取り敢えず、生き残りへの血生臭い尋問は、奥の別室で嬉々として拷問器具──いや、「軍隊式精神感応ツール」とやらを広げている大尉に任せておくとして。
早々に天狼城の方から、この馬鹿げた騒動の根源についての進展があった。
天狼城の野郎は、昔ながらの泥臭い地元ヤクザというより、アイツがトップに立ってからは、さながら夜の帝王が率いるインテリジェンス・マフィアといった様相を呈している。
シノギの幅も広く、ネットの裏通りの情報網から夜の街の監視カメラ、半グレ連中の金づるまで、あっちこっち手広く網を張っている。
その緻密な蜘蛛の巣に引っかかり、恐怖で顔を引き攣らせながらこの地下の茶会へと引きずり出されて来たのは、一人の女子高生だった。
年は奈々香と同じくらいだろうか。
泣き腫らした顔は恐怖と後悔でぐちゃぐちゃになってはいるが、元々の造作はそれなりに良く、磨けば十分に光るだろうなと思わせるレベルの娘だ。
だが、そんな年端もゆかない小娘が、今回の騒動──俺の店を半壊させ、大宮の地下街に鉛玉の雨を降らせた一大スペクタクルの主犯だという。
天狼城が情報網を駆使し、そして大尉が生き残りから物理的に「絞り出した」情報を総合すると、顛末はこうだ。
この小娘は、奈々香の元・親友だった。
元々は一緒に読者モデルのオーディションに応募して、夢を語り合う仲だったらしい。だが、結果として奈々香だけが通過し、彼女は落ちた。
最初は「奈々香の分まで応援する」と笑っていたものの、奈々香が瞬く間に売れっ子のトップアイドルとして持て囃され、住む世界が変わっていく中で、その笑顔の下にはどす黒い沈殿物が溜まっていったのだろう。
それは徐々に、ちっぽけで醜い嫉妬へと姿を変えた。
始まりは、ちょっとした匿名掲示板への愚痴だったらしい。
「あの子、本当は性格悪いんだよ」「男遊びが激しいらしいよ」といった、根も葉もない嘘や、奈々香のプライベートな弱点を匂わせる書き込み。
すると、その書き込みの周りに、奈々香を妬むアンチや、逆に歪んだ愛情を抱く狂信的なストーカー連中が羽虫のように集まり始めた。
彼女はそこで「情報提供者」として、あるいは「奈々香の真実を知る悲劇のヒロイン」として神格化されていった。
自分のちょっとした「お願い」や「呟き」に、画面の向こうのアホな連中が軍隊のように従い、持ち上げてくれる。
その歪んだ承認欲求に悦を見出した彼女は、ネットの海で姫として振る舞いながら、奈々香を精神的に追い詰め、モデルを辞めさせようと画策したのだ。
だが、そこは奈々香のプロ根性を舐めていたというほかない。
あいつはどれだけ嫌がらせを受けようが、周囲のやっかみに晒されようが、決して折れなかった。
モデルとしての矜持を胸に、真っ直ぐに立ち続けた。
思い通りに壊れない奈々香に対し、小娘の苛立ちは募り、掲示板の連中への「お願い」は過激さを増していった。
そして、ネット上の狂気は現実の暴走を呼び、裏社会の武器ルートにまで手を伸ばすミリタリー被れの馬鹿どもを生み出し、ついにはアサルトライフルや対戦車ロケット弾が飛び交うドンパチへとエスカレートして、今に至るというわけだ。
……なーんか、撃ち殺すのもアホらしい顛末である。
嫉妬に狂った小娘の指先一つで弾き出された文字が、巡り巡ってMG42の弾幕を引き起こしたのだ。
平和な令和の日本が生み出した、あまりにも安っぽく、それでいてタチの悪い「合成戦争」。
本物の戦場と血の味を知る身からすれば、あまりのくだらなさに深い溜息しか出ない。
こんな子供のチープな悪意に、俺の愛用するマテバの重い鉛玉をくれてやる価値すらない。
俺はこれ以上、この小娘の処遇には干渉しないつもりだ。
落とし前をどうつけるかは、一番の被害者である奈々香自身の判断に委ねるべきだろう。
あるいは、店の被害のツケを取り立てる天狼城か、この騒動を「祝祭」として楽しんだ大尉、場所を提供した藤木戸の判断に任せておく。
裏社会のルールに従えば、この娘の先の人生は決して明るいものにはならないだろうが、自業自得だ。
とはいえ、一応は「表」の人間である松永の奴にも、事の顛末を報告しておかなければなるまい。
しかし、いざ法律に当てはめようとすると頭が痛くなる。
立件するとなれば「同級生によるネット掲示板を介した組織的なストーカー教唆」といったところか?
