踏み台悪役貴族に転生したので、最強になって壁になってやる!   作:カンさん

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第四話 喪失と憎悪

「マリアン……!?」

「……」

 

 虚ろな目でエルドを突き刺す彼女を、エミリアは信じられない目で見ていた。

 いったい、何が起きている?

 状況を理解できないなか、エルドは膝を着き、ズルリと剣が抜ける。

 ドクドクと彼の胸から血が流れ落ち、地面を赤く染め上げる。そんなエルドを見てエミリアは思わず叫んだ。

 

「お父さん!」

 

 痛みに苦悶の表情を浮かべる彼に対して思わずそう呼んでしまうエミリア。

 もう、彼は父親ではないのに。

 しかしそれを指摘する者は誰も居なかった。

 

「――何で!?」

 

 崩れ落ちそうになっているエルドを支えながら、エミリアはマリアンを睨みつけて叫ぶ。しかし、彼女は振り返って何かを確認しており――。

 

「よし。シナリオ通りセーブしたようだな」

 

 エミリアからは見えないが、すぐ近くにジョニーとリオンが傍まで来ていた。

 マリアンの目にはエルドの死を確認して祈りを捧げているリオンと、何が起きたのか理解して激昂しているジョニーが居た。

 

 この時、リオンは原作知識から、ジョニーはかつての仲間の性格や能力からマリアンの身に何が起きているのかを理解していた。

 そして、エルドを殺した今次に誰が狙われるのかも……。

 

 もしこの時、ジョニーがエミリアの存在に気が付いていればまた違った未来に進んでいたのかもしれない。

 

「――リオン、逃げるぞ」

「そんな。でもお父さんが!」

「アイツ、やりやがった――やっぱり、まだ勇者の力を諦めていなかった……!」

 

 ジョニーはリオンをかついで、急いで村に向かって走る――親友二人の喪失感を抱きながら。

 リオンは何も理解していないかのようにただただ「お父さん」と叫び続けた――普段、親父や父さんと呼んでいるのを忘れて。

 

 そんな彼らを……正確にはリオンを見てマリアンは呟く。

 

「力を求めて仮にも親の死を望むか。つくづくクズだなあの男は」

 

 とても冷たい声だった。先ほどまでのマリアンの温かい声は何処に行ったのかと疑問に思ってしまうほどの。

 故にエミリアは当然の問いかけをする。

 

「あなた……誰なの?」

「何を言っているの? マリアンよ?」

「違う! お母さんはこんな事しない!」

 

 そんな彼女の叫びに、マリアンは……否、彼女の肉体に入り込んだダレカは「くひっ」と醜悪な笑みを浮かべて嗤う。

 

「――あはははははははは! 哀れだな小娘! 全てを奪われ、拠り所を失った貴様は! 何とも滑稽だ!」

「……なにを、言っているの?」

「クフフ……君と同じさ――前の世界から零れ落ちた同士だよ。あの男に運命に狂わされた被害者さ」

 

 そこまで言ってマリアンはふと体の力が抜けて――突然背後に現れた女に胸を貫かれる。

 

「――っ、なん、で……!?」

 

 痛みで意識を取り戻したのだろう。マリアンは後ろを振り向き、驚愕し口を開く。

 

「――イライザ? ……いや、違う。誰なの?」

「流石は賢者だな。魔力の質で判別したか? ……そう、天魔の狂気は既に死んでいる――この肉体は、私が奪っただけだ」

「――っ、アイシクル・レイン!」

 

 マリアンは、決死の思いで魔法を発動させる。すると、空から氷の槍が雨の様に降り注いだ。自分ごと背後の人間を殺す為に。

 彼女の身を槍が貫き血飛沫が舞う。そんな母が傷つく姿をエミリアは見ていた。

 

「これで……どう!?」

「――無駄だよ」

 

 今度はエミリアの背後から声がする。振り返るとそこには無傷の女が居り、マリアンは胸の傷と魔力の乱れによって膝を着く。

 どうやら彼女を貫いた際に、体内の魔力を乱す魔法を使われたようで上手く魔法が使えない。本来ならこの程度の傷をマリアンは治す事ができるのだが……。

 

