踏み台悪役貴族に転生したので、最強になって壁になってやる!   作:カンさん

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第三話 悪夢と始まり

「許せません……許せませんわ!」

 

 リリス・セントゥリアンは眠れない夜を過ごしていた。

 ヒュース・カルタルトに婚約者ではないと公衆の面前で否定されてからの日々は地獄だった。それまで散々、他の貴族に自慢してしまっていた事もあり、掌を返す様に腫れ物扱い。クスクスと笑われ続け、何時からか彼女は学園に通わなくなった。

 

 そして自室のベットで横になり目を閉じると――あの日の事が悪夢となって彼女を襲い続ける。

 

「ヒュース・カルタルト……! あの野蛮な猿が……!」

 

 目に隈を作り、髪もボサボサ。肌は荒れて爪もガリガリと噛んでしまい見るに堪えない。とても貴族令嬢とは思えない程に彼女は落ちぶれていた。

 

 彼女の父も、ヒュースと婚約者になれないと分かった途端リリスの事を一通り罵ってからは興味を失っているらしい。全く様子を見に来ない。

 

「ファースト! クリス! ヒュース! ああ! ああ! 全てが憎い!」

 

 錯乱している彼女は、もはやその精神性は怪物だった。

 故に――本当の怪物に目を付けられる。

 

「嘆かわしいね、リリス・セントゥリアン」

「――!? だ、だれ!?」

 

 突如、彼女の部屋に一人の男が現れる。

 全身を黒い服で包み込んだ老紳士という表現が最も適しているが、それよりも目を引くのはその瞳。

 全てを見通す目を持ち、全てを己の物と喰らい尽くす傲慢さに、全てを見下す冷徹な瞳。

 人間というには、あまりにも獣性に呑まれた黒い瞳だった。

 

「しかし分かりますよその気持ち。私も毎晩毎晩、屈辱のあの日を思い出し寝れない日があった」

 

 そう言って男は、頬の傷に触れる。自分の爪で傷つけたのだろう。ガリガリと掻き毟られたその傷は皮膚が剥がれ落ち、外気に触れるだけで男に痛みを与える。しかしそれ以上に――あの男への憎悪が溢れ返る。

 

「私の名前は……そうですねぇ。【ラスト】とお呼びください」

「ラスト……?」

「ええ。全ての始まりの男を終わらせる存在。故にラストです」

「全く意味が分かりませんわ。それより、私に何の用ですの!?」

 

 ラストは、怯えた様子を見せるリリスに対して微笑みを返しながら穏やかに応える。

 

「私はあなたを助けたいのですよ」

「助ける……?」

「ええ――復讐、したくありませんか?」

 

 ラストの問いかけに、リリスは言葉を詰まらせる。

 

「眠れない夜を与えたヒュース・カルタルトに、聖女クリスに、現代の英雄ファーストに……あなたの敵全てに、自分と同じ苦しみを与えたくないですか?」

「……」

「私は、それができる力を貴方に与える事ができる」

 

 明らかに危険な誘いだ。まさに悪魔の所業。

 ここでラストの手を取れば、もう一生穏やかな生活は送れない。

 

 しかし、リリスの心は既に闇に落ちていた。

 

「欲しい。欲しいですわ! あいつらを苦しめる力が! 私を貶めた奴らを殺す為の力が!」

「――良い悪意だ。リリス・セントゥリアン」

 

 ラストはニチャァと笑みを浮かべると、【N】と刻まれた宝玉を取り出す。

 

「さぁ――憎き怨敵に悪夢を見せましょう」

 

 

 

 

「人工魔剣使いが動き出しました」

 

 聖女クリスは、リオンとエミリアを呼び付けて今回学園で起きている事件の首謀者の情報について伝える。

 

 現在学園では、多くの生徒が昏睡状態に陥り目を覚まさない状況に陥っている。

 全員が苦悶の表情を浮かべて呻き声を上げて、時折泣き叫ぶ者も居た。

 

「……聖剣使いの4人も被害に遭っている」

 

 エミリアはため息交じりにクリスに伝える。

 彼女が聞き付けた時には既に遅く、全員が学園の医務室のベッドで横になっていた。目元に隈を浮かべて口々に寝言を言っていた。……死ぬなファースト、と。

 

