フウカは大切な用事があり、祝日にも拘らず第八学生食堂で料理をしていた。
しかし、約束の時間になっても、その人はやってこない。
そのとき、偶然食堂に居合わせたヒナに、一報が入る。
どうやら、またハルナが店を爆破したらしい。
呆れるフウカだったが、心持ちは一転して不穏になっていく――







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 世界観とキャラの解像度が低いです。
 銃に関する知識が無さすぎるので、銃ってこんな仕組みじゃなくない? と思っても、そういう銃なんだな、と理解してくれると助かります。
 自分自身書いている途中で酷いな、と思いましたが、完成させたので投稿します。
 少しでも無理だなと感じた瞬間、ブラウザバックしてください。




読み切り

 

「フウカ、いる?」

 

 第八学生食堂の調理室でようやく一息ついた時、自分の名前が呼ばれた。

 私はカウンターに出向く。

 

「ヒナ委員長……どうかした?」

 

 空崎ヒナだった。

 

 キヴォトス全域で数えても指折りの実力者であり、ゲヘナ学園の風紀委員長。ゲヘナの悪名高き不良生徒も彼女を一目見たら赤子のように泣き出すと噂の、絶対懲悪治安維持装置である彼女が、私を訪ねてきたのである。私の体は、不安で強張る。

 

 私が部長を務める給食部は、衛生管理で調査員を食中毒に遭わせたり、調理したパンケーキが動き出してバイオテロに発展したり、風紀委員の厄介になるトラブルを多々起こす。そのため、委員会からの評判はよくないだろう。少なくとも、私の所感では、そう。

 

「そんなに身構えないで。ただ昼食を摂りたくて」委員長は遠慮がちに言った。

「あ……」

 

 私は咄嗟にホールの奥にある壁掛け時計を確認する。十二時を回っていた。生徒が昼時に学生食堂にやってくるのは必然だ。たった今料理を仕上げて肩の荷を下ろしたところに、ちょうど委員長と鉢合わせて、時間を把握する暇がなかった。

 とはいえ、お昼を食べにきた生徒を見た目で邪推したことに、私は居心地が悪くなる。

 

「もしかして、邪魔したかしら」

「ううん、全然。むしろ嫌な態度取ってごめん」

「謝らなくていいわ。今日は祝日だもの。食堂は開いてないのが常識。生徒の来訪なんて予想外でしょ? それなのに、よりにもよって私みたいなのが来たら、警戒して当然よ」

「そんなこと……」委員長の自分を卑下する物言いに、私は返答に窮してしまう。

 

 言われてみると、この日、ゲヘナ学園は休校だった。故に、生徒が食堂を利用する構図があり得ないのである。これまた時間の件と同様の言い訳ですっかり失念していたが、自分が委員長を疑ってしまったのは、頭の片隅にそういう違和感があったからだろう。

 

「ごめん、また困らせているわね。要するに、昼食の目処が立っていなんだけど、学園の巡回で食堂の前を通った時、いい香りがしたから、フウカがいるのかもって思ったの。もし良かったら、お昼、貰えたりする? 迷惑だったら本当に断ってくれて構わないから……ほら、コンビニもあるし」

 

 私は少し思案する。

 祝日にも拘らず登校をしているのは、この場所で待ち合わせをしているからだ。そしてもうじき約束の時刻だった。委員長に料理を振る舞うことは容易いが、その人とブッキングしてしまい、二人きりで会おうとした私の腹積もりが勘繰られるかもしれない。そうなったら、恥ずかしくて嫌だ。

 

「……やっぱり、コンビニに行ってくるわ。なんだか、カップ麺が食べたくなってきたし」

 

 明らかに、私を気遣うようなものと、しょんぼりしたようなものを、委員長は眼差しに含んでいた。

 

「待って!」

 

 私は何を迷っていたのだろう。

 給食を食べに来た生徒に、給食を提供することが、給食部の意義だろうに。

 

「カップ麵より私の料理のほうが美味しいに決まってるから、そんなこと言わないでよ」

「……いいの?」

「うん」私は自分の卑しさを捨てた。「すぐに用意するから、座って待ってて」

「そう、ありがとう」

 

 

 

 食事を配膳すると、委員長は猫のように目を丸くした。

 

「まだ三分も経ってないのに、こんなに料理が出てくるなんて……てっきり、外に漂っている香りは、翌日の給食の仕込みかと……予めこういうシチュエーションを想定していたの?」

「や、そういうわけじゃないけど……ちょっとね」私は曖昧に返事をする。

 

 委員長が懐疑的になるのはもっともで、お盆の上には、白米に味噌汁、唐揚げ、サラダ、煮物、焼き魚、漬物、ゆで卵、フルーツ、と多様なものが並んでいて、自分で言ってしまうが量がおかしい。しかし、これらは本日の献立のほんの一部であり、我ながら気合を入れ過ぎたと反省する。

 ただ、張り切ったのには相応の理由がある。委員長には教えたくないけど。

 

「ずいぶん豪勢……食べ切れるかしら」

「残してもいいからね」

「ねえ、まさかフウカは普段からこの量を食べていたりするの?」

「そんなわけないでしょ、今日はたまたま」

「ふうん、何か特別な日なの? フウカの……それともジュリ……? あれ、そういえば、ジュリはいないの?」

 

