大崎甜花が旅するポケットモンスターの世界+α   作:形のない者

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第20話 青天の霹靂!

 ハナダジム勝利後。ポケモンセンターに急いだ甜花は手持ちを回復させて、反省会を開いていた。

 

「アメモォ……」

「あ……まーちゃん……落ち込まないで……今回は相手のレベルが高かったから、しょうがない……」

「……! アメモォ……!」

 

 ジム戦でまったく活躍できなかったことに落ち込んでいたアメモースは、甜花の慰みに感謝して頬をスリスリする。

 

「ロト? ロトロトォ!」

「あ、うん……むーちゃん、ありがとう……! たぶん、むーちゃんの言葉がなかったら……甜花、あそこで……諦めていたと思う……」

「ロトォ!!」

 

 自分に掛ける言葉はないのかとアピールしていたロトムは、彼女から満足のいく賛辞を受けて、誇らしそうに胸を張る。

 

 その時、カホとリンゼが声を掛けに来た。

 

「あ! 甜花さぁん! 甜花さんのポケモンたちは、回復しましたか?」

「そろそろ正午を迎えますので……食堂に向かおうかという話に……」

「う、うん……わかった。じゃあ……むーちゃん、まーちゃん……食堂に行こうか?」

「ロトォ!」

「アメェ!」

「それじゃあ何を食べますかぁ! ハナダの名物は、餃子だそうですよ!」

「囲炉裏で焼いた天然鮎なども……また滋味だそうです……」

 

 昼餉のメニューは何にしようか。

 腹をペコペコに空かせる少女三人とポケモン二匹は食堂に向かう。

 

『────ブツッ』

 

 その時、曇った音が響く。音の出処は、近い所ならポケセンの各フロアに設置されている放送設備のスピーカー。遠い所なら、向かいの公園に設置されている防災スピーカーを始め、至る所から反響音が鳴り響く。

 

(……な、なんだろう……館内放送? でも……外からも、アンプの入った音が……)

 

 何やら不穏な気配が街中に漂う。これからハナダシティ全域にて何かの放送がなされるのか。屋内に居る者は黙って放送を待ち、外を行き交う人々は一旦足を止めて耳を澄ませる。

 

 やがて……黙りこくるスピーカーから────人の心を打ち震わせるアラート音が鳴り響いた。

 

『────Uuuuuuuuuuuuuuuuuu……────Uuuuuuuuuuuuuuuuuu……』

 

 ハナダシティ全域に警報装置が鳴り響く。

 それは防災時に鳴り響く『緊急避難勧告』だった。

 

『緊急避難警報発令、緊急避難警報発令。ハナダシティ全域におられる方は、ただちに5番道路に避難して下さい。ただちに5番道路に避難して下さい』

 

(……!?)

 

 突然の避難警報に驚く甜花は、不安そうに縮こまり、耳を研ぎ澄ませる。

 

『凶暴化した野生ポケモンが4番道路に大量発生。至急ポケモンレンジャーとジムリーダーが対処に当たっています。腕に自信のある救援トレーナー以外は、決して4番道路に近付かないで下さい。これは訓練ではありません。これは訓練ではありません。────ブツッ』

 

 途切れた避難勧告。同時に人々のどよめきが広がる。それからは怒涛の人波が起きた。

自分のポケモンを大事に抱える一般トレーナーたち。彼らは避難勧告に従い、5番道路に避難しようと自動ドアから外に飛び出す。さらに食堂と宿泊施設からも大勢のトレーナーが出てきて、瞬く間に受付のホールが人間とポケモンとで満員となった。

 

「う、うわぁ……!」

「甜花さん! こっちです!」

「人の波に呑まれぬよう……まずは壁際に避難を……」

 

 人の波に弱く、危うく攫われそうになった甜花。

 その手を掴んだカホは、リンゼと共に壁際まで避難する。

 

「す、すごい……トレーナーの数だね……?」

「はい! あやうく、はなればなれになるところでしたっ!」

「…………」

 

 次々とポケセンを後にするトレーナーの群れ。

 その人の波を壁際から眺める少女たちは、それぞれ今後の思惑を思索していた。

 

(え、えっと……まずは、カホちゃんとしっかり手をつないで……モリノさんとも、離れ離れにならないように、ちゃんと見ていて……えっと、でも……5番道路がどこにあるのか分からないから、その案内は二人に任せて……それで────て、甜花は、この中でも年上だから……しっかり、しないと……!)