「あなた……何者……?」

「そんなに不思議か? 君に探知に気付かれず、そして賢者であるあなたを洗(・)脳(・)魔法で操れる私が?」

「それだけでは……ない……!」

 

 エルドが胸の傷の痛みに耐えながら立ち上がる。

 

「俺の光の力を無効化するこの闇の力――魔剣使いか?」

「いいや。太古の魔剣を私は(・)持っていないさ。だが――こちらは持っている」

 

 そう言って男は【D】のイニシャルが刻み込まれた宝玉を取り出した。人工魔剣のコアだ。

 

「少し実験をしていてね。山賊程度でも勇者は倒せるのか? この時期ならぶつけられると思ったし、本来のシナリオを隠れ蓑にして君の死を利用できると判断した」

「何を……言っている……!?」

「なに。あまりにも物語とかけ離れたらま(・)た(・)やり直しになるかもしれないからね。だから見た目だけは取り繕うと思っただけさ」

 

 理解のできない言葉を紡ぐ女は――グニャリとその姿を変える。女から男へと。

 どうやら人工魔剣の力を使って変身していたらしい。彼にとってその行為は意味のあるものだったが――エルドたちからすれば、ただの愉快犯にしか見えない。

 

「貴様、イザイラを……!」

「ああ。【ユートピア】の人工魔剣は魅力的でね。真っ先にいただいたよ」

 

 男は嗤う。

 

「この国を良くしたいと酒の席に誘ったら簡単に乗ってくれた。後は酔いつぶれた後に簡単に、ね。ああそうそう――最後は君たちになんて言ったと思う? ――ごめん、だってさ。裏切り者の癖にどの口が言っているのやら」

「――黙れ!!」

 

 エルドは、治らない傷を癒すのを辞めて身体能力強化に魔力を回す。そしてそのまま持っていた剣で男を貫いた。

 

「――かは!?」

「貴様に、何が分かる! 俺たちはアイツを――」

 

 エルドの行動が予想外だったのか、男は心底驚いた顔で彼を見て口をパクパクと開いては閉じる。から血を吐き出して声が出ていない。

 しかしエルドはもうこの男の言葉を聞くつもりはなかった。この男はそれだけ危険だ。故にさっさと殺すつもりで――殺傷能力の高い剣技を使う。

 

「荒嵐気!」

「やめ――」

 

 相手の魔力を体内から掻き乱す剣技。それにより男は全身から血を噴出させて後ろに倒れた。ビクンビクンっと体を跳ねらせて、瞳から徐々に光を失いつつある。

 即死しなかったのはそれだけ魔法の扱いに長けている証拠だ。しかし、魔力量が多かったのかエルドの全身を赤く染める程の威力を発揮させてしまった。

 

「――なんで」

 

 流(・)石(・)は(・)賢(・)者(・)と(・)い(・)っ(・)た(・)と(・)こ(・)ろ(・)か(・)。

 

「――何しているの!? お父さん!」

「――は?」

 

 エルドの視界に映っていた男の姿が、愛する妻へと変わる。

 こひゅー、こひゅーっと浅い息を繰り返し――もうすぐ死ぬ。

 

 エミリアは見ていた。突如振り返ってマリアンにトドメを刺したエルドを。しかし、彼の狼狽した姿から、人工魔剣を持つ男の仕業だという事は理解できた。

 

「お、俺は何を――」

「お前がマリアンを殺した」

 

 マリアンを呆然と見つめるエルドの背後に現れた男は、人工魔剣を高く掲げる。

 エルドは――反応できない。己の手で妻を刺した事で精神的に不安定となっている。

 

「お父さん! 逃げ――」

 

 エミリアの叫び虚しく、

 

「これで材料は手に入った」

 

 凶剣がエルドの身を斬り裂く。彼の身から血が噴き出し……倒れ伏した。

 

「いや……いやぁあああああ!」

 

 エミリアは、目の前の光景が信じられずにエルドに駆け寄る。

 彼は光の失った瞳でエミリアを見て……己の死を悟る。そしてこの世から解き放たれた彼は全てを理解したのだろう。

 

 ――ああ、そうか。そうだったのか。

 

