踏み台悪役貴族に転生したので、最強になって壁になってやる! 作:カンさん
「お? よう、ファーストちゃんじゃないか!」
「……どうも」
購買に向かうと気さくに話し掛けてくれる男性――ジョニーさんが居た。
彼はこの学園の外部協力者であり、授業で使う魔石やモンスターの素材。学食で使う食材や生徒の筆記用具各種、他にも魔導書や奥義書、あと弁当などを売っている。幅広過ぎない?
昔、勇者エルドのパーティだった功績から学園に許可を貰っているらしい。
「今日もサンドイッチかい?」
「はい。お願いします」
「いやー、嬉しいね! こんな美少女に気に入って貰えるとは! 俺、サンドイッチ屋になろうかな?」
「……ふふ」
思わず笑ってしまった。昔と変わらないお調子者のジョニーさんだ。
……だから、忘れられてる事にも、忘れている事にも、
幸いなのは、あの時逃げ出した女の子と
「ジョニーさんは商人をしていた方が良いと思いますよ」
「そうかー? なんせ、覇王様お気に入りのサンドイッチだからな!」
「……覇王」
覇王ヒュース・カルタルト。彼はいったい何者なのか、少し調べたけどよく分からなかった。
前の世界では聞いた事ない事件を解決し、王族にも認められている。第三王子のクレス・オスティアとは無二の親友という話を聞いた。
思えば、1年前のあの出来事で王国軍の動きが早かったのは、彼の働きがあったからだろうか。そのおかげで
「それでファーストちゃん。友達はできたか? あ、なんなら彼氏とか!」
「ジョニー。それセクハラだぞ」
「そうなのかアストラ!? ご、ごめんなファーストちゃん」
「ふふふ。いえ、気にしないでください。……友達も彼氏も居ないですよ」
……
そして、叶うのなら……あの人に会えれば。
「それでは、オ……私はこれで」
「おっ? そうか? まぁ、学園生活を楽しみな! あと困ったことがあったら言ってくれ!」
「ありがとうございます。では」
「……はぁ。やっぱり覚えていないのか、あの娘。それとも」
「ジョニー、気にし過ぎだ」
「だけどよ! 俺はあの子に……!」
◆
「あ……」
「……ちっ」
空き教室に向かう為に廊下を歩いていると、会いたくない人間に出会った。
黒い髪にぱっとしない顔つきの男。勇者の末裔と呼ばれている……リオン。顔を見るとどうしても感情が荒んでしまう。
1年前のあの件でお互いに存在を認識しているだろうけど、こうして顔を合わせるのは初めてだった。入学試験の時は遠巻きに見ていただけだし。
……なんでこいつだけ。
関わり合いたくないので、
「ちょっと待ってくれ」
「……なに」
こちらの肩を掴んで呼び止めて来た。……咄嗟に腕を斬り飛ばさなかった自分を褒めてやりたい。
振り払って勇者の末裔サマの顔を見る。こちらを警戒している顔をしていた。
は? なにその顔? なんでお前なんかにそんな顔向けられないといけないんだ? 殺すぞ?
そう言ってやりたい自分を抑えて、さっさと用件を聞く事にする。コイツと同じ時間を過ごしたくない。
「ソーデスは好きか?」
「……そーです?」
何を言っているんだこいつは。
「なにそれ」
「そこは普通そーなんです! だろ?」
「!?」
次は旅芸人にみたいなテンションでこちらに手をビシッと突き出してきた。裏平手打ち?
え? なにこいつ……気持ち悪い。
「……アンタ、気が狂っているの?」
「くっ……はっず」
頭のおかしい人間なのかと思えば、人並の羞恥心はあるらしく顔を赤くさせた。何がしたいんだ?
「少なくとも原作持ちではない。だけど、転生者かどうかは分からないな……」
……げんさくもち? てんせいしゃ? コイツがさっきから何を言っているのか、理解できない。したくもないけど……。
「……仕方ない」
「さっきから何を――」
言っているんだ? そう問い掛けようとして――体が動かなくなった。
何処から出したのか分からない黒い剣。それを勇者の末裔サマが出した瞬間、魔法が使われたのを感じた。
「ヒプノシス。イミュテス対策に習得しておいて良かったな」
ヒプノシス? ――水の禁忌魔法じゃないか!?
こいつ、それを
「さて――【お前は転生者か?】」
「【質問の意味が分からない】」
「……ふむ。ルティナやフィリス。クラウス、ロデュウと同じ答え。つまりこの世界の住人か」
――こいつ。
アイツらにも……催眠魔法を使ったのか!