 委員長は中々どうして、詮索してくる。

 

「うん、ジュリは休み。そのう……いつも頑張ってくれてるから、たまの休日くらいゆっくり休ませてあげたくて」

 

 誘っていない、というのが本当だが、ジュリに対する気持ちは本心だった。

 私は受け身ばかりではなくて攻勢に出てみる。

 

「委員長、案外野次馬だね、性格悪いよ。料理が冷めちゃうから、早く食べちゃいなよ」

「む、仕方ないじゃない……風紀委員なんだから。学園内の違和感は、正しておかないと」委員長は一瞬唇を尖らせてから、ストレートに訊ねてきた。「本来ならフウカだって休みの筈なのに、どうして部活動をしているの?」

「あのさ、公務か休憩、どっちかにしてくれない? 公務中にご飯を食べることを、サボりって言うんだけど、委員長がそんな体たらくで、委員に示しがつくの? 料理下げようか?」

「う、意外に容赦ないのね……まあ、至れり尽くせりなのに、あれこれ追及するのは失礼か。それに、フウカなら大丈夫よね」

 

 私の姿勢が功を奏して、委員長は箸を取ってくれた。

 

「頂くわ」

「うん、ゆっくりしていって」

 

 なんとか誤魔化せたことに私は安堵する。

 どうせ、委員長を食堂に受け入れた時点で、すぐに体裁は剥がれるのだが、自分の口で伝えるのはもどかしいので仕方がない。それに、一人の時にバレるのなら、二人の時にバレたほうが、幾分か気は楽だ。

 

 調理室に戻る時、私は横目で時計を確かめる。

 昼は半ば。

 遅いなあ、と胸中でぼやいた。

 

 

 

 遅刻をするなら連絡の一つくらい欲しいものだが、痺れを切らしてモモトークを送信しても一向に返信はない。前日のトーク履歴を眺めても、軽口を交えながら今日の段取りを決めて、会話の終了には、おやすみなさい、と送り合っている。無視されるような謂れは見当たらないが、気づかないうちに何か癇に障ることをしてしまったのだろうか。私は不安になってくる。

 

 数分が経った頃、ホールから委員長の呆れを含んだ声が、調理室で格好だけ不貞腐れている私の耳朶を打った。

 

「またハルナが店を爆破したの?」

 

 耳にタコができそうな名前に、手持ち無沙汰な私は失礼だと自覚しつつも、委員長を盗み見ることができる位置まで移動して、気を紛らわしたくて聞き耳を立てる。

 彼女の美貌が心労で歪んでいる。眉間に寄った皺を掌で押しながら、通話をしている最中だった。

 

「人員と装備は足りてる? ――そう、なら被害状況の確認、住人の安全確保と並行して、損壊規模が拡大すると後々タヌキが面倒くさいから、なるべく食い止めつつ、美食研究会のメンバーを拘束して」

 

 内容からして、電話越しの相手は風紀委員の誰かだろう。

 そこで、私は腑に落ちる。

 学園のパトロールのみならず、こういった神出鬼没なトラブルに対処するために、委員長は祝日にも学園に常駐しているのだ。ご苦労様、と私は無言で労う。

 

 それにしてもハルナのやつ、ミレニアムで頭のネジを締め直してもらうか、山海経の錬丹術研究会とかいう施設で、頭を治す薬でも処方してもらったほうがいい。いや、馬鹿に付ける薬はないって言うしな。

 

「何? そこにいる美食研究会の部員はハルナだけなの? なら余計に制圧は簡単じゃない。なんで泣き言――は? 先生も一緒なの?」

「――え?」

 

 ――先生。

 その単語に、私の視界は瞬く間に狭窄する。意識が白む。そういう多様な不快感に全身が襲われた。

 

 先生がハルナと一緒にいる。

 二人で何をしていたのか。

 決まっている。考えるまでもない。

 

 ハルナの目的は、究極の味の探求だ。

 アイツは、自ら美食と定義した条件を解明するか、単純に料理を味わい、それが美食足り得るか審判し、その生意気な舌に敵わないなら爆発制裁を科してくる、迷惑極まりない愉快的テロリストである。

 

 重要なのは、先生が今、そのハルナと、二人きりだということ。

 ハルナの今回の行動原理も、間違いなく美食に準じているのだろう。

 そして、現在は昼時。

 つまるところ先生は、ハルナとランチデートをしていたことになる。

 

 そう、ランチだ。

 その事実が、何より私の情緒をぐちゃぐちゃにする。

 そんなこと、あってはならない。

 そんなの、酷すぎるよ。

 

 だって、あなたは、今日、私と、ずっと前から、約束していたよね。

 本来なら、既に、私と、私が作った料理を、食べている筈なのに――

 

 ああ、そうか。

 きっと、強引なハルナのことだから、先生を無理やり誘拐したのだ。絶対そうだ。

 

「――はあ⁉ 本当に先生がそんなことを言ってるの⁉ 大人なのに⁉ ああもうっ、あの人は本当に生徒に甘いんだから! 私もすぐに向かうから、到着するまで二人をなんとかその場に留めておいて!」

「あ……」

 

 通話を切った委員長と視線が重なった。

 

「うるさくしてごめん。そういうことだから、私行かないと。ごちそうさま、美味しかった。今度お礼するわ。トレーはどこに運んだらいい?」

「あ、や、置いといて、いいよ……」

 

