大崎甜花が旅するポケットモンスターの世界+α 作:形のない者
第1話 悪夢の世界? 冒険の始まり!
四角い部屋。ブラインドの付いた窓から朝日が射し込む。室内の中央にはカーペットが敷かれており、一台の箱型テレビとゲーム機器が置かれている。その傍らで大崎甜花はデビ太郎を抱き枕に熟睡していた。
────ブー、ブー。ブー、ブー。
甜花のスマホが振動する。仕事の日のために設定していた目覚まし用のアラームを切り忘れていたのだ。寝ぼけ眼で覚醒した甜花は、緩慢な動作で音の発生位置に手を伸ばす。しかしその手は空を切る。音を頼りに手を這わせても見つからない。仕方がないので重たいまぶたを片方だけ開き、うるさいスマホを探すと、それは見覚えのない床の上にあった。
「…………、…………────」
しつこかったアラームを止めた甜花は、再びデビ太郎に顔をうずめて寝息を立てる。
「────────、……………………。…………?」
また深い眠りに就く直前、不意に甜花は違和感を抱いた。
いつもならこうしてだらけていると、甘奈が起こしに来てくれるからだ。
そして『もー☆ しょーがないなー甜花ちゃんはー!』と嬉しそうに微笑みつつ、甜花のパジャマを脱がせて学生服を着させて洗面所まで連れて行き手洗いうがい歯磨きを済ませて食卓まで手を引きママが作った朝ごはんを食べさせて今日の授業で使う教科書をカバンに入れて────いつの間にか登校の仕度が整っているのだ。
といっても今日は休日のはず。
登校の予定が無いからこそ、未明ごろまでゲームに興じ、夜更かしをしていた。
「……………………」
甜花はまどろみの中で思考する。もしかすると甘奈は珍しく寝坊しているのではないか。ならば姉として、今日こそはちゃんとひとりで起きて、妹を起こしに行かなければ……!
甜花は、このような考えは秘めていても、以前は実行すら出来なかった。
しかし今の甜花は違う。アイドルになり、アルストロメリアの一員として数々の仕事をこなし、ドリームユニット・
(…………甜花は……やれば、できる……! ……だから……起きないと……)
のそり、のそり。
甜花は後ろ髪を引かれる思いでなんとか起床する。寒そうに身を震わせてから、ふわぁとあくび。崩れたパーカーのポケットからお菓子の袋やペットボトルなど色々なものがこぼれていく。何度も目をこすっても開く気がせず、甜花は糸目のままハイハイでリビングに向かおうとする。その様子はまさに赤児のそれだが、当人は至極真面目に、二度寝の囁きに抵抗していた。
「────なーちゃん……」
今日の就寝時刻は未明5時ごろ。現在時刻は不明だが、きっと自分で起きることができれば甘奈は驚いて褒めてくれるだろう。そんなことを期待する甜花は、家族と出会えるリビングを目指す。
「……──?」
不意に甜花は強烈な違和感を抱く。どんなにハイハイしても目的地の扉に辿り着けないのだ。そこで目をこすり、頑張って眠気を覚まして、扉がある方向を刮目した。
「────……え?」
眼前には壁。部屋の壁。身に覚えのない塗装の白い壁。
「……あぁ、そうか、甜花……行く方向、間違えちゃったのか……」
方向転換。先程まで眠っていた場所に振り返り────再び甜花は固まった。
四角い部屋。真四角の空間。見たこともない室内の内装。
甜花は直感する。ここは────自分の家ではない、と。
「──……え? え? あ、あれ……?」
室内の内装。中央にはテレビとファミコン。北西には木製の机と箱型パソコンが一台。北東には下へ続く階段があり、二つの窓から朝日が射し込んでいる。南東には観葉植物。西側には白いベッド。それ以外は殺風景な空間。
「……ここ、どこ……? なんで、甜花は……こんなところに、いるの……???」
甜花は茫然自失と座り込む。やがて事態のおかしさに気付いていくと、徐々に恐怖が芽生えてきたのかハイハイして部屋の中央に移動。スマホも拾ってポケットにしまい、デビ太郎を回収して──ぎゅうう──っと強く抱き締めた。
──カサリ。
「────!」
不意の紙切れが擦れる音。それはジョイステの取扱説明書。どうやら知らずに踏んづけてしまっていたようだ。甜花はクシャクシャになった紙を広げてから丁寧に折りたたみ、ポケットにしまい込む。
「…………て、甜花…………」
絶句。混乱。疑問。動揺。
甜花の頭の中にはハテナしか浮かばず、その心身はフリーズしたかのように硬直し、ただただ呆然と座り込む。本能的に情報を収集するため周囲を観察してみるが、どれも身に覚えのない家具や道具ばかりだった。
「──……? ??? ??????????」
甜花は思う。これは夢なのか。それにしてはリアルすぎる。
わからない。わからない。何が起きているのかわからない。
先行き不安の恐怖、焦燥。どうしようもない焦りが精神的な摩耗と疲弊を招く。もしもこれが現実なら、大抵の人間は誘拐の線を疑うだろう。これでも大崎甜花は一端の芸能人だ。しかし無垢なる少女にそこまでの危機感を持てというのは少々酷というもの。
「……………………、……………………」
静けさに満ちた三十秒間。
硬直したまま一分が経過。
やがて落ち着きを取り戻した甜花は、このままでは埒が明かないと察して、ようやく動き出した。
「……! そ、そうだ……! いいこと思いついた……!