 エルドは最後に静かに口を開いた。

 

「――今までごめんな……リオン……」

 

 既に死んでしまったマリアンの分まで、エルドは謝罪した己の子……リオンに対して。

 しかしここにエルドとマリアンの子どもは居ない。

 エミリアは、エルドの最期の言葉に心を乱されながらも彼を安心させる為に口を開く。

 

「いいよ、大丈夫――だって、私は」

 

 ――勇者の子だから。

 しかし最期にその言葉はエルドに伝わることなく――彼女は父と母の死を見届けた。

 

「――絶対に助ける」

 

 故にエミリアは決めた。彼らを助けると。

 

「絶対に死なせない」

 

 そう言って彼女は自分の剣で首を跳ね飛ばし――。

 

 

 

 

 

「――今までごめんな……リオン……」

「――え?」

 

 彼女は、エルドが死が確定した後の時間に巻き戻った。

 

 

◆

 

 

 エミリアが眠って1時間。クリスはリオンと談笑していた。

 

「つまり、それがリオン様の悪夢ですか」

「ああ。父が殺されてジョニーに連れられた時に天魔の狂気に襲われた。時々夢でも見る」

 

 リオンは語る。原作通りに事が進んだと思ったら、村まで天魔の狂気が自分を殺しに来ていた。

 結局ジョニーのおかげで生きて逃げる事はできたが、その時のリオンは本当に恐怖を抱きすぐに祈り(セーブ)をした。もうあんな思いは2度とごめんだと。

 

「その後、天魔の狂気は追い駆けて来なかったのですか?」

「うん。僕の祈りが届いたのかな?」

 

 天魔の狂気は、リオンが祈っている姿を見てさっさと退散したらしい。

 その後の話では村民に被害は出ていなかった。流石に逃げた後に村の誰かが死んでいたら後味が悪いと思っていたため、リオンはラッキーだと思っていた。むしろ狙われていた自分がさっさと逃げた事は英断だと思ったらしい。

 

「そういうクリスちゃんは、悪夢を見るの?」

「そうですね……」

 

 クリスは悪夢と言われて、思い浮かべるのは――とある男の末路だ。

 

「少し先の未来ですね」

「未来?」

「ええ。……私には親友の様に想っている人がいます。その人は本当に破天荒で、やることなす事滅茶苦茶で、私にも乱暴で……初めは憎しみすら抱きました」

 

 しかし、そんな自分を――彼は変えた。

 あの男もまた、クリスの事を嫌っていた。原作知識からではなく、実際に接して溝に沈むゴミよりも薄汚いその精神性に嫌悪し――喧嘩した。どちらかが死んでいないのは、男がギリギリのラインを見極めていたからだ。

 

 もっとも、クリスからすれば殺されたようなものだ。少しだけ人間性が改善されたと自覚できる程度には成長したのだから。

 

 故に――男のあの言葉が忘れられない。

 

「そ、そうなんだ」

「ええ。だから――必ず、遠い日に死ぬと言われて、その日が来るのが怖いのです」

「え?」

「……ふふふ。冗談です」

 

 ――嘘である。クリスは――クレスはあの日から、男……ヒュースの言葉に囚われている。

 

「オレは16の冬に死ぬ。そういう契約だ」

「何故、だと? 役割を全うする為だ。原作(初め)から決まっている」

「もっとも、役割を果たせるかどうかは分からない。できれば、我が運命と出会えてこの命を使いたい」

「そうならなかったら? その時は……原作(本来)通りに、アイツ(アストラ)に塵芥の様に殺されるだろう」

「後悔? そんなものはない――誰よりもオレがそれを望んでいるからな」

 

 ヒュース・カルタルトは、16の冬に死ぬことが既に決まっている。

 故にクレスは理解した。彼は、己の死期を定める事で規格外の力を手に入れた。【   】に殺される為に。この世界を救うために。この世界を壊す為に。

 

 そんな日は来てほしくないとクレスは願うが――その願いは聞き遂げられない事を、彼は後日思い知る。

 

 

◆

 

 

「なんで……!?」

「君の行動は読めていた。アイツと違い、君は誰かの為に死ぬことができる」

 