「今回の人工魔剣には、ナイトメアの魔法が刻み込まれています」

「ナイトメア……悪夢か」

 

 リオンは嫌そうな顔をする。彼も時折、寝ている時に悪夢を見る事がある。

 それは前世での失敗談だったり、エルドが死んだ後に起きた()()()()()()だったりと様々だが、起きた時のあの嫌な感触は忘れられない。

 

「犯人に目星は?」

「申し訳ありませんが……しかし、その手掛かりをつかむ方法はあります」

 

 聖女クリスはある魔法を会得している。

 それはライブラリ。己の知識をストックする事ができる魔法であり、彼はこれで()()()()()()()()全ての人工魔剣を検索、閲覧し、その弱点や特性を把握する事が出来る。

 

「ナイトメアの人工魔剣はその特性状、相手の夢に入る必要があります。つまり……」

「正体が分かる、か」

「はい。しかし魔獣化している場合、魔力や容姿、声も変えられている可能性がある為、何かしらのダメージを与える必要が……」

「で、でもクリスちゃん。夢の中でそんなことができるのか? それに……」

 

 悪夢を見ている時に、そんな余裕があるのか? リオンは不安そうに彼に問い掛けた。

 ナイトメアの人工魔剣使いにとって、悪夢の中は相手にとってホームグラウンド。とてもではないが、まともに戦えるとは思わなかった。

 加えてリオンは、第三者に自分の悪夢を見られるのが嫌だった。恥もあるし、自分の本性を知られたくないという感情が強い。

 そんなリオンを聖女クリスは内心冷めた目で見ていた。情けないなこの男は、と。

 

「――今回の件は(オレ)に任せろ」

「……お前が?」

 

 怪訝な声を出すリオンを、エミリアは強い眼差しで見る。途端に、怯えて目を逸らすリオン。

 

「何か対策があるのですか?」

「別に……ただ」

 

 エミリアは、感情を殺した顔でただ淡々と彼らに言った。

 

「悪夢なんて見慣れているから」

 

 

 

 

 悪夢を見る時間は深夜の0時。エミリアはその時間帯に、学園が用意した教室の一室にベッドを用意してくれた。どうやら聖女クリスが手配してくれたらしい。

 

(……(オレ)はこっちの方が寝やすいな)

 

 そう言って彼女はベッドから降りると床に寝転ぶ。旅をしていると寝床を確保するも苦労し、厳しい環境の中でも体力を回復する為に寝る為の努力をし続けた結果、彼女はベッドの方が逆に眠れなくなった。

 

 前の世界線では、ファーストが居たからそんな事はなかったが。

 両親に自分の事を忘れた時に眠れない時はファーストが抱きしめてくれて、その温かさで眠る事ができた。そして、夢の中で愉快なお兄さんが現れて楽しく遊んで……次の日には心がポカポカした状態で起きる事ができる。

 

(……ファースト)

 

 彼女は目を閉じ、愛しき人を想って眠りにつき――。

 

 

 

 

「――いやぁあああああああ!!」

 

 あの時の悪夢を再度見る。

 

 

 

 

 ファーストとの楽しい思い出は夢だったのか? 彼を追い求めて旅を続けるなか、エミリアはそんな事を思った。

 

 両親に忘れられたあの日に戻った彼女は、ファーストと初めて出会った村に向かったが……彼は居なかった。それどころか村は滅びる寸前だった。

 彼女は、ファーストに習った反転術式で村を救い、村長にファーストについて訪ねるも知らないと言われてしまう。

 この時、彼女はファーストはこの世界には居ない可能性を思い浮かべるも、信じたくなくて旅を続ける事にした。彼との旅路を思い出して。

 

 フィリスを救った。彼女の兄が起こした悲劇を未然に防ぎ、元凶である水龍をみなで協力して討伐した。しかし前の世界と違いフィリスの兄は死んでしまった。まるでそうなるのが本来の運命の様に。

 