……いや、にしてはアサルトライフルやらRPGやらスタングレネードやらが飛び交いすぎている。「ストーカー被害」の枠を軽くぶち破って、「国内テロリズム」や「不法武装集団の蜂起」の領域に片足を突っ込んでいる。
過剰な火力の後始末や、武器ルートの完全な隠滅は大尉や天狼城にやってもらうにしても、辻褄を合わせるための調書作りは、想像を絶するクソめんどくせぇヤマになるのは間違いない。
支援課の連中が徹夜で領収書と現場写真の整合性に胃を痛める姿が目に浮かぶ。
近いうちに、イザベルの店で高い酒でも奢ってやらねぇと暴動が起きそうだなと、俺は冷めかけたダージリンをあおりながら、ひっそりと天井を仰いだ。
◇◇◇
そのあとの顛末については、すべてが終わった後にサオリの口から聞いた。
奈々香は、かつての親友であり今回の凄惨な事件の首謀者であるその少女に対し、一切の感情を交えない冷たい瞳でただ一言、「知らない」とだけ突っぱねたらしい。
無理もない。
いや、当然の帰結だ。
確かにかつては肩を並べて夢を語り合った友達だったのだろう。
奈々香がオーディションに受かった直後は、純粋な心で応援していた時期も本当にあったのかもしれない。
だが、その純粋さは長くは続かなかった。
芸能界という化け物じみた世界で、血の滲むような努力と執念で必死こいて居場所を切り拓いていく奈々香の眩しさは、彼女の中でいつしか羨望からドス黒い嫉妬へと変異した。
そして、奈々香がその身を削って築き上げたトップモデルという煌びやかな勲章に、安全な泥の底から汚泥をひっかけるという最も卑劣な手段に出た。
しかも、その過程が最悪だ。
顔も見えないネットの掃き溜めのような場所で、男どもを自分の言葉ひとつで都合よく動かし、「悲劇のヒロイン」あるいは「真実を知る姫」として担ぎ上げられた。
その安っぽく歪んだ自己肯定感と承認欲求を満たすためだけに、彼女は奈々香の人生を壊そうとしたのだ。
大人たちの嫉妬や裏切りが渦巻く芸能界で揉まれ、自分の足で立ち、自分の力で今の地位と価値を勝ち取った奈々香からすれば、そんな温室の泥沼でママゴトをしている小娘など、もはや友達でも何でもない。
ただの軽蔑すら値しない「赤の他人」だ。
表向きの処理として、この件は「未成年によるネット掲示板を介した集団ストーキングおよび暴力行為の教唆事件」という、実態(アサルトライフルやRPGが飛び交った市街地戦)とは程遠い生ぬるい名目で書類上は処理される。
身柄自体は聡朗がトップを務める警視庁の預かりとなり、年齢を考慮すれば留置所から家庭裁判所を経て、少年院送致というコースが妥当なところだろう。
表面上の司法は、彼女を「更生すべき迷える未成年」として扱う。
だが、その「表の庇護」が終わってシャバに出てきた後がどうなるかなど、俺の知ったことではない。
いや、正確には「どうなるか」は火を見るより明らかだ。
彼女を待っているのは、更生した明るい未来などではない。
ウチの店の常連である政財界の重鎮たちの、文字通り使い捨ての肉奴隷にされるか。
はたまた天狼城の裏ルートに乗せられ、戸籍を抜かれた上で海外の裏社会へと輸出され、悪趣味な変態どもの愛玩人形として一生飼い殺されるか。
何しろ、ウチの店だけでなく、裏社会の絶対的な中立地帯である「藤木戸の店」まで物理的に襲撃しちまったのだ。
情報屋として裏の秩序を守る藤木戸の冷徹な落とし前。狂気と硝煙を愛する「最後の大隊」の凄惨な流儀。
そして、大宮の裏を牛耳る夜のマフィア・天狼城の、一切の情を挟まない徹底的な制裁。
さらに、店で預かっていたビンテージボトルをパーにされた大物政治家や裏の顔役たちへの「ご挨拶回り」まで背負わされているのだ。
彼女が身綺麗なまま解放されて、日本のシャバで普通に息をして生きていける未来など、万に一つも残っちゃいない。
彼女自身の破滅だけで済めば、まだ御の字だったかもしれない。
だが、裏の連中はそんなに甘くない。
彼女が少年院の冷たい飯を食っている今この瞬間にも、彼女の父親の会社は天狼城の息がかかったフロント企業に徹底的に潰され、膨大な借金を背負わされた挙句、今頃はコンクリ詰めで東京湾の泥を舐めている頃合いだろう。
