令和のガンマン   作:星乃 望夢

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第2話 朝

 

 そこはどこにでもありそうな薄汚れた部屋だった。

 

 部屋の隅には小さくなって蹲っている子供たち。

 

 ベッドには二人の男が、ひとりの幼い少女を嬲っていた。

 

 それは性的なものから物理的な暴力まで。

 

 薬さえ打たれて、その幼い少女は最早廃人となることは免れないだろう。

 

 そうして玩ばれて壊れた子供の後始末を、俺はやらされていた。

 

 珍しい日本人ということで、俺は玩ばれるのを免れたが、その代わりに別の方面──犯されて、玩ばれ、壊された子供たちの始末人をさせられていた。

 

 俺自身、その当時すでに人を殺めることに対する忌避感を抱いていた。

 

 だから、壊されてしまった子供たちに対するせめてもの慈悲として、一刻も早くこの地獄から解き放ってあげようとした。

 

 いや、()らなければ自分が殺されることの恐怖から、俺は自分の身のかわいさが故に、他の子供たちを殺していた。

 

 言葉なんてわからない連中を相手に、俺は自分が死にたくないという理由だけで、他の子供を殺した。

 

 ポルノビデオからスナッフビデオ──そうした変態どもの需要の為に、売り飛ばされたり、親が居なかったり、誘拐された子供は集められて、犯されて、嬲られて、壊されていった。

 

 俺からすれば言葉もわからない外人の子供。

 

 白人黒人ばかりだからまだマシだった。

 

 時にはアジア系の顔も見るものの、やはり言葉は通じないし、それに日本人的な特徴よりも、中華系の特徴から、同じ日本人と認識していなかった。

 

 だから機械的に処理をしてこれた。

 

 でも、それでも他者を殺めるという行為は、幼いながらに一般道徳心を持ち合わせていた俺からすれば、忌避感を抱き、そして恐怖と罪の意識から逃れるように、自らの心を殺して、言われたことを実行するだけの人形となっていた。

 

 その頃の俺は、鏡を見れば死んだ顔と、溝《ドブ》の様に濁った眼をしていた。

 

 ある日、いつも通りに減った子供が補充された。

 

 此処の連中の厭らしいやり方は、子供が半分程度に減ってきたら、新しい子供を連れてくるのだ。

 

 新しい子供は何が何だかわからずに困惑の度合いが高く、先に連れてこられて恐怖のみが残る子供たちから惨状を聞かされて、現状を把握し、怯えるか、泣き出すかのどちらかで、泣き出した子供を選んで先に壊すことで見せしめにして、恐怖で縛り上げる。

 

 すっかり屑どもの執行人として定着してしまった俺も恐怖の対象で、屑どもの仲間だ。

 

 俺はそれに対して特に何も感じることはない。

 

 感じる心は、もう残っていなかった。

 

 いっそのこと、俺も愉しんだり出来てしまえば楽だったのかもしれない。

 

 でも、そんな屑に堕ちるのは御免だった。

 

 親に捨てられたとはいえ、それまでは貧しいなりにも日本人として育ち、一般的な道徳を学んでいた俺は、人を殺すのは悪いことだと知っていた。

 

 そんな悪いことをしているのに、自分が死にたくないからとさらに悪いことを続けている。

 

 先ず前提として、人殺しを悪だと思っているから、それを愉しむという思考にはならなかった。

 

 あとは罪の意識と、自分が殺されない為の自己保身と、恐怖を感じない為に自分の心を空っぽの虚無にして殺すことでどうにかやっていた。

 

 それが、連れてこられた子供の中に見つけてしまったのだ。

 

 黒髪に黒目、肌は白いが白人というまでは白くなく、顔つきも整っているが日本人とわかる特徴を持った子供を。

 

 その子は、他の子供たちとは違う視線を俺に向けていた。

 

 恐怖ではなく、仲間を見つけたという風な視線だった。

 

 「What's your name?」

 

 見た目は日本人でも、口から紡がれたのは英語だった。

 

 勝手に期待して、勝手に落胆した。

 

 でも、彼女は俺に恐怖ではなく、興味を向けてきた。

 

 それが、俺の、死んでいた心を動かした時だった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇ 

 

 

 

「ん…ぁ…?」

 

 暑苦しさから目を覚ました。

 

 身体は動かない。

 

 左右からがっつりとホールドされている。

 

 腕や足には柔らかい感触があるものの、人肌の体温、しかしそれが2人分となると、暑さを感じずにはいられなかった。

 

