「んー、二人で行くなら電車の方がいいかな」
一人なら愛車のスポーツバイクで飛ばしていくのだが、女の子を後ろに乗せて走るのは危ない。
空気を切り裂くあの感覚を味わえないのは残念だが、安全性には代えられない──と乾が考えているうちに、リサは後ろに乗り込んでいた。
「後ろに乗せてよ」
「俺の話聞いてた?」
藪から棒になにを言い出すのかと首をかしげて見ても、少し恥じらいのある真剣な表情で見つめ返されるだけで降りようとしない。
バイクの後ろなんて危ないだけでいいことはあまりないが、彼女としては移動手段はバイクがいいらしい。
「突然なにを言い出すんだ……嫌だよバイクは後ろの方が危ないんだから」
ハンドルやアクセルなど身体の支えに出来る場所が多いドライバーに対して、後ろに乗る人間はドライバーに抱き着く形かタンデムシートの後ろに付いているものを支点にするしかない。
流石に足元をちゃんとしていないだろう──と思って彼女の足元を見ると、ブーツをしっかりと履いていて妙に用意周到だなとため息が出る。ただ、ジャケットを着ているわけではない。
バイクに乗らない人はそういうものだよな、と思いつつこだわりはないと降ろすことを諦める。
「なるほど、分かった。降りてちょっと待ってなよ」
「そう言って、電車で行こうなんて言い出さない?」
「どう乗ったらいいか分かんないでしょ」
「あ……」
少し恥ずかしそうに降りて期待したような表情を向けてくる彼女に、仕方がないと諦めて屋内からライダースジャケットとヘルメットを持ってくる。
まずはヘルメットを渡して被らせると慣れていない彼女は今にも落ちそうな被り方をする。少し動いただけでずり下がって視界を塞ぐのはよくあることだ。
「わ、わわ……」
前が見えなくなった彼女は手をばたつかせて焦ったように手で抑える。任せていたらもしなにかあったときに危ないと頭に手を持っていく。
「ちょっと動くなよ」
「は~い」
「返事だけ元気なんだから……」
動かれると胸が当たりそうで静止を言い聞かせてリサはそれに従う。
乾は彼女の前に立って、ぶかぶかなヘルメットの紐を調整しながら触れる髪が柔らかいことを意識する。肌も白く、きめ細かく、きっと手入れを怠っていないのだろう。
せっかくセットしてきた髪が潰れてしまうのは心苦しいが、安全性には代えられない。
調整したヘルメットを被ると、リサは頭をぶるんぶるんと振ってにっこりと笑って見せる。
「完璧だね!」
「はいはい」
首を振って落ちないことを確認したらしい。
乾がリサの小動物、それも犬のような行動で少し頬を緩ませたのには気付かれなかったようだ。
乾が乗ってからリサは後ろの座席に乗り込むと、彼の背中にしがみつく。
「……」
外見で分かっていたものの、背中に触れる柔らかさが想像を絶するほどの大きさだと実感させられる。大層、ご立派であらせられる。振り返れば照れた顔があるとしても、自分の顔を見られたくなくて振り返ることができない。
「あのさ、一応ベルトあるんだけど」
「……抱き着くの、ダメ?」
「ダメじゃないけどさぁ……!」
どうしてこう、男心をくすぐるのが上手いのか。これで男慣れしていないのは嘘だろうと自分の中で言い訳をくみ上げ、それはないと否定しなおして、静かにエンジンを始動させる。
景色がゆっくりと動き始め、風を感じるような速度になったころにはカフェから離れ、海岸沿いの道を走っていた。
バイクに跨って風を揺られていると、視界の端でリサの髪がたなびく。まるで波打つ海のようなウェーブがかった髪を横目に海を見る。海は本来透明であり、青く見えるのは太陽の光のなかで青が一番残るからだそうだ。
「わー! バイクってすごいね!」
普段なら出ないような大きな声が耳元で叫ばれる。
風は弱まってうねりが入っていない海はすっかりぺたんこになっていたが、なかなか見れない景色でもあった。周囲を見渡してもすれ違う車はおろか、人っ子一人見えない海岸線はどこまでも続いていくように見えて、どこか恐ろしく背中の温かさに心を預けたくなる。
「悪いことしてるみたいだね」
「現役女子大生とデートだぞ? どんな悪人よりも悪いことしてる」
いたずらっぽく出される言葉に苦笑して冗談を返す。
前世でどれだけの徳を積んだら成人男性が女子大生と金を積まずにデートが出来るのか。
前世の徳ではなく、後ろに座る女の子が歩み寄ってくれたからできた関係性であることを思い出しながら流れていく景色を横目にバイクを走らせる。
流れていくもの。そして、過ぎ去っていくもの。流れていく景色は今と過去のようだ、と彼は思う。
物思いに耽っている彼に気付いたのかリサはただ俯いて、彼の身体を抱きしめた。
「じゃ、悪いことしよーよ! いっぱい!」
「そうだなぁ」
リサの考える悪いことなんて、そう悪いことでもない。せいぜい、夜中にカップラーメンを食べるだとかきっとそういったことだ。
せいいっぱいのわるだくみ。それを楽しそうに笑う彼女の笑顔が眩しくて、ミラー越しだというのに頬が緩むのを自覚しながらバイクを走らせた。