大崎甜花が旅するポケットモンスターの世界+α 作:形のない者
早朝。ハナダシティ大学病院。二階角部屋の個別病室。
純白のベッドの上で点滴を打たれていた大崎甜花は、カーテン越しに当たる陽射しを避けるため寝返りを打ち、まったりとした微睡みから、やがて目を覚ます。
「────…………ん……あれ……────?」
意識が曖昧とする中、目尻をこすって身を起こした甜花は、状況を理解するため周囲を見渡す。見るに自分がいる場所は一人用の病室。大勢の病人に囲まれた集団病室ではないことに内心どこかで安堵する甜花は、一転、不安な面持ちで誰かを探し始める。
「……む、むーちゃん……どこに、いるの……?」
この世界で唯一信頼できるポケモンの一匹、ロトムの名を呼ぶと同時。甜花の近くで微弱な振動が発生する。それはベッドそばの机から響くバイブレーションの音。机の上には甜花のリュックサックが置かれており、どうやら鞄の中にあるポケモン図鑑が反応しているようだった。
いそいそとベッドから両足を下ろした甜花は、鞄の中を検めて図鑑を取り出す。
『おはよう おおさき てんか
きみは 20じかん くらい ねていたよ』
「えっ!? そ、そんなに……!」
『ちなみに カホは 9じかん くらいで めを さました けんこうてきだね
で その…… かこくな せんとうだったから ……だいじょうぶ?』
心配するロトムに対し、甜花は安心させるように笑顔で頷く。
しかし甜花には、ひとつだけ気がかりな点があった。なぜロトムは自分の前に姿を現さないのか。ロトムのモンスターボールを確認すると中身は空。つまりボールの外にいるはずだが、この病室にロトムの気配はない。ならば一体どこからポケモン図鑑に電波を送ってきているのだろうか。
「あの……むーちゃん? むーちゃんは今、どこにいるの……?」
『どこ? それはね…… きみの ました だよ!』
次の瞬間、ベッドの下という甜花の死角から飛び上がってきた二匹のポケモン。
「ひゃあ……!?」
突然のドッキリに驚く甜花は、突如として目の前に現れた二匹のポケモンがロトムと────
「……あれ?」
────初めて見るポケモン、アメモースである事が分かった。
「あ……あれ? も、もしかして……アメタマ?」
「モモモーン!」
『どうやら つよい ポケモンとバトル したから
いっきに レベルがあがって しんか した みたいだよ』
甜花の驚き様を見て、くつくつと笑うロトム。
一方のアメモースは甜花に懐いているようで、命の恩人と思っているのか頬ずりしてくる。
「わ、わ……に、にへへ……く、くすぐったいよ~」
しばらくアメモースと戯れる甜花は、ふとロトムに問いかける。
「ね、ねぇむーちゃん……カホちゃんと、モリノさんは……?」
『あの ふたりは あともうすこしで みまいに くるはず
それまでに きがえて しゅっぱつのじゅんび でもしたら?』
◇
入院着から私服に着替えた甜花は、体のどこにもさしたる異常がないことを確認して安堵する。それからベッドの上で体育座り。デビ太郎をだき抱えた甜花は、呆と無為な時を過ごす。
そんな甜花の様子を見守っていたロトムは、いったい何をしているのか問いかける。
『……きみは なにを しているの? とつぜん ぼーっと しちゃって』
「……え? え、えと……みんなが来るまで、こうして、待っていようかなって……」
上の空で返答した甜花は不意に俯き、どこか声を押し殺すように呟く。
「あ、あのね……こうしてゆっくり、一人の時間を過ごしたのは、久しぶりだったから……ちょっと、考え事してて……」
その顔色は、孤独を寂しがる表情。
同じ孤独を知るロトムはそれにいち早く気がつき、不自然にならないよう合いの手を打つ。
『それは どうして……?』