 

「……。……あの! 甜花さん、リンゼさん! あたし、4番道路に行ってきます!」

 

『……!?』

 

 突然の告白に対し、瞠若する甜花と、瞠目するリンゼ。

 二人は訳を問おうと口を開く。

 

「え、な、なんで……? 危ないから、ちゃんと避難しないと……」

 

「はい……甜花さんのおっしゃる通りです。──……しかし、カホさん。カホさんは、それほどまでに────腕に自信がおありなのですか……?」

 

(……!)

 

 ふとしたリンゼの質問。

 その問いの意味に気付いた甜花は、カホの考えを見抜く。

 

「はいっ! 腕に自信はありますっ! あたしは、ブロムヘキサーΣやタウリナーΩのように! 困っている人たち……この場合は、街の危機を見過ごすことはできませんっ!」

「……では、リンゼも同行いたしましょう……」

「えっ!? そ、それは……とても嬉しいですっ! ……えっと、じゃあ、その……」

 

 ふと、カホの視線が甜花に向かう。

 その意味に気付かないはずがない甜花は、焦りを見せて、どう答えようかと狼狽する。

 

「あ、えっと……甜花は……」

 

 即答できない。

 まず甜花自身は、つい現実世界の果穂と凛世に対するように避難の覚悟を進めていた。しかし、この世界の彼女たちは一端のプロトレーナー。念能力を習得しているトレーナーがエリートトレーナーと呼ばれるなら、念の存在を知っていたカホとリンゼは、まず間違いなく“大崎甜花に守られるような少女”ではない事が分かる。

 

「あ……て、甜花は……」

 

 だからと言って、このまま二人を行かせることはできない。いくら彼女たちが、自分より強いトレーナーであっても……見放すような真似は絶対にできない。

 

(……でも、こんな甜花がついて行っても…………きっと、足でまといになるだけ……)

 

 ネガティブな思考に苛まれる。

 その時、リンゼが口火を切った。

 

「甜花さんは、先のジム戦でお疲れでしょう。これ以上、無理をする必要はないと見ます……」

「あ、確かに……! リンゼさんの言う通りです! それじゃあ甜花さん! あとで5番道路か、それか事態が静まった後でポケセンに集合ですっ!」

「あっ……! カホちゃん! モリノさん……!」

 

 甜花が差し伸ばした手、それを掴むことなく、カホは手を振って走り去る。

 甜花が呼びかけた声、それに応えることなく、リンゼはお辞儀して走り去る。

 ホールにごった返す人の波も静まり、ポケモンセンターから飛び出したカホとリンゼ。

 

 その二人の背中を見送る甜花は、両肩にロトムとアメモースを浮遊させて逡巡する。

 

(ど、どうしよう……て、甜花……!)

 

 怖いわけではない。──いや、怖い気持ちはある。おつきみ山で崩落事故に遭い、なぜか暴走していたジバコイルとダイノーズに襲われた記憶が、鮮明に脳裏に蘇る。

 

 ──ポケモンは、怖い。ポケモンは怖い存在だ。

 でも、それよりも怖いことが……“大崎甜花にはある”。

 

 両肩にロトムとアメモースを浮揚させる甜花は、意を決して己が決意を口にした。

 

「……お、追いかけよう……! 甜花……頑張る!」

「ロトォ!」

「アメモォ!」

 

