大崎甜花が旅するポケットモンスターの世界+α 作:形のない者
音のない世界。否、キーン────という耳鳴りだけは聴こえている。
(──……っ!)
ただ立っているだけでやっと。少しでもほかのことに意識を割けば、その意識を刈り取られる。
(────……っ!)
歯を食いしばって耐えしのぐ。暴力的な向かい風の中で尻餅を搗き、地面を這って吹き飛ばされないよう身を屈める。
その状態が、体感で数分は続いただろうか。
「────、……っ。……?」
目を開く。その先には────プールという箱そのものを破壊し、その下にあった大地に十字の亀裂を刻み込んだ、赤い飛竜が睥睨していた。
「────っ!!?」
恐怖で身が竦む。怖くて怖くてたまらなくなる。この場から逃げ出したくなる。眼前の存在は、絶対に人間が対峙してはならない、神の如し超越者である事がひと目で理解できる。
────ドサッ。甜花の傍らに何かが落ちた。
(──ッ!?)
肩をびくりと反応させて、落下してきた物体に振り返る。
そこには────その身を袈裟斬りにされたロトムが横たわっていた。
「む、むーちゃん……!?」
目を回すなどというレベルではない。ロトムの体は、今にもちぎれかかっている。
「ど、どうしよう……そうだ! げ、元気のかけらを……!」
懐から元気のかけらを取り出す。それをロトムの口に飲ませようとした、その時。
「冷凍ビーム」
「GAAAAAAAAAA────!!」
間髪を容れず、追撃の光線が放たれた。
「ご、ごん……っ!?」
破壊光線の直撃を避けたゴンベは、しかし余波だけでも満身創痍のダメージを負っていた。追撃を避けようと立ち上がる。だが、足に力が入らず膝をついてしまった。
「そんな、ゴンベ……!!」
「ご……ごぉおおおおおおお────……!? ……、────」
冷凍ビームをモロに食らったゴンベは、その場で凍結し、氷像と化す。
「ゴンベ、凍結状態により戦闘不能!
……挑戦者、ロトムに元気のかけらを飲ませますか?」
「────え?」
……元気のかけらを飲ませたら、ロトムはメガギャラドスと戦う事になる。
(…………、────────)
そんな無茶は、もう、これ以上、させられない。
ロトムに飲ませようとした元気のかけら。
それを持つ手が、徐々に落ちていく。
「……ろ、ろとぉ……っ!」
その時、ロトムが訴えた。
「え……むーちゃん……?」
呼びかけられた甜花は、ロトムを見下ろす。
対するロトムは、まだ──諦めていない──と言いたげに、挑発的な視線を送っている。
「だ、ダメだよ、むーちゃん……! こんなケガじゃあ……負けちゃう……!」
「ろとぉ! ろと、ろとぉお……っ!」
いいから飲ませろと、ロトムは暴れる。だが、既にその体は衰弱しきっており、ぐったりとプラズマの腕が倒れた。
「ほ、ほら……もう、休もうよ……じゃないと、むーちゃん……!」
──その時、甜花のポケモン図鑑が音を鳴らす。
(……?)
おそらくロトムが電波を送ったのだろう。
図鑑を開いて画面を目にした甜花は────
「…………、……むーちゃん……」
「ろとぉ……!」
────何を目にし、何を覚悟したのか。
「……ほんとに勝てると、思う?」
「ろとぉ!」
──当たり前だ!
