踏み台悪役貴族に転生したので、最強になって壁になってやる! 作:カンさん
「クソ、やっぱりラティスに戻ったのか?」
夜が明けて出発しようとしたジョニー達だったがトラブルが起きた。
荷台入り口に刻み込んでいた魔法術式が掻き消されており、中に居た筈の少女が居なくなっていたのだ。
術式は外側に刻み込まれていた為、少女が何かしたとは考えられず、可能性が高いのは人攫いの類だった。
周囲を探すも少女の姿は無かった為にそう判断され、商人仲間の一人が言った。
「気の毒だけどよ、元々はエルドの旦那の娘を騙るガキだろ? わざわざ街まで届けようとしていたが、居なくなったのならもう忘れた方が良い」
残酷だが現実的である。子どもとはいえ道中の食糧や水を分け与えているのは確かであり、心情的にも彼女をわざわざ時間を割いてまで探す義理はないのだ。
それは彼等にも仕事がある。この業界は信頼が生命線とも言える為、なるべく次の仕事先に到着しておきたいのだ。
しかしジョニーは何故か少女の事を放っておく事ができなかった。
「俺は一人ラティスに戻ってみる。もしかしたらそっちに行っているかもしれない。俺一人なら、居ても居なくても後でお前らに追い付ける」
「ジョニー、それはそうだがよ……」
ジョニーは子どもが好きだ。孤児を保護しては孤児院に入れたりと面倒を見ている。
そんな子ども達が居なくなるように彼は尽力していた。
みんな悲しそうな顔をしている。何とかしたいと思った。子ども達は悪くないのに、いつも彼等が被害者となる。
こんな不条理──【消えてしまえば良いのに】と常々思い、昨日は酒のせいで吐き出してしまった。
故に昨日あの少女に怒鳴ってしまった事をずっと後悔しており、気持ち悪くなる程酒を飲んでいた。
しかし結局胸の中に粘り着いた嫌な感覚は消えず、慣れない飲酒はするものでは無いと思い知っていた。
……果たして、未だに残るこの気持ち悪さは酒によるものなのか。
「本当に消えて欲しい。この気持ちの悪さ」
まるで魔法で操られているかの様な違和感だった。
「頼む」
「……分かった。盗賊には気を付けろよ」
ジョニーは馬に乗って来た道を戻り、ラティスへと向かった。エルドは恐らく既に旅立っているだろう。ジョニー達とは反対方向に行っている筈の為すれ違う事はない。故に確認するのならマリアンの元に行く必要があった。
すぐにラティスに着いたジョニーは、エルドの家に向かう。しかしその道中、彼は立ち止まった。
「リオン!」
「……? ああ、ジョニーか!」
呼び止めた少年は初め不思議そうにしていたが、すぐにジョニーの事に気がつくと声を上げる。
まるで初めて会ったかの様なリアクションに、彼は強い違和感を抱きつつも少年──リオンに問うた。
「お前と同じくらいの黒髪の女の子を見なかったか?」
「……いや?」
怪訝な表情を浮かべて否定され、思わず舌打ちが漏れる。もしあの少女が家に向かったのならリオンにも会っている筈だ。そうなるとやはりあの少女は人攫いに──。
あまり良くない未来を思い描いて顔を青くさせていると、リオンが問いかけてくる。
「どうしたの?」
「いや、女の子が一人居なくなってな。それで探しているんだが……」
ジョニーが事情を説明すると、リオンはふーんと相槌を打ち、
「そんな事よりもジョニーさん!」
まるで最初から興味が無いかの様に別の話を始めた。
そんな彼にジョニーは言葉を失った。
──何故だ。あんなに優しかったリオンが?