 その決意に応えるように、走り出した甜花を導くためか、ロトムとアメモースが先行する。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 ジョーイさん以外、人っ子一人いなくなったポケモンセンターから大通りに飛び出す。そして目に入ってきたのは、5番道路に避難しようと行列を作る一般の人々。次いで鼓膜を打つは、ハナダシティ全域に鳴り渡る、止まる事のないアラート音。

 

 人々の喧騒と街中の警報に両耳を抑えたくなる甜花は、しかし我慢して、カホとリンゼの背中を探す。そのため右を向き、左を向き……その場で佇む。

 

「え、えっと……4番道路って、どっち……?」

「ロトォ! ロトロトォ!」

「あ、むーちゃん……案内、してくれるの……?」

「ロトォ!」

 

 街の北東方面に向かってロトムが進む。その後ろ姿を追いかける甜花とアメモースは、避難する人々とすれ違う。

 

(あ、そっか……逃げる人たちの反対方向に進んでいけば……)

 

 簡単なことに甜花は納得し、二匹のポケモンと走り続ける。

 

 ……その先に、今までにない“戦い”が待ち受けているとは知らずに。

 

   ◇

 

 それは不意打ちのように、おつきみ山を襲った。

 

「Zapdos。Pressureで追い立てろ」

 

 おつきみ山の上空に渦巻く暗雲。その暗い渦の中から一瞬の閃光が幾度も轟く。圧倒的な稲光と雷鳴。それは恐怖による支配を伴い、おつきみ山に住むポケモンたちを慄然と震え上がらせる。

 

 逆らえば死。従えば生。

 その鳥ポケモンは、ただ山の上空に降臨しただけで、おつきみ山の支配者となった。

 

 本能的に逃走を余儀なくされる。

 逃げなければ殺される。今すぐ逃げなければ殺される!

 だが、逃げた後はどうする……?

 住処を追われた我々は、食べ物も住む所も得られず、いずれ餓死するだろう。

 

 『 ならば   奪え 』

 

 頭上から浴びせられる途轍もないプレッシャー。脳裏に叩きつけられたその言葉で、ポケモンたちは理性を失い、本能のままに暴れまわる。

 

「グレイト、Zapdos。これでおつきみ山のポケモンは────ハナダシティを襲うだろう」

 

 不敵に笑う厳つい男。金髪サングラスの偉丈夫は、異国の軍服を身に纏い、山頂から燃え上がる街を見下ろしていた。

 

   ◇

 

 それは不意打ちのように、ハナダシティを襲った。

 

 突如、それは4番道路より、幾条もの破壊光線が打ち込まれる。その白光色・銀光色のビームは、ハナダシティ北西のビル群を容易く貫き、溶け落とした。

 狂瀾怒涛の爆発。人々を薙ぎ倒す爆風。鼓膜を突き破る爆音。身を浮かばせる地響き。

 

(──……っ!?)

 

 轟々と震撼するハナダシティ。一瞬にして阿鼻叫喚の渦に呑まれた人々は四方八方と逃げ惑う。その中で唖然と佇む甜花は、いったい何が起きたのかと総身を震わせていた。

 

「ば、爆発……!?」

「ロトォ!?」

 

 状況が分からない。ただ、カホとリンゼが心配だ。仰天して腰を抜かしそうになる中、恐怖で身動きが取れない甜花は、しかし。二人の安否を思うことで硬直した体を奮い立たせ、両足を踏みしめて走り出す。

 

「カホちゃん……モリノさん……っ!」

「ア──アメモォ!?」

 

 不意にアメモースが叫ぶ。

 

「えっ……?」

 

 アメモースの視線に釣られて、空を見上げた瞬間。甜花たちの頭上に聳えるビル一棟が、一発の破壊光線によって刳り貫かれた。

 

『────ッ!!?』

 

 爆発、轟音、爆風、地響き。息つく暇もなく五感が物理に蹂躙される。閃光により網膜は潰れ、轟音により鼓膜も潰れ、爆風は前進を遮り、地響きは体を恐怖で縛る。

 

「っ──!!」

 