 どの食器も空になっていて、完食していた。

 

「……フウカ? どうかした?」委員長は小首を傾げると、ハッとして頬を紅潮させる。「私、早食い癖なの。毎日あんまりゆっくりできる暇がなくて……でも、ちゃんと味わったから」

「あの、委員長」そそくさと腰を上げる委員長を、私は制止する。

「ん?」

「先生が、どうしてハルナといるの?」

「ああ、現場にいる風紀委員曰く、二人はレストランで食事をしていたらしいわ」

 

 やっぱり、と胸が締め付けられる。

 

「……それで?」

「何が気に入らなかったのか、性懲りもなくハルナが店を爆破したんだけど、先生がハルナの行為は必要悪だ、誰かがやらなくちゃいけなかったんだ、ってよくわからない主張をして息巻いて、ハルナを庇ってる、らしい」

「そうじゃなくて、先生はハルナに身動きを取れなくされてたり、しないの?」

「……? そういう報告はなかったけど……なんだったら、先生がハルナと並んで街を歩いてるところを目撃した子もいるみたい。二人はカップルみたいだ、って羨んでたわ。まったく、先生には生徒との距離感を指導しないとね。というか、現行犯を前にしてそんな余分な報告をするなんて、こっちも説教しないと」

「……そっか」

「うん、だからフウカと悠長に話してると、私も人のこと言えなくなっちゃうから……」委員長は一端言葉を切ってから、私を訝る。「フウカ、なんか、大丈夫……?」

「平気、いってらっしゃい、気をつけてね」

「……ごめん、本当に時間がないから……何かあっても、無理しちゃダメよ」

 

 それじゃあ、と委員長は食堂を後にした。

 

 ――なあんだ、そうかそうか。

 私は一人で舞い上がっていたわけだ。

 

「……ふっ、馬鹿みたい、私」

 

 

 

 ホールのテーブルに突っ伏して、くしゃくしゃになった箱から私は何本目かの紙タバコを取り出すと、ライターで火をつけた。ライターを天板に叩きつけて、ゆっくりと煙を肺に取り込んでから、数時間前に既読無視をした先生のモモトークの通知を再度開く。

 

『今日は約束を守れなくてごめん』

『この埋め合わせは、後日必ずするから』

 

 待っていたら遅くなっても私のところに来てくれるかもしれない、なんて淡い期待は、軽々と打ち砕かれた。

 私は怒りに任せて携帯端末を床に投げつける。が、我に返って慌てて拾いにいく。

 

「あ……」

 

 画面が、割れた。割るつもりなど、なかったのに。

 何故、こんなにも、自分の思い通りにならない。

 

「うう、ううううう――」

 

 蹲る。悔しくて、また涙が出てくる。

 もう、目が痛い。多分、充血していて、瞼が腫れているのだろう。

 何をしても、自分が惨めに思えて、虚しくなる。

 悪循環に嵌まって、鬱になる。

 私に死んでほしいのかよ。

 

 日々のどうしようもないストレスを鎮静したくて、タバコを始めた。

 

 給食部の部員が足りないことによる多忙、自分が巻き込まれ体質でしょっちゅう外的要因から被害に遭うなど、そういった様々な事情から、私の努力の成果は表出しにくい。

 けれど、私は学園の皆に美味しい料理を食べてほしいから、部の活動に誠実に取り組んでいるつもりだ。決して、いい加減にはしていない。別段、そのことを誰かに気づいてほしいわけではないけれど、否定もされたくなかった。 

 

 とはいえ、給食というのは大勢に賄うという性質上、どうしても調理は大雑把になり、完成した時の味や見た目、料理の総合的なクオリティは下がってしまう。私の実力不足以外のなにものでもないが、それでも文句をつけられると、やはりへこむ。それだけならまだしも、理不尽なクレームを受けることもある。卓上調味料で味付けをミスったとか、知るか。

 

 しかし、そういうものをひっくるめて、私の失敗なのだ。

 風紀委員会の厄介になったり、美食研究会の片棒を担がされたりも、そう。私一人では防ぎようのない私のせいではないハプニングも、巻き添えになったら、結果的に私――給食部の悪評に繋がる。給食部はダメだ、とレッテルを貼られる。

 

 でも、先生は、私の頑張りを認めてくれる、数少ない、一人で。

 だから、嬉しかったのに。

 惹かれていたのに。

 あなたの役に、立ちたかったのに。

 私は今、あなたのせいで、タバコを吸っている。

 

 先生は、私ではなくて、ハルナを選んだ。

 ハルナの誘いを拒まなかったことも、ハルナとランチに出掛けたことも、ハルナの弁護をしていることも、先生の意思だ。

 体の自由が利いていたのだから、そういうことだ。

 私がハルナに連れ出される時みたいに、縄で縛られていたわけではない。

 先約があると断ったり、逃げたり、説得したり、ハルナにできた筈なのに、そうしなかった。

 

 いや、どちらの予定が先に入っていたのか、私には判別できないけれど、そもそも女と会う約束があるのに、他の女と会う約束をするなよ、クズ。

 

 もしかしたら先生は、私とハルナのどちらがお利口で面倒くさくないか、色々と考えた末にハルナを優先したのかもしれない。フウカなら謝罪したら許してくれるだろう、と私は安く見積もられているのだ。