 故に男は、リオンにセーブさせた。エルドとマリアンの死を確定させる為に。

 エミリアは、キッと男を睨みつけて双剣で斬りかかる。

 

「うぁああああああ!」

「さて、殺せない君の無力化する方法だが」

 

 しかし簡単に剣を弾かれ、そのまま組み敷かれる。

 そして取り出したのは、山賊が使っていた【デモンズドライブ】の魔法が刻み込まれた人工魔剣。

 

「これを使って、寿命尽きるまで飼い慣らしてみよう。それで死に戻りが発動するのかは知らないがね」

「殺す――殺してやる!」

「ははは。君には無理だ」

 

 そう言って男は――人工魔剣をエミリアに植え付けた。

 すると、彼女の身に変化が起きる。体の中から魔力が噴き出し、肉を突き破って骨が飛び出て、それが黒く染まり変異していく。

 

「あああアアアアアアアア!?!?」

「適合しなければ死ぬだけだが――まぁ、君なら適合するまでチャレンジできるよね」

「ああアアアアアアアア!!!!」

「先輩からのアドバイスだけど……さっさと獣に堕ちた方が楽だぜ?」

「――アアアアアアアア!!!!」

 

 ――そこからが、地獄の時間が始まった。

 エミリアは何度も何度も死に戻り続ける。魔獣になりきれず死に、魔獣になっても死に、人工魔剣への耐性がついて魔獣になる前に死に。

 それを何回も何十回も何百回も何千回も繰り返し――変化が起きたのは、5395732回目の死に戻りをした時だ。

 

「――」

「お? 人の形のまま魔獣化したね? それじゃあ、実験を始めようか」

 

 そう言って男は【嘘を見抜く魔法】【相手の弱点を見抜く魔法】【成長し続ける魔法】が刻み込まれた人工魔剣を取り出す。

 

「これらを融合させれば、もしかしたらファーストを殺せる駒が作れるかもしれない。短命になるけど、まぁ良いか」

 

 そう言って男はエミリアの心臓を貫き、そこから人工魔剣を取り出すが――死んでしまい、死に戻りしてしまう。

 

「……やれやれ。めんどうだな」

 

 それから142回目の後に、人工魔剣を取り出す事に成功。4つの人工魔剣を融合させて再び埋め込むと――。

 

「――アアアアアアアア!!!?」

「やれやれうるさいなぁ。終わるまで離れておこうかな」

 

 それから873649回の死に戻りを経て――エミリアは、現代と同じ姿となる。

 両親やファーストが褒めた黒髪は白くなり、全身に張り巡らされた魔力は膨大で、身体能力も高くなった。

 

「お、ようやく完成か」

「……」

「それじゃあ、今度はレベルを上げよう」

 

 そう言って男は複数のデモンズドライブの人工魔剣を取り出し――山賊たちと融合させる。

 

『ガァアアアアアア!!』

「ほら、蟲毒って奴だ! 殺し合って強くなってくれ!」

 

 男の指示で魔獣たちはエミリアに殺到し、防衛本能で彼女は魔獣たちは殺そうとし――。

 

 パキンッと光の膜で弾かれる。

 

「は?」

 

 男は理解できないと視線をズラせば、そこには意識はないが光の魔力を放ち続けるエルドとそんな彼の近くに寄り添い、その魔力でエミリアを守っているマリアンが居た。

 

「驚いた。まだ生きていたのか?」

 

 男は心底驚き。

 

「だったら予定変更だ」

 

 そう言って魔法で魔獣たちは一か所に集めて――圧縮させる。

 

『ギャアアアアアア』

「人工魔剣は人の命を吸って強くなる。ほら、さっさと死んでくれ」

 

 グシャリ、と魔獣たちは肉の塊となり絶命し――二つのどす黒い宝玉が作り出される。

 男は満足げにそれを拾うと、健気にもエミリアを守るエルドたちの元に向かい、

 

「さて、最期に本当の娘の成長に役に立てられるんだ。感謝して欲しいね」

 

 そう言って男は――エルドとマリアンを魔獣に変え、

 

「これは見物だな。親子の殺し合いなんて、なかなか見られない」

 