「原作に居ない強さを持っていたから、僕と同じ転生者かと思ったけど……杞憂だったか」
コイツは何を言っているのかは分からない。
でも――野放しにしてはいけない存在だ。それに、コイツが催眠魔法を使えるという事は――もしかしたら……!
「さて。知りたかった事も知れたし……」
催眠魔法は長続きしない。あと少しで解ける。
身体が動ける様になったら、すぐにコイツを拘束して中央騎士団に引き渡す。
「それじゃあ――戻るか」
――え。
勇者の末裔サマは、持っていたナイフを取り出すとそのまま自分の喉を掻っ切った。
血飛沫が舞い、
何をしているんだ? こいつは。
理解できない生き物を前に
ぐにゃり、と世界が――巻き戻った。
◆
「お? よう、ファーストちゃんじゃないか!」
「……え?」
目の前にあった惨劇が消え去り、次に視界に映ったのは……
いや、今の言葉は……ジョニーさんか?
……それよりも、この感覚は――また、戻ったんだ。
「……」
この力は
しかも頻度もバラバラで、酷い時は何度も起きる時がある。……そのせいで救ったと思った命を救っていなくて、そのまま死なせてしまった事もある。
さらに戻れる時間もずっと同じ訳じゃなくて、こっちに関しては
……お父さんとお母さんを救えなくて、戻ろうとして戻れなかった時は辛かったな。
だから
「どうしたんだ、ファーストちゃん?」
ジョニーさんが心配そうに尋ねて来る。……もしかしたら、ジョニーさんも催眠魔法を受けているのかもしれない。
「ううん。何でもない」
前と同じやり取りをしてから、
そうすれば、魔法使用の証拠を抑える事ができるし……聞きたい事も聞く事ができる。
アイツが、
「……」
「……」
前と同じように廊下で勇者の末裔サマと鉢合わせる。そしてそのまま通り過ぎるが、おそらくさっきと同じ様に肩を掴まれるだろう。その後は聞かれた内容に前と同じ反応を示して……。
「……」
「……は?」
しかし――勇者の末裔サマは、
――何で、前と違う行動をしているの?
予想外の出来事に内心動揺する。……これまで時間が戻った時、
明らかに異常事態。思わず
「おい! お前!」
「え? は!? 何で――」
勇者の末裔サマは凄く驚いた反応を示した。お前、さっきは
しかし、なんて言おうか。催眠魔法を使えるだろうって言っても白を切られるだろうし……。
そんな風に悩んでいた
「何で、
「――は?」
――どういう、意味だ。
なんで、こいつは……
胸の奥がざわつく。嫌な予感がする。
しかし、もしも、そもそもの、その前提が間違っていたら?
「げんさくもち。てんせいしゃ」
「は!?!?」
――決まりだな。今の勇者の末裔サマの反応で全てのピースがハマった感覚がした。
グイっと強く肩を掴んで壁に押し当てる。
「ぐあ! て、てめぇ!」
勇者の末裔サマの右手に魔力反応。チラッと見るとあの黒い剣が姿を現わそうとしていたので、蹴り飛ばして遠くに弾き飛ばした。
すると、勇者の末裔サマの顔色が明らかに変わった。それに魔法を使おうとする素振りを全く見せない。どうやら、アレが魔法を発動させる媒体の様だ。
「答えろ、勇者の末裔」
「な、何をだ!」
「お前――死に戻りしているだろう?」
目を大きく見開いた彼の反応から――
◆
リオンは理解できなかった。目の前のファーストと名乗る少女――いや、【エミリア】が己と同じ能力を持っている筈がないのだ。
彼はこの世界に転生する際に、幾つかの要望を神へと頼んだ。この世界を楽しむために。
この世界の主人公に12歳の時に転生する事。痛みや恐怖を抱かない魔法【ノーフィア・ノーペイン】を習得している状態にする事。自分に対する好感度を一定以下に下がらない様にする事。
他にも様々な
ゲームで存在するシステムを、この世界に落とし込んだ力は神をもってしてもリソースがギリギリとなった。転生者にその様な力を付与する事ができなかった為、主人公に付与する形で要望を叶えたのだが――その結果起きたバグを認知している者はこの世界には居ない。
「なんでお前が、前の時間軸を認識しているんだ!?」
「簡単な話だ――
「……!?」
彼女から放たれた言葉に、リオンは息を呑む。
つまりそれは、あの時の自分の発言を聞かれていた訳であり……彼は羞恥心のあまり顔が赤くなる。
しかし状況はそれどころではない事を、彼はまだ気づいていない。
「あの魔法は禁忌の魔法。通報すればいくら勇者の末裔といえど極刑は免れない」