 

 ふざけるな。

 そんなことをされたら、私だって傷つくのだ。

 

 私が、あなたのことを想って、この日のために計画を練って、前日から下拵えをして、朝から正午までに一生懸命用意したものを、ごめんで解決しようなど、舐めているにも程がある。所詮、私のやっていることなど、飯炊き女の自己満足程度にしか思っていないから、そうやって易々と裏切ることができるのだ。

 

「………………」

 

 ああ、そうかもしれない。

 今の侮辱こそ、私自身の自分に対する自己評価なのかもしれない。

 私にとって、給食部って、なんだろう。

 

 なんて、こと。

 結局――

 こんなふうに虚仮にされても、私は先生に依存しないと、自分の価値を見出せなかった。

 

 先生、私の料理を食べに来てください。

 キヴォトスで様々な事件に挑み、日々の業務で忙しいあなたの毎食が、インスタントにならないように、体を壊さないか心配する私の気持ちを、尊重してください。

 どうか、私のこれまでに、意味があったと、役立てて、教えてください。

 あなたを、給食部である私の、拠り所にさせてください。

 何もかも、許してあげますから。

 

 全部、ぜんぶ、ゼンぶ、ぜんブ――!

 ハルナのせいだから。

 

「なんで……っ、なんでっ、電源がつかないの!」

 

 当たりどころが悪かったのか、携帯端末は反応しない。

 これじゃあ、先生に、会いたい、って言えない。

 

「……もう、いいや」

 

 私は調理室に視線をやる。

 料理は、昼に先生を迎えたら、すぐにもてなしてあげられるように、そのままで放置していた。

 もう、鮮度も落ちてしまっている。

 会心の出来だったのになあ、もったいない。

 思えば、料理スキルだけは、給食部で身についた、唯一の自慢かもしれない。

 

 涙をぐしぐしと拭いながら、自分の感情を慰撫するように、紫煙を燻らせる。

 こんなもの、吸いたくて吸っているわけではない。

 苦くて臭いのに、やめられない。

 味覚が芯まで侵されていくよう。

 最悪だった。

 

 

 

 灰受けにしていたコップに吸殻を捨ててから、床に叩き割った。

 微かに、私は気分が落ち着いた。

 タバコの箱をエプロンのポケットに捩じ込んで、料理を捨てる決心をして立ち上がる。

 

 その時だった。

 この世で一番見たくない顔が、食堂にやってきた。

 

「ごきげんよう、フウカさん」

 

 黒舘ハルナだった。

 私になんの用があるのかは知らないが、目障りだった。敵意とか憎悪が、明確にわかるように睨み付けると、ハルナは早々に眉を顰める。

 

「何か、とても鼻につくイヤな臭いがしますわね。食を扱う場で環境配慮を怠れば、珠玉の一皿を生み出すことなど不可能。そんなことでは、料理人として三流……いえ、資格すらありませんわよ」

 

 しかし、ハルナは意に介していない。私に煙たがられることが、日常茶飯事だからだろう。なんて、図々しいヤツ。

 

 先生もムカつくけれど、元凶はコイツだ。

 ハルナが先生にアプローチをしなかったら、私の一日が水泡に帰すこともなかった。悲しまずに済んだ。私の不幸の大本には、いつも、黒舘ハルナがいる。

 

「や、ですが、汚くても美味しいお店もありますわよね……ふむ、難しいところですが、味覚は嗅覚からですし、臭いばかりは、流石に……」

「なんの用?」私は抑揚のない声で訊ねる。

 

 発話によるリアクションなどしたくなかったが、ハルナの鬱陶しさは、誰よりも身に染みている。

 

「ああ、そうそう、聞いてください!」

 

 ハルナは私に歩み寄りながら、意気揚々と語り始めた。

 

「今日のお昼に、先生と美食を求めて噂のレストランに入店したのですが、一口食べてがっかりするほどの粗悪品が提供されましたの。私は即刻レストランを木端微塵に吹き飛ばそうと決意しましたが、先生の手前、なんとか自重して、店の内情を調査することにしたのです。

 すると、消費期限切れの食材を用いていることが発覚しまして、堪忍袋の緒が切れてしまいました。そこから先は、想像がつきますわよね? というか、共感してくださいますわよね⁉ 同じ立場だったら、フウカさんだって許せませんよね⁉

 それなのに、風紀委員会の方々ときましたら、揃いもそろって石頭で……先ほどようやく、ヒナさんが先生の顔を立てて解放してくれた次第ですの。まったく、悪徳な飲食店を成敗して、これ以上街の皆さんが健康被害に脅かされることもなくなったわけですし、私に正当性があると思いません?」

 

「だから、なんなの? そんなつまんないことを、嫌味ったらしく伝えにきたわけ?」

「フウカさん? どうして、それほどまでに冷たいんですの?」

「冷たいって、当たり前でしょ。馬鹿にしてるよね? 私のこと」

「私には、なんのことだかさっぱり――あら? フウカさん、よく見るとその目、泣いていらしたんですの? 何かありましたか?」

「……うるさいな。どうでもいいから、帰ってくれない? アンタの顔見ると、イライラするの」

 

 その場で足を止めて、ハルナは頭上に疑問符を作る。表情には困惑とショックが混ざっているようだった。

 私は違和感を覚えて、一つの可能性に思い至る。

 

 まさか、ハルナは勝手気ままに先生を引っ張り回しただけで、先生から私のことを聞いていないのではないか。そうでなくては、そんなふうに戸惑っているのは、おかしい。

 

「もしかして、私のせいで先生との約束が反故になったことを、怒っておりますの?」

「――は?」コイツ、今、なんて言った?

