大崎甜花が旅するポケットモンスターの世界+α 作:形のない者
第9話 初めてのジム戦! ニビシティのチユキさん!?
大崎甜花がポケットモンスターの世界に落ちてから二日目の朝を迎えた。時刻は早朝の六時頃。中庭の木の枝に佇むぽっぽが鳴き声をあげて朝の到来を告げてくる。その甲高い鶏鳴に起こされたトレーナーたちは、ぽつぽつと起床して食堂に向かう。まだ眠たそうに目をしばたたかせるレオは洗面所で顔を洗い、タオルで拭いて、まだ寝ている甜花を起こしに行く。
「おい起きろ、甜花! もう朝だぞ!」
「──……んっ……なーちゃん、おはよう……」
「……は?」
ゆっくりと起き上がる甜花は目をこする。知らない名前で呼びかけられたレオは困惑していた。だがそれよりも驚くべきことがあった。
「……おい、あまり目をこするな」
「あ……ご、ごめんなさい! レオとなーちゃん、間違えちゃった……」
「……そいつが誰かは知らないが、すぐに顔を洗って来い。────目、腫れてるぞ」
枕も濡れている。
「あっ……わ、わかった……」
はたして現実世界では、この世界と同じような時間が流れているのだろうか。であれば大崎甜花は行方不明扱いになって、みんなを心配させてしまっているのだろうか。様々な懸念が脳裏をよぎる中、あらゆる苦悩を洗い落とすように顔を洗った甜花は頬をたたいて気合を入れる。
(痛い……でも、痛いってことは、夢じゃない……)
────夢だったら良かったのに。
そう思う気持ちとは裏腹に、だんだんと昨日の出来事を思い出していく。
机の上にはロトムとラルトス。ベッドの上にはピカチュウのレオ。
────ポケモン。そう、これは夢ではない。れっきとした現実であり、でも甜花の世界ではない。
「朝飯、行くぞ」
あまり甜花に考えさせないようにしているのか、やや強引にレオが引っ張っていく。荷物を整えて食堂に向かう。すると通路でカホと出会い、甜花の顔が少し明るくなった。
「あ、甜花さん! おはようございますっ!」
「お、おはよう……! 果穂ちゃ……じゃなかった。カホちゃん……! マメマルも……!」
「ガウ! ……ガウ?」
マメマルは、甜花のそばに立って歩くレオのことが気になっている。それにカホも気付くと、レオは自己紹介を始めた。
「よぉ嬢ちゃん。オレはレオってんだ。甜花のダチ公でな。よろしくぅ」
「あ、あたしはカホと言います! よろしくお願いします……!」
「ガウゥ?」
マメマルは首をかしげる。するとその首に手を回したレオは「まぁまぁここは見て見ぬふりをしてくれよ」と内緒話を始めた。
「……あれ? 甜花さん、目が……!」
そこでカホが甜花の目の腫れに気が付いた。明らかに泣いた跡である。
「あ、こ、これは……なんでもない! しょ、食堂、いこう……! 今日の朝は、なに食べる……?」
「…………」
カホは心配する様子で気になりつつも、甜花と一緒に食堂に向かう。そこで彼女たちはオムライスを頼むと、空いた席に座って食べ始めた。会話のない食事。何も食べる時に会話が必須というわけでもないが、やや気まずい時間が流れる。それに我慢できなかったカホは、意を決して問いかけた。
「あの、甜花さん……!」
「!? な、なに……?」
「あたしたち、友達ですよね!?」
「う、うん……友達……」
「それなら、あの、もし、あたしに何かできることがあるなら、相談してください!」
それは明らかに目の腫れについての言及だった。それを察した甜花は笑顔で答える。
「あ、ありがとう……でもこれ、ちょっとしたホームシックみたいなものだから……」
「ホームシック……! それ、あたしも旅の初めに少しだけなりましたっ! わかりますっ!」
「うん……だから、なんてことはないよ。すぐに、慣れると思うから……」
────慣れなきゃいけないから。
そんな風にも聞こえる言葉だったことを、レオは聞き逃さなかった。