そんな意思を込めて、ロトムは甜花を叱咤した。
「……じゃあ、頑張らないと……甜花は、やれば、できる子だから……!」
「……大崎甜花選手がロトムに元気のかけらを飲ませたことにより、試合続行です!」
フラッグが掲げられて、バトルが再開する。
HPが半分回復したロトムは、しかし半目でふらついており、到底戦える状態ではない。
その有様を見て、カスミは問いかける。
「本気なの? 私としては一度負けてもらって、念能力の修行をしてきてから再挑戦して欲しかったんだけど……」
「ううん……そんな時間は、甜花にない……甜花はすぐに────なーちゃんや千雪さんや、プロデューサーさんや283プロのみんなや、ファンのみんなのいる世界に……すぐにでも、帰らないといけないから!」
「ロォオオオオトォオオオオオオオオ!!!」
一人と一匹は、覚悟の瞳を灯して猛る。
「……ひとつだけ、言いたいことが、あり、ます……」
「何かしら?」
「……その、メガギャラドスは────もう、負けている」
大崎甜花による宣戦布告。
その意気を買ったカスミは、ならば全力で叩き潰そうと技を叫ぶ。
「──そう。どうやらよほど痛い目を見たいようね! 相手との力量差を推し量れない者は強くなれないわ! それを思い知りなさい! 破壊────」
キュイイイイイイイイン────と甲高い音を発して、メガギャラドスの口にエネルギーが収束していく。
「────っ!」
その音にまぎれて、甜花は指示を飛ばした。
「────光線!」
ロトムを狙った破壊光線。本来ならゴーストタイプにノーマル技の効果は薄いが、不思議のダンジョン形式のダメージ計算なら、圧倒的な力量差の前に大ダメージを受けてしまう。
「躱して!」
仕事を果たしたロトムは、下手をすれば命を落とす砲撃を避けるため移動を開始。さらに甜花が巻き添えを食わないよう、なるべく自ら破壊光線に近付いて被弾した。
────再度、大地を割る爆撃と爆音が轟々と立ち上がる。
「────……っ!」
バタバタと音を立ててたなびく衣服。呼吸すら阻害する強烈な暴風。その中で次の勝利を見据えていたい甜花は、決して倒れてなるものかと踏ん張りを強める。
────、ゴウゴウ、…………、ごうごう。
やがて、轟然とした爆音が鳴りやむ頃。
フィールドを見下ろせば、そこには体がちぎれかかったロトムが斃れていた。
「ロトム戦闘不能! よって勝者────」
「炎の渦で螺旋丸!」
『────!?』
刹那、甜花を除く、その場にいる誰もが────目を疑った。
「ごォオオおおおおおおんんんんンン…………!!」
「うそっ。なんで、氷状態が解けているの……!?」
────甜花のポケモン図鑑。
その画面に映し出された文字は、約束された勝利の文言が記録されていた。
『ぼくの もちものには ほのおのいし がある
それを とりっく すれば…… あとは わかるよね?』
────かつて、ゴンベとの戦いに負け、そのリベンジにも負けた時。
ゴンベが落としていった炎の石を、ロトムはずっと持っていた。
「むーちゃんがつなげた、炎の意思! それを、そのまま────ぶつけて、ゴンベ!」
「ゴォオオオオオオオオオオオオン!!!」
一歩、大地を踏み砕き、
「まずい、ギャラちゃん! 破壊光線────って、しまった! 反動が……!!」
全身から燃え盛るは、爆熱する闘志。
「ゴォオオオオオオオンンンンンンッッッッッ…………────────!!!」
右手に炎の渦を逆巻かせ、根性で螺旋を描くゴンベが、見据える先は遥か高み。
「いっけぇえええええ!」
いざ、破壊の神を討ち果たすため、一匹の猛火が跳躍する。
爆砕する地面。音速どころか、一瞬だけ熱の壁を突破した最強のポケモンは────
「ギャラちゃん! だめ、間に合わ────!?」
────手のひら大の螺旋丸を遥か十倍まで拡大し、破壊の神の土手っ腹にブチ込ませた。
「GA……!? GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA────!!!?」
「ゴォオ!! ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ────!!!!」
メガギャラドスの巨体が押され、天井に激突する。
されど、なおも上昇をやめないゴンベの肉体。