「や、ずいぶん前から約束をなさっていたようなので、大切な用事だったのかと推測しますが――美食は何よりも優先されて当然ですわよね?」悪びれのないキョトンとした笑みで、ハルナは続ける。「だって、美食の素晴らしは流布されて然るべきですし、先生には特にわかって頂きたいので……」

 

 何故、コイツは、謝るでもなくて、平然とそんな自己中心的なことを、顔を赤らめながら、滔々と述べることができるのだろう。

 沸々と、腸が煮えくり返る。

 

「何、言って……あんた、今日のこと全部わかった上で、私の気持ちを踏みにじったの⁉」

「……踏み躙る? なんのことです?」

「とぼけないで! あんたのせいで、先生にお昼を食べてもらう筈だったのに、すっぽかされた!」

「ええと、確かに私が店を爆破させたので先生は昼食にありつけませんでしたが……食中毒になるよりかマシですわよね? フウカさん、先生の体調をなんだと思っておりますの?」

「あんた頭わいてんの⁉ あんたが私から先生を横取りしたことを言ってんの!」

「ですから、それは、美食のため――」

「私の料理が無駄になった……!」

「ああっ、そういうことでしたか。それなら安心してください! 実は私、フウカさんが先生にご馳走するつもりだった料理を、代わりに食べに来たのです。ですから、無駄になんてなりません。機嫌直してください」ハルナは心底ニコニコしながら言った。

 

 私はコイツが何を言っているのか、本気でわからない。 

 

「ささ、早くしてくださいな。私もお昼を食べ損ねてしまい、お腹が空いておりまして!」

 

 気が、狂いそうだ。

 ハルナに芽生える殺意のような衝動を、本人にぶちまけたい。

 だが、人として、そんなことをしていいわけがない。

 

 私は縋るようにポケットから煙草を出して、ニコチンを摂取する。

 こうでもしないと、限界だった。

 

「――何を、しているんですの?」

 

 すると、ハルナは信じられない光景を目撃したように、容貌を凍り付かせた。

 途端に、失敗した、と後悔する。

 私は人前でタバコを吸わないと、誓っていたのに。

 こんな姿、給食部の部長として、情けない。

 

「自分が何をしているのか、わかっておりますの⁉ タバコなど今すぐやめなさい!」

 

 しかし、同時に噴出する激情がある。

 コイツに責められるのは、絶対に違う。

 誰のせいで、私がタバコを手放せなくなったと思っている。

 

「タバコくらいで騒がないでよ。トリニティのお嬢様じゃあるまいし、ここ、ゲヘナなんだけど?」

 

 私が開き直ると、ハルナは我慢ならないという勢いで接近してきた。

 どう罵られたところで、たとえそれが正論だろうと、私は一歩も引く気などなかった。冷静に、嘲笑するように、言い負かしてやろうと臨む。

 それなのに、ハルナは速攻で私の頬に平手打ちをかまして、襟首を掴んできた。叩かれた側にある耳で、きーん、と高い音がなる。物理的な暴力に、私は血が上った。

 

「何すんの――っ!」

「あなた料理人でしょう⁉ こんなもので味覚に支障を来したら、どうするつもりですの⁉」

「あんたに関係ないから、ほっといて!」

「関係なくないですわ! 私とフウカさんは、美食研究会と給食部。私が食べて、フウカさんが料理をする。私が鑑別した食材をフウカさんにお願いして、捌いてもらう時もありますわよね⁉ その一皿にフウカさんは全力を注ぎ、私と一緒に召し上がるのです。それが、美食でしょう⁉ そんなものを吸っていたら、フウカさんの腕前はみるみるうちに腐っていく! それを承知の上でやっているのなら、美食に対する――私に対する裏切りですわ!」

「バカじゃないの⁉ 私のこと散々傷つけといて、裏切るも何もないでしょ! 自己中なことばっかり言いやがって! 何が美食だよ! 私のいないところで勝手にやってろよ! 私は美食なんてどうでもいい!」

「なんでっ、そんなこと……っ! タバコを吸ってるフウカさんが悪いのに、美食まで冒涜して……っ、このわからず屋! フウカさんには失望しました! もう知りません!」

「はっ、本当? 良かった、清々するよ! じゃあもう二度と私に関わらないでくれる? あんたとご飯を食べたって美味しくもなんともないから! 迷惑なの、いい加減気づいてよ、このとち狂い! あんたも美食も、うざいんだよ!」

「……っ、そう、ですか……よく、わかりました」

 

 ハルナは俯いて、目元に影を落とした。

 私は嬉しくなる。言い過ぎた、なんて憂いはない。

 

「――ですがまあ、その無様でよく給食部のために日々努力をしているなどと、寝言がほざけますわね」

「は?」

 

 ハルナの瞳の奥に、ゆらゆらと冷め切った炎が灯る。

 