「僕さ、行きたい所があるんだ! 良かったらこれから連れて行ってくれない?」
「いや、お前何を言って……」
「何ならさ、いつもみたいにギャンブルしようよ。僕が勝ったら言う事を聞いてもらう! ジョニーさんが勝ったら今度買い物する時、倍のゴールド払うよ!」
「え……?」
「何って、いつもの事じゃん! 昨日の腕輪もそれでゲットしたし。へへへ、ジョニーさんって本当にギャンブル弱いよなっ」
彼の中に違和感が生まれ、そしてそれはリオンと話す度に大きくなっていく。
◆
だが、リオンの言っている事に間違いは無い。確かに普段からジョニーはリオンと良くギャンブルをしていた。エルドやマリアンには子どもにそんな事を教えるな、と怒られている。
しかしジョニーからすれば仕掛けてくるのは彼であり、それに普段から生意気なこの小僧は遅かれ早かれこういう事に興味を持っていたに違いない。
だから自分は社会勉強させてあげただけだ。
まぁ、その過程でボコボコに負かして泣かしても仕方ないだろう。生意気な小僧の泣きっ面を見たい訳ではない。決して。
「やれやれ。仕方ないな」
ジョニーは先ほどまでの感情を
「あれ? ねぇな」
普段リオンとこういう時の為に用意しているのだが、何処にもなかった。
代わりにあったのは……女の子が好きそうなリボン? 何故こんなものを持っていたんだ? ジョニーは不思議そうにしながらも、代わりにゴールドのコインを取り出す。
「それじゃあ行くぜ。リオンはどっちにする?」
「表かな」
「オッケー」
キンッとコインを弾き、コイントスを行った。
結果は表だった。
ジョニーはまたリオンに負かされた事に大袈裟に悔しがった。
「くそ! お前本当にこういうのに強いよな!」
「まぁね。昨日も人生で最大のギャンブルに勝ったんだ。こんな幸運滅多にないくらいに」
「あん? 良いことあったのか?」
「うん。普通なら手に入らない物を手に入れたんだ」
よく分からなかったが、ジョニーは負けは負けなのでリオンの我が儘を聞く事にした。
「それで、何処に行きたいんだ?」
「えっと、クドルラ村って所だけど」
「クドルラ村って、確か……」
ジョニーは旅商人として全国を回っている。その為色々な情報が彼の元に集まりやすい。
その情報を元にエルドは旅に出て国が対処できない凶悪なモンスターの退治に向かったり、悪の道に墜ちた魔法使いを捕まえたりしている。
そんな彼がクドルラ村と聞いて眉を潜めるのには理由があった。
「リオン。悪いが連れて行けねぇ。その村は今……」
「人工魔剣があるかもしれない、でしょ?」
「……お前、何で知っているんだ?」
人工魔剣とは、その名の通り人の手によって作られた魔剣の紛い物である。
しかし紛い物とはいえその強さはピンキリであり、勇者であるエルドも危なかった時があった。
数年前からこの国を中心に出回っており、国は所持もしくは使用した者を厳しく罰している。
「僕なら大丈夫だよ」
「だがな。お前の事に何かあったらエルドにもマリアンにも合わせる顔がねぇ。わざわざ危険のある場所に連れて行けるかよ」
「大丈夫だって!
「だがなぁ……」
強情なリオンに、ジョニーはほとほと困り果てた。
とにもかくにも、彼の言葉を聞き入れるつもりはなかった。
◆
「それじゃあ行くぜ。リオンはどっちにする?」
「……うーん。じゃあ裏かな」
「オッケー」
キンッとコインを弾き、コイントスを行った。
結果は裏だった。
ジョニーはまたリオンに負かされた事に大袈裟に悔しがった。
「くそ! お前本当にこういうのに強いよな!」
「ん。ありがとう」
「あん? どうした? 嬉しくないのか?」
「ううん。何でもない」
リオンの反応に首を傾げるが、ジョニーは負けは負けなのでリオンの我が儘を聞く事にした。
「それで、何処に行きたいんだ?」
「カルニアって村」
「カルニアか……」
その村には何かあっただろうか? とジョニーは不思議そうな顔をする。
ジョニーは旅商人として全国を回っている。その為色々な情報が彼の元に集まりやすい。
その情報を元にエルドは旅に出て国が対処できない凶悪なモンスターの退治に向かったり、悪の道に墜ちた魔法使いを捕まえたりしている。
最近は人工魔剣なる危険な魔導具がこの国で出回っており、噂だと近くのクルドラ村が怪しい。
故に何故リオンがカルニア村に行きたいのかが理解できなかった。観光名所でもないし、エルドが昔立ち寄った話もない。
「まぁいいぜ。そこまで遠くないし、1日もあれば往復できんだろ」
「ありがとう!」
リオンはジョニーに礼を言い。
「――はぁ。やっぱり今だと行動範囲に制限あるか」
人知れずため息を吐いた。
◆
『お前は誰だ?』
やめてお父さん。そんな事言わないで。
『家に帰りなさい。お父さんとお母さんが心配しているわよ?』
違うよ! 私のお父さんとお母さんは……!
『もうアイツらに関わらないでくれ』
ジョニーさん! 私だよ! 何で分からないの!?
