大崎甜花が旅するポケットモンスターの世界+α 作:形のない者
夜の9時ごろ。大崎宅・甜花の自室にて。
今日の甜花はとても良い買い物をした。大通りを歩いていたら露天のおじさんに声を掛けられて、とある据え置き型ゲーム機を勧められたのだ。そのゲーム機の名称は『多機能互換機ジョイステーション』────略してジョイステ。
それはハードを問わず、あらゆるゲームのカセット・ソフト・アプリ等を導入できる夢のようなゲーム機だという。しかもグラフィックやローディング等の質が落ちることもなく、なんなら向上するという有り得ない性能を持つ。つまりこれ一台でどんなゲームも最高性能で遊べる……それがジョイステの魅力なのだと、露店のおじさんは熱く語っていた。愉しそうに売り込んでいたのだ。
その熱意に当てられて宣伝を静かに傾聴していた甜花は、みるみる購買意欲が湧いてきた。が、流石に半信半疑でもあった。「だったら試しに遊んでみるといい」……そう露店のおじさんに言われてジョイステを起動。コントローラーを握って様々なゲームをプレイしてみた。結果、甜花は愕然とした。あっと言葉を失った。恐るべき性能を誇るゲーム機の素晴らしさに心の底から驚いたのだ。
そしてトドメは露店のおじさんの一言。「お客さんかわいいから、特別に|無料(タダ)でいいよ!」
かくして大崎甜花は一台のジョイステを持ち帰った。事務所帰りの出来事である。
「にへ……にへへ……」
今日の甜花は、本当に良い買い物をした。それが奇妙な買い物であったことなど気にも留めず、不思議な買い物であったことも気にせずに。ほくほく顔で幸せそうに、謎めいたジョイステを抱えていた。
ジョイステ。多機能で互換機なゲーム機。或る機種のゲームを遊びたくなった時、いちいち棚からハードを取り出さなくて済むというのは、多くのゲーム機を持ち、多くのゲームを遊ぶ甜花にとって、まさに理想的なゲーム機と言えた。さらに新しいハードが発売されても、すぐに無料のパッチをインストールすれば、最新機種のゲームにも対応できるという。それはなんとも犯罪的に美味しすぎる話である。
「えと……コンセントを差して……電源ボタンを……オン……!」
さっそくジョイステを起動してみた甜花は、ジョイステが本当に多機能で互換性があるのか確かめるため、様々なハードのカセットやソフトを差し込み、アプリをインストールするのことにした。
そこで最初に目をつけたのが【ポケットモンスターシリーズ】。
第一世代の『赤・緑・青・ピカチュウ』
第二世代の『金・銀・クリスタルバージョン』
第三世代の『ルビー・サファイア・エメラルド・ファイアレッド・リーフグリーン』
第四世代の『ダイヤモンド・パール・プラチナ・ハートゴールド・ソウルシルバー』
第五世代の『ブラック・ホワイト・ブラック2・ホワイト2』
第六世代の『X・Y・オメガルビー・アルファサファイア』
第七世代の『サン・ムーン・ウルトラサン・ウルトラムーン』
第八世代の『Let's Go! ピカチュウ・Let's Go! イーブイ・ソード・シールド』etc...
それだけではない。さらに甜花は『ポケモンスナップ』『ポケモンコロシアム』『ポケモンXD 闇の旋風ダーク・ルギア』『ポケモンレンジャーシリーズ』『ポケモン不思議のダンジョンシリーズ』……ほかにも『多数の外伝作品』を導入した。
「うわ……すごい! ほんとに全部、導入できちゃった……
それなのに、まだメモリがたっぷりある……にへへ……じゃあ……」
ジョイステはインターネットに接続できる。動画視聴・電子書籍、ネットゲームも可能。ジョイステにキーボードとマウスを繋げば、そのままテレビをパソコンとして使える。まさにジョイステは万能の称号を冠していた。
「にへぇ……にへへぇ……すごすぎて、甜花……ほんとうに、こまっちゃう……!」
甜花は思う。これはまるでコタツの周りに冷蔵庫や電子レンジ、果てはトイレまでも完備した完璧な環境だと。ジョイステひとつで数多の創作物が楽しめる。ワクワクが高まった甜花はジョイステの更なるすごさを探すため、今度はネットの世界に潜り込む。
『ポケットモンスターSPECIAL』や『週刊少年ジャンプ』系列の漫画を購入。さらに元から持っていた『女神転生シリーズ』『デジタルモンスターシリーズ』『牧場物語シリーズ』『ルーンファクトリーシリーズ』『Fateシリーズ』『ドラゴンクエストシリーズ』のゲームを導入。これで甜花は、いつでもジョイステを起動することで、たくさんのゲームだけでなく、アニメを見たり漫画を読んだりネットサーフィンしたりと、なんでもできるようになった。
「えと……あとは、FPSゲームだけど……」
────しばらく甜花は考えて、今一度、思い直すことにした。
「……FPSは……使い慣れてたマウスと、見慣れたゲーム画面の方が良いから……いいや」
甜花はそっと『FPSシリーズ』のゲームパッケージを床に置く。
「よし……じゃあ、はじめよう……!」
かくして甜花はコントローラーを手に持ち、ふんすと鼻を鳴らして、傍らに落ちているジョイステの取扱説明書すら読まず────真剣な面持ちでゲームをプレイし始めた。
*
未明5時ごろ。白み始めた空の光は、暗い室内の窓に掛けられたカーテンをすり抜け、ほんのりと空間を照らしている。しかし甜花は室内の明暗の変化に気付かず、脳死状態でゲームに熱中していた。だがそれも長くは続かない。ずっとジョイステで遊びほうけていた甜花は、そろそろお休みの時間が迫っていた。
「あう……甜花……もう、現界……おやすみ、なさい……」
甜花は重たくなるまぶたに耐え切れず、デビ太郎のぬいぐるみを抱き締めて横になる。ゲーム機の電源を切る余力さえなく、うつらうつらとするまぶたは静かに閉じていった。
…
初めから消灯された室内。光源は明滅するテレビ画面とカーテンを通過する陽射しのみ。静かな稼動音を上げるジョイステの傍らには、天使のような寝顔を見せる眠り姫がひとり。
……────ヒュオオオオオオ────……
窓のすきま風が甲高い音を上げる。
昨夜のニュースでは、今日の朝方には毎年恒例の大型台風が近付くと報道していた。
……────ゴオオオオオオオオオ────……
窓にぶつかる強烈な颶風。唸りを上げる風切り音。
遠方よりこだまする雷鳴。ザーザーと土砂降りの雨が降り続ける。
次の瞬間、カーテン越しに雷光が迸った。一拍遅れて豪快な雷鳴が轟き渡る。どうやら大崎宅の近くに雷が落ちたらしい。尋常ではない爆音が轟然と辺りに響き、甜花に似た別人の悲鳴が家の中で叫ばれる。
ドタドタと家の中を走る音。
それは甜花の部屋の前で立ち止まり、緊急時につきノックはせず扉が叩き開けられた。
「て、甜花ちゃん!? 大丈夫だった!? 今の雷、すごかったね……!」
大崎甜花の部屋に駆け込んできたのは、甜花の双子の妹・大崎甘奈。
姉の安否を確認するため駆け付けてきた甘奈は、しかし────ポカンとした顔で、部屋全体をぐるっと見渡す。
「……あれ? 甜花、ちゃん……?」
雷が落ちる瞬間まで、ゲーム機の傍らで眠っていたはずの大崎甜花。
しかし甘奈が駆け付けてきた時には、既に……、
……──その体は、この現実世界から飛び立っていた。
/了