大崎甜花が旅するポケットモンスターの世界+α 作:形のない者
「それでは両者、手持ちから二匹のポケモンを選び、レディ────ファイト!!」
「行け、むーちゃん!」
「行って、イシツブテ!」
刹那、甜花とチユキはポケモンを繰り出す。
「ロトォ!」
「イシィ!」
やる気満々に雄叫びを上げるロトムとイシツブテは睨み合う。
先手を取ったのは────鈍重な岩ではなく、瞬光の電気だった。
(このバトルは……むーちゃんのためにも、絶対に負けられない……! そのためには、まず……この世界の
「むーちゃん、電気ショック!」
「ロトォ!」
ロトムのプラズマ体から発せられる電撃。
それがイシツブテに命中すると、岩の体は“若干の感電”を見せ始める。
「イ……イシィ!」
しかし、ほんの一瞬の麻痺を見せるのみで、イシツブテは纏いつく電撃を引きちぎるように両腕を広げた。すると岩石の体に帯電する電気は放電し、イシツブテは元からダメージなどなかったかのように強気に振舞う。それを証明するように、岩石の二の腕に力こぶを作るイシツブテは────
「──ッ」
────しかし、多少なりとも、顔色に微かな陰りを見せていた。
(……っ! あれは
甜花が検証したかったこと。それは、本当に地面は電気を通さないのか、というもの。
その結果、必ずしも無効化になるとは限らないことを知ることができた甜花は、少しの手応えを感じ取る。といっても地面タイプに電気タイプの攻撃は効果が薄いことは分かりきっているため、即座に電撃以外の手を考える。
「なるほど。ロトムは特性・浮遊を持っているから、地面技は無効化されると考えたのね。それならイシツブテ、撃ち落とす!」
「イッシィ!」
「来た! むーちゃん、影分身で躱して!」
「ロトトォ!」
刹那、一体から二体、二体から四体、四体から八体へと分身するロトム。
そのうちの一体に向けて撃ち出された岩石は、虚しくも影分身を消して壁にぶち当たる。
「だったら……イシツブテ、ステルスロック!」
「イシィッ!」
突如、バトルフィールドに存在する幾つかの岩石が浮かび上がり、中空で停滞する。
「それから────ロックブラスト!」
「イッシィイイ!」
(!?)
両腕を地面に叩きつけて跳躍したイシツブテは、ロトムの影分身に向けて、中空に浮かぶ岩石を次々と殴り飛ばしていく。
そうして、一体、二体、三体、四体と……次々と消されていく影分身。
「────むーちゃん、放電!」
されど甜花は、冷静にフィールド全体を見据えて指示を出す。
すると残された三つの影分身のうち一体が、微かに発光した。
「っ! そこよ、イシツブテ!」
「イシィ!」
ほかの影分身を無視し、発光を繰り返す一体に向けて岩石が打ち出される。
そのとき甜花が叫んだ。
「今だ、むーちゃん! ────怪しい風!」
刹那、チユキとイシツブテの背後から、身の毛も弥立つ突風が巻き起こる。それと同時に発光するロトムは岩石に撃ち抜かれたが────それは残る影分身と合わせてモヤのように消え去った。つまり発光するロトムは本体ではなく……ならば、なんだったのかといえば。
「そんな────まさか、身代わり……!?」
「イッシィ……!?」
────甜花の作戦、その壱。命令した技がその通りに出るとは限らない。
ちなみにズルイとか言われたらちょっとだけ落ち込んだあと、フェアプレイの精神とかを改めて考えて、やっぱりやめようかと思案する。ただしやめるとは言っていない。
岩石をも切り崩す突風はイシツブテに直撃した。風圧により激しく地面を転がったイシツブテは、フィールド上に存在する大きな岩に激突する。その衝撃で岩石の体に亀裂が入り、舞い上がった砂塵も晴れた頃。……そこには、仰向けに倒れて目を回すイシツブテの姿があった。
「……いっしぃ……」
「────イシツブテ、戦闘不能! ロトムの勝利!」
目を回すイシツブテを見て、審判がフラッグを掲げる。
まずは甜花が先制点。
一方、イシツブテに「よく頑張ったわね」と優しく声を掛けてボールに戻したチユキは、甜花の顔を見つめるなり微笑みかけた。
「強いのね、甜花ちゃん。放電を出すと思わせて、本当は身代わりを命じていたなんて……見事に一杯食わされちゃった。──……でも、次も同じ手が通用するとは思わないでね?」
「……!」
ぞくり、と甜花の背筋が凍る。その悪寒の正体は、すぐに理解できた。
おそらく甜花は、今の奇襲戦法で……チユキの本気を引き出してしまったのだ。
(……このチユキさん。やっぱり、甜花の知っているチユキさんとは、少し違う……!)
まるで勝負師だ。同じゲーマーとして、甜花は理解できる。チユキの瞳には、ポケモンバトルに対する『闘志』が燃え盛っている。つまり甜花は、チユキの心にポケモンバトルの火を点けさせた。
「……行きなさい、イワンコ!」
そしてチユキは、二番手のポケモンを繰り出す。
対する甜花は、懐から二個のボールを取り出した。
(チユキさんの言う通り、もう同じ手は通用しない。……なら!)
