってくれないし、頼りにしてくれないから」

 

 そう言って寂しげに笑う隼人。

 まあ陽乃さんは何でも出来るからね……。彼女が隼人を頼るとしたら、それこそ何かやる時に頭数がいる時ぐらいだろう。

 

(それにしても、隼人がこんな弱い姿を見せてくるとは思わなかったなぁ。周りに人目がないからだろうけど)

 

『葉山隼人』は秀でていて頼れる存在でなくてはならない。昔、陽乃さんに憧れた彼はいつしか周りにそうあることを強いられる存在になっていた。

 けど、その偶像は人が作り上げた理想像でしかなくてどうしても現実からは乖離する。

 そして、生真面目な彼はその隔たりに苦しむのだ。

 ……俺みたいに『そりゃあどだい無理な話だ』と割り切れば楽になるのに。

 そうしない辺りが彼の強みというか、馬鹿さ加減というか……。

 

「隼人は頑張ってるとは思うよ。でも、必要のない時はしっかり休んで欲しい。四六時中気を張ってたら疲れちゃうよ」

 

「そうか。なら、少しだけ休ませてくれないか」

 

「いいよ」

 

 隼人はそういうと近くにあったベンチに腰掛ける。俺はそれをつかず離れずの距離で見守っていた。

 もうすぐ小学生時代が終わる。

 俺とゆきのんと隼人で3人でいられる時期が終わる。

 

(そういえば、中学になったら俺やゆきのんがいなくなるけど、その後に葉山隼人を『葉山隼人』ではなく、ただの隼人として見てくれる人は現れるのだろうか)

 

 らしくもなく、ふとそんなことを思う。

 あるいは、その人こそが比企谷八幡だったりするのだろうか。原作で葉山が少し露悪的になるのは八幡の前だけだし。

 

(もしそうなら、はやはちって思ったよりも火力高いなぁ。やっぱり海老名さんってすごいんだぁ……)

 

 らしくない心配はあっさり割とどうでもいい感慨に変わるのだった。

 

 *

 

 瞬く間に2学期も終わり、後は3学期。……なのだが、クラス周りの関係性については心配することはなかった。

 隼人とはごく自然に距離を取れている。たまに2人一緒に行動することがあるぐらいか。それでも付き合ってる噂とかが流れたりはしなかった。

 

「皐月、最近隼人くんとはどうなの?」

 

「うーん、受験で忙しいからあまり話してない。時間があったら勉強に充ててるしね」

 

 家を出る前に母さんが声をかけてくる。

 ぶっちゃけかなりウチの母さんは学校でのことを気にする。成績もそうだし、生活態度も。あと交友関係も聞いてくる。

 特に隼人は雪ノ下家含めグループ全体で抱え込んでる法曹集団の頭の有力な後継だし、ゆきのんは母にとっては宿敵の娘にあたる。

 小学校低学年の頃から前者とは仲良くし、後者とは距離を置け、と言われてきた。半分くらい守ってなかったけど。

 

「今年は受験があるからチョコはこちらで選んどくわよ」

 

「チョコ? ……あと2週間ぐらいでバレンタインデーだったね、そういえば」

 

「そうよ、日頃お世話になってるんだから隼人くんに渡してあげなさい」

 

 そういえばバレンタインデーがあることを忘れていた。今は距離取ってるけど、家の付き合いがあるから義理チョコは渡さないといけないんだよね……。

 確か例年は普通にデパ地下で買った無難なやつをあげてたはず。

 

「わかった。でもあまり本気っぽくないやつでお願い」

 

 母にそう伝えておく。けど、守ってくれないんだろうなぁ、きっと。

 内心で俺はため息をついた。

 なんだかんだで地方名家の人脈というのは地縁と血縁によるものがデカい。

 その土地に長く根付き、ノウハウと人脈を築き上げたからこそグローバル企業や東京に本社を置く大手とやり合える。

 古臭いとは思うけど、こうした実利的な旨みがあるためじつは21世紀に入ってもなお許嫁的な文化が雪ノ下グループには残っていたりするのだ。

 今現在の雪ノ下本家には陽乃さんが、亀井野には姉さんという長女にして能力的に優れた後継者がすでにいた。

 だから、許嫁として外に出されるのは俺やゆきのんといった次女以降、あるいは母のように長女であったけれども後継者争いに敗れた姉妹である。

 つまるところは、俺とゆきのんと隼人の関係は大人からは家ごとの勢力争いの場ともいえるわけで。そりゃあウチの母みたいに口出しもしたくなるわけだ。

 

(まったく、ヤな家に生まれてきたもんだよ、ほんと。子供の悲喜交々ぐらいは自由にさせて欲しい)

 

 隼人は単純に友情で付き合ってくれてるし、俺も単に話が合うからという理由で一緒にいる。ゆきのんはちょっとわからないけども、自分の意志でいてくれてるのだとは思う。

 それに、何か余計なものが混じるのがひどく嫌だった。

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