 それでも甜花は、前に進もうと足を踏み出す。

 だが、その頭上に、大きな影が一つ落ちた。

 

「────へ?」

 

 軋みを上げる一棟のビル。

 それを見上げる形で、甜花たちは目を見張った。

 

 彼らの頭上に降り注ぐ落下物。それは巨大な看板の形をしている。おそらく先の破壊光線の一撃でビルが貫かれた際、その衝撃でビルの屋上に作られた看板の支柱が破壊されて、地上に落下したのだろう。

 

 ──今すぐ躱さなければ圧死する。だが、そんな猶予は残されていない。

高速で落下する物体を視認。即座に危険を察知して飛び退るなど、普通の人間には到底不可能。

 

 ならば────

 

(────迎撃しか、ない……!?)

 

 ロトムの電気技なら、鉄の塊を粉砕する事など容易い。だが、むやみに攻撃を当てれば破片が飛び散り、周囲の人々に被害が及ぶかもしれない。

 

(ど────どうすれば……!?)

 

 ──打つ手なし。

 狙いすましたかのように甜花の直上に飛来する物体。それは次の瞬間、彼女とアメモースを圧殺する、天然の凶器となるだろう。

 

「──ロォオオオオ!」

「あ、ダメ! むーちゃん……っ!」

「ロトッ!?」

 

 かつて、おつきみ山の土砂崩れを一時的に防いでみせた強烈な電撃波放電。それを使い、甜花とアメモースを守ろうとしたロトムは、しかし周囲への被害を懸念した甜花によって歯止めを掛けられる。

 

(っ……まーちゃんをボールに戻す余裕もない──!)

 

 眼前に迫る落下物。

 

「ぁ────」

 

(甜花、ここで……)

 

 終わりを覚悟し、少女は目を瞑る。

 アメモースを守るように抱きしめた甜花は、恐怖のあまりその場でうずくまった。

 

「────」

 

 一方、ロトムは静観する。彼は甜花の意思を汲み取り、今なら間に合うはずの電気技を使う事はない。さらにロトムは、今ここで確かめようとしていた。

 

 ────大崎甜花という、ただの少女の“天運”を。その“運命力”を。

 

「────ゴォオオオオオオオオオンッッッ!!」

 

 刹那、大通りの向こう側から、一匹のポケモンの咆哮が上がる。

 それは炎の石を呑み込み、肉体を爆熱させ、たったの一歩で音速に至り────

 

「ゴォオオオオオオンッ!!」

 

 ────たったの一撃で、甜花の頭部を掠めた看板を殴り飛ばし、ビルの側面に叩きつけた。

 

「っ──!?」

 

 音速の衝撃波に襲われる。それも一秒後には収まり、何が起きたのか確認するため、甜花は面を上げる。次の瞬間、眉間の血管がブチ切れそうなゴンベが、涙目の甜花に対し怒鳴り立てた。

 

「ゴォオオンッ! ゴンゴンッ! ゴガァアアアン!」

「ひうっ……! な、なんで、怒ってるの……?」

 

 ──ピピピッ。と、甜花のポケモン図鑑に電波が受信される。

 気になった甜花は図鑑を開き、画面を見ると────

 

『きみが あやうく しにそうに なったから

 かれは ほんきで おこっているんだよ ……まったく』

 

 ────呆れるロトムから、メールが送られてきていた。

 

「あぅ……ご、ごめんなさい……。──……でも、遠くにゴンベが見えた気がしたから、きっと、助けてくれるかなって……」

「ろ……ロトォ!?」

「ゴンッ?!」

 

 ──まさか彼女はそんな理由で、自ら行動を起こす事を選ばず、助けが来るのを待ったのか?