「し、証拠がないだろうが……!」
「あの妙な剣を調べれば良い話だ――それと予め言っておくが」
グイっとさらに力を込めて逃げられない様にしながら、彼女はリオンにドスの効いた声で言った。
「いくらお前が無かった事にしようが、
「へ、へんな事はしていないぞ!」
リオンの言葉に嘘はない。催眠魔法を使って彼が行ったのは、己以外の転生者の存在を探る時くらいである。
……一度ヒュースに使おうとした事があるが、何故かレジストどころか逆に使用権を奪われてしまったが。すぐに死に戻りして無かった事にした為、リオン視点ヒュースは転生者かどうか判断が付いていない。
故に、催眠魔法を使っての重大な犯罪行為はしていないと彼は思っていた。
「本当か? 隠し立てしても、後で気付かれたらどうなるか、分かっているのか?」
「ほ、本当だ!」
「――嘘は無いな?」
「……フィリスのおっぱいをちょっと触りました」
リオンは馬鹿である。
「――は!? へ!? お、おっぱい!?」
しかし、この時だけは彼に味方した。
「へ、変態変態変態!」
エミリアは【 】の時から
そしてその後に起きた悲劇の後に、出会った人物もまた親バカな面があり、彼女に真面な性教育をしなかった。
【エミリアにはまだ早いです! エッチなのはダメ!】
『こういうのは早めに知っておくべきだと思うわ』
『我はノーコメント』
その結果、彼女の性知識は12歳時点のまま止まっており、そのまま肉体だけが女性に近づくという事態となった。投げキッスで赤面して動けなくなるくらいには。
故に、リオンの発言はエミリアからすればとてつもなくエッチな事であり――力が抜けてしまった。
「しめた!」
エミリアの拘束から抜け出したリオンは、すぐに闇の聖剣を回収する。
「しまった――でも」
エミリアは慌てない。彼女の身には直接反転術式が刻み込まれている。もし催眠魔法を使われてもその効果に晒される事は無い。
「
「――は?」
それは、対象の名前を正しく認識する事。
強い魔法にはそれ相応の制約があり、この催眠魔法を防ぐ為には偽名を相手に教えるという方法がある。
しかしリオンは【インスペクト】という、相手の情報を盗み見る魔法で真名を見抜く事で催眠魔法の制約を突破していた。
エミリアに対してもそうであり、前の時間軸で既に把握していた。
故に、今回は
「――ふざけんな」
しかし――その行為は、彼女の逆鱗に触れるだけだった。
身体に刻み込まれている反転術式が発動し、催眠を無効化する。その際に、ナイフで刻んだ傷口が痛むが――それ以上に怒りでどうにかなりそうだった。
「お前が――その名を気安く呼ぶなぁあああああ!」
握り締められた拳がリオンの頬に突き刺さり、その勢いのまま吹き飛ばした。
「い、いてぇえええええ!?!?」
リオンは己の頬に走る鈍い痛みに思わず悲鳴を上げた。
本来ならあり得ない筈だ。リオンはこの世界に来て初めて感じる痛みに涙を浮かべてのたうちまわる。
死に戻りのトリガーが主人公の死と聞いて、彼はいの一番に痛みと恐怖を感じない魔法を神に頼んだ。現代日本人に自殺する気概はないから。痛いのは嫌だから。
「な、なんで殴られて痛いんだよ……!」
「おい」
「ひっ」
グイっと襟元を捕まれて無理矢理立たされたリオンの目には、明確な恐怖が浮かび上がっていた。
「どうせ魔法で
「だ、黙れ! なんなんだよお前! 原作に居ないモブキャラの癖に!」
「……狂人の類だったか。本当に救えないな」
捨てる様にリオンを放り投げ、エミリアはやり切れない気持ちになる。
ある日突然入れ変わった相手が、ここまで倫理観がなく、無自覚に悪意を振りまき、そして自己愛に浸かり切っていた人物だという事に。
彼女の父や母だった者たちは、そのリオンの親として……この世を去った。
――『今までごめんな……リオン……』
「っ……」
村の人たちを救う為、
リオンの事を最期まで想って死んだ
「色々聞きたい事はあるが――お前は中央騎士団に突き出す」
「い、いやだ……!」
「
彼女の言葉に、リオンは心当たりがあるのだろう――故に。
「うおおおおおお!」
彼は叫んで――ナイフで己の喉を掻っ切った。
そして行われるのは世界の逆行。
何度も何度も感じたその感覚に身を委ねながら、エミリアは言う。
「無駄だ――何度繰り返しても、お前は逃げられない。必ず捕まえてやる」
――長い長い鬼ごっこが始まった。