「あー……楽しかった!」
「異性の服をまじまじ見る機会なんてないから新鮮だった」
そう言いながら手に持っている紙袋を見下ろす。バイクで来ている手前、あまりモノを持つわけにもいかないおかげで一袋に収まっている。服を選ぶ時間が長かったのか、はたまた出る時間が遅かったからなのか、夜の帳が落ちてすっかり気温も下がりきった寒空の下、頭上に水滴が落ちてくる。
「わ……雪だ……」
「おー、初雪になるな」
雪が羽の毛のようになってフワリフワリと落ちて肩に乗る。その雪は服の温度に溶かされて静かに消えて残るのは水滴だけ。温度が十分に下がっていないのだろう、地表に舞い降りた白刃のような雪は気付けば溶けて消えていた。
「積もらないかな」
「積もったら帰れなくなる」
「帰れなく……」
空を睨んでため息を吐く乾とは対照的に、リサは彼を見てそれも悪くないと思っていた。バイクで帰れないということは、つまるところ帰宅手段を失うということでもある。地元からちょっと離れたショッピングモールだし、見たところ近くに電車は通っていない。田舎にある大道路の近辺にはだいたい外見がお城のようなホテル、世間的に言うところのラブホテルがあるのも知っている。
リサにとって乾という男は初恋の人間。小中学のころは共学に通っていたが、幼馴染の危なっかしさに目が向いて同年代の男など眼中になかったし、高校大学は女子ばかり、そしてバンド活動もこのガールズバンド時代に直接関わるのは女性ばかりで男性を見る機会すらなかった。
「ほ、ホワイトクリスマスってやつかな?」
「あー……今日クリスマスだっけ……」
「あれっ!? 今まで気付いてなかったの!?」
「平日か週末か覚えてるだけで日付とか気にしてないねぇ……」
失念していた乾は渋面を作って目を逸らす。
サービス業はだいたい土日祝祭日どころか年末年始すら関係ないことも多いので週末か判別が付いているだけまだいい方。企業を相手にするわけではなく、消費者を相手にして商売をしているのだから仕方のないことではあるのだが。そういえばバイトの子が今日珍しく休みの申請を出していて、休みにしたことを思い出した。あれはクリスマスのためだったのか、と納得しつつも彼のなかには疑問が残る。
なぜ、クリスマスにも関わらずわざわざ自分と買い物に出掛けようとしたのだろうか。
「ケーキでも用意しておくべきだったかもな」
「あー。クリスマスらしいかも」
「花の女子大生だし、思い出は良くあってほしいからねぇ」
甘いもの苦手だけど、と苦笑して雑踏を練り歩く。クリスマスと意識してみるとカップルが多いのも納得だ。外国ならクリスマスは家族と過ごす日だが、日本での別名は恋人たちの夜。夏の終わりごろから秋ごろにかけて新生児が生まれる割合が高い原因のひとつでもあり、この時期の駅周辺のラブホテルが埋まりがちなことにも納得できる。
「あー、それで思い出した。クリスマスにチキン食うのって日本文化らしいな」
「え、あれってアメリカの文化じゃないの?」
「いや、七面鳥らしいし、ケーキもアメリカの文化じゃねぇからな」
「……アタシ、クリスマスはお肉とケーキのイメージなんだけど」
「クリスマスが特別なのは家族で揃うようなガキの時だけだよ。独り身になると恨みか無関心で終わる」
「ちなみにイヌイさんは?」
「んー……割と恨み寄り」
「えっ?」
暗い笑みを浮かべる乾に驚く。彼は浮世離れしているというか、今まで会ってきた人間のなかでも落ち着きがある人間だと思っていた。分別のある大人というよりはあらゆることをあるがままに受け入れて頓着しない人間で、それは彼自身に対しても、周囲のことに対しても同じだとリサは考えていたからだ。
「いやー、恋人の居る居ないはどうでもいいんだけどさ。人の温もりを感じられるのって大事だと思う」