 右を向けば黒髪が、左を向けば金髪が見える。

 

 美人姉妹とも間違われる親子に挟まれて、川の字の真ん中に俺は横になっている。

 

「ん…っ」

 

「ぁ…っ」

 

 左右から至近距離で聞こえる艶めかしい声を無視して、少しずつ、起こさないように腕と脚を抜いていく。

 

 腕を抜き終わったら身体を起こす。

 

 右の黒髪の頭を撫でてやって、身体を布団から抜き出すと、忍び足で寝室を出る。

 

 とはいえ、寝室の部屋と隣の居間を隔てる壁はなく、柱と柱の間の突っ張り棒にカーテンを通しているだけの簡素な間仕切りである。

 

 居間の机、革張りの椅子に腰かけて机の上に置いてある煙草の箱から1本取り出し、ライターで火を点ける。

 

 紫煙を吸い込み、口から吐き出すと頭が冴えてくる。

 

「さみぃ…」

 

 素っ裸は12月ともなるとそら寒いだろう。

 

 カーテンを潜って、寝室の箪笥から適当に服を引っ張り出して、居間に戻って着替える。

 

 囲炉裏に薪を組んで、火を点ける。

 

 台所で冷たい水で顔を洗い、グラスにメロンソーダの素と強炭酸水でメロンソーダを作ったら、その上にバニラアイスを乗せて、クリームソーダの完成だ。

 

 メロンフロート?

 

 ハッ、これだからおこちゃまは。

 

 どっからどう見てもクリームソーダだろ。

 

 ストローを刺して一口飲むと、エプロンを付けて、鉄のフライパンにベーコンを乗せて焼き始める。

 

「おはよう」

 

「ああ」

 

 イザベルが起きてきた。

 

 すっけ透けのベビードール、色は黒。

 

 透けているのは眼福で良いんだが、朝っぱらからその恰好は寒すぎるだろう。

 

「おい、あぶねぇだろ」

 

「ふふ。温かいわね」

 

「寒いなら着替えろよ」

 

 後ろから腕を回してきて、背中に寄り掛かってくるイザベル。

 

 料理中は油が跳ねるから抜き身の腕を火傷するかもしれない。

 

「たまご」

 

「ええ」

 

 動けないからイザベルに直ぐ脇にある冷蔵庫から卵を取ってもらう。

 

 卵を受け取りながらベーコンの油を寄せて、その上に卵を落とす。

 

 卵を落としたら塩とコショウを振って味をつける。

 

 そしてフライパンに水を入れてたら蓋をして火を止める。

 

 蒸発させた水蒸気で表面を蒸し焼きにするのは余熱で充分だ。

 

 その隣でやかんに水を入れて火に掛けてお湯を作っておく。

 

「ほら、もうメシが出来るからアイツを起こしてやれよ」

 

「もう少し、このままで居たいの。ダメ?」

 

 子も子なら、その親も親だ。

 

 首を傾げてこちらを見る様は、とても一児の母の仕草と見るには些か子供っぽいが、それにキツさは感じない。

 

 自然とその仕草をしても違和感なく見れてしまうのは彼女の若々しさ故か?

 

 背中に感じる体温──温もり。

 

 一度失って、二度と手に入るとは思わなかったその熱、母の愛。

 

 男はすべからくマザコンの気があるらしいが、それをくだらないとは俺も言えない。

 

 女として、母として、彼女には色々と世話をかけてしまっている。

 

 放っぽり出せば良いものを、助けてくれたからという理由で俺の面倒まで見てくれた彼女には一生頭が上がることはないだろう。

 

「おは、よう…」

 

 目元を擦りながら、ネグリジェ姿のサオリが起きてきた。

 

「おはよう、サオリ」

 

「…ママばっかり、ずるい」

 

 そう言って、サオリは俺の脇に腕を回して引っ付いてきた。

 

「引っ付いてくるなよ。動けねぇだろ」

 

「むぅ、なんでママは良いの?」

 

「ふふ。ママより早起きすればいいのよ」

 

「むー…」

 

 朝が弱いサオリからすると、イザベルより早く起きるのはキツイだろう。

 

「ほら、メシにするぞ」

 

 俺は唸るサオリにベーコンと目玉焼きの乗った皿を押し付ける。

 

 イザベルも離れると、3つのお椀を取り出して、そこにとろろ昆布を入れて行く。

 

 やかんから沸いたお湯を注いで醤油を垂らす。

 

 タイマーで炊けていた炊飯器からご飯を茶碗に盛って、韓国のりと、冷蔵庫からたくあんを取り出して、居間のテーブルに置く。

 

 机から椅子を引っ張ってテーブルの向きに回転させて座る。

 

「んじゃ、いただきます」

 

「「いただきます」」

 

 手を合わせて言うと、それにイザベルとサオリも続いた。

 

 アウトローでも「いただきます」と「ごちそうさま」は言うぞ?