「あなた如きが料理に真剣に向き合っているなど、勘違いも甚だしい。もうやめたほうがいいですわよ? ぜーんぶ無意味ですから! 何が頑張ってるのに中々認めてもらえない、ですか! このヤニカスのバカ舌! 皆さん、フウカさんのことを正しく評価なさっているではありませんか。だからフウカさんの料理は―― 

 

 ――不味いんですわ」

 

「――――――っ!」

 

 刹那、私はハルナを突き飛ばした。

 

「死ね!!!」

 

 完全な不意打ちにハルナが尻もちをつくと、間髪を入れずに付近の椅子を持って、フルスイングで顔面をぶん殴った。仰向けで倒れたハルナが、痛みから自分の鼻を手で押さえて、指の隙間から漏れる血に愕然としている隙に、馬乗りして、何度も拳を振るう。

 

「やっ、やめてっ――やめ……な、さい! 逆ギレなんて、最低ですわ!」

「黙れ! 私は何も悪くない! 全部お前が悪いんだ!」

 

 私を退かそうと足掻くハルナの筋力よりも、私の暴力による牽制と体重に軍配が上がった。私はもみくちゃになりながら、ハルナの愛銃のスナイパーを奪う。自分のサブマシンガンは、調理室に置きっぱなしだった。

 

 とにかく、許せなかった。もうこんなヤツ、許容できない。自制なんて、してあげない。後がどうなろうと、知ったことではない。コイツの存在が、耐えられない。一秒でも早く、この女を壊してやりたい。そうしないと、私がどうにかなってしまう。

 

「か、返しなさい! こ、これ以上は本当に、許してあげませんから!」

 

 許す?

 ハルナは自分の立場を全然弁えていない。

 現状で、自分に主導権があると、愚考している。

 

 それもそうか。普段、自分がやりたい放題している相手に反撃されるなど、現実味がないのだろう。だから私に何をされても、多少のことなら、まだ自分のほうに優位性があると錯覚している。

 なんて、マヌケ。

 

 私は喚くハルナの額に、スナイパーの銃口を押し当てた。

 引き金に指を這わせる。

 それで、ハルナの顔色が完璧に変わった。恐怖に侵食されていく。

 

「ちょっ、は? じ、冗談、ですわよね……? フウカさん……? それ、シャレになっていませんから……一端、頭冷やして――」

「死ね――‼」

 

 躊躇なくぶっぱなした。

 

 食堂に銃声が轟くと、ハルナの頭がゴムボールのように弾けてバウンドする。

 弾薬はハルナの頭蓋骨を貫通こそしないが、皮膚を深く破いて、血を浮かび上がらせると、どこかにすっとんでいった。

 傲慢な顔が、赤い飛沫で汚れる。

 

「イッ、たあア、ぐう……があ、ああ――」ハルナが呻きを上げる。

 

 私も、腕に走った鋭い苦痛に喘いだ。ゼロ距離で発泡したせいだ。しかし、この程度の反動で怪我をする体ではない。動作不良は起こさない。すぐに薬莢して、銃口をハルナの銃創につける。

 

「や、ヤだっ、イヤっ、お願いやめて――!」

 

 ハルナは完全に怯えていた。逃げようと首をじたばたさせるので、しっかりと銃の先をあてがえて、発射する。ばがんっ、と破裂するような、音。抵抗した分、今度はより激しく後頭部が跳ねて、血をまき散らした。私は返り血を浴びる。ハルナの傷口がより陥没して、より血が溢れている証左だ。

 

「がっ、あアアあ、痛イ、うあ、アアああ――!」

「ねえ、エプロン、汚れたんだけど」

 

 苦悶するハルナに構わず、ボルトハンドルを引く。

 

「まっ、マって、ね、ホントに、待って! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! フウカさんの料理が不味いなんて、本気で言ったわけじゃない! 悔しくて、でまかせついただけなんです! 謝りますから、もうやめてっ、死ぬほど痛いんです! 死んじゃうからあ!」

 

 私の腕を掴んで泣きながら抗議するハルナの握力は、なんとも弱々しく、手が震えていた。脳が揺れて、力が入らないのかもしれない。これでは、なんの妨害にもならない。

 

「謝る? 噓つかないでよ……! どうせっ、何が悪かったのかも、わかってないくせに!」

 

 また、撃った。

 どんどん血は滲出する。滲む量も、嵩む速度も、増していく。ハルナは悲鳴を上げることしかできない。

 

「ああ、ああアアああ、ウアああ、もお、ヤだ、やめてよお……!」

 

 ハルナは顔を手で覆って、必死に自分を守ろうとする。それを払って、撃つ。

 

「うああアア――誰か、誰か助けてっ、お願い誰かああ!」

 

 一々喧しいな、と神経を逆なでされながら、撃つ。

 

「うう、助けてください……先生、センせい、せんセイ、助けてえ……」

「――っ、うるさい! お前がっ、先生って言うな!」

 

 撃――てない。

 引き金はゲームのボタンのように軽くなったみたいで、幾ら引いても、カチャカチャと拍子抜けする音が鳴る。装弾数の五発を、すべて撃発したのだ。眼下の景色は、三発目から代わり映えしていないというのに。まだ、物足りない。ハルナの体をまさぐったらリロード分が見つかるだろうか。いや、気が急いていて、まどろっこしい。

 

「イたイ、イタい、痛イよお……なんで……どうして、こんなこと……私はただ、フウカさんの料理が、食べたかっただけなのに……」

 