「じゃあ、カノジョ欲しかったりとか……するの?」
「二択で答えるなら欲しいね」
「もー……なに、そのどっちつかずな表現」
「ノーコメントと言わないだけ誠実だと思う」
リサ以外の人間に聞かれれば適当に答えるかいらないと答えるだろうが、それなりに長い付き合いになっている相手であり、彼個人としては好ましいと思っている相手。
客商売として迫ってくる人間に付かず離れずの距離を保って利益をあげることには慣れているが、今は完全にプライベート。そんな状態で好く思っている女性にそんなことを言われて心のなかまで平静を保てるほど彼は自分の心に鈍くない。
「まぁ、それはいいじゃん。ほかに行きたいところとかある?」
「えっと……服はいいから下着と……小物?」
「下着は自分で選んでね……小物はヘアピンとか?」
「ううん、雑貨かな」
「なら雑貨店だな……それにしても珍しい。物持ちいいだろ?」
今井リサという女性はファッションのバリエーションは多くするが、一度着なくなったからといって売ったり雑に扱うわけではない。趣味が編み物ということもあって衣装の最低限の補修くらいなら出来るし、傷がつかないように着る。
コップなどの雑貨も持ち前の丁寧さで傷がついているところを見たことがない。
「そうなんだけど、うーん……ねね、アタシのコップとかイヌイさんのところに置かせてもらっていい?」
「……歯ブラシとかはあっただろ?」
「えーっと……コップとか、さ」
「置いてなかったっけ……?」
「置いてないよ! なんか、重いじゃん……」
「朝起こしてもらってるのも世間的には十分重いと思うんだが」
「う……」
元々は朝起きれずにバイトの子に叱られている話をリサにして、起こしてもいいという彼女の好意に甘える形で成り立っていた関係性だ。どうして起こしてくれるのかとか、聞いたことはない。少なくとも悪く思われているとは感じていないが、どういった好意なのか考えたこともなかった。
成人男性が年下の女の子に起こされている現状を正確に見たくなかったとか、決してそういう話ではないのだ。
「それならお金は気にしないで選びなよ。俺の財布から出すから」
「えっ、でも……あの、服だってお金出してもらったし……」
「普段起こしてもらってるお礼じゃ納得できない?」
「あれはアタシがしたいからやってるだけでお礼なんてもらえないよ」
リサとしてはむしろ最大のプライベート空間である自室に踏み入っているのだからお礼をすることはあってもされるようなことはないと思っている。男の人って色々大変らしいし、そりゃ夜中に押し掛けたことは……一回だけあるけど!
「ふぅむ……じゃあこうしよう。今夜予定ある?」
「ううん、ないけど……?」
「一緒に晩ご飯食べてよ。普段一人で食べるから味気ない」
「アタシでいいの?」
「君がいい。……雑貨見に行こう」
「それってどういう……」
普段は明るい器量よし気前よし年齢にしてみれば成熟しすぎているくらいのお節介だが、心は年齢相応の乙女の姿のまま成長してきた。
誰かにやさしさを注ぐのは誰かから優しさを注がれることを無意識のうちに求めているから、もしくは生きていくための代償行為として行われていること。見返りをまったく求めずに行動出来る人間は居ない、と乾は考えている。
あるいは、自身がそうだから相手に対してそのような姿勢を求めているだけかもしれないが、彼が彼女に対して出来ることは恥ずかしかったとしても真っすぐに言葉を伝えることだけ。
そんなことを面と向かって言う勇気は残念ながらないおかげで意図なんて伝わりきらないが、それでいいと思ってリサの手を取って歩き出す。
「凍るかもしれないし、早めに終わらせて帰ろう」
「帰るのはもちろんきっさて……」
「いや、路面凍結が怖いから喫茶店よりは近いし俺の家」
「……へっ?」