「う、うん……その……甜花。ほんとうに元の世界に帰れるのかなって……ちょっとだけ、考えただけ……」
『ふあん なのかい?』
「…………」
甜花は無言で……こくん、と頷き、その前髪を揺らす。
「て、甜花……あの時は、とても必死だったから……今も、よく思い出せないけど……」
震える声と体。笑う膝。
無意識に甜花は、無音の室内で冷静になることにより、今後の恐怖を募らせる。
「そういえば、けっこう……“危なかったなぁ”……って、思って……」
おそらく甜花は、危うく命を落としかけたおつきみ山での騒動について言っているのだろう。何が起きるか分からない怖い世界。彼女にとっては悪夢といえる現実。ゲームとは違い生易しい世界ではない事が、おつきみ山の一件で明らかにされてしまった。
──ポケモンは怖い。ポケモンは可愛いし、仲間になると頼もしいけど、そうじゃないポケモンは、野生の動物となんら変わらない。
外敵であれば命を狙ってくる。縄張りを侵せば襲ってくる。
話し合いは通じず、強い者しか生き残れない厳しい自然が世界各地に存在している。
「……こんな世界で、甜花は生きていけるのかな……。────ちょっと、こわい……」
いよいよデビ太郎に顔をうずめてしまった甜花は、それきり動かなくなる。
傍らのアメモースは、デビ太郎を抱きしめる甜花の気持ちを察し、その肩に寄り添う。
一方のロトムは、どこか強気な姿勢でポケモン図鑑に電波を送った。
『それでも きっと だいじょうぶ
だって ぼくが ついているから』
「……────」
デビ太郎にうずめた顔の半分があらわになる。涙目の片目が見開かれて、図鑑の文字を読んだ。
『それに ぼくは……さいきょうのトレーナーに そだてられた ポケモン だから』
「……? 最強の、トレーナー……?」
『うん まぁ でも……「やっぱり弱いから要らない」って
とちゅうで すてられちゃった けどね……? あはは!』
陽気に笑うロトムは、なんてことないように自分の過去を打ち明ける。
しかし甜花は、その話を聞かせてくれたロトムの心情を察して、真摯に受け答えた。
「……ありがとう、むーちゃん。……でも、甜花は……そんなこと、絶対にしないからね……?」
「ロトォ!」
見つめ合う甜花とロトムは、にへへと朗らかに笑い合う。
そこでヤキモチを焼いたのか、アメモースが会話に混ざりたいと甜花の体に擦り寄った。
「わ、アメモース……くすぐったい……!」
「モモモモーン!」
四枚の羽を羽ばたかせて甜花の周囲を回り、服の上からくすぐるアメモース。
そんな彼女と戯れる甜花は、ふとニックネームを閃いた。
「──そうだ。これからアメモースは、アメタマの時に捕まえたから……まーちゃん……ね?」
「モモモ? モモモーン!」
ニックネームを付けられた事が嬉しいのか、アメモースはロトムと一緒に病室の中を飛び回る。
一方の甜花は、”もう一匹の仲間”を思い出して、リュックサックから筒状の機械を取り出した。
「あ……よかった……ポケモンのタマゴ、無事だった……この機械、実はとても頑丈なのかな……?」
今まで忘れていてごめんなさいと謝るように、甜花はデビ太郎を脇に置き、筒に入ったタマゴを抱きしめる。
──その時、甜花の病室に来客が訪れた。
開かれる引き戸。扉の奥から現れた人物は、二人の少女。カホとリンゼだった。
カホは病院の中なので、小さい声で挨拶する。
「おはようございます……っ! って──うわぁ! 甜花さん! やっと目を覚ましたんですね! よかったですっ!」
「見るに……大事なさそうで……何よりでございます……」
元気よく手を振って駆け込むカホは甜花に飛びつく。
一方のリンゼは、その手にフルーツバスケットを提げており、甜花の傍らの椅子に落ち着いた。
◇
それから会話は流れに流れて。
トークの内容は、リンゼの自己紹介に移っていた。