「そのまま────天井を、打ち破れぇええ……!」
「ゴォオオオオオオオオオン!!!」
天井に亀裂が迸る。
頭上を仰ぐ者たちは皆、口を開けて忘我する。
そして甜花は、最後の大技を口にした。
「────炎遁・大玉螺旋丸っ!!」
「ゴォオン!!」
瞬間────天井が木っ端と吹き飛ばされ、遥か天空の高みへと舞い上げられた赤龍の身体。アッパーカットで腕を振り抜いたゴンベはそこで力尽き、炎に巻かれながら地上に落下する。
それから数秒後────メガギャラドスの巨体が空から落下し、地面に激突した。
『……!!』
広がる砂塵。地を轟かす振動。
開放感あふれる施設となったフィールドに風が吹き、やがて景色が晴れる。
その中で立っていたポケモンは────
「……ろ、ロトム、戦闘不能……ギャラドス、戦闘不能……しかし、ゴンベがまだ立っているため────勝者は、マサラタウンの大崎甜花選手!!」
「……や……」
「────ごぉおおおおおおおおおおおおん!!!」
やった。そう呟こうとした甜花を驚かせた、ゴンベによる歓喜に満ちた咆哮。
陽射しを浴びながら天を仰いで両腕を掲げるゴンベは、なおも太陽に向かって吼え続ける。
「や……やった! やりましたぁあああ! 甜花さんが、勝ちましたぁあああ!」
「えぇ……良き、勝負でございました……」
歓声と拍手。
その声音で我に返ったのか、ハッとしたカスミは口元が緩んだ。
「……はぁ。まったく……ほんっとにとんでもない連中ね……まさかギャラちゃんを倒すなんて。初めての黒星だわ……」
トレーナーが立つ白線の内側から飛び降り、数メートル下の抉られた大地に降り立ったカスミは、メガシンカが解けたギャラドスのもとに向かって、その頭を優しく撫でる。
「よくやったわね。ロケット団に改造されて、変な能力を手に入れたけど……よく暴走せずに私の命令を聞いてくれたわ。ありがとね、ギャラちゃん」
「GAaa……」
ボールに戻されるギャラドス。次いでスターミーを繰り出したカスミは、その上に乗って空を飛び、瀕死のロトムに元気のかけらを使って、甜花のもとに送り届ける。
「あ、カスミさん……」
「はい、貴女のロトムを返すわ。いい勝負だったわよ。あと、これブルーバッジね。賞金は貴女のトレーナー口座に振り込んでおくわ」
ロトムと一緒にバッジを受け取る甜花。
そこにカホとリンゼが駆けつけてくる。
「おめでとうございます、甜花さん!」
「素晴らしいバトルでした。是非、今度はリンゼと……」
「あ、ありがとう……モリノさんとは、またタマムシでね……?」
それから甜花は、ロトムに「ありがとう」と礼を言い、ボールに戻す。その時のロトムの表情は、やり遂げた微笑みを浮かべていた。
一方のゴンベは、ずっと天に向かって勝利の雄叫びを上げており、一向に戻ってくる気配がない。
「それじゃ、ハナダジムの試練はクリアよ。甜花さん?」
「──!」
初めて、名前で呼んでくれた。
そのことに気付いた甜花は、「にへへ……」と笑顔で返す。
かくして大崎甜花は二つ目のバッジを手に入れて、ポケモンセンターに急ぐのであった。
◇
「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
「あんたはいつまで叫んでのよ!!」
カスミに拳骨を食らったゴンベは、勝利の余韻から解放されて、ふと周囲を見渡す。
「甜花たちならもう帰ったわよ。きっとポケセンね。……あんたはどうするの?」
「ゴンッ!」
無論、甜花に付いていく。そして、甜花が出会う強敵を薙ぎ倒し、もっと強くなる。
そんな気迫が窺えたカスミは、さして興味もなく別れの手を振る。
「そ。じゃあ甜花によろしくね。────さぁて、ジムの修繕といきますかぁ……! あー! ジムリーダーって大変だなー、もう!」
メガギャラドスの破壊光線により消し飛んだプールのフィールド。それを直す修繕費はポケモン協会から出るものの、自腹で賄わなければならない時もある。そのため金策に苦しむのがジムリーダーの常なのだが……
「ま、今日という日があるから、ジムリーダーは最っ高に楽しいんだけどね?」
……苦笑するものの、その真意は本物であり、ジムリーダーのカスミとそのポケモンたちと審判さんは、来たる挑戦者の未来を楽しみにしつつ、破壊し尽くされたプールサイドを掃除するのだった。