 ルティナを救った。婚約者の正体がモンスターである事を突き止めて、アロンダム家総出で立ち向かった。しかし前の世界と違い、ルティナが想っていた幼馴染が彼女を庇って死んでしまった。以来ルティナは操を立てて、生涯強さを求めるようになってしまった。まるでそうなるのが本来の運命の様に。

 

 クラウスを救った。彼の親友の暴走を止める為にぶつかり、本音を曝け出すように、と。しかし前の世界と違い、その親友は長年使っていた人工魔剣の反動で死んでしまった。まるでそうなるのが本来の運命の様に。

 

 ロデュウを救った。国を変える為にクーデターを起こそうとした祖父を討つ事によって。しかし前の世界と違い、ロデュウは祖父の真意を討った後に知り涙を流した。まるでそうなるのが本来の運命の様に。

 

 彼女は自分の力不足に心を痛めていた。ファーストなら、彼らを完璧に救えたのに、と。

 聖剣使いたちが彼女に感謝するたびに強く思ってしまう。

 

 そして何よりもファーストと出会えない事実に彼女の心が荒んでいく中――彼らと出会った。

 

「……久しぶりだな、お嬢ちゃん」

「――勇者エルド」

 

 かつて父だった男との再会こそが――エミリアの悪夢の始まりだった。

 

 

 

 

「ジョニーが探していたぞ。急に君が居なくなって心配したって。数日したらアイツもこの村に来るから、その時に謝ってくれ」

「……」

 

 とある酒場にて、エミリアはエルドの奢りで食事を摂っていた。

 偶然この村でエルドと再会した彼女は逃げようとするも簡単に捕まってしまい、食事しながらせ説教を受けていた。

 

「それにしてもその歳で一人旅は危険だ。良ければ俺と一緒に来るか?」

「――いまさら親面? 前は私を拒絶した癖に」

 

 エミリアは……エルドに対して嫌悪感を抱いていた。

 もうエルドの事を父とは思っていない。あの日突然自分を忘れられてショックだったのもあるが……何よりも前の世界線で突然ファーストに斬りかかったことが許せなかった。

 結局今となってもその理由は分からず、果てには「今は見逃す。しかし何かしたら俺がお前を殺す」とファーストに厳しい言葉を投げかけたのが許せなかった。そして、それをファーストが了承したのも気に食わなかった。

 

 ファーストは優しいのに。私を救ったのに。――なんで私からまた奪おうとするの? と。

 

 辛辣なエミリアの言葉に、エルドは何処か悲しそうな顔をしながらも返す言葉が無かった。

 

「それと子ども扱いしないで。そこそこ修羅場は潜っている」

「……みたいだね。この村の村長から、山賊の討伐任務を受けていると聞いた」

 

 村民から山賊の被害に困っている話を聞いたエルドは、その討伐に名乗りを上げた。そしてエミリアがその依頼を引き受けている事を聞いた助力しようとし……あの時の黒髪の少女と再会した、という訳だ。

 

 そしてエミリアが実力者である事を見抜きつつ、その歪さに眉を潜めていた。

 

「でも君は人を殺したことはないだろう」

「……」

 

 図星だった。彼女はまだ人を殺した事が無い。これまでの旅路で山賊や人攫いに遭遇する事はあったが、その実力で命を奪わずに無力化していた。

 

「それは君にとって最大の弱点となる」

「それは……」

「山賊は、子どもの君でも容赦なく殺しに来る。それに今回の山賊は普通じゃない」

「普通じゃない?」

「ああ――おそらく、人工魔剣絡みだ」

 

 人工魔剣。その存在をエミリアは知っているし、その使い手と戦った事もある。そして……倒しても救えない事を。

 

 人工魔剣を一度使った者は後遺症に悩まされる事がほとんどだ。最悪の場合は、クラウスの親友の様に命を落としてしまう。

 その代わり人から外れた力を手に入れる事ができる。それがこの世界の常識だ。

 

 しかしエミリアは腑に落ちない思いもあった。何故なら、前の世界でも人工魔剣使いに襲われ、ファーストが撃退したが……後遺症が残っている様には見えなかったが。

 

「君は彼らを殺せるか?」

「必要なら」

「……嘘を吐くなら、もう少し上手く隠せ」

 