と、とりあえず……プロデューサーさんに、電話、しないと……!」
急いで懐からスマホを取り出し電話を掛ける。鳴り続ける発信音。繋がらない待ち時間。それでも待ち続けて……待ち続けて……二分くらい経過した。
「あ、あれ……? な、なんで……?」
アンテナを確認すると、そこには“圏外”の二文字。
甜花の脳裏をよぎったのは────助けを呼べない。その事実。
思ったより危険な状況であると悟った瞬間、ようやく甜花の中に将来的な焦りと不安が生まれた。呼吸は乱れて視野狭窄に陥る。どうしよう。どうすればいい。甜花は何をするべきなのか。なんとかしなければと思い立ち上がる。しかし何をすれば良いのか分からないため、その場でストンと座り込む。
それから甜花はあわあわと慌て始めて、その混迷を極めていった。
しかしパニックには陥らない。彼女は必死に現状を打開する術を考えて、考えて、考えて、考えて────そして、視界端に映る階段が目に入る
「……階段……下に、続いてる…………下りて、みる……?」
とにもかくにも自分の身に何が起きているのか知る為には行動しなければ。それがRPGの鉄則である。そう自分に言い聞かせた甜花は、未知なる一階への探索を決意した。及び腰で立ち上がり歩き出し、階段の手すりに捕まって薄暗い階下を細目で眺める。
「調べなくちゃ……どうして甜花が、こんなところにいるのか……」
ぎゅっと拳を作った甜花は、勇気を込めたガッツポーズを取る。
強めにデビ太郎を抱き締めた大崎甜花は、いざ『冒険をする』ことにした。
*
甜花は薄闇の階段を下りていく。足を踏み外して転ばぬよう、両側の手すりと壁に手を這わせてゆっくりと一階を目指す。やがて────
「……!」
────階段を下りた先には、またもや四角い空間が広がっていた。
階段の先には点けっぱなしのテレビと扇風機が一台ずつ。その奥には二つの本棚。北側には三つのブラインド付きの窓から朝日が射し込んでいる。中央には四角いテーブルがあり、花瓶が置かれていて、四人分の席が用意されている。そして西側には台所があり、電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機と、一通りの家具が揃っていた。ほかには何もない。壁紙やフローリングも二階と変わりなく、なんの変哲もない室内と言える。
そして甜花は奇妙な既視感を覚えて小首をかしげた。
(──……あれ? 甜花……この部屋、どこかで……)
頭痛がする。目眩がする。
それでも甜花は歩き続けて、明滅するテレビ画面の前に立ち止まる。
「……映画、やってる……男の子が四人、線路の上を歩いてる……」
これもどこかで見た覚えがある映画だが、なかなか思い出せない。かなり昔の映画ということもあり、あまり興味が惹かれなかった甜花は別の場所を探索する。
「……そうだ。映画を見ている場合じゃない……甜花、いかなきゃ……!」
ふと目に映ったのは本棚。RPGにおいて本棚を見て回るのは基本中の基本だ。
甜花は適当に本の題名を読み上げていく。
「えと……よ、読めないのがある……読めるのは……
『ピカチュウおしゃべりでちゅう』と……『ミュウツーは見ている!』……?」
甜花が読めなかった本のタイトルは『け■ば◆ゴンベ』と『ねん□○△◇▽しゃラルトス』の二冊である。
「ポケモンの絵本ばっかり……もしかして、子供が住んでいたのかな……?」
住んで
それは甜花が無意識に口にした言葉だが、その発言は奇しくも、この家の状況を明確に推理している呟きだった。どれだけ多くの家具が配置されており、たくさんの物が置いてあったとしても、この家には人が住んでいる気配がまるでないのである。痕跡すらない。それは本棚に溜まるホコリの具合からも見て取れることだった。なお本棚に並ぶ絵本は全てポケモン関連の書物ばかりであり、数え切れないほどの絵本が揃っているが、ほとんどは虫に食われて所々読めなくなっている。どうやら長い時間、この家は放置されているようだ。
「……この家の人は、ポケモンが好きなのかな……?」
のんきな甜花は、そんなことを考える。
さて、ほかに見るべきものはない。
きびすを返した甜花の瞳には、外に通じる玄関の扉が映っていた。
「あっ……扉……! と……とにかく、外に出なきゃ……!」
よたよたと小走りしてリビングを横切り玄関に到着。そこで自分の靴がないことに気付いた甜花は知恵を凝らす。靴箱を開くと客用のスリッパを発見。長年放置されたが故の悪臭が鼻につくが、見た目は意外と綺麗なのでそれを履き、扉の鍵を開けて把手をひねる。
「────!」
開け放った扉の先は真っ白だった。燦々と降りしきる太陽の輝き。
あまりの眩しさに手をかざした甜花は目を細める。
「──っ」
突如、一陣の風が吹きすさぶ。
長い髪がなびき、甜花は体が飛ばされないよう踏ん張った。
やがて、朝の光に視界が慣れてきた頃。
「──……うわぁ……!」
甜花は、どこまでも続く大草原、青い空と入道雲、揺れる草木の美しい景色に感動した。扉を開けた先。寂しい家から勇気を出して飛び出した外の世界には────
────誰もが憧れてやまない広大な田舎風景が、どこまでも広がっていたのだから。