母親と、まだ学生だという妹にしても同じだ。
父親の借金のカタとして、その身体を裏風俗や違法な撮影の現場で好き放題にされているはずだ。
借金が完済されることなど永遠にないシステムの中で、な。
日本の少年法や未成年保護法という盾に守られていると舐め腐っていれば、こういう結末を迎える。
もしこれがアメリカであれば、テロ行為として未成年だろうが問答無用で実刑判決、終身刑を食らってムショの中で一生を終えるところだ。
日本はその辺りの表向きの人権はやたらと手厚く守られているが、裏社会からすればそんなもの、通り抜けるための抜け穴なんぞいくらでも用意されているただの紙切れに過ぎない。
この顛末を知れば、またトシローの奴が「法の裁きを超えた私刑だ」としかめっ面を浮かべるのだろう。
だが、コイツはただの「女子高生同士の集団ストーカーと名誉毀損」という表沙汰で済む話の線引きを、自分たちの身勝手な承認欲求で完全に超えちまった末路に過ぎない。
アンダーグラウンドの人間は、舐められたら必ずぶち殺す。それが絶対の流儀だ。
嘗め腐った真似をされたまま泣き寝入りしていれば、裏社会での「面子」が立たず、明日は別のチンピラが俺たちのシマを荒らしに来る。
面子とは、裏社会において命そのものだ。
ケンカを吹っ掛けたのは向こうであり、その報いが「個人の破滅だけ」で清算出来るなんて甘い世界じゃない。
裏の社会の流儀として、落とし前をつけるために「一族纏めて根切りにする」というのは、息を吐くのと同じくらい当たり前の話なのだ。
だから今回のコレは、表のぬるい裁量で数年裁かれた後に、裏の苛烈な流儀で永遠に裁かれるだけの話に過ぎない。
ムショに入っている数年間は、俺たち裏の人間が手を出さない「最後の余暇」だ。
地獄に落ちる前の、最後のバカンスとして三食昼寝付きの生活を楽しめるんだから、俺たちは実に慈悲深いと思わないか?
やろうと思えば、ムショの中からでも看守を買収するか脅しをかけて拉致し、今すぐにでも女に生まれたことを心の底から後悔させてやれる程度の「オシオキ」をして、また何事もなかったかのように翌朝の点呼までにムショのベッドへ返すことくらい、俺たちにとっては朝飯前なのだ。
それをあえてやらず、トシローの「警察としての面子」を立てるために、天狼城や大尉の暴走をなだめすかして今の状態に抑え込んでいる俺の気苦労を、誰かにたっぷりと褒められながら、温かいベッドの中でひたすら慰めて貰いたい気分だ。
あぁ、ただし大尉の添い寝だけは絶対にノーセンキューだ。
あいつの場合、ベッドの上でロマンチックなムードになるどころか、興奮のあまり欲情しながら平気でワルサーP38辺りを天井に向けてぶっぱなしてくる生粋の硝煙ジャンキーだからな。
弾痕だらけのベッドで寝る趣味は、あいにく持ち合わせちゃいないんだ。
◇◇◇
まぁ、アレだ。
日本全国を見渡せば、ニュースで微塵も報道されない行方不明者が数百人単位で出ている。
昨日まで普通に暮らしていた人間が、ある日突然姿を消す。
近所の連中は「借金苦で夜逃げでもしたんだろう」と勝手に納得し、一週間もすれば綺麗さっぱり忘れ去られる。
暗黒街の連中が本気で「掃除」に乗り出し、その数百人のリストは、今回のストーカー騒動に関わった馬鹿どもとその身内がずらーっと書かれているだけのこと。
俺だってこれでも一応、非常勤嘱託とはいえ警察官の端くれなんでね。
法と秩序の番人であるトシローの顔に免じて、俺自身が直接マテバを抜いて、主犯の小娘の眉間をぶち抜くような真似は避けてやったのだ。
「大人の対応」で済ませたという事実だけでも、連中は神に感謝して有難く思って欲しいくらいだ。
「明るくなって外から見ると、またずいぶんボロッボロにされたな」
太陽の下、無惨な姿を晒す店を眺めながら、上場がポツリと漏らした。
暗がりと硝煙の中では誤魔化せていた被害の全貌が、陽の光によって残酷なまでに浮き彫りになっていた。
無数の弾痕で抉られた外壁、ひしゃげた建付け、そして本来なら温かな光をこぼしていたはずの窓の惨状。まるで紛争地帯のトーチカだ。
俺は懐から、ずっしりと重みのある分厚い茶封筒を取り出し、隣に立つ相棒の胸へと無造作に押し付けた。