 その様を取り出したワイン片手に、面白そうに見ていた。

 

 

◆

 

 

「――え?」

 

 ふとエミリアは意識を取り戻した。疲労困憊で動けない。体中が濡れて気持ち悪い。

 しかしそれ以上に――目の前の光景に言葉を失う。

 男女の惨殺死体があった。しかし、個人を特定できない。それだけ酷く損傷しているのかというと違う。

 

 彼女の眼は個人を特定できなくなった。男なら青い棒人間に、女なら赤い棒人間に見える。そんな風に。

 だから目の前の死体が誰かだなんて分かるはずがないのに――何故か理解してしまった。

 

「おとうさん……おかあさん……?」

 

 目の前のエルドとマリアンにトドメを刺したのは――自分だと。

 

「ぅ、うあ……」

 

 すると次の瞬間、エミリアの頭の中にここまでの全ての経験が注ぎ込まれる。

 何度も死んだことを。何度も人を捨てた事を。何度も殺した事を。――何度も両親を殺した事を。

 

「――ぅぅ、あああああああああああ!!!」

 

 そんな彼女を見て、男は驚いていた。

 

「まさか自我を取り戻すなんて」

「――殺す!」

 

 エミリアは、男の胸に手刀を突き立てようとするが――。

 

「危ない危ない」

「っ、また――」

 

 遠く離れた位置に現れる。エミリアは再び襲い掛かり――一瞬動きが止まってから、男が消えた。

 

「……今のは」

「ぐぅうううう。あああああああああ!!」

 

 エミリアは何度も何度も男に襲い掛かり、その度に避けられる。

 そしてどんどん男に攻撃が届く前に体が止まる現象が起き続けて、エミリアは男の力を理解していく。

 

 何故マリアンを殺せたのか。何故エルドを殺せたのか。この力があれば、確かに距離も防御も意味をなさず

 

 同時に絶望する――今のままではこの男には勝てない。

 

「これは驚いた。貴様――私の世界を認識しているな?」

 

 身動きのできないエミリアの周りをゆっくりと歩きながら、男は言う。

 

「本来なら有り得ないことだ。しかし、その身に刻まれた人工魔剣が私の人工魔剣と共鳴したのか?」

 

 興味深そうに時間をかけて考察し、それをエミリアに語り掛ける男。

 

「知覚はできない筈。このまま育てば……もしかしたら君もこちらの世界に入門するのかもしれない」

 

 そう言って男は自分の人工魔剣を見る。【F】のイニシャルが刻み込まれたその禍々しい力は、世界を制する力を有している。彼はこの力で勇者エルドと賢者マリアンを翻弄し、そして今目の前で、後に英雄と呼ばれる化け物を育成している。

 

「――うぁああああ!」

「おっと。時間切れか」

 

 エミリアの体が自由を取り戻し、男に殴りかかるが簡単に避けられてしまう。

 

「ふむ。君を手元に置こうかと思ったが――来る日まで、待つのもありか」

「……何を、言ってやがる……!」

「――私はね、復讐したいのだよ。あの男に。しかし、今挑んでも返り討ちに遭う。あの時と同じように」

 

 男は自分の持つ人工魔剣に絶対に信頼を寄せていた。全てを超越する最強の魔法。聖剣使いも魔剣使いも、勇者も魔王も関係なく殺せる力。

 しかし――ファーストだけは殺せない事を知っている。

 だからもっと強くならなければならない。

 

「クラウディウス魔法育成学園。そこにあの男は現れる――その日、ようやく私の時間が進む」

「何を言っている……!」

「それまでにその【デモンズドライブの人工魔剣】を強く、凶悪に、育てるんだな――エミリア」

「――その名で、お前が、私を呼ぶな!」

 

 再び殴りかかるが――男は姿を消していた。

 虚しく彼女の拳が空を切る。しかし、エミリアは男がどの方角に向かって逃走したのかを認識していた。すぐに追いかけようとして――。

 

【ああ、そうそう。もう私を追わない方が良いよ――村の人たちが心配ならね】

 