「ところで、カホちゃんは……これから、どこに行くの……?」
「ニビシティですっ!」
「そうなんだ……! それじゃあ、同じだね……?」
「甜花さんもニビシティに行くんですか?」
「うん。ジムバッジが欲しいから……」
そこでカホは瞳を星のように輝かせた。
「もしかして甜花さん、ポケモンリーグを目指しているトレーナーですか!?」
「え? あ、うん……そうだよ……?」
「……! それはすごいです! あたし、全力で応援しますっ!」
「う、うん……! ありがとう、カホちゃん……!」
「それならオレのバイクで一緒に行くか? 二人乗りはジュンサーに見つかると面倒だから……そうだな。サイドカーに押し込めば、なんとか二人は乗れるだろ」
「バイク……! いいんですか!? レオさん!」
「あたぼうよ。旅は道連れ世は情けってな!」
そんなわけで「ごちそうさま」と口にした一行は、さっそくレオのバイクに乗ってトキワの森に走り出した。徒歩で一日以上かかる森を数時間で抜けて、しばらく平原を走れば地平線の先にビル街が見えてくる。そこがニビシティである。颯爽と街に入りニビジムの手前で停車したバイクから、レオはゴーグルを額に戻して降りて、サイドカーに乗っていた甜花とカホがヘルメットを外して降りる。
「着いたぜ、甜花、カホ! ここがニビシティのジム施設だ!」
「ありがとうございます、レオさん!」
「……ここが、ニビジム……!」
岩石をモチーフとした大型のバトル施設。屋根の高さはビル三階分。その威容を見上げる甜花とカホは、高まる期待に胸を躍らせる。
「それじゃあ中に入りましょう、甜花さん!」
「あ、待って、カホちゃん……!」
自動ドアを通る。その先には、なにやらバラエティの司会でもやっていそうなヘンテコなスーツを着た男性が待ち構えており、キラリと光る黒縁メガネをくいっと直しながら片手を天に突き出した。
「おーっす! 未来のチャンピオン! 君たちは挑戦者かな?」
どうやら彼は、このポケモンジムの『受付の人』であるらしい。さらに腰には審判を務める際に使用する赤と緑のフラッグも提げていたことから、ポケモンバトルの『審判の人』でもあるようだ。
そして挑戦者かどうかの質問にカホが答える。
「はい、そうです! あ、でも挑戦するのは甜花さんです! あたしは観客席で観戦していますね!」
ポケモンジムの内部。その中心には岩石と地面で構成されたバトルフィールドが用意されている。さらに屋内の左右には幅広の観客席が設けられていた。その外観はまるでアリーナを思わせる競技施設。
「それでは挑戦者は、出身地と名前を名乗ってくれ!」
「あ……はい! えと……て、甜花は……マサラタウン? の、大崎甜花、でしゅ! ……あ……」
緊張するあまり噛んでしまった甜花は、すぐに訂正しようとする。
しかし受付の人は、人の話を聞かない早口でまくし立てた。
「よろしい! では大崎甜花選手よ! 次は手持ちポケモンを見せてくれ!」
「あ、えと……むーちゃんとすーちゃんの、二匹だけ、です……」
「むーちゃん? すーちゃん……?」
「あ……! ろ、ロトムと、ラルトスの、こと……!」
それを聞いた受付の人は怪訝な顔をした。
「なに? 電気タイプとエスパータイプのポケモンが二匹だけ? あー……その場合、君たちはこのジムに挑戦する資格はないものと判断して即刻出て行ってもらう!」
「えぇ!?」
受付の人の言い分に驚くカホは、目を見開いて「どうしてですかぁ!?」と叫ぶ。
一方の甜花は、そう言われることを予想していたのか、さほど驚く様子を見せなかった。
「なぜならば、ここのジムリーダーは岩タイプの使い手! タイプ相性のタの字も分からないお嬢さんたちが来るような場所ではないのだ! しかし岩タイプに有利な水・草タイプのポケモンを連れているのなら、ジムへの挑戦を認めよう!