「────では、改めまして。リンゼは……名を、モリノ リンゼと、申します……。
ジョウト地方アサギシティより北西にある土地の出身で……現在はタマムシシティの寮に住んでいます。ねえさ……、タマムシジムリーダーのエリカさんとは知己の友で……時折タマムシ大学の臨時講師にかかりきりとなるエリカさんの代理として、ジムを任される事もあります……」
「──す、すごい……! モリノさんって、そんなすごい人だったんだ……!」
「はい! ジムの代理を任されているなんて……なかなか強くなくっちゃあできないことですっ! あ! ちなみに手持ちポケモンはなんですかぁ!?」
「ポッチャマ。ドダイトス。……。今の手持ちは、この二匹です」
「うわぁ! 珍しいシンオウ御三家を二匹もゲットしているんですか!? ますますスゴイです! あの、でも、それじゃあ……ヒコザルって、捕まえようと思わなかったんですか?」
「いえ……ヒコザルは、リンゼの家のポケモンでして……幼い頃は、共にヒコザルと猿回しに打ち込んでいた時期もありました……」
『
リンゼとヒコザルが猿回しの芸を披露する場面を想像しているのか、甜花とカホは興味津々。
しかしリンゼは、自分の事より甜花とカホの事を気にしているようで、つと質問する。
「あの……今度は、リンゼから質問をしても……よろしいでしょうか?」
「はいっ! なんでも聞いてください!」
「では……甜花さんとカホさんは、いったい……どのような理由で旅をなさっているのですか?」
問われた内容。それに答えるのは造作もないと、最初にカホが手を挙げる。
「はいっ! あたしは~……WPMに出場するために、仲間を集めていますっ!」
「て、甜花は……その……ポケモンリーグで優勝するために……バッジを……」
「……然様でございましたか。では、いずれ甜花さんとは、ジムで対峙する事もありましょう……。そしてカホさんとは……WPMで当たる日も来るかもしれません」
「えっ!? も、もしかしてリンゼさんも……出場するつもりなんですかぁ!!」
「はい……ですから、リンゼとお二人は……ライバル、と言えるのかもしれません……」
「ら、ライバル……!」
ライバルという響きに反応を示した甜花は、単純に語感の響きに格好良さを感じていた。
一方のカホは、やや興奮してリンゼに詰め寄っていた。
「あ、あの! リンゼさんは……もう、ほかの人とWPMに出場する約束って、していますか……?」
「えぇ……エリカさんと共に出場する約束はしていますが……残り一人は、まだ……」
「そ、そうですかぁ~……」
既に先約がいた事に落ち込むカホだが、すぐに立ち直り、リンゼとWPMで戦うことを楽しみにする。
「……ところで。甜花さんは、バッジを集めているとのことですが……ならば無論ハナダジムへの挑戦も考えているのでしょうか?」
「う、うん……そのつもりで、来ました……」
「では、お伝えしておく事があります。実はハナダジムは、明日から約二週間、水中ショーのパレードが催されますので……その間ジムへの挑戦は不可となります。もし急ぎの用件ならば、挑戦はお早めに……」
「そ、そうなんだ……! 教えてくれてありがとう、モリノさん……!」
病み上がりの甜花だが、特に大きな怪我はない。
今日のジム戦で勝てなければ、しばらくハナダジムはお預け。そうなる前に一発クリアを目指そうと気を引き締めた甜花はベッドから降り立つ。タマゴを鞄の中にしまい、リュックサックを背負って、ロトムとアメモースをボールの中に戻す。
「……よし。準備万端……行こう、カホちゃん、モリノさん……!」
「はいっ!」
「リンゼも、お供してよろしいのならば……是非……」
病室を後にする三人の少女。
簡単な退院手続き済ませた甜花は、カホとリンゼの案内で、いざハナダジムに赴いた。