 エルドはそう言って苦笑し、

 

「またいつもの癖が出ているぞ。お前は嘘を吐く時、逆に目をジッと見るからな」

 

 そこまで言って――。

 

「……? 俺は、何を……」

「――」

 

 自分の言動のおかしさに戸惑い、そしてエミリアは目を大きく見開いた。

 ――まだエルドが自分の父親だった時、嘘を吐いた事がある。訓練で痛めた腕を隠した時の事だ。

 その時は心配を掛けたくなくて嘘を吐いたが、すぐにバレてしまい――あの時と同じ言葉をエルドは言った。

 

「――とにかく! もう放っておいて!」

 

 エミリアは胸の奥で生じる痛みを堪えて酒場を飛び出した。

 期待してはいけない。もしかしたら、と思ってはいけない。もう――自分には、ファーストしか居ないのだから。

 彼女は泊っている宿屋のベッドの中で涙を流しながら、必死に自分にそう言い聞かせた。

 

 

 

 

「一人で行くって言ったじゃん……」

「それを了承した覚えはないな」

 

 次の日、村の出口でエミリアはエルドに待ち伏せされていた。

 ゲンナリとする彼女は、そう言えばエルドは強情な所があり人の話を聞かない所があるとジョニーが言っていたのを思い出していた。

 しかしエミリアの気分が落ち込んでいるのは、エルドだけではない。彼の隣に居る女性にも原因があった。

 

「久しぶりね、お嬢ちゃん。私の事覚えている?」

「……賢者マリアン」

「マリアンさんで良いわよ~?」

 

 ポヤポヤとした空気に絆されてしまいそうになるのをエミリアはぐっと堪える。昔から母親とは喧嘩してもすぐに仲直りさせられる程度には、今の彼女にとってマリアンは天敵だった。

 

 エミリアは二人を無視して歩き出すが、その後ろをエルドとマリアンが続く。

 

「付いてこないで」

「君を放っておけない」

「一人よりも三人の方がよくないかしら?」

 

 悪態を吐くが、やはり相手は大人。簡単にあしらわれてしまう。

 エミリアはこれ以上言っても無駄だと判断して歩き続ける。しかし道中二人から、主にマリアンから質問責めにあってしまう。

 

「お嬢ちゃんのお名前はなんて言うのかしら~?」

「……」

「なんで一人で旅をしているの~?」

「……」

「好きな男の子いる~?」

「……っ」

「あら、居るのね」

「うるさいな!?」

 

 うがー! と振り返ってマリアンに吠えるエミリア。しかし微笑まれるだけで、思わず言葉を詰まらせてしまう。

 前の時間軸でもそうだった。ファーストに襲い掛かったエルドをしばき倒し、フォローしたからこそエミリアはエルドを完全に嫌う事ができなかった。手紙のやり取りをしていたのが何よりも証拠だ。

 

「……そう言えば、俺も君の名前を聞いていなかったな」

「……」

 

 今更【   】だと言うつもりはなかった。前の時間軸と同じように、この世界でも彼女は【   】と名乗れない。

 かと言って、エミリアの名を彼以外に教えるつもりはなかった。……全てを失った彼女にとって、この名前は唯一無二残っている彼との繋がりで特別だ。呼んで貰うのなら、彼が一番最初が良い。

 

 だから彼女は見つけて貰う為にこの名を名乗る事にしている。

 

「ファースト。今はそう呼んで」

 

 愛しき人を忘れないように、再び会えるように。そう願って。

 

 

 

「あそこだな」

 

 結局エルドもマリアンも山賊のアジトまで着いてきてしまった。岩陰に隠れてアジトを見れば、二人の山賊が見張りをしている。

 今は使われていない砦をそのまま使っている為、攻め込むと不利なのは自分たち。

 故に慎重に行動するのが鉄則――なのだが、それは普通の人間の場合。

 

「数は20人。所有している人工魔剣の数は5本ね」

 

 マリアンが魔力探知で山賊の人数と人工魔剣の本数を言い当てる。それにエミリアは前の時間軸の経験から驚きはしなかったが、今回一人で旅した事により彼女の異常さをより理解させられる。