 ハルナは鼻を啜りながら、涙声で、癪なことを言う。

 やっぱり、何もわかっていない。

 私が先生に拵えた料理を、お前が食える筈ないだろう。

 

 スナイパーの銃身を握り締める。弾が無いなら鈍器にしよう。効率よくハルナをぶちのめすのだ。私はハルナの銃創にめがけて、スナイパーの持ち手の部分で、何度も何度も殴打した。ハルナはやはり手で防御するが、脆くて役に立っていない。びちゃびちゃ、と固い泥の水面を打っているよう。そこら中、朱色の斑模様になっていく。

 

「いつもっ、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも! 私の邪魔ばっかり! お前のせいでっ、私のやることなすこと全部台無しなんだよ!」

 

 やがて、肩で息をするほど疲弊した私は、攻撃を緩めて呼吸を整える。

 ハルナはというと、ごめんなさい、とか、やめてください、とか、不明瞭な言動しか繰り返さない機械になってしまった。その様は、やっと息も絶え絶えと形容するのが相応しくなってきた。

 

 だが、なんというか、埒が明かない。

 

 いつまで経っても、私はすっきりしない。

 このまま続けても納得できない。

 そういう、漠然としたものがあった。

 

 これは、虚無感だろうか。

 それとも、飽きだろうか。

 

 ここまでして、苛々する。

 自然とタバコに手が伸びるが、ポケットに無い。舌打ちする。

 ハルナと揉み合っている最中、飛んでいってしまったのか。

 周囲を見回すと、幸い、ライターと共に近くに転がっていた。スナイパーを置いて、回収する。一本唇に挟むと、ライターを着火させた。

 

 眼前で、火が、揺らめく――

 

 その時、私はふと閃いた。

 ハルナにとっての、生き地獄。

 

 口角が、吊り上がる。

 初めて、自分がタバコを吸っていることに感謝した。

 タバコに点火して、汚い煙を嚥下する。

 

 ハルナは仕切りに喚いていて、耳障りな口を一向に閉じる気配がなく、警戒もしていない。

 だから、容易だった。

 私はハルナの舌を、タバコの火で炙ってやった。

 

「んう~~~~ッ! んう~~~~~~ッ!」

 

 ハルナの絶叫が、響き渡る。

 

「あーあ、ベロ火傷したら、食べ物の味、わかんなくなっちゃうね。あ、根性焼きくらいなら簡単に治るとか思ってる? 残念でした。これはね、ただハルナにタバコの味を知ってほしかっただけ。安心して、この後ちゃんとライターで焼いてあげる」

「んう~~~~ッ! んうアアああ~~~~~~~ッ‼」

 

 私の腕に、ハルナは自分の爪を食い込ませてくる。どうやら、ここにきてハルナの神経に危険信号が正常に伝達されたらしい。

 

「ははっ、何が安心だよって?」

 

 私は、自分のあらゆる筋肉を最大限駆使して、ハルナの舌を燃やそうと躍起になる。

 

「でもさ、考えてみてよ? ハルナはこれまで、美食とやらを沢山堪能してきたんだから、ハルナのベロも最高級のタンに匹敵するくらいには、美味しくなってそうじゃない? 味に漬けられて、みたいな? 知らないけど。まあさあ、美食は何よりも優先するって、自分で言ってたわけだし、自分の部位が美食になるとか、わりと冥利に尽きるでしょ。だからほら、ここは料理人の私に任せてよ!

 

 ――あ、でも私、料理下手くそだから、失敗したらごめんね?」

 

 

 

 先生とハルナが引き起こした事件の始末をした後、私は第八学生食堂に戻ることにした。現場に急行する直前の、フウカの思い詰めたような様子が胸につかえていて、置き去りにしたことを後悔していたのだ。

 

 しかし、あれから時間はだいぶ空いていて、外は日が落ちかけている。とっくに下校していても、おかしくはない。そうしたら、仕方がないとはしたくないが、自宅も知らないので、フウカのことは諦める他なかった。ゲヘナ生の個人情報を風紀委員長である私は閲覧できるけれど、私的使用は信用問題に関わる。モモトークを交換していないことが悔やまれた。

 

 食堂の扉を開く。

 

 おや、と目を見開いた。室内は電気が点いていた。フウカが消し忘れたのか、もしくは数時間も一人で残っていたのか、ともあれ、と足を踏み入れた時、私の体に緊張が走った。

 ホールの中央でテーブルと椅子が散乱していて、確実に何者かに荒らされたと思しき形跡があった。微かに、すえた臭いも漂っている。極めつけは、赤いしぶきが飛び散っていて――

 

 血だ――!