 思わぬ発言に驚いたロトムとゴンベは、同時にそんな事を思った。

 

 一方の甜花は、胸に抱くアメモースに語りかけて、モンスターボールを取り出す。

 

「あのね、まーちゃん……ここから先は危ないから、ボールに入っていて……?」

「アメモォ……」

 

 アメモースをボールに戻した甜花はすぐさま立ち上がり、ゴンベの顔をまっすぐと見る。

 

「ご、ゴンベ……」

「ゴン?」

「あ、あのね……甜花、すぐにカホちゃんとモリノさんの所に行きたいんだけど……

……ついて、くる……?」

「ゴンッ!」

 

 ──無論。

 そんな言葉が聞こえてきそうな強い頷き。

 

「う、うん……!」

 

 心強い味方を手に入れて嬉しくなる甜花は、ロトム・ゴンベと共に先を急ぐ。

 

「4番道路に、急ごう……!」

 

   ◇

 

 街を走って数分。

 本来なら代わり映えしない都会の景観は、すぐに様変わりしていた。

 

「──あ……」

 

 辺り一面、火の海が広がっている。人の気配はなく、既に避難は完了しているようだ。

火災によって尋常ではない熱さを感じ、酸素も薄れているのか、かなり息苦しい。

 

 周囲には、大破した無数の自動車。崩れ去った建物。道路に散らばる無数の残骸。大量の火の粉が舞い散る中、廃墟と化した街並みを見上げて、彼女たちは大通りを走る。

 

 やがて西に曲がると、ビル群を挟んだ大通りの向こう側に、小高いおつきみ山が見えた。

 

「うわーん! おかあさーん!」

「──!」

 

 その時、近くの公園から子供の泣き声が響き渡る。

 咄嗟に声のする方へ振り向くと、そこには公園の中央で立ち尽くし泣き喚く一人の園児がいた。おそらく家族とはぐれてしまい、恐怖のあまり動けなくなったのだろう。すぐに公園入口の柵を避けて園児の下に駆けつけた甜花は、安心させようと声を掛ける。

 

「あ、えと……もう、大丈夫だから……お姉ちゃんが来たから、一緒にお母さんの所に行こう?」

 

 ぼのぼの汗を流しつつ、目線の高さを同じくするため屈んだ甜花は、園児に微笑みかける。嗚咽しながらも彼女の瞳をまっすぐと見つめる園児は、やがて泣くのをこらえ「うん」と小さく頷いた。

 

「うん! それじゃあ、手をつなご────」

「──ロト!?」

「ゴンッ!!」

 

 刹那、甜花の背後に待機していたロトムとゴンベが、焦ったように振り返る。

 

「え……?」

 

 何事かと甜花も振り返ると────そこには目を血走らせる野生のサイホーンが佇んでいた。

 

「Grrrrrrrrrr……」

 

 唸る獣は、大口を開ける。次の瞬間、キュイイイイイン──という聞き覚えのあるエネルギーの収束音が空気を震わせた。

 

『──ッ!?』

 

 それは、まごうことなき“破壊光線”の前兆。

 

「あぶないっ!」

「ゴンッ!」

 

 咄嗟に園児を抱きしめて、飛び退る甜花。同時にゴンベはサイホーンに向かって駆け出す。だが、既に溜めを完了させていたサイホーンは、容赦なく破壊光線を射出した。

 

「ドォオオオオオオオオンンッ!!」

「ゴンッ────!?」

 

 ──背後には甜花と園児がいる。飛び退った二人に直撃はしないだろうが、それでも余波だけで深刻なダメージを負う危険が高い。故に回避はせず、ならば残る手段は迎撃の拳のみ。

 

「ゴォオオオオオンッ!!」

 

 白光色のビームを迎え撃とうと、ゴンベは右腕を振りかぶる。その時、ぶつかり合う二匹のポケモンに割り込む形で────キャプチャ・ディスクが放たれた。

 

「フライゴン! 破壊光線!」

「フラァアアアアアアア!!」

 

 天空より放たれた白銀色のビームと、サイホーンの破壊光線が激突する。

 

「ゴンッ!?」

 

 二つの破壊光線がぶつかったことによる衝撃波。それを咄嗟の横っ飛びで躱したゴンベは、すかさず上空を見上げる。

 