 

 人には必ず魔力が流れており、個人によって性質が異なる。優れた魔法使いはそれを感じ取って位置を確認する事が可能。そして賢者と呼ばれるマリアンは、そこから得意、不得意な属性魔法を読み取り、弱点となる魔法を放つことが可能だ。

 

「どんな人工魔剣か分かるか?」

「5本全て同じ魔法が刻み込まれているわ。……それに、物凄く嫌な魔法ね」

 

 マリアンが明らかに嫌そうな顔をする。

 彼女は人の使う魔法、モンスターが使う魔法の知識が豊富だ。感じ取った魔力から、人工魔剣に刻み込まれている魔法に検討がついたのだろう。

 苦々しく、その魔法の名を口にした。

 

「【デモンズドライブ】。魔獣に変化し、強大な力を得る魔法ね」

「デモンズドライブ。それって……」

「そうね。初めて人工魔剣に刻まれた魔法――つまり、あの女の遺産」

 

 ギリッとマリアンが歯ぎしりする。

 人工魔剣は、副作用で魔獣化と言われているが――始まりの人工魔剣は、そもそも人を魔獣に変えるのが目的だった。

 モンスターとなれば、人を逸脱した力を得る事ができると考えた者が居た。

 そしてその()の事をエルドもマリアンも知っている。その狂気の女の事を。

 

「マリアン」

「分かってる。……さて、どうしようかしら」

「私はさっさと突っ込みたいんだけど。20人程度余裕だし」

 

 そう言って双剣を構えるが、エルドに止められることは何となく分かっていた。

 チラリと視線を向ければ、飛び出した瞬間取り押さえられるのが分かるほどにこちらに意識を向けていた。

 なので、二人の動きを聞いてから勝手にしようと思っていたのだが。

 

「うーん。そうねぇ」

 

 マリアンは悩まし気にアジトを見据えて、

 

「大したことないから、さっさと片付けようかしら」

「は?」

 

 瞬間、マリアンの足元に魔法陣が描かれる。赤、青、黄、緑と四色に輝いている事から4属性の同時使用。4属性の合成よりも何度の高い魔法を彼女は息をするように使い、

 

「マジック・アロー。えい」

 

 20の魔法の矢が放たれていき……。

 

 ――ん? なん……ぎゃあああああ!?

 ――なんだこ、ぎやあああああ!?

 ――うわあああああああああ!?

 

 アジトからたくさんの悲鳴が聞こえた。

 エミリアは、マリアンの戦闘を見た事がない。前の時間軸でもそれは同様で、彼女の使った魔法を見たのは結界魔法くらいだった。

 彼女が感知した時の人数と今放った魔法から察するに、20人の山賊にそれぞれ有利な魔法の矢を放ったのだろう。この距離から。

 

 これが賢者。世界を救った伝説の魔法使い。

 

 エミリアは、自分の知らないマリアンの姿に目を奪われて……その視線に気づいたマリアンに微笑まれてハッとする。

 

「うふふ。見直した?」

「べ、べつに!」

 

 ふんっと顔をそらすが、困った事になった。エミリアは村長の依頼で山賊退治に来たのに、マリアンの仕事を奪われてしまった。

 エミリアは魔法が苦手な為剣を主な武器にしている。それも村長も分かっているだろう。山賊の傷を見ればエミリアが付けたモノではないとバレる筈。

 別に偽装するつもりはないが……路銀が稼げないな、と思った。

 

「別に依頼のお金はいらないわよ? ファーストちゃんにあげる」

「……いいよ、別に」

「強情ね。ああ、それと気は抜かないでね」

「? 何が?」

 

 そこでエミリアは気付く。二人とも、アジトから視線を全く外していない、と。

 つまり――まだ終わっていない。

 ドンっと砦からエミリアでも感じ取れる魔力が天に向かって噴出した。数は5つ。

 そして、先ほどマリアンが感じ取った人工魔剣の数もまた5つ。

 

『グオオオオオオ!』

 

 雄たけびを上げて、こちらに向かってくる影を見据えながらエルドが口を開く。

 