 

 んだよ、わりぃかよ。

 

 朝飯を掻っ込んで、洗い物を台所に入れたらそのままフライパンでひと口ハンバーグを焼いていく。

 

 隣でお湯を沸かした小さい鍋にほうれん草をぶち込んで、ほうれん草のおひたしを作る。

 

 ほうれん草が終われば、その煮汁で味噌汁を作ってしまう。

 

 味噌汁を作ったらだし巻き卵を作って、完成したおかずを弁当箱に詰めていく。

 

 味噌汁は魔法瓶に入れておく。

 

 そうしている間にシャワーを浴びて、制服に着替えたサオリの仕度が終わる。

 

「ほれ、弁当出来たぞ」

 

「うん。行って来る」

 

「おう」

 

「いってらっしゃい」

 

 サオリを見送って、ようやく一息が吐ける。

 

「おつかれさま」

 

「おう」

 

 コーヒーを淹れていたイザベルからマグカップを受け取って、一口飲む。

 

 店は夜からだから、イザベルは朝ゆっくりとしていられる。

 

「今日は何時に出るの?」

 

「上場に呼ばれてるからな。あと2時間したら出る」

 

 イザベルに問われて、机の上の目覚まし時計を見て答える。

 

「なら、あと2時間はあるのね」

 

 挑発的に胸元を寄せて上げてくる彼女。

 

「昨日の今日で元気良すぎだろ」

 

「ふふ。あの子が一緒なのもいいけど、ふたりっきりも好きなの」

 

「毎日ふたりっきりになってるだろ」

 

「私みたいなおばさんはイヤ?」

 

「まさか」

 

 小さく息を吐いて、エプロンを外す。

 

「イヤだったら、こうはなってねぇだろ」

 

 彼女の顎に手を添えて、その唇を奪う。

 

「ふふ。ええ、そうね」

 

 彼女に手を引かれて、俺は寝室へ戻ることとなった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 2時間が経って、シャワーを浴びて、俺とイザベルは仕事着に着替える。

 

 俺は黒いスーツに帽子だ。

 

 ネクタイは日によって黒か青か白に変える。

 

 今日は青いシャツに合わせて白だ。

 

 背中に届く後ろ髪を三つ編みにして纏める。

 

 髪が長い事のメリットはあまり無い。

 

 冬場は暖かい程度か。

 

 後ろ腰にはベルトを通したホルスターに収まったマテバがある。

 

 着物に着替えるイザベルの後ろに回って、その後ろ髪を三つ編みに編んでいく。

 

 羽織りに隠れて見えなくなっているが、その後ろ腰の帯にはモーゼルが隠されている。

 

 歩いて10分程度の最寄り駅から電車に乗る。

 

 朝のラッシュは過ぎているから客も疎らだ。

 

 そんな中で席も空いているが、俺は座ることなく乗車口の前に立っていた。

 

 そんな俺に寄り掛かる様にイザベルも立っている。

 

 こんな何の変哲もない一般観衆の中で銃を引っ提げているとは誰も思わないだろう。

 

 特にビクつく事もなく堂々としていれば、そんな危ない(ブツ)を隠しているとは見られない。

 

 挙動不審はそれだけで怪しさを醸し出すものだ。

 

 電車に揺られながら、6駅ほど過ぎれば大宮駅に到着する。

 

 西口の伝言板を確認して、東口へと降りて店に向かう。

 

 店にイザベルを送り届けてから、俺はそこから再度電車に乗って大宮から東京へと向かう。

 

 降りたのは池袋。

 

 ここに上場は事務所を構えている。

 

 昔は秋葉にあったが、秋葉が爆買い中国人観光客向けへの街作りを始めて、ヲタクの街でなくなっていくのと時を同じくして上場は事務所を移した。

 

 ゲーマーにしてヲタクでもある奴らしい。

 

 秋葉を追われたヲタク達の為の街として、今の池袋は開発が進んでいる。

 

 池袋もそれなりに路線が停車する駅だ。

 