 

「フウカ! いるなら返事をして! 何があったの⁉」

 

 私は何が起きても対応してみせる、と勇んで、声を張った。

 

「ひっ」

 

 異常のあるポイントから、小さく悲鳴が上がる。フウカのものだ。

 辺りを注意しながら、その場まで疾走する。

 

「――え?」

 

 私は足を止めた。否、その表現は誤用だ。私の意思と無関係に、足は停止したのだ。

 目前に、惨劇が広がっている。

 争いの絶えないゲヘナではあるが、いくらなんでも限度がある。

 こんなふうに、顔面が赤色でべったりと塗りつぶされている人など、いてはならない。

 

 あまりの凄惨さに、私は発狂したい衝動と嘔気に襲われるが、自分に備わっている機能のことごとくが鈍化して、その分のエネルギーが精神力に過剰供給されることで、どうにか、堪えることができていた。

 

 ゆっくり、ゆっくり、状況を受容する。

 人影は、二つ。

 

 一人は、愛清フウカ。

 真っ赤なペンキで濡らした筆を、豪快に素振りしたらできるような斑紋が、全身に付着していて、この世の終わりのような絶望を表情に貼り付けながら、ぺたんと床に座り込んでいる。

 

 もう一人は――よく注視して、辛うじて黒舘ハルナだとわかる。 

 額から大量に流血して、顔は盛大にペンキをひっくり返したような、眩む赤。開いた唇から覗く舌は爛れていて、異臭の発生源になっている。気を失っているのか、微動すらしない。いや、そんな生温い雰囲気だろうか。死んでいる、というほうが、正しいのではないか。

 

「フウ、カ……?」私は恐々と訊ねる。「これ、あなたが、やったの……?」

「ち、違う! 私じゃない!」鼓膜を刺すような声で、フウカが否定する。

 

 けれど、どう取り繕われたとしても、フウカの犯行としか思えない。

 

「そ、その体に付いてるの、返り血じゃないの……?」

「違う――!」

「ハルナの額の銃創、多分、そのスナイパーのもの、よね……? 凶器だし、指紋検査、すると思う……」

「だから違う――!」

「じ、じゃあ、フウカの服の袖、爪が食い込んだみたいに、破けてる。ハルナの爪から、フウカの服の繊維とか、皮膚が検出されないか、調べる……」

「なんでっ、そんなことすんの! 違うって言ってんじゃん――!」

「で、でも、この食堂、いちおう防犯カメラが、ついてて……」

「ちがっ、違う、違うもん、私じゃ――うう、うあああああ」いよいよ、フウカが泣きじゃくる。「うう、委員ちょお、どうしよお」

「カメラは、噓……」この惨状を齎したのがフウカだと確証を得て、ぞわり、と私は背筋が粟立つ。「なんで、こんなこと……」

「私、どうなっちゃうの……」

「矯正局に、連行する。ハルナとかカスミとはわけが違う。殺人は、未遂だろうと、看過できない。重罪よ。私の手には、負えない……」

 

 だが、殺人、殺人未遂は、矯正局の管轄なのか。

 

「ハルナが違うって、なんでよ……私に対する、ハルナの日頃の行いは……? ハルナのせいで、私はこんなことに……」

「だからって、いくらなんでも、こんなの……っ、無理するなって、私言ったじゃない!」

「大きな声出さないでよ! ……うう、ヤだ、嫌だあ……私の人生、返してよお……委員ちょお、ご飯あげたじゃん……助けてよお」

「もう、そんな次元の話じゃない! 私にどうこうできる領域を逸脱してるのよ! どうにかなんて、できない!」

「じ、じゃあ、見逃して……」

 

 すん、と鼻を啜りながら、フウカが傍らにあったスナイパーの筒先を私に向けた。

 再び、私の中の風紀委員としてのスイッチが、かちり、とオンになる。鈍くなっていたものが、活性化していく。眼前の人物が、愛清フウカではなく、打倒するべき敵であると、認識が改まっていく。

 

「……っ、やめてフウカ。それをしたら、私は、あなたに手加減できなくなる……」

 

 フウカはがちがちと歯を鳴らして、私と顔を見交わす。

 

「うあああああああっ!」

 

 瞬間、叫ぶと同時にスナイパーを私に投げつけて、フウカは駆け出した。

 

「――⁉」

 

 スナイパーの使い方の意図が不明で、若干、出鼻を挫かれたが、誤差の範疇。意表を突かれようと、油断でもしない限り、有効打にはさせない。

 私と交戦して勝機があると思索するゲヘナ生などいないだろうから、突進してくるフウカの狙いは、私を振り切って、私の背後にある食堂の扉を目指すことである、と断定する。 

 

 ――っ、ごめん。

 

 私は歯噛みする。

 姿勢を下げて投擲物を躱すと、フウカの懐に潜って、腹部に回し蹴りを決めた。デストロイヤーを抜くまでもない。

 

「うっ、え」

 

 フウカの体が宙に浮いて背中から落下する。そのまま即座に飛びつき、腕を捩じってうつ伏せに倒した。

 

「かはっ、はっ、あぁ、はぁっ……」鳩尾だったようで、フウカが喘鳴する。

 

 私は片手で携帯端末を操作して、セナに着信を入れた。繋がる。

 

「セナっ、今すぐ学園に来て! ハルナが大変なのっ、早くしないと――」

「ハルナあああああっ!」

 

 喉が潰れるような声で、フウカが吠えた。鬼のような形相で、ハルナを睨んでいる。

 

「死ね! 死んじゃえ‼ お前なんか大嫌いだ!!!」

 

 フウカの声色だが、フウカではない迫力に、私は身が竦むようだった。

 

 

 

 ハルナは、一命を取り留めた。

 フウカは、ひとまず特別牢に収容した。

 私は、愛清フウカと美食研究会に、接触禁止命令を下した。

 明日、ヴァルキューレ警察学校と書類の手続きが完了する前に、先生を伴って、フウカに聴取を行う。

 




 

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