 男から念話が送り込まれると同時に、エミリアが殺したエルドとマリアンが歪な姿勢で立ち上がる。体中傷だらけで穴も開いている。血は既に体内から出尽くしているのに、何故動いているのか――それは、反転した瞳と二人の身に刺さっている人工魔剣を見て彼女は察した。察してしまった。

 

「――この、外道がぁああああああ!!」

 

 男は、去り際に死体をアンデットモンスターに変える人工魔剣を二人に突き刺していた。

 あの男は、エミリアから逃げる為にエルドとマリアンを時間稼ぎの捨て駒にしてから逃げたのだ。そして、二人にはたった一つの指令を出している。ただ村を襲え、と。

 

 二人はボロボロの体を無理矢理動かして村に向かって走る。それを追い駆けながらエミリアは決断するしかなかった。

 

 村の人たちを救うには、エルドとマリアンを救うには――肉体を残さず消し去らないといけない。アンデットモンスターになった以上、死体となって尚動く二人は埋葬する事も出来ない。

 

「くそくそくそくそくそくそ――くそおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 ――彼女の絶望の感情に反応し、人工魔剣が更なる進化を促す。

 本来魔法が使えない筈の彼女は、魔獣化する事で魔法を会得する。

 4属性の魔法から外れた闇属性。守りに特化した光と反対の破壊に特化した――魔王と同じ力。

 

「――インフェルノ……!」

 

 村に向かって走る二人の背中を見て――彼女は二人との思い出が消失していくのを感じた。おそらくデモンズドライブの人工魔剣を使用した代償だろう。大いなる力を手に入れた引き換えに、彼女は過去を捨てていく。

 エミリアはこれから、その喪失感を薪にして男への復讐心を燃やし続ける。

 

 だから、この黒い炎は始まりに過ぎない。

 

「カタストロフィ!!!」

 

 エミリアの放った黒い炎は――二体のアンデットモンスターを完全に消し去った。

 死体が消え、人工魔剣が砕け散り――草原にて一人佇むエミリアは膝を着く。

 

 魔獣になった二人を何度も殺した。その後、元の人の姿のままモンスターになった二人を闇の炎で完全に消し去った。

 

 ――君は人を殺したことはないだろう。

 

 エルドは言った。エミリアは人を殺した事が無い、と。そしてそれは当たっており、彼が今回の山賊退治に同行したのは万が一彼女が山賊を手にかけては一生の心の傷になると思ったからだ。

 戦える力を持つ以上、いつか人を殺さないといけない日が来る。しかし、まだ幼い彼女にその【いつの日か】を今日にするつもりはなかった。

 

 しかしエミリアは今日、初めて人を殺した――かつての両親に対して。

 

 

「ぁぁぁああ……あああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 エミリアはそんな自分が許せなくて――ファーストとのお揃いの為に買った思い出の双剣で自分の心臓を貫く。しかし人工魔剣の力ですぐには死なない。

 だから何度も何度も何度も刺して刺して刺して。

 

「クズ野郎クズ野郎クズ野郎クズ野郎クズ野郎クズ野郎!!」

 

 何度も何度も何度も死んで死んで死んで。

 

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」

 

 何度も何度も何度も殺して殺して殺して。

 

「何でもっと早く死ねなかった!! そうすればお父さんを助けられたのに!」

 

 彼女は自分を責め続けて、

 

「何でもっと前に時間に戻れなかった! そうすればお母さんを助けられたのに!」

 

 彼女は自分の能力を憎み続けて、

 

「何で――こんなに弱いんだよぉ、わたしは……」

 

 彼女は己の弱さに絶望し、

 

「もういやだぁ」

 

 世界に嘆き。

 

「ふぁーすと……ふぁーすとたすけて……」

 

 彼女は愛した人の名を呼び、

 

「ぁぁぁああ……うわぁあああああっ!!」

 

 ひとりぼっちで、孤独に、子どものように泣き叫んだ。

 

 

◆

 

 

「ぅ。おぇええええええええ」

「……」

 

 そして、その悪夢を見たナイトメアの人工魔剣使いは嘔吐した。

 その様子をエミリアは無言で見ていた。

 

 もうこの夢を見るのは慣れてしまった。戦えば戦うほど思い出を喪失していく彼女だが、この日の出来事だけは消えない。父との楽しい時間。母との穏やかな時間。……ファーストとの大切な時間。