 東口に降りてサンシャインシティ方面へ歩いて行く。

 

 流石は東京の副都心の街、平日の午前中だというのに既に人がごった返している。

 

 人の波に乗ってサンシャイン通りに入り、そこから向かうのは乙女ロードだ。

 

 その軒並びのとあるビルに、場違い的に上場の事務所は存在している。

 

 生粋のヲタクの上場からすると、この場に事務所があるのは天国だろう。

 

 スラックスのポケットに手を突っ込みながら歩いていると、スマホのカメラを向けられることがチラホラある。

 

 ただのスーツ姿ならスルーされるが、俺の格好は黒いスーツにシャツは今日は青にしてネクタイは白に目深に被る黒の中折れ帽。

 

 そのスタイルは一見してコスプレに見えても仕方のない組み合わせだ。

 

 しかもこの乙女ロードはお姉さま方が集う場所──必然的にヲタ女子が集まる場所だ。

 

 遠巻きに写真を撮ったり、声を掛けようとして他のお姉さま方に引き止められたりしているお姉さま方を横目に、俺は上場探偵事務所と二階の窓に書かれた建物に入る。

 

 一階には喫茶店が入っている。

 

 階段を上がって事務所のドアを開ける。

 

 中には応接用のソファとテーブル。

 

 そして書類が積まれた事務机がある。

 

「2分の遅刻だな」

 

「2分程度誤差だろ」

 

 上場から小言を貰いながら内ポケットから煙草の箱を取り出し、1本口に咥えて火を点ける。

 

「フフ、どうせ朝から盛っていたのでしょう? ご苦労なことです」

 

 そう脇から声を掛けてきたのは、ちんまい女の子──葉巻を咥えて煙を立ち昇らせている姿は子供と言えるのか判断に困る、というより、彼女は俺や上場より歳上である。

 

 上場が頭の上がらない彼女の名は伊手蔵(いてぐら) 由夢(ゆめ)

 

 彼女を一言で表すのなら、インテリヤクザという表現が適切だろう。

 

 眼鏡を掛けていて物腰は丁寧で冷静ではあるものの、一皮剝けば本職でも裸足で逃げ出すほどの雰囲気を漂わせる。

 

「それで、今日俺を呼んだ理由はなんだ?」

 

「ああ。そのことだが」

 

「私が呼び寄せました。貴方に受けていただきたい依頼がありましたので」

 

「俺に?」

 

 俺は上場と組んで長いが故に、上場の仕事を手伝うことも多々あるが、彼女から依頼を持ちかけられるということは滅多には無い。

 

何故なら、組んで仕事をしている上場は別として、彼女は暗黒街でも1、2を争う腕を持つ俺を動かすことの意味を正しく理解している人間であるからだ。

 

「内容は」

 

「こちらに」

 

 そう言って、彼女は俺に一枚の紙を手渡してくる。

 

「ストーカー被害の相談? おいおい、これは警察の仕事だろう?」

 

「ええ。だからあなたに頼むのですよ」

 

「俺は警察じゃねぇぞ」

 

「非公式の非常勤嘱託(しょくたく)警官でも、警察であることには変わらないでしょう」

 

「ただの免罪符代わりってだけだ。そもそも俺に回すより、アンタが動いた方が早いだろ」

 

「私は別件で手が離せないのですよ」

 

「なら上場でも良いだろ」

 

「彼も浮気調査の依頼がありますので、手は空きませんね」

 

 つまり手が空いていないから俺が駆り出されたということなのだが、ストーカー被害の相談をガンマンに持ち込むなと言いたい。

 

「よろしくお願いしますよ?」 

 

 眼鏡の奥の瞳でこちらに睨みを利かせてくる伊手蔵に、俺はわざとらしく聞こえるため息を吐く。

 

「しゃあねぇな。高くつくぞ」

 

「ええ。それは先方も承知の上です」

 

 最初から断れない前提で、報酬料も計上されているのだろう。

 

 俺は書類を上から下まで読む。

 

 依頼主の調査項目、その欄にある調査対象の名前は見覚えがあった。

 

「ほう。人気モデルともなると、そういう輩も湧くってことか」

 

 ウチは女子が2人居るということで、女性向け雑誌の割合が多い。

 

 その中で見かけた名前が書かれていた。

 

 その時の見出しは確か、「100年に一人の美少女現役女子高生モデル」だったか。

 

 人気モデルをストーキングする厄介ファンを調べる。

 

 ガンマンが出張る仕事じゃねぇな。

 

 

 

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