「戻って、むーちゃん!」
「ロトォ!」
右手に持ったモンスターボールのボタンから赤い光線が射出される。その光がロトムに命中すると、まるでボールの中に引きずり込まれるようにロトムは一瞬でボールの中に戻っていく。
「そして……おねがい、すーちゃん!」
「ラルゥ!」
次いで、左手に持ったボールからラルトスが繰り出された。
しかし現在フィールドにはステルスロックが発動している。中空に停滞する尖った岩、フィールドの岩石に紛れ込んで気を窺っている石の群れ。それらはイシツブテの残留思念体として、イワンコを守るように迅速に動き、巧妙に隠れていた。
そしてステルスロックは、どこからともなく────ラルトスを狙撃してくる。
刹那、岩の陰に隠れていた石がラルトスを狙って射出された。
しかし、それよりも早く甜花は────
(──……なら、ここから先は、高速バトルだ……!)
「戻って、すーちゃん!」
「ラルッ!?」
左手のボールでラルトスを戻し、すぐに右手のボールでロトムを解き放つ。すると数瞬前までラルトスが立っていた場所にステルスロックが着弾する。されどステルスロックは、再度交代してきたロトムを狙って狙撃。今度はイワンコの周囲に浮かぶ岩石が射出される。
「イワンコに電撃波!」
「ロトォ!」
息をつく暇もなく、ロトムは電気を溜めていく。
しかし命令した電気技が放たれるより先にステルスロックが命中すると判断した甜花は────
「────戻って、むーちゃん!」
あと一瞬でも待っていれば技を放てたというのに、それよりもステルスロックの被弾を警戒してボールに戻した。
しかし、ただでは戻さない。甜花はボールの中のロトムに「充電して……!」と小声で呟くなり、感電しないよう右手からボールをパッと放して足元に落とす。
同時に甜花は「行け、すーちゃん!」と、ラルトスをボールから繰り出した。
その一連の交代を見ていたチユキは、何かを悟ったように目を細める。
場に残る技から逃れるべく交代を繰り返す戦法は、ルール上、特に禁じられてはいない。なぜなら前例が少ないからだ。といってもポケモン協会に相談すれば、今の甜花の行動に対するルールが新たに制定されるかもしれない。そのため、まだ反則とは言えない。中には卑怯や姑息と言う人もいるかもしれないが、チユキはその発言を嫉妬として受け取る。なぜなら前例がないということは、やろう思ってもできないということにほかならない。息つく暇のない交代に次ぐ交代。その高速バトルは相当な修行を積んだ者か、あるいは最初から作戦を決めていた者にしか使えない戦術だ。
なにより甜花。あの少女は、できることを全てやるつもりだ。そうして百に一つの勝ちを拾うつもりなのだ。つまりチユキは甜花の中の『絶対に勝たなければならない強かな想い』を察して闘志を燃やす。
「────なるほどね。それならこっちだって! イワンコ、岩石封じ!」
「イワンコォオオ!」
突然、前足を上げたイワンコは両目を青く光らせる。すると不思議な力が働いて周囲の岩石が浮遊する。それはステルスロックの狙撃と同じく、ラルトスを囲うように狙い撃った。
────そして、ロトムのボールが甜花の足元に着地して跳ねた瞬間。
「戻って、すーちゃん! そして出てきて────むーちゃん!」
刹那、甜花は雨のように降りかかる岩石の暴力から間一髪、ラルトスをボールに戻して────
「電撃波っ!」
────ボールの中で大量のプラズマを発生させて充電を完了させていたロトムを、ボールの中から勢いよく飛び出させた。
ラルトスを狙ったステルスロックは誰もいない地面に着弾する。しかしイワンコが操る岩石封じは、突如として軌道を変えてロトムに襲いかかった。さらにステルスロックも再発動し、ロトムを狙い撃つ。
瞬く間に岩石に取り囲まれたロトム。
それでも甜花は、ロトムをボールに戻さない。
このあとロトムがどうなってしまうのかを知っていても……それでも甜花は願いを込めて、力の限り名を叫ぶ。
「お願い、むーちゃんっ!」
(たとえ、相打ち覚悟でも────!)
「ロォ~~~~~~ッ、トォオオオオオオッ!」
(負け続きだったロトムに、一回でも勝たせてあげたいから────!)