『僕たち家族に近づかないで』
誰なの!? 何で私から全部奪うの!? 返してよ! 私が、私が【 】だよ!
『気持ち悪い』
――私が、【 】なのに……。
闇の中、どんどん体が沈んでいく。心も体も冷たくなっていき、でも、もうどうでも良くなって。
「きみ、大丈夫?」
そんな時だった――私の体を温かい光が包み込んで、世界を照らしたのは。
「……?」
目を覚ますと、私はベッドの中に居た。毛布も掛けられている。
……まだ、眠たい。でも何だかポカポカしている。さっきまで楽しい夢を見ていた気がする。変な事を言うお兄さんが遊んでくれる夢。
「気が付いたか?」
ぼんやりしていると、声を掛けられる。眠たい目を擦りながらそっちを見ると――お父さんが居た。
「お父さん……?」
私は胸の奥から感情が込み上げて来て、涙が流れる。
ベッドから飛び出し、私は思いっきりお父さんに抱き着いた。
「お父さん! お父さん! お父さん! 私、私!」
酷い悪夢を見ていた。みんなが私の事を忘れる夢。
でも良かったあれが夢で。だって、お父さんは此処にちゃんと――。
「――落ち着け」
「……え?」
頭の上から掛けられた声に、ピタリと体が止まった。
恐る恐る顔を上げると……そこにお父さんは居なかった。
左が白、右が黒の目元を覆うアイマスクを付けて
無表情で仮面越しだけど凄くカッコいいのが良く分かる。
――お父さん、じゃなかった……。
「……」
「体と衣服を綺麗にする。自分でできるか?」
何もする気がないので、私はフルフルと顔を横に振った。
「そうか」
すると男の子は突然――私の服を剥ぎ取った。
何をするの……? でも、私はどうでも良かった。普段なら同い年の男の子にこんな事をされたら恥ずかしいのに。町でもいじめっ子のルディくんがスカートを捲って来て、その度に怒っていたのに。
「……やれやれ。まるで我が儘な子猫だ」
「――え?」
――やれやれ。【 】は我が儘な子猫かな?
昔、私が一度だけ我が儘を言った事があった。その時にお父さんは私の事を子猫だって言って困りつつも笑っていた。お母さんは面白かったのか笑っていたけど、私は怒って本当に猫の様にふしゃー! ってお父さんに飛び掛かったんだっけ。
「仕方ないからこちらで勝手にさせて貰うぞ」
「……」
その男の子は私の服を壁に立てかけている白い剣の近くに水の大きなボールの中に入れた。すると服がグルグルと回って汚れが落ちていくのが分かる。ちょっと見ていて面白いかも。
そのままお風呂に連れて行かれて頭を洗われた。凄く優しくて、気持ちよくて……違うって分かっているのに、お父さんみたいだった。
流石に体は私が自分で洗った。本当は触られてもどうでも良かったけど、男の子が「それくらい自分でしろ」ってツンツンした感じで言って来て、でも何処か私を気に掛けているのが分かって素直に従った。
泡を流した後は湯船の中に入れられた。……このまま潜り続けていたら、お湯に溶けて消える事ができるのかな?
でも男の子はずっと傍に居て「熱くないか?」「あまり長く入らなくて良い」「体の力を抜け」とずっと話し続ける。相変わらずツンツンしているけど、やっぱり優しいと思った。
お風呂から出た後も柔らかいタオルで丁寧に吹いてくれて、その後魔法で頭を乾かしてくれて……お母さんにもして貰ったな、と思い出してしまった。
「少し湿らせておく。せっかくの綺麗な髪だ。大切にしろ」
――ふふふ。【 】の髪は綺麗ね。これからも大切にしましょうね?