「キャプチャ開始! おとなしく……なって……!」

 

 破壊光線の反動により微動だにしないサイホーンの周囲を高速の“コマ”が旋回する。それこそはポケモンレンジャーが使うキャプチャ・スタイラーから放たれし、ポケモンの感情を鎮め、ポケモンと心を通わせる、優しい武器。

 

「──キャプチャ、完了……!」

「ど、ドォオン……?」

 

 光の軌跡を描いてサイホーンを取り囲んだ瞬間。先とは打って変わり、目の色を取り戻したサイホーンは首をかしげる。どうやら自分が何をしていたのか覚えていないらしく、一面火の海の街景色を見るなり怯え始める。

 

「よっ……と。もう、大丈夫だよ……安心して。よしよし……」

 

 空からフライゴンに乗って地上に降り立った銀髪の少女は、サイホーンの頭を撫でて落ち着かせる。

 

「……っ?」

 

 一方、園児と共に起き上がった甜花は、自分たちを助けてくれたポケモンレンジャーを見つめる。その視線に気付いたレンジャーの女性は、振り返るなり優しく微笑んだ。

 

「あ……大丈夫、でしたか? おけがは……ありませんか?

 もし、どこか痛いところがあるなら……包帯を、巻きましょう……?」

 

「────あ……」

 

 その姿を目にした甜花は、大きく目を見開き、絶句する。

 

「? ……あ、そういえば、自己紹介がまだでしたね。わたしの名前は……ユウコク キリコです。よろしく……お願いします」

 

 丁寧に挨拶するキリコはお辞儀する。その物腰柔らかい、不思議なオーラをまとう態度は、火の海となった街の背景と比べて、全くの不釣合いに映る。

 

「……幽谷さ……じゃなくて──……えっと、甜花、です……! その、助けてくれて、ありがとう……ございます……」

 

 大崎甜花の知る幽谷霧子とは、やはり違う。容姿は瓜二つだが、限りなく同一人物に近い別人に感じる。そしてポケモンレンジャーの装いに身を包むキリコは、なんだかそれだけで、とても頼もしく見えた。

 

「はい……どういたしまして。わたしは……逃げ遅れた人を避難させるために……ここへ来ました。甜花さんも、そちらの男の子を連れて、早く5番道路へ……」

「あ、うん……でも……カホちゃんと、モリノさんが……」

「……? もしかして……まだ、逃げ遅れた人が……?」

「う、うん。だから甜花、すぐに助けに行かないと……あ、でも、この子が……」

 

 カホとリンゼを探しに行きたいが、園児の安全を確保するのも優先するべき事柄。その狭間でどうしようかと迷う甜花。その様子を見て、キリコが判断を下す。

 

「…………そういうことなら、どうか……わたしに任せてください」

「え……?」

「甜花さんは、トレーナー……ですよね? なら、こういう事態には慣れていると見て、救助活動の支援をお願いしたいです。……フライゴン。その子を乗せて、すぐに5番道路へ」

「キュウウウン!」

「う、うわぁ……!」

 

 園児のお腹に額を当ててうまく持ち上げたフライゴンは、自分の頭の上から首へと園児を転がし、背中に乗せる。そのまま超特急の速さで南の空へ飛び去っていった。

 

「その……この方が、早いですし……」

「た、たしかに……!」

 

 あっという間にフライゴンと園児の姿が見えなくなり、甜花は驚くように感心する。

 

「……では、わたしは凶暴化したポケモンを鎮めるため、周辺を見て回ります。甜花さんは、その方々を……」

「う、うん! ありがとう、キリコさん……!」

 

 キリコはキャプチャしたサイホーンを連れて公園から走り去る。

 それとは反対方向に向かう甜花たちは、4番道路に向かっていた。

 

   ◇

 

 一方その頃。ハナダシティ北東の大通り。

 そこは、荒廃した世界と言っても過言ではない、大火災の街が広がっていた。破壊された周囲のビル群。窓ガラスは叩き割られ、電気が切れた屋内は薄暗く、火災により黒く焼け焦げている。むき出しの鉄筋コンクリート。道端に積もる瓦礫の山。