刹那、高速で飛来するステルスロックがロトムの体に直撃する。かなりのダメージを受けて体勢を崩したロトムだが、それでも甜花の気持ちに応えようと歯を食い縛る。直後、イワンコの岩石封じが頭上から降り注ぎ、全身を鞭打つレベルではない岩石の打擲がロトムの体を容赦なく痛めつけていく。そうしてロトムは一度も電気技を放つこと叶わず、岩の山に埋もれてしまった────
……ロトムが埋まった岩の山。それを眺めるチユキは、挑戦者に敗北の原因を解説する。
「……電撃波。それは電気技の中でも、必ず相手に命中する技。それでも発動前に倒してしまえば、どんな必中技でも抑え込める。……申し訳ないけど、ここまでね。せっかくボールの中で『充電』を命じて、技が発動するまでの時間を短縮し、抜け目なく威力を高めていたのに……」
静まり返るフィールド。岩石の山に封じ込められたロトムの姿は確認できず、戦闘不能になっているのかどうか判断できない。それでも行動不能であることには変わりないので、審判はフラッグを掲げた。
「ロトム、戦闘不能────!」
「待って!」
そのとき甜花が声を限りに待ったの叫びをあげた。
「……電撃波。それは必中技で、たとえ岩石の中から撃っても、絶対に当たる技……」
「……? えぇ、その通りよ。でも、その前にあなたのロトムは倒れてしまって────」
「────違う。……まだ、むーちゃんは、倒れていない……!」
はたして、その台詞は負け惜しみの一言だっただろうか。
否、それは岩石の山の隙間から漏れ出る膨大なプラズマから見て取れる、純然たる事実だった。
「なん、ですって……? そんな……ロトムはもう、戦闘不能のはず……!」
そうチユキが口にした次の瞬間。
岩山の中から解放された電撃波は、瞬く間に岩石を粉砕していき、フィールドに焼け焦げの尾を引きながらイワンコ目掛けて迸る。
「い、イワンコ!? 迎撃してっ!」
「いわぁぁあん!?」
充電により温めた、岩石をも砕く圧倒的な電撃の荒波。それを全身に浴びたイワンコは断末魔を上げて、全身を黒焦げにしながら黙り込んだ。その後、ただ佇立し続けるイワンコは……もはや横に倒れることもできないほどの凄絶な一撃を身に浴びてしまったせいで、白目を剥きながら意識を失っていた。
「い……イワンコ、戦闘不能! そして────同時にロトムも戦闘不能!
そして挑戦者には、まだ手持ちが一匹残っているので……よって勝者は────大崎甜花選手!」
驚きに目を見張り、あんぐりと口を開けていた審判は、確かに目にした事実を口にしてフラッグを掲げる。
「~~~~~~っ! やったぁ~~~~~~!」
観客席からカホの歓声が飛び上がる。
隣のレオは「大会だと使えねぇ戦術だな」と笑い、暗に卑怯な戦術を皮肉っていた。
そしてチユキはイワンコをモンスターボールに戻す。それから、ぐるぐると目を回しているロトムに駆け寄る甜花を見つめていた。
「……そう、そういうこと。あのロトムはトレーナーに命令されなくても、私のイシツブテと同じことをしていたのね……」
意味深なことを呟くチユキ。それは甜花には預かり知らぬ事態が起こっていたことを知っているような口ぶりだった。
それは“技の残留思念”という概念。
イシツブテが負けた後も持続していたステルスロックに、その解答が用意されている。
戦闘不能になったイシツブテがボールに戻った後も、イシツブテが使用したステルスロックは意思を持って動いていた。それはイシツブテの意志を継ぐように、まるでイシツブテそのもののようにも見えた。そして仲間であるイワンコを守るため、イシツブテが残した思念は、確かにステルスロックに存在していた。
要はそれと同じ原理である。
基本的にステルスロックを始め、砂嵐や雨乞いなど、持続するタイプの技には、使用ポケモンがボールに戻った後も、使用ポケモンの思念が残りやすいという研究結果が報告されている。また、特にゴーストタイプやエスパータイプは、特定の技に残留思念を乗せやすいため、持続時間も長いと言われている。
ゆえにロトムは、戦闘不能になる直前、甜花の声に応えるために『何がなんでも絶対に電撃波を放ってやる』という信念を固めた。しかし、それも叶わず気絶してしまったが、それでもロトムの残留思念が充電されたプラズマに乗っかり────正真正銘、まさに最後の一撃を放ったのだ。
それはトレーナーとポケモンが絆で結ばれているが故の、感動すべき終局の一撃。その事を知る由もない甜花は、ただロトムが必死に頑張ってくれたおかげだとしか思っていない。それでもロトムにとっては、その感謝で十分のはず。
この残留思念という概念を知らず、甜花が正しくポケモンを褒めてやることができなくても。彼女は本気でロトムを信じており、ロトムも彼女の期待に本気で応えようと努力した。ただ、その事実をお互いに知っており、認め合うことが出来るのなら、それで良いのだから。
「あと一枚、届かなかったか……」
ふと気が付けば、チユキは頬を濡らしていた。それは対戦相手の頑張りを察したからこその感激でもあり、同時に負けを悔しむものでもあった。
涙を拭うチユキは、懐からグレーバッジを取り出して面を上げる。視線の先にはロトムを抱き上げる甜花がいて、一人と一匹は微笑み合いながら、初めての勝利の喜びを分かち合っていた。
「────!」
しかしチユキの視線の先に、もうひとつの影が現れる。
自動的に開かれるドア。
そこからニビジムに足を踏み入れたのは、黒い毛並みに覆われた一匹のポケモン。
突如として現れた新たなる挑戦者に対し、その場にいる誰もが驚きを隠せないでいた。