……今度はお母さんと同じことを。
その後はこの村の村長の娘さんから服を貰って、私に着させてくれた。かなり可愛い。でもこっちを見ている村長の娘さんは目が怖かった。男の子がすぐに追い払ったけど。
男の子はいつの間に用意していたのか、私にホットミルクを渡してきた。
飲め、という事だろうか。
一口飲んでみると胸の奥がじんわりと温かくなって……涙が溢れて来る。
「……」
男の子は何も言わず、何も聞かず、ただ黙って傍に居てくれた。そのツンツンした優しさが、今は嬉しかった。
「もう少し休むと良い」
ホットミルクを飲み終わった私に、男の子はそう言ってベッドに寝かせて来る。
そしてクルリと背中を見せて――。
「――やだ」
「……」
「……行かないで。……寂しい」
「……ふん」
彼が身に纏っているマントの端っこを掴んで引き留める。こちらをジッと見つめて来る男の子の顔を、私は涙を浮かべさせながら見ていた。
しばらくして男の子はベッドの脇に座ってそのまま私の手を握ってくれる。そして……歌い出した。
その歌は聞き覚えがあった。確か、私が小さい頃あまり寝られなくてお父さんとお母さんが困っていた所、ジョニーさんが子守唄を聞かせてくれたらしい。
その時の私はびっくりするほどすんなりと寝て……時々、ジョニーさんが遊びに来た時はよく歌ってくれた。ジョニーさんは歌が上手で、ずっと聞いていたかったけど私はそれでよく寝てしまっていた。
男の子が歌っているのはそれと同じ物で、でも正直お世辞にも上手とは言えない。ジョニーさんが聞いたら笑ってしまうかも。
でも……聞いていると、落ち着いてきて、私はそのまま寝てしまった。
「ん……」
「目が覚めたか」
ベッドから体を起こすと、男の子が近くにイスを寄せて座ってこちらを見ていた。
……私は何故か分からないけど、その男に抱き着いて目を閉じる。すると胸の奥がポカポカする。そういえば、今見ていた夢のお兄さんと原っぱで遊んでいる時も同じ感じがしたな……。
「おかゆを作った。食えるか?」
「……ありがとう。でも、そこまでして貰わなくても」
「子どもが遠慮をするな」
……自分も子どもなのに?
そう思うもその男の子はおかゆが入った器を持ってきて半ば無理やりに私に渡して来た。ご、強引だな……。
何を言っても食べるまで動かないみたいだから、私はスプーンでおかゆを食べた。
「……」
「どうだ?」
……正直、美味しくない。多分塩と間違えて砂糖を入れているし、卵の殻も入っていてじゃりじゃりしていて、味付けがバラバラだ。
多分この子は料理が下手なんだろう。でも……懐かしい、味だ。
「……ぁ」
思い出した。お父さんが家に居なくてお母さんが風邪を引いた時だ。
私が頑張っておかゆを作ったんだけど失敗しちゃって、味見をしたら不味くて捨てようとして。
でもお母さんはそれを食べて美味しいって言ってくれて、これですぐに風邪が治るって言ってくれて。
あの時の同じ優しさが、このおかゆにはあるんだ……!
「っ……。うっ……!」
「おかわりはいるか?」
私は涙を流しながら無言で頷く。美味しくないけど温かい、この男の子が私の為に作ってくれた優しいおかゆをもっと食べたいと思ったから。
「落ち着け。ゆっくり食べろ」
「うん……! うん!」
おかゆを食べ終えた私は、また男の子に寝かしつけられる。
また手を握って貰って、でも男の子が居なくならないか不安でジッと見ていると。
「安心しろ。オレは居なくならない」
「……本当?」
「ああ。約束する」
――約束。約束、かぁ。お父さんたちとの約束もあったのになぁ。
その言葉に私は安心して目を閉じる。しばらくするとまたあの下手くそな子守唄が聞こえて、温かい光に包まれて……ぐっすりと眠った。
これが、私と彼の初めての出会い。でも、もうこの世界には存在しない……私だけが覚えている大切な記憶。
後に知る事になるが、彼の正体はヒュース・カルタルトだった。まさか、様々な二つ名で呼ばれ【覇王】と称される程の傑物がおかゆ一つ作れないだなんて、誰も思わないだろう。
……この時の私は何も知らなかった。光の魔法。闇の魔法。聖剣。魔剣。異界からの来訪者。呪い。祝福。
そして、歪められた
本当に……何も知らない。
しかし、今にしても思えばこの時の出会いは必然だったのかもしれない。
彼が追い求める運命とその結末に、私という存在は必要不可欠だった。
だから――あんな事になるだなんて思わなかった。
もしこの時間の過去に一度でも戻る事ができるのなら――私は、彼を救う為にアイツを殺して……この命を捨てるだろう。
それだけ彼の事が大事だった。大切だった。全てだった。
でも――運命は変わらない。
私は──
それはどうしようもなく決まっていた物語で、変えられない運命で、彼が求めていた結末だ。
そして
彼が世界を救ったのに。
全てを彼に背負わせていたのに。
──彼が、【歴史上最悪の人類の敵】だと罵られるのに。
そして、何よりも、誰よりも、深く愛しい存在であるヒュース・カルタルトを――失う事を。
愚かで幼く弱い