 

「────Thunder」

「Daaaaaaasu!」

 

 荒れ果てた地形を一瞬にして吹き飛ばす、大轟雷の一撃が爆雷した。

 

「きゃううううん!」

「ぐっ────ま、マメマル!?」

 

 凄絶な“雷”の一撃を受けて瀕死となったガーディは、白目を剥いて倒れ伏す。そのそばに駆け寄る赤毛の少女に向けて、対峙する大男は不敵に笑う。

 

「──フッ。何が「ヒーロー参上!」だ……災害時にヒーローごっことは、とんだ小娘だな。……お嬢ちゃんもそう思うだろ? Grass Type Master?」

「っ……!」

 

 奥歯を噛み締めて佇む和装の少女。その眼前には、既に体力が尽きかけているドダイトスがいた。

 

「おっと、これ以上の抵抗はやめておけ。おとなしく降参しといた方がいい。じゃなきゃこっちも邪魔者を排除する必要が出てくる。……そこの小娘を助けにくるまでは良かったが、オレにバトルを挑んだのが運の尽きだったな」

「Grrrrrrrrr……」

 

 サングラスを掛けた金髪白人の偉丈夫は高らかに笑い、ガーディに雷を食らわしたサンダースをボールにしまう。

 

「……っ! お待ちなさい……なぜ貴方のような人が……このような災害を看過しているのです! ……クチバジムのジムリーダー、マチスさん……!」

「アウチ! アンタ、オレのことを知っていたのか! まぁ今回の事件で正体がバレるのは計画の内だ。かまやしねぇ」

 

 飄々と振る舞うマチスは、その場から立ち去ろうとする。

 それを逃してなるものかと、リンゼが口を開いた。

 

「……カホさん。マメマルさんを連れて、早くここから逃げて下さい……」

「──! で、でも、それじゃあリンゼさんは……!?」

 

 リンゼは、これから起きる戦いにカホを巻き込まないよう撤退を促す。その態度を傍目に察する事ができたマチスは、彼女の思惑を見抜いて足を止めた。

 

「……リンゼは────目の前にいる悪人を、このまま見過ごすことはできません……」

「! それは、あたしも同じです! あ……でも、マメマルが……」

「はい……それに、これ以上のバトルは、カホさん自身の身にも危険が及びます。ですので、どうか……リンゼの言うことを、聞いて下さい……」

「……リンゼさん……」

 

 傷ついたマメマルを抱き上げるカホは、しかし撤退の道を選べない。今この状況での撤退は、リンゼという少女の命を見捨てる事を意味している。

 

 ──マチスは、強い。それも、かなり。

 勝つことはできず、逃げることもできない。……誰かが囮にならなければ、全滅する。

 

「……どっちが生き残るかの相談は終わったか?」

「──ッ!」

 

 マチスは右手に持ったモンスターボールの開閉スイッチを押し込む。同時にリンゼは、マチスのグローブが絶縁性である事を見抜き、咄嗟に指示を出した。

 

「ストーンエッジ!」

「ド……ドダァアア!」

「貫け、Pin Missile!」

「Daaaaaaa────!」

 

 大地を踏み砕くドダイトス。同時にカホを狙った人体を貫く“ミサイルばり”。

 次の瞬間、大地が隆起し、突起部分が盾となって、迫りくる針を防いだ。

 

「ぐっ……!」

 

 ──この場にいては、リンゼの戦いの邪魔になる。

 唇を噛むカホは撤退を選び、少し後方に避難する。

 

「Agility!」

「光合成!」

 

 相手が“高速移動”で体を慣らしている間に、ドダイトスは光合成で体力を回復する。

 

「やどりぎのタネ!」

「ドダァア!」

 

 ドダイトスの背中の樹木から種子が飛び散る。それは相手のスピードに関わらず、一定の範囲内に存在するなら確実に命中する範囲技。

 