なお、このジムは手持ち二匹によるシングルバトルの形式を取っているため、少なくとも水や草タイプのポケモンが、あと一匹は必要だ! そういうことだから、色々な事情で出直してこい! ────話は以上だ!」
それきり黙り込んでしまった受付の人は、眼鏡を直して、腕を組んで、鼻をフンと鳴らして仁王立つ。それは言外に“出て行け”と言っているも同然の態度だった。しかし甜花は、その男性を無視して先に進もうとする。
「て、甜花さん……!?」
「あ、こら! 君には挑戦する資格がないと言ったはずだ!」
呼び止められた甜花は、しかし受付の人には振り返らず。ただ、バトルフィールドの向こう側に立つ“人物”を見据えて、スカートのポケットに入れていたロトムのモンスターボールを取り出す。
「大丈夫。甜花、別に電気タイプでも、岩タイプや地面タイプに勝てるから……」
そう口にした甜花は、黙々と歩を進ませる。
そうして、トレーナーが立つべきバトルフィールドの白線の内側に辿り着いた甜花は────
「────え……?」
────バトルフィールドの向こう側に立つ“人物”を間近で見て、我が目を疑った。
「ふふっ……なんだか見かけによらず、とても強そうな女の子が現れたわね? それでは、ここのジムリーダー代理たる、このクワヤマ チユキは……全身全霊を懸けて、挑戦者さんのお相手をさせていただきます!」
クワヤマ チユキ。その人物は、甜花の知る桑山千雪と瓜二つの外見・性格・声色をしていた。しかし、それはコミヤカホと同様。どうあっても彼女たちはあくまでポケモン世界の住人であり、別の世界から落ちてきた大崎甜花を知っている者ではない。
「千雪さんじゃ……ない……っ!」
きゅうきゅうと喉を振り絞る甜花は、掠れる声で自分に言い聞かせるように言う。
────ようやく出会えた、頼れる人。家族とプロデューサーさん以外に、最も頼れる美しい女性。でも彼女はこの世界では別人で……甜花のことも知らない、まったくの赤の他人……。
「……甜花さん……?」
「…………」
その時、カホとレオは目撃していた。
服の袖で目元から何かを拭い、何かと戦うように身構えた、大崎甜花の後ろ姿を。
「も、申し訳ありません! チユキさん! すぐに挑戦者を追い出しますので!」
「いいえ……そんなことはしなくて構いません。彼女はれっきとした挑戦者。ですので、どうか審判をお願いします。……それに、彼女の『電気タイプでも岩タイプに勝てる』という台詞が本当であるかどうかを、確かめてみたくもありますから……」
「し、しかし……! ……本当に、よろしいのですか……?」
受付の人の問い掛け。それにチユキは、ただ静かにうなずくのみ。……ポケモンジムの運営は、主にジムリーダーに一任されている。たとえその代理であっても、ジムリーダーとしての役目を引き継いでいる以上、受付の人は従うほかない。
「……! 分かりました! ────それではこれより、ニビジムリーダー代理・クワヤマチユキと、マサラタウンの大崎甜花選手によるポケモンバトルを始めます!」
バトルフィールドの外側。審判が立つべき位置に着いた受付の人は、これより『審判の人』として、赤と緑の二本のフラッグを手に取り、これから開始されるバトルを俯瞰する。そして審判はフラッグを頭上に掲げて────
「────それでは! 両者、モンスターボールを構えて……ジムバトル、スタートです!」
バトル開始の合図と共に、フラッグを振り切った。
《手持ち》
すーちゃん/ラルトス。
むーちゃん/ロトム。
《旅の仲間》
レオ/ピカチュウ。
《所持品》
寝巻き。
所持金2000円。
《大切なもの》
デビ太郎のぬいぐるみ。
スマホ型ポケモン図鑑。
ゴンベが捨てた炎の石。