「ファースト。別に俺たちを信頼しなくて良い。ただ、警戒は続けてくれ」

 

 そう言ってエルドは岩陰から飛び出し剣を構える。マリアンの次は自分だと言わんばかりに。

 迫りくる山賊たち、否魔獣たちはそれぞれ禍々しい剣を手にエルドに襲い掛かった。

 理性を失った本能のまま振るわれた斬撃を、エルドは全て紙一重で回避していく。まるで未来を見ているかのように。

 さらにこちらに向かおうとする魔獣には先じて攻撃を仕掛けて、常に自分に意識を向かわせている。

 ……5対1なのに、相手全員の意識を把握している。そして全て捌いている。

 

 これが勇者エルド。

 

『クソがぁ!』

 

 攻め切れない事に業を煮やした魔獣の一体が、一度距離を取り一気に息を吸い込んで──。

 

『ガァアアアアアアア!!」

 

 口から黒い炎を吐き出した。どうして!? このままだと味方も巻き込まれるのに。しかし、エルドと斬り合っている魔獣の表情を見て気が付いた。

 巻き込まれても問題無いんだ。あの魔力と魔獣の特性で、ダメージを負ってもすぐに回復する。それを利用して、エルドを……いや私たちすら巻き込んで攻撃するつもりだ。

 

 私は双剣をつかって術式を地面に刻もうとするが、マリアンに止められる。その必要は無いと。

 

「ディバイン・アーマー」

 

 エルドがその身から光を解き放つと、魔獣が放った黒い炎を掻き消した。それどころか魔獣化していた人間を一瞬元に戻す。

 しかし山賊たちはすぐに元の魔獣へと戻り、理性を失った状態で雄叫びを上げてエルドに襲い掛かった。

 

「──既に手遅れか」

 

 エルドが剣に魔力を流し込み、その力を一気に解放する。

 

 ──彼が使うのは、代々引き継いで来た究極の剣技。世界を救う勇者の技。

 ……(オレ)もアイツも引き継がなかった力。

 

「光破絶翔剣!」

 

 エルドの片手に光で作られた剣が形成され、二振りの輝く聖なる力が魔獣達を斬り裂く。いや、断った。

 魔獣達が苦しみながら人間の姿に戻り、人工魔剣から引き離される。相変わらず人工魔剣は嫌な魔力を放っているけど、もう魔獣化する心配は無さそうだった。

 

「マリアン。もう敵は居ないな?」

「ええ……あら?」

 

 ふとマリアンが、何かに気付いたのか村の方を見て少し困った顔をした。どうしたのだろうか。

 

「リオンったら。ジョニーに頼んで追いかけてきたのかしら」

「リオンが? こっちに来ているのか?」

「ええ。まったく、困ったものね」

「……」

 

 【リオン】の名を聞いて、私はすぐにこの場から逃げ出したくなった。

 私の本当の居場所を奪った男の子。でもあの子は別に悪く無いだろうから、彼には何も言えない。言われたとしても意味が分からないだろう。私自身も何故こうなっているのか分からないのだから。

 

「私は次の村に行く。村長の報告は頼んだ」

 

 結局私は何もしていないからね。報酬もこの二人が貰うべきだ。

 

「待ちなさい。昨日も言ったが──」

「うるさいな! 私に構うなって言ったでしょ!」

 

 エルドに対して苛立ち混じりに叫ぼうとして──。

 

 ビチャリ、と生暖かい液体が顔にかかった。

 

「──え?」

 

 それが何なのかはすぐに分かった。血だ。

 いや、それよりも──誰の血だ? しかしその答えを私は知っている──だって、目の前で胸に剣を刺された人が血を吐き出していたのだから。

 

「こ、これは──」

 

 エルドだ。エルドは背後から剣で胸を貫かれて、私を引き留めた状態のまま血を吐いていた。

 何が起きたのか理解できず視線が揺れて──気付いてしまった。

 

「──マリアンさん。何を?」

「……」

 

 エルドを刺したのは──マリアンだった。

 

 

 これから起きる出来事を、私は死んでも忘れないだろう。

 そして始まるのだ。私から全てを奪った男を見つけ出す復讐の旅が。

 

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