「なんて量の種だ! ThunderShockで潰せ!」

「DAAAA!!」

 

 やどりぎのタネが全身に命中した次の瞬間。サンダースは自分の体に“電気ショック”を流し込むことで種を焼き切る。

 

「そのままWild Charge!」

「SNDAAAAAAAAA!!」

 

(のろ)え……そして噛み砕け」

「ドダ……ドダァッッッ!!」

 

 雷電を纏いて突貫してくるサンダース。

 対するドダイトスは漆黒の牙を生やし、同時にみるみると全身の筋肉が膨張していく。

 

「おいおい、攻撃と防御を上げるのはいいが、オレのサンダースを相手にスピード勝負を捨てるのは感心しねぇな!」

「…………誰が、すばやさを捨てていると申しましたか……?」

 

 二匹のポケモンが激突する直前。

 サンダースの目の前から、突然ドダイトスが消え去った。

 

「──ワッツ!?」

「DAAAA!?」

 

 眼前から敵が消えた事に驚愕するサンダースは、ふと、続けざまに起きた二つの出来事に気づく。

 一つ、それは遅まきに、ドダイトスが立っていた地面にクレーターが形成されたこと。

 二つ、それは自分の頭上に、影ができたこと。

 

「マズイ! 上だ、サンダース!」

「Daa!?」

 

 頭上を仰ぐサンダースは、その黒い瞳にドダイトスの牙を映す。なんとドダイトスは、その巨体で跳躍していた。310.0kgの体重を一瞬で飛び上がらせる為には、強靭な筋力が必要。そのためリンゼは“鈍い”を指示していた。

 

「大地を────噛み砕け」

「ド、ダァアアアアア!!」

 

 大口を開けたドダイトスはその黒い牙で、雷電を纏うサンダースと、その下にある地面を丸呑みするのかの如く噛み砕いた。

 

「ギガドレイン」

「…………」

 

 ドダイトスの牙に挟まれて身動きが取れないサンダースは、生命エネルギーが吸い取られて萎れていく。その様子を黙って見守るマチスは、不意にサングラスを中指で直すと笑みをこぼし、モンスターボールをかざした。

 

「Hey! 降参だ! お嬢ちゃんを見くびっていたぜ。だからよぉ、そろそろオレのサンダースを返してくれねぇか?」

「ならば……手持ちのモンスターボールを、すべて地面に置いてください」

 

 警戒を緩めないリンゼ。

 一方、その台詞を聞いたマチスは────

 

「……チッ。勘のいい女は嫌いだぜ」

 

 ────かざしたボールのスイッチを押した。

 

「──ッ!? 破壊光線!」

 

 マチスがかざしたモンスターボールは、サンダースを回収する為のボールではなかった。咄嗟に迎撃態勢を取るリンゼ。その指示に従い、ドダイトスはサンダースを咥えたまま、新たに繰り出されるポケモンを倒そうと白光色のビームを口から打ち出す。

 

「────へっ」

 

 瀕死状態のサンダースごと地面を穿ち、抉り抜きながら向かってくる破壊のビーム。それを前にしながら臆せず笑うマチスは、絶対の自信を以て戦いの終わりを告げる。

 

「────Thunder Waveで打ち消せ、“Zapdos”」

 

   ◇

 

 その衝撃波は、数十メートル離れた所を走っていた甜花の下まで届いてきた。

 

「ぐっ……!?」

 

 圧倒的な電磁波と純粋なエネルギーの激突。その上空では暗雲が渦巻いており、業火に焼かれるハナダシティは、まさに地獄のような様相に変わり果てていた。

 

「っ……い、今のは……もしかして、ポケモンバトル……?」

「ゴンッ!」

 

 ──それ以外の何がある。

 そう言いたげに、ゴンベは先を急ぐ。追随する甜花は、敵は電気タイプである事を予想し、ロトムと目配せを交わしていた。

 

「……待っててね、カホちゃん……モリノさん……!」

 

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