「ホレ。キープボトルの代金だ。色をつけて回収してやったぞ」
「……受け取るがな」
上場は封筒の重さを片手で確かめながら、微かに眉間を寄せた。
「現金が戻ったところで、私のささやかな夜の楽しみを奪われた事実は中々に堪える。あの熟成された味は、札束でどうにかなるものではないからな」
「言うなよ。俺だってお気に入りの銘柄がオジャンになったんだぜ? ビンテージ物でもう二度と手に入らないってのに。つーか、酒よりも店の窓だよ! あの摺りガラス!昭和の職人が作ったアンティークで、もう今の時代じゃどこを探しても売ってねぇ代物なんだぜ、まったくもー……!」
頭を掻き毟りながら愚痴をこぼす。あの摺りガラス越しに見えるぼんやりとした店内の灯りが、俺は死ぬほど気に入っていたのだ。
苛立ち紛れにシワだらけの箱から煙草を一本抜き出し、唇に咥える。
ジッポライターのフリントを親指で弾くが、オイルが切れかかっているのか、チャキ、チャキと虚しい金属音が鳴るだけで火が中々点かない。
舌打ちをして横を向くと、上場が呆れたような顔で、自身の咥えている高級葉巻の先端をこちらに差し出してきた。
俺は無言で身を乗り出し、彼の葉巻の赤く燃える火種に、自分の安煙草の先端を押し当てる。
深く息を吸い込むと、チリチリと葉が燃える音がして、ようやくニコチンが肺を満たした。
紫煙を長く吐き出すと、チープな煙草の匂いと、上場の芳醇なシガーの香りが、冷たい空気の中で混ざり合った。
目の前では、天狼城が手配してくれた修繕職人たちが、手際よく作業を始めている。
血痕や弾痕の処理は慣れっこな彼らの仕事は早いが、いくら腕が良くても、肝心要のアンティークの窓ガラスの代わりばかりは、手品のように生み出すことはできない。
俺が再び溜息を吐きそうになった時、上場がふと思い出したように口を開いた。
「ああ、その窓ガラスのことで、所長から伝言を預かっている。彼女の昔からの知り合いのガラス屋の倉庫に、以前の窓と同じメーカー、同じ模様の摺りガラスがデッドストックとして眠っているらしい。『私を通せば、値打ち価格で仕入れられる』とな」
伊手蔵の奴、相変わらずどこにどんな情報網を張り巡らせているんだか。だが、これほど有難い話はない。
「マジか! 流石は姐さんだ、完璧なタイミングじゃねぇか。OK、代金の他に、英国の最高級葉巻を1ダースと、別口でずっしり重い『ひと包み』を用意させてもらうぜ」
「わかった。事務所に帰ったら伝えておこう。彼女も喜ぶだろうさ」
重かった肩の荷が一つ降りたような気がした。
俺は首の骨をゴキリと鳴らし、上場の肩をバンッと叩いた。
「うっし。付き合え、上場。今から飲みに行くぞ」
「正気か? まだ昼間だぞ。世間はこれからランチタイムだ」
「俺たちにとっては仕事明けだろ。それに聞いてくれよ、今朝の俺の苦労を。あっちこっちの偉い先生方や極道の親分衆に、店を荒らされた詫びとボトル代の弁償でひたすら頭を下げて回らされたんだぞ?しかも、その諸悪の根源どもを俺自身の銃でハチの巣にして仕返しすることも許されなかった。こんなフラストレーションの溜まる事態、アルコールで脳髄を洗わねぇとやってらんねーわ。とりあえず、マーちゃんのところからスタートして、大宮の昼間から開いてる店を端からハシゴしていくぞー」
「やれやれ……どれだけ飲むつもりだ」
「もちろん、記憶が綺麗さっぱり飛んで、道端で酔い潰れるまでだ。今回のことで俺は心に深い傷を負ったんだ。傷心飲み会ってことで、各店にタダで酒を奢らせてやる」
「それはただのタカリにしか見えんな。到底、傷ついて奢られる人間の態度とは思えんが」
「るせぇよ、細かいこと気にすんな。んで? グチグチ言ってるけど、お前は行くのか行かないのか?」
上場はコートの襟を直し、フッと短く鼻で笑った。
「……別に、飲まんとは言ってないだろう」
「へっ。相変わらず素直じゃねぇ野郎だな」
「うるさい。さっさと歩け」
そうして、銃撃戦の爪痕を消し去る職人たちの金槌の音を背に、俺と上場は煙草と葉巻の煙を青空に吹かしながら、真昼間の喧騒の中へと繰り出していった。
令和の平和な空の下、ガンマンと探偵の、肝臓を痛めつける長くてくだらない休日の始まりだった。