 それら全てが燃え尽きても、この地獄の日だけはエミリアから削ぎ落ちなかった。

 

「く、狂っていますわ……! 何故、この様な悪夢を見て正気を保っていられますの!?」

 

 魔獣化している人工魔剣使いは心底怯えた様子でエミリアを見る。

 しかし彼女はその問いかけに応えない。

 ただ淡々と、目の前の人工魔剣使いの正体を見破る。

 

「リリス・セントゥリアンだな」

「……っ!」

「無防備な夢の中なら勝てると思ったようだけど、当てが外れたね」

 

 リリスは、理解できなかった。この力があれば自分を貶めた相手を殺せると思ったのに。

 

 真っ先に殺したかったヒュース・カルタルトには何故か己の人工魔剣の力が及ばなかった。彼に悪夢を見せた筈だったが、ヒュースの夢に彼の姿はなく代わりに居たのはよく分からない男だった。

 その男は「母ちゃんなんでベッドの下のエロ本を机に並べるんだ!」とよく分からない事を叫んでいた。本来ならヒュースの最も忌み嫌う悪夢を見せるはずなのに。

 

 だから、次にエミリアを狙った。クリスはまだ眠っていないが、丁度よく眠ってくれたから。

 それが誤った選択だと気づかずに。

 

「くっ……ならば!」

 

 しかし、ナイトメアの人工魔剣は夢の中なら最強だ。ただ相手に悪夢を見るだけではなく、逆に見せる事も出来る。

 なんとしてもエミリアを殺したい彼女は、新たに悪夢を作り出すことにした。

 エミリアの夢を見る事で、現状の彼女に最も効く敵を作り出す事ができる。

 

「何をしても無駄だ。アンタはもう終わり――大人しく裁かれろ」

 

 双剣を手にエミリアは駆け出し――。

 

「――エミリア」

「――」

 

 目の前に、ファーストが現れた。

 前の世界で最後に見た仮面をつけた黒髪の男。腰には黒と白の剣を携えている。

 

 これは、リリスがエミリアの夢から見たファーストだ。リリス自身は知らないが、その姿かたち、声、匂い、体温をエミリアの夢から抽出し再現している。

 

 そして――この虚像はリリスのコントロール下にある為、こんな事もできる。

 

「君には失望したよ。まさか親を殺すだなんて」

「――」

「もう、オレを追うのは辞めて――死を持って罪を償ってくれ」

「――」

 

 何も言わず、立ち尽くす彼女にゆっくりと歩み寄ったファーストは黒い剣を鞘から出して、そして空高く掲げて――。

 

「――るな」

「え?」

「――ふざけるなあああアアアアアアアア!」

 

 ザンッと、エミリアの剣がファーストを斬り裂いた。

 さらに黒の獄炎が大爆発を起こし、ファーストの虚像を完全に打ち消した。

 

「ファーストが! 私に! 言う訳無いだろう! そんな事を!!!!!」

「ひ、ひいぃいいいいいいいいいい!?」

 

 リリスは選択を誤った。エミリアの心を折ろうと彼女の最愛の人に殺される悪夢を作り出そうとしたが――完全に火に油を注ぐ行為だった。

 夢の世界がエミリアの獄炎で焼かれていき、リリスは慌てて彼女の夢の中から逃げていく。

 すると、エミリアは目を覚まし。

 

「あ。起きたかファースト」

「――殺す」

「ひっ」

 

 彼女の警護の為に控えていたリオンは、エミリアの地獄の底から響いた怨嗟の声に身を震わせた。

 聖女クリスもエミリアが起きた事に気が付いたが、寝起きが最悪の彼女を見てすぐに距離を取った。

 

「――リリス・セントゥリアァアアアアアアン!」

「ぎゃあああああああ!?」

 

 全身から黒い炎を撒き散らしながらエミリアは叫び、それに巻き込まれたリオンが悲鳴を上げる中、クリスは今回の犯人を特定する。

 

 ……その犯人が殺されない様に注意しないといけないみたいだが。

 クリスはため息を吐きながら、